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華氏451度

KAAT神奈川芸術劇場プロデュース「華氏451度」  2018年10月

レイ・ブラッドベリのSFを原作に、長塚圭史が上演台本を手がけ、白井晃が演出する強力タッグ。期待通り、生きた思考というものをスタイリッシュに描いて、感動的だった。演劇好きが集まった感じのKAATホール、通路に面した中央のいい席で7000円。休憩なしの約2時間。
書物の所持が禁じられた近未来(華氏451度は紙が燃え上がる温度だ)。モンターグ(吉沢悠)は本を摘発して燃やす仕事に満足していたが、大人びた隣の少女クラリス(美波)や、毅然と蔵書に殉じた老女(草村礼子)との出会いを機に疑念を抱き、こっそり本を読み始める。妻ミルドレット(美波が2役)との軋轢、上司ベイティー隊長(吹越満)の追及でついに逃亡の身となるが、実直な元大学教授フェーバー(堀部圭亮)に助けられ、老人グレンジャー(吹越が2役)ら抵抗組織の面々と出会う…
原作の発表は1953年。思想統制のディストピアというより、テレビ・ラジオへの耽溺と思考停止が主題となっており、そのまま現代のSNS中毒に通じる。CMのリフレインに心を奪われたモンターグは、愛する妻と出会った場所の記憶さえ、もう曖昧だ。この社会を望んだのは一部の権力者なんかではなく、無自覚に精神の安楽を選ぶ人々自身。作家の鋭い先見性に驚く。
この物語における名著とは、守るべき教養というイメージではない。人が能動的に読み、自らの頭で咀嚼し反芻することで、バーチャルを超えた実態となる存在だ。まさに肉体の芸術である舞台だからこそか、終盤、思考と記憶の集積の愛おしさが、胸に迫ってくる。
観念的になりがちな話だけど、演出がとても洒落ていて、お説教ぽくない。シンプルなセットがまず秀逸。背の高い書棚が三方を囲み、映像で色とりどりの背表紙や液晶画面を表現する。書棚を床から1メートルほど浮かせて圧迫感を薄めたそうです(美術は建築家の木津潤平)。床に散乱していく白い書物は、モンターグが逃げる川の飛沫や、グレンジャーらへと導く線路に変じる。俳優たちは素早く衣装を替えつつ複数の役を演じ、セリフがないときも舞台端でシーンを見つめて存在感を示す。そして大きな満月の静謐、舞台奥にたたずむ鹿の神秘…
セリフに古典の引用が多い吹越が、抜群の説得力だ。隊長としてモンターグの変心を見抜き、「ダイジェスト社会」の本質を語る。後半ではプラトンを自認する知識人として、進むべき道を示す。出ずっぱりの吉沢も、不安定でひたむきで、いい年のとり方をしてる。もう40歳なんですねえ。美波は妻、クラリスという対照的な女性をうまく演じ分け、さらには可愛い鹿役も! ほかに文学座の粟野史浩、さいたまネクストシアター出身の土井ケイト。

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