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ヘンリー五世

2017/2018シーズン ヘンリー五世  2018年5月

日本では馴染み薄いけれど、英国では戦意高揚の意味を持つシェイクスピア史劇(第二次大戦末期にローレンス・オリヴィエが、またフォークランド紛争直後の1989年にケネス・ブラナーが映画化)を、正統派の小田島雄志翻訳、鵜山仁演出で。アクションと笑いの中にリーダーの責任や、戦争の連鎖という重いテーマもにじむ。ヘンリー五世は純白の衣装がどんどん血糊で汚れていくし、ラストには後方に赤く染まった巨大な英国旗が掲げられて、「ヘンリー六世」(こちらも2010年蜷川版で観ました)のジャンヌダルクの蜂起と薔薇戦争の泥沼を予感させて、シビアだ。ウラケンファンの女性グループが目立つ新国立劇場中劇場、中央あたりの見やすい席で8640円。休憩を挟み3時間弱。
「ヘンリー四世」(2013年蜷川版がとてもよかった)のやんちゃなハル王子=ヘンリー五世(浦井健治)が、颯爽たる主人公。1415年、25歳の若さでフランスへ攻め込み、1万2000の兵で5万の敵と対峙したアジンコートの戦いに勝利する。「聖クリスピンの祭日の演説」、そして自信満々のフランス軍を無骨勇猛なイングランド軍がやっつけるところがクライマックスだ。
ヘンリー五世は裏切りを許さない苛烈さと同時に、内省的な面をもつ造形。戦いの前夜には変装して野営地を回って、兵士をからかう温かみを見せ、さらに孤独に父王の王位簒奪を懺悔する。終盤に征服者なっがら、「一目惚れです」と臆面なくフランス王女キャサリン(中嶋朋子)を口説いちゃうのはコミカルだけど、和解への知恵にも思える。
単なる英雄譚に終わらないのは、大義を相対化してみせるワキの存在が大きい。複数の説明役のほか、格好いいけどやや求心力不足の浦井に対し、ピストルの岡本健一と騎士フルーエリンの横田栄司のアクの強さが際立つ。
王の悪友だった岡本は、革ジャン・短パンという場末のパンク風で、怪しさ満載。カネ目当てで戦地に赴き、野卑に戦争の無残を象徴する。一方の横田はウエールズ訛りで帽子にネギを刺し、愛嬌たっぷり。下手の池に繰り返しはまるベタなギャグはステロタイプな道化役ながら、アイルランドの騎士マックモリス(太っちょの文学座の太っちょ櫻井章喜)らと共に、寄せ集め軍の田舎っぽさを象徴。軍議の合間に手鏡をのぞいちゃう、気取ったフランス宮廷との差異をくっきりさせる。
透明感で突出する中嶋が、敵の英語を学ぼうと苦労するのも、辺境たるイギリスを思わせる。だらしなくリクライニングした椅子に座るフランス王シャルル六世は演劇集団円の立川三貴。ほかに反逆者ケンブリッジ伯などで下総源太朗、フランス軍司令官に文学座の鍛冶直人ら。
奥行きのある半円のステージで、左右に櫓、手前に小ゼリというシンプルなセット(美術は島次郎)。旗を多用し、視覚で英仏などを表すのが効果的だ。終わらない戦争。2003年ロンドンナショナルシアターでの上演では、イラク戦の大義を問うたという見方もある戯曲。ヘンリー五世が34歳で急逝せず、もう少し長生きしていたら歴史はどうなったんだろうと思わずにはいられない…
公演後はウラケンファンが長蛇の列。目撃した知人によると一人ひとり握手して、プレゼントを受け取るのだそうです。スターだなあ。

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