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マクガワン・トリロジー

マクガワン・トリロジー  2018年7月

アイルランド・ゴールウェイ出身でニューヨークを拠点とするシーマス・スキャンロンの2014年初演作を、渡辺千鶴訳、ますます気になる小川絵梨子演出で。冒頭の暴力描写に目を奪われるけれど、生きる意味を見失った一人の若者の姿が痛々しい。松坂桃李ファンが多そうな世田谷パブリックシアター、2階最後列で8800円。休憩を挟み2時間半。
トリロジー、すなわち三部作のまず一部「狂気のダンス」は、1980年代、雨が降る北アイルランド・ベルファストの酒場。IRA(アイルランド共和軍)の「殺人マシーン」ヴィクター・マクガワン(松坂)が、裏切りを疑われたショーン(小柳心)を刹那的かつ冷酷に追い詰める。ヴィクターは早口でしゃべりまくるけど、大音量のパンクロックと、目を背けたくなる殺戮で息が詰まる。
休憩を挟んで二部「濡れた背の高い草」は一転、虫の音が聞こえそうに静かな夏の夜のキャロウ湖畔。ヴィクターの任務はまたも粛清だけど、相手は幼馴染みの女(趣里)。しかも瀕死のイギリス兵に水を飲ませただけ。手探りするような2人の会話、淡い恋の記憶が、ヴィクターの心を揺らし、ついに慟哭へと至る。
続く三部「男の子たちが私の前を泳いで行った」はさらに静謐だ。傷つき疲れ、一部とは別人のようなヴィクター。深夜、故郷ゴールウェイの老人施設に忍び込む。目を覚ました母メイ(綺麗な高橋恵子)は認知症が進んでいるが、断片的にヴィクターのトラウマが明らかになっていく。幼い日の母の仕打ち、それでも母がミドルネームにこめた願い、ネイティブ・アメリカンに憧れてヴィクターの黒髪をのばしていたこと。いったいどこで、ヴィクターの人生は壊れてしまったのか。静かに母を見送り、手向けるようにネイティブ・アメリカンの置物にランプをあてるラストが、哀しくも印象的だ。揺らぐカーテンが美しい。
プログラムに小さな字で、キーワードの解説が載っているものの、正直、戯曲は固有名詞や引用が多くて、ハードルが高かった。IRA関連では2014年「ビッグ・フェラー」が強烈だったし、マーティン・マクドナーX小川絵梨子も何本か観ているけれど、アイルランドについてはまだまだ勉強する必要があるなあ。
俳優陣は健闘。特にどんどん大人っぽくなる趣里ちゃんに説得力がある。歌もうまい! 「マーキュリー・ファー」の小柳は、投げやりな色気で目を引く。高橋はもちろん、上司の谷田歩、モヒカンのバーテンダー浜中文一(なんとジャニーズ)も安定。主演の松坂は細身で繊細さが際立つものの、席が遠かったせいで、表情を読み取りにくかったのが残念~

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