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BOAT

BOAT  2018年7月

作・演出藤田貴大の約1年ぶりの新作。今回は少女の日常という得意技を超え、寓話的設定のなかに、現代の歪みを見せつけて鮮烈だ。同一の「街」をめぐる3部作の完結編とのこと。演劇好きが集まった感じの、東京芸術劇場プレイハウス、前の方で5500円。休憩無しの約2時間。
海からしかアプローチできない「ある町」は、かつてボートで漂着した人々によって栄えたものの、今では他者を排除するぎすぎすした社会となっている。ある時、その上空に次々とボートが出現。人々は脅威を感じ、我先にボートに乗り込んで脱出を図る…
前半は、社会の救いがたい断絶を描いていて、息苦しい。一向に絶えることのない身近ないじめから、世界を覆う移民差別やポピュリズムまでもを思わせ、「もともと世界は誰のものでもない」という叫びのリフレインが、胸に迫る。
大詰めで崩壊していく「劇場」は、断絶を克服できない私たちの精神の貧困を映しているのか。緊迫感がみなぎる。そして大海原に漕ぎ出す一艘のボートの、なんという不安。
しかし物語は決して、絶望だけで終わらない。狂騒のただ中で、「これは祈りなんかじゃない」と宣言して町に残る選択をする女性、あるいは勇気をもって、意表を突く突破口に賭ける姉弟の存在が、希望を灯す。
広い舞台に吊り下げられたボートや、俳優たちが自在に出し入れする布を貼った木枠、脚立など、シンプルな装置が想像をかきたてる。
俳優陣は「待つひと」の中嶋朋子が、いつもながら切なくて、芯が強くて、突出した存在感を示す。「姉」の川崎ゆり子が相変わらずの響く声で舞台を締め、「除け者」の常連・青柳いづみ、「余所者」の宮沢氷魚(ひお)も、余韻があっていい。宮沢は184センチの長身と、漂うようなたたずまいに雰囲気がある。初舞台なんですね。ほかに「患うひと」に「ロミオとジュリエット」の豊田エリー、「船頭」に中島広隆、「口裂け」に尾野島慎太朗ら。
エンドロールに拍手。終演後に、その字幕やパンフレットをデザインしている名久井直子と、藤田の対談が15分ほどありました。流木やら椅子やら、藤田が集めた装置への思い入れ、パンフレットの幻想的なモノクロ写真の撮影法、2人のコミュニケーションなどをとつとつと語り、少し告知がありました。この作家はセンスのいい人材を引き寄せているんだなあ、と実感。

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