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小三治「死神」

秘密の小三治  2017年11月

酉の市で賑わう街で、人間国宝・柳家小三治の会。男性が多いファン1000人で一杯の新宿文化センター大ホール、中ほどの席で5000円。

遅れて到着したけど、まだオープニングで師匠がトーク中。8月に頸椎手術を受けた経験を、辛い辛いと語りつつ、話しっぷりはしっかりしている。77歳にはみえません。コートに大きめのハットという宮沢賢治のような洒落た服装は、三三によるプログラムのイラストに合わせたらしい。椅子に座ってメモを取り出しつつ、出身高校のこととか、亡き永六輔さんへの違和感とか、さらには歌となって季節感のあるフランク永井「公園の手品師」(うまい!)とか、延々と。予定されてた弟子の2席はパス!
続いて「覆面座談会」。弟子たちが小三治さん似顔絵のお面をつけて、事前に客席から集めた質問に、本人に代わって答えるという出し物だ。夫人の怖さとか、緩い雰囲気は悪くないんだけど、いかんせん皆さん真面目過ぎる。たまらず師匠が登場して、「企画はいいんだけどなあ」とぼやきつつ、丁寧に一人ずつ紹介するなどフォローしてました。

中入り後は柳家一琴の「紙切り」。最初は漢字の「犬」で笑わせつつ、リクエストの「藤娘」は富士山に娘、など、かなりの腕前でした。
トリで小三治さんが、着替えて登場。オープニングでたっぷり語ったから、マクラはほぼ無しで、手術の経験談からつながる「死神」をたっぷりと。ギャグ満載で凄みもあった喬太郎や、談春、鶴瓶のアレンジバージョンを聴いた演目。今回の師匠は淡々として、可愛げがある。さらっとした、くしゃみのサゲで人の愚かさがくっきり。名人。

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すべての四月のために

PARCO PRODUCE  すべての四月のために  2017年11月

鄭義信(チョン・ウィシン)の作・演出。1944年、日本統治下の朝鮮半島南に浮かぶ小島を舞台に、戦争に翻弄される理髪店一家を描く。コミカルさを前面にだしつつ、苛烈な状況でも恋をし、ジョークを言い合って生き抜く庶民群像をしみじみと。ジャニーズファンが多そうな東京芸術劇場プレイハウス、中央あたりで9500円。休憩を挟み3時間弱。

タッチは終始まったりと柔らかく、吉本新喜劇風だ。大切な告白ほど怒鳴るように喋ったり、やたらポーズをとったり下世話に踊ったり。2012年「パーマ屋スミレ」のような陰影は乏しいけれど、どんなに理不尽な目に遭っても、季節は巡りくると繰り返す乾杯の歌が、胸に染みる。未来の世代に幸せがあれば、そう思うと胸の奥が温かくなる…。

日本名を名乗る4姉妹の恋模様と、国家の対立が招く家族関係の歪みが、物語の軸だ。理髪店を手伝う長女・冬子(西田尚美)は支配する側の将校(近藤公園)と恋に落ち、教師の秋子(臼田あさ美)と歌手志望の夏子(村川絵梨)は日本軍に協力しつつ、夫(森田剛)、元夫(中村靖日)をそれぞれ戦争にとられてしまう。春子(伊藤沙莉)は憲兵(小柳友)と心を通わせるものの、抗日に加担。勝気な母(麻実れい)は戦後、村八分にあい、夫(山本亨)にも先立たれて、ひとり島に取り残されてしまう。それでも時を経て、訪ねてきた孫(森田の2役)との交歓に、一筋の希望が宿る。

西田の健気さが終始、舞台をしっかりと牽引。ストーリーテラーの森田が暗い存在感を抑え、姉妹の間で揺れ動いちゃうダメ男を軽妙に造形して、新たな魅力を発揮した。この人はどこか欠けている雰囲気が、いいんだな。変人と呼ばれながら克明につけていた日記が、やがて孫を呼び寄せることになるわけだし。
4姉妹の残る3人も芯が強く、危うい臼田、蓮っ葉な村川、ハスキーで正義感が強い伊藤と、キャラがくっきりしていた。男たちは悩みがちで、特に長身を丸めるように春子に寄りそう小柳が哀切。大人計画の近藤に渋さが出てきたかな。秋子を慕うピュアな二等兵は稲葉友。中村は飄々として、皿回しまで披露する。やるなあ。
理髪店のワンセットで、窓の向うに時空が広がる感じが巧い。美術は二村周作。
ホワイエには丸山隆平らしき姿もありました。

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ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ

シス・カンパニー公演 ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ  2017年11月

チェコ生まれの英国人トム・ストッパードのデビュー作(1966年初演)を、小川絵梨子が翻訳・演出。原作ではめっぽう影の薄い端役2人を中心に据え、「ハムレット」を不条理劇にしちゃうアイデアが冴えている。なんら説明されないまま死に至る、無名の人々の当惑を、人気の菅田将暉と生田斗真がフレッシュに。でもちょっと難しかったな。若い女性で立ち見も出た世田谷パブリックシアター、上手寄り中段で1万円。なんと休憩2回で2時間半。

デンマーク王から呼び出されたロズ(生田)とギル(菅田)。冒頭から、コインゲームで表が出続けて、2人がおかれた状況の異常さを描き出す。宮廷にたどり着き、2人の区別もろくにつかない王(小野武彦)と王妃(立石涼子)から、学友ハムレット(ちょっと怖い林遣都)の乱心の理由を探れ、と命じられるが、質問攻めで逆襲されちゃって成果ゼロ。訳のわからないままハムレットと共に、船で英国に送られることになるが、イングランド王にあてた陰謀の手紙はすり替わっていた。そして2人の死は、セリフ一言で片付けられてしまう…

ほとんどが舞台前方で繰り広げられる、主演2人のカオスな掛け合い。彼らの視点で戯曲を見れば、世界はただ一貫性がなく、理解不能なだけだ。市井の人々をおそう運命とは、たいがいそんなもの、ということか。ドライでコミカルながら、セリフが哲学的とあって正直、中盤が長く感じる。そういえば2016年に観たストッパードの「アルカディア」も難解だったなあ。

膨大なセリフをこなす菅田は生き生き。立ち姿の線の細さに、苛立ちや必死さが浮かび上がる。繰り返し冒頭から成り行きを確認して、なんとか状況を理解しようとするさまが虚しい。映画やドラマに引っ張りだこなのに、この戯曲に挑戦する姿勢は偉いです。生田の茫洋さと好対照。
旅一座の座長(半海一晃、改めて小柄なかた!)が虚実を行き来し、役者という存在を巡るセリフなどではっとさせる。オフィーリアとホレーシオの2役は安西慎太郎。
舞台は暗く、後方の半円形の階段を出入りする小野ら、本家ハムレットの主要人物たちは、あくまで背景という位置づけだ。贅沢だなあ。冒頭にスタッフの準備作業を見せる演出で、劇中劇もある入れ子構造。美術は伊藤雅子。
客席にはムロツヨシさんらしき姿も。

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METライブビューイング「ノルマ」

METライブビューイング2017-18第1作「ノルマ」  2017年11月

新シーズン開幕は初見のベッリーニ「ノルマ」。古臭くなりかねないベルカントオペラで、ベタな三角関係ものだけど、歌手、演出ともさすが充実していて、まさにドラマチック。タイトロールのソンドラ・ラドヴァノフスキー(アメリカのソプラノ)の抒情が深く、ネトレプコのオープニングに比べると地味かな~なんて思ってて、反省しました! イタリアのベテラン、カルロ・リッツィ指揮で上演は10月7日。休憩を挟み3時間半、東劇中央あたりで3600円。

物語はカエサルの頃の紀元前1世紀。ガリア(フランス)の気高い巫女ノルマは、支配者ローマ帝国の将軍ポッリオーネ(マルタ島出身のテノール、ジョセフ・カレーヤ)と禁断の恋に落ち、密かに子供までもうけていた。ところがポッリオーネはノルマの若い弟子アダルジーザ(お馴染みアメリカのメゾ、ジョイス・ディドナート)に心を移し、一緒にローマに帰ろうとする。2人の裏切りにノルマは激怒するが、結局は支配者と通じたことをガリアの人々に告白し、子供たちの助命と引き換えに自ら毅然と火刑台へ向かう。

ラドヴァノフスキーはさすがのスケール、きめ細かさだ。カラスの十八番というハードルが高い演目だけど、ゆったりしたアルペジオからの「清らかな女神」などがなめらか。誇りや母の苦悩も存分に聴かせる。なにしろ「ロベルト・デヴェリュー」のエリザベス1世だもんなあ。
対する「マリア・ストゥアルダ」のディドナートも、1幕後半から2幕のノルマとの2重唱で、対立から絆の回復へ至る過程が染み入る。幕間のインタビューでは「同じ旋律を歌っているのに、2人の心理が違うところが魅力」とコメント。相変わらず知的です。歌わない冒頭や幕切れにも舞台上に現れて、ノルマへの献身を示す演出でした。
長身カレーヤは冒頭の「ハイC」など、輝かく高音はもちろん中低音もこなす。つくづく身勝手なダメ男ながら、堂々と武将らしい造形だ。旬のテノールですねえ。この3人でほぼ歌いっぱなしなんだけど、大詰めは荒ぶるガリア民衆の壮大な合唱が加わって、大いに盛り上がる。続く「陽光の音楽」など、最新の楽譜の研究成果で、従来より長いバージョンらしい。ノルマの父オロヴェーゾはイギリスのバス、マシュー・ローズ。

物語はしょうもない愛憎劇と思わせつつ、支配・被支配の関係や民衆の蜂起を抑えるノルマの苦衷、女同士の友情なんかも絡んで、けっこう複雑。初演は1831年。19世紀ロマン派の扉を開いた作品だそうです。
加えて今回は「女王3部作」のデイヴィット・マクヴィカーの演出で、ガリア社会の軸であるドルイド教の自然崇拝が基調になっている。ドルイドとはケルトの祭司だそうで、スコットランド出身のマクヴィカーは幕間で「自分のルーツにもある」と語ってました。
こういう異文化を「遅れた存在」と見てしまうかどうかが、物語のポイントになっている。ノルマ登場の1場は神秘的なオークの森で、2場でダイナミックに舞台全体がせり上がり、木の根に守られたノルマの住居が現れる仕掛け。照明を落とし、黒やグレーを基調にした素朴なセットに、巫女が使う蝋燭や火刑台の炎にインパクトがあった。

案内役はお腹が大きいスザンナ・フィリップス、2月の「ラ・ボエーム」にはぎりぎり間に合うとか。冒頭でお約束のゲルブ総裁も。

「白井権八」「強飯の女郎買い」

立川談志七回忌特別公演 談志まつり2017  2017年11月

立川流など主催の3公演のラストに足を運んだ。よみうりホール後方下手寄りで4500円。
遅れて談春さんの「白井権八」途中からだったけど、語りの巧さが冴える。歌舞伎、講談を元に談志がまとめた演目だそうです。川崎の茶店で雲助にからまれた権八が、すらりと刀を抜く。その殺気と、六郷の渡で船を出した手腕に目を付けた長兵衛が追いかけてきて、お馴染み鈴ヶ森で対面となるところまで。権八の危ない切れっぷり、特に焚火を背にして立つシーンが鮮やかだ。
中入り後、口上のようにずらり並んで一門挨拶。志遊、談春、談之助、雲水、小談志、代表の土橋亭里う馬(どきょうてい・りゅうば)が、談志の写真をバックにそれぞれ思い出を語る。
続いて談之助が、入門から議員秘書等々たっぷり披露して、誉められたネタという「懐かしのスーパー・ヒーロー」。古いなあ…
ゲストはテツandトモ「コミカルソング」。青ジャージでギターを持つトモの、談志の物まねが意外に巧い。赤ジャージのテツは安倍首相になり、談志の身もふたもないコメントやら、師匠作詞の歌やら、客席を走り回り、めくりを顎に載せる曲芸まで、大サービス。明るくて、いい感じでした。
トリは初入門の直系弟子という里う馬で、子別れの上「強飯の女郎買い」。2011年に談志さんで、その後談春さんでも聴いたかな。年配のせいかちょっと雰囲気が重い。
なかなか盛り沢山でした。

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「鯉つかみ」「奥州安達原」「雪暮夜入谷畔道」

吉例顔見世大歌舞伎 昼の部 2017年11月

吉右衛門、菊五郎という大看板の、まさに至芸を堪能。ワキもそれぞれはまり役で充実した舞台だ。襲名を控えた染五郎のケレン満載も楽しく、歌舞伎見物を満喫する。歌舞伎座中央のいい席で1万8000円。休憩2回を挟み4時間半。

幕開けは「湧昇水鯉滝(わきのぼるみずにこいたき)鯉つかみ」で染五郎が大暴れ。2011年久々に演じた演目で、2015年にはラスベガス・ホテルベラージオの噴水でチームラボと共演した。夏芝居だけど、染五郎ラストにあえて若々しい娯楽作をもってきた気概に共感。
物語は幻想的な琵琶湖の蛍狩りシーンから。釣家の息女・小桜姫(児太郎)の舟が流され、竹生島の近くで恋しい許婚の志賀之助(染五郎)に救われる。これが実は釣家を恨む鯉の精。長唄チームと浄瑠璃チームで贅沢に。
館で2人の志賀之助が登場しちゃうドタバタ。家老は友右衛門。障子に映る影で偽物の正体が露見すると、そこからはもう、怒涛のアクションだ。染五郎の宙乗り、偽物と本物の志賀之助を目まぐるしく演じる早替り、そして大津布引の滝で、本水をバシャバシャまき散らす大立ち回り! 鯉の着ぐるみの役者さんも大変だし、染五郎も見事に滑っちゃったりして、奮闘に大きな拍手。

ランチ休憩の後は眼目の「奥州安達原 環宮(たまきのみや)明御殿の場」。安倍一族残党の貞任・宗任兄弟が再興を目指し、周囲を不幸にしちゃう。文楽で勘十郎さんの袖萩が圧巻だった演目だ。
前半は降りしきる雪のなか、瞽女(ごぜ)に零落した袖萩(雀右衛門)が祭文に託して、父・直方(渋い歌六)に不孝を詫びる。雀右衛門さん、哀れさがはまっていて、三味線の生演奏もばっちり。母に着物を着せかける娘お君(安藤然)が、可愛く名演だ。娘に冷たくしなければならない母・浜夕(東蔵)も切ない。
後半は父娘自害の悲劇から、勅使に化けていた夫・貞任(吉右衛門)が、陣鉦(じんがね)太鼓の音でいよいよ正体を垣間見せる。さらに衣冠束帯の引き抜きで金ぴかの武将姿に転じ、豪壮な「見顕し」へ。吉右衛門さん、さすがに袖萩と2役というわけにはいかないし、声は細った感じだけど、変わらず重厚で、スケールが大きい。一転、涙の親子の対面、赤旗を振り出しての見得と、振幅も見せる。敵ながら凛々しい義家(錦之助)が温情を示し、宗任(荒々しい又五郎)と共に戦場での再会を約す。格好良かった~

休憩を挟んで、がらりと世話にくだけた黙阿弥作「雪暮夜入谷畔道(ゆきのゆうべいりやのあぜみち)直侍」を、極付の音羽屋で。まずは雪の入谷。蕎麦屋で捕手2人がわざともぐもぐ食べた後、安御家人の直次郎(菊五郎)が登場。手拭の額をとがらし、尻端折り。周囲を気遣いつつ、江戸前にささっと蕎麦をたぐる。粋ですねえ。下駄につく雪、熱燗、股火鉢と、冬らしい演出がきめ細かい。直次郎は按摩(東蔵が見事な変身ぶり)に、療養中の遊女三千歳への手紙を託す。一方、弟分の暗闇の丑松(團蔵)は悩んだ末に裏切りを決意する。蕎麦屋の夫婦は家橘、齊入。
場面替わって、しっとりと吉原・大口屋の寮(別荘)。悪事を打ち明け、別れを告げる直次郎を、一緒に逃げたい三千歳(貫禄の時蔵)が「一日逢わねば千日の」とかき口説く。舞台上手の隣家での「余所事(よそごと)浄瑠璃」として、清元「忍逢春雪解(しのびあうはるのゆきどけ)」を演奏する演出が、哀感たっぷり。寮番・喜兵衛(秀調)も2人を逃がそうとするが、捕手に囲まれ、直次郎はひとり駆け出していく。充実してました!

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InDelight

In Delight 2017年11月

女性4人のボーカルグループIn Delightのゴスペルライブに参加した。並木通り、ルイヴィトンの向かいにあるパーティースペース、銀座ラウンジゼロで、カクテルや料理を楽しみつつ。当日3500円。
2部構成で、定番ありオリジナルあり。ゴスペルって本当に幅広いなあ。しっとりソロに聴き入った後は、クワイアも加わって一緒に歌ったり踊ったり。聴衆はだいたいゴスペルの弟子なのかな。大いに盛り上がりました~
2016年結成で、メンバーはroots代表の水帆、愛ミチコ、長身の宮原千晶、そして可愛い扇谷志帆(予定日は1月!)。バンドは深沢葉子のピアノ、本間修治のパーカッションでした。

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出てこようとしてるトロンプルイユ

ヨーロッパ企画第36回公演「出てこようとしてるトロンプルイユ」 2017年11月

「企画性コメディ」を掲げ、岸田國士戯曲賞を獲得した上田誠の作・演出。今回の企画は「だまし絵コメディ」で、堂々巡りの美術論、うんちくで、これでもかと笑わせる。ただ面白かった2014年「ビルのゲーツ」と比べると、詩情が薄いかな。KAAT神奈川芸術劇場の大スタジオ、中央あたりで4500円。2時間強。

1930年ごろのパリ。老画家が不慮の死を遂げ、因業大家(中川晴樹)に命じられた売れない画家3人組(本多力、諏訪雅、石田剛太)が、部屋を片付けに来る。すると出てくる出てくる、絵が飛び出して見えるトロンプルイユ(だまし絵)の連作。やがて描かれた虚が実を侵食し、アフリカからやってきた画家の卵(金丸慎太郎)、大家の甥(木下出)、モデルをしていた娼婦(「クヒオ大佐の妻」がよかったハイバイの川面千晶)、金満画家(お馴染みハイバイの菅原永二)らを巻き込んで、ドタバタになだれ込む。

片付けそっちのけで、やたらカフェにだべりに行きたがるダメ男たち。フォービズムやらシュールリアリズムやら、知識を披歴しあうさまが愛らしく、なんとなく現代日本のオタクに通じる雰囲気だ。アートの陰に埋もれていった大量のだまし絵は、まさにトリッキー。ただ終盤、シーンの繰り返しはちょっと冗長で、観ていて疲れちゃったかな。本物の天才の筆が、虚の力で実を変えていく展開がもっとはっきり伝わったら、痛快だったかも。ダリ恐るべし。

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天使にラブ・ソングを…(シスター・アクト)

東急シアターオーブ5周年記念公演ブロードウェイ・ミュージカル「天使にラブ・ソングを…(シアター・アクト)」  2017年11月

ノリノリの70年代ディスコサウンドと確かな歌で、休憩を挟み2時間半があっという間だ。ウーピー・ゴールドバーグの映画でお馴染みのストーリーを、アラン・メンケン(「美女と野獣」など)作曲でリメイクしたミュージカルの再来日公演。ジェリー・ザックス演出。女性グループや家族連れなど、幅広い年齢層で満席の東急シアターオーブ、上手寄り前の方で1万2000円。

設定はフィラデルフィア。ドナ・サマーに憧れるクラブ歌手デロリス(スタイル抜群でパワーのあるデネー・ヒル。なんとオペラ歌手でもある)は、ヤバイ場面を目撃し、愛人でギャングのカーティス(リズムがいいブランドン・ゴッドフリー)に追われる羽目に。同級生の警官エディ(早替りも見事なウィル・T・トラヴィス)の世話で、なんと修道院に身を隠す。世間知らずのシスターたちを率いて聖歌隊で評判をとり、なんと法王御前コンサートのチャンスを得るものの、ギャングに居場所がばれてしまって大騒ぎ。

前半の”Raise Your Voice””Take Me to Heaven”で、シスターたちがどんどん上達し、同時にやんちゃなデロリスとの距離が縮まっていくのが痛快だ。内気なシスター、メアリー・ロバート(ソフィー・キム)が勇気を出す”The Life I Never Led”が、ディズニーらしい。修道院長(演技派レベッカ・メイソン-ワイギャル)が”Haven't Got a Prayer”で葛藤を吐露し、デロリスが”Sister Act”で友情を歌いあげて、ついに互いを認め合うところでウルウル… ラストは高さ5メートルのマリア像がミラーボールバージョンになり、デロリスは毛皮とスパンコールドレスに。”Spread the Love Around”でスタンディングとなりました~

バンドは舞台裏で、客席左右のモニターに指揮者の映像を映す形式。広いホワイエからは、駅前再開発で建設中のビルがすぐ目の前に見えました。

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散歩する侵略者

イキウメ「散歩する侵略者」  2017年11月

前川知大作・演出による2005年初演作の、4度目の上演を観ることができた。2013年「片鱗」と並ぶ傑作。妻・鳴海を演じる内田慈の切なさが出色で、愛を知った夫・真治(浜田信也)の慟哭も、観る者を揺さぶる。戦争であれ平和であれ、進む道を決めていくのは、人がもつ「概念」のありよう。いつものように知的で、現代を問う戯曲を、感動と共に。若い演劇ファンが集まった感じのシアタートラム、中央あたりで4800円。休憩無しの濃密な2時間強。

設定はイキウメお得意の、日常に入り込む不穏なホラーSFだ。日本海に面した基地の町で、3日間の謎の失踪から戻った真治は何故か、家族とか所有とか、基本的な概念への理解を失っていた。そして鳴海と姉夫婦(松岡依都美、板垣雄亮)に見守られながら、近隣を散歩しては出会う人から概念を「収集」するようになる。
その頃、凄惨な一家心中を生き残った娘(天野はな)や、傲慢な高校生(ゾクッとさせる大窪人衛)という、真治同様の存在の出現を知ったジャーナリスト(飄々と安井順平)と医師(盛隆二)は、彼らの恐ろしい正体にたどりつく。折しも隣国との軍事的緊張の高まりを背景に、無職の男(森下創)と後輩(栩原楽人)は彼らを積極的に受け入れようとするが…

主演2人の透明な不安定さが、舞台を牽引する。何故か無垢になった夫と向き合い、内田が戸惑いながらも冷え切っていた関係を再構築していくさまが、微笑ましくも哀しい。「それをもらうよ」という「侵略者」のセリフの静けさ、大事なことほど恥ずかしくて口にできないという、繊細な心のひだ。
浜辺にも室内にもなる、抽象的なワンセットで、突如ギザギザの亀裂に人物がはまり込む動きや、俳優の顔を照らしだす白いライトが、超常現象を表現していて巧い。美術は土岐研一。
容赦なくセリフにかぶさる航空機の爆音が、迫りくる軍事衝突を予感させ、昨今の現実とオーバーラップして、胸をざわつかせる。いま、観るべき舞台でした。

黒沢清監督が映画化し、WOWOWでスピンオフドラマを作り、さらにその劇場版を上映、という展開も、時代とのシンクロを感じさせます。

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