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METライブビューイング「ノルマ」

METライブビューイング2017-18第1作「ノルマ」  2017年11月

新シーズン開幕は初見のベッリーニ「ノルマ」。古臭くなりかねないベルカントオペラで、ベタな三角関係ものだけど、歌手、演出ともさすが充実していて、まさにドラマチック。タイトロールのソンドラ・ラドヴァノフスキー(アメリカのソプラノ)の抒情が深く、ネトレプコのオープニングに比べると地味かな~なんて思ってて、反省しました! イタリアのベテラン、カルロ・リッツィ指揮で上演は10月7日。休憩を挟み3時間半、東劇中央あたりで3600円。

物語はカエサルの頃の紀元前1世紀。ガリア(フランス)の気高い巫女ノルマは、支配者ローマ帝国の将軍ポッリオーネ(マルタ島出身のテノール、ジョセフ・カレーヤ)と禁断の恋に落ち、密かに子供までもうけていた。ところがポッリオーネはノルマの若い弟子アダルジーザ(お馴染みアメリカのメゾ、ジョイス・ディドナート)に心を移し、一緒にローマに帰ろうとする。2人の裏切りにノルマは激怒するが、結局は支配者と通じたことをガリアの人々に告白し、子供たちの助命と引き換えに自ら毅然と火刑台へ向かう。

ラドヴァノフスキーはさすがのスケール、きめ細かさだ。カラスの十八番というハードルが高い演目だけど、ゆったりしたアルペジオからの「清らかな女神」などがなめらか。誇りや母の苦悩も存分に聴かせる。なにしろ「ロベルト・デヴェリュー」のエリザベス1世だもんなあ。
対する「マリア・ストゥアルダ」のディドナートも、1幕後半から2幕のノルマとの2重唱で、対立から絆の回復へ至る過程が染み入る。幕間のインタビューでは「同じ旋律を歌っているのに、2人の心理が違うところが魅力」とコメント。相変わらず知的です。歌わない冒頭や幕切れにも舞台上に現れて、ノルマへの献身を示す演出でした。
長身カレーヤは冒頭の「ハイC」など、輝かく高音はもちろん中低音もこなす。つくづく身勝手なダメ男ながら、堂々と武将らしい造形だ。旬のテノールですねえ。この3人でほぼ歌いっぱなしなんだけど、大詰めは荒ぶるガリア民衆の壮大な合唱が加わって、大いに盛り上がる。続く「陽光の音楽」など、最新の楽譜の研究成果で、従来より長いバージョンらしい。ノルマの父オロヴェーゾはイギリスのバス、マシュー・ローズ。

物語はしょうもない愛憎劇と思わせつつ、支配・被支配の関係や民衆の蜂起を抑えるノルマの苦衷、女同士の友情なんかも絡んで、けっこう複雑。初演は1831年。19世紀ロマン派の扉を開いた作品だそうです。
加えて今回は「女王3部作」のデイヴィット・マクヴィカーの演出で、ガリア社会の軸であるドルイド教の自然崇拝が基調になっている。ドルイドとはケルトの祭司だそうで、スコットランド出身のマクヴィカーは幕間で「自分のルーツにもある」と語ってました。
こういう異文化を「遅れた存在」と見てしまうかどうかが、物語のポイントになっている。ノルマ登場の1場は神秘的なオークの森で、2場でダイナミックに舞台全体がせり上がり、木の根に守られたノルマの住居が現れる仕掛け。照明を落とし、黒やグレーを基調にした素朴なセットに、巫女が使う蝋燭や火刑台の炎にインパクトがあった。

案内役はお腹が大きいスザンナ・フィリップス、2月の「ラ・ボエーム」にはぎりぎり間に合うとか。冒頭でお約束のゲルブ総裁も。

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