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薄い桃色のかたまり

さいたまゴールド・シアター第7回公演「薄い桃色のかたまり」  2017年9月

故蜷川幸雄が育てた平均年齢78歳のシニア劇団を、2007年第1回公演以来、久々に。その第1回を書き下ろした、大好きな岩松了の作・演出で。演出助手には井上尊晶の名も。休憩を挟んで3時間強。
会場は演劇好きが集まった感じの、彩の国さいたま芸術劇場の「インサイド・シアター」。整理番号をもらい、大ホールの裏階段を降りていくスタイルで、非日常感が強い。黒幕をめぐらせた、だだっ広い空間にコの字の客席を据え、客席の間の急な階段も使って展開する。

物語は6月に観た「少女ミウ」に続き、未曽有の震災から6年たった被災者と、復興の欺瞞を描いていて、メッセージ性が強い。添田(宇畑稔)の自宅は避難中にすっかり荒れ、野生の猪が徘徊している。帰還を目指し、隣人たちと流された線路の復旧に汗をかくが、親切な「復興本社」のハタヤマ(堅山隼太)、妻(上村正子)、世話焼きの道子(田内一子)らの間に不穏な空気が流れる。そこへ小高い丘に立つ若い男(内田健司)、都会から行方不明の恋人を探しにきたミドリ(佐藤蛍)の物語が重なって…

「視界から色を失う」ほどの不条理、不気味な獣が象徴する人間の無力さ、そして加害者・被害者が抱えるねじれ。「うらむことはやめようと決めた」という老人のセリフが重い。それでも、この土地には若い恋人同士の、春になったら会おうと言った断ち切られた約束が、確かにあったのだ。蜷川演出へのオマージュのような、桜と未来につながる線路の、鮮烈なラストシーンが胸を締め付ける。鮮やかな美術は「少女ミウ」に続き原田愛。

ゴールド、ネクストの俳優の組み合わせによって、現在と過去が交錯する、幻想と企みに満ちた構成。いつもながら緻密な戯曲が、高齢の俳優によって時々乱されちゃうのが新鮮だ。同時に、お年寄りが発散する色気が不思議な愛嬌となって、舞台に軽みを醸し出す。傘をもった群舞も素敵。いつものようにサイン入り戯曲本を買いました!

第21回鶴屋南北戯曲賞受賞。おめでとうございました!

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羅生門

百鬼オペラ「羅生門」  2017年9月

2013年「100万回生きたねこ」が素晴らしかったイスラエルのインバル・ピント&アブシャロム・ポラックが、演出・振付・美術・衣装を手掛ける、コンテンポラリーダンス中心の舞台。柄本佑と満島ひかりの透明感が印象的だ。お洒落な女性らダンスファンが集まった感じの、Bunkamuraシアターコクーン、上手やや後方寄りで1万800円。休憩を挟み2時間半。

がらんとした空間に、江戸川萬時らダンサー8人と、シンプルなセットで幻想的なイメージを展開。冒頭からグレーの全身タイツのダンサーたちが、固まって泥のようにのたくったり、大詰めでは落命した女の後ろに、リフレインのように列になってうずくまる造形が目を引く。床のそこここに空いた大小の穴から、めまぐるしく俳優、ダンサーが出入りするのも面白い。ごく静かなフライングも多用。石、髪、ランプ、ろくろ首の母など妖怪の要素は、着ぐるみ風でどこか童話的だ。

若手の吉沢亮のほか、田口浩正、小松和重、銀粉蝶という俳優陣は、達者に歌や複雑なフォーメーションをこなす。長田育恵の脚本は、芥川龍之介の「藪の中」「羅生門」の設定をベースに、業を背負う下人の脳内世界として、「鼻」「蜘蛛の糸」のエピソード等を構成。「ねこ」に比べるとストーリー性は薄く、やや散漫な印象は否めないかな。

作曲・音楽監督は蜷川幸雄「海辺のカフカ」などの阿部海太郎。藤田貴大とも組んできた青葉市子ら、ミュージシャン6人も舞台を出入りして、アコーディオン、マンドリン、歌などでシーンの重要なパーツになる。ノコギリ、ウォッシュボードなど面白い楽器も駆使。

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談春「棒鱈」「三軒長屋」

立川談春独演会  2017年9月

全国ツアー中の人気噺家さん、なぜか急な開催で、わずか10日ほど前の売り出しだったけど、さすがの満席です。2つ目披露をしたという思い入れある有楽町朝日ホール。後方の中央あたりで4320円。「9時には出なくちゃならない」とあって、中入りを挟み2時間。

前座無しで談春が登場。マクラはいつものように屈折しながらも、どこか吹っ切れたような風情だ。最近テレビ番組で志らくが志の輔、談春を斬りまくったことに触れ、仲がいいとか悪いとか、責任とかについて、ひとしきりブツブツ。始まってるよ、と笑わせながら、まず「棒鱈」。さん喬さんでも聴いた噺だ。田舎侍の不思議ソングが滑稽で、江戸っ子といい対照となって、気持ちよく笑える。
続いて「三軒長屋」の上。鳶頭の家での、喧嘩の手打のはずがまた喧嘩になっちゃう騒動をたっぷりと。剣術道場とに挟まれた家に住む妾が、あまりの騒がしさに音を上げ、旦那の質屋が、家質(かじち、抵当)になっているからいずれ両隣を追い出す、となだめるところまで。

中入り後に下。道場主と鳶頭が質屋を相手に一芝居うつ。面倒をカネでしのぐ質屋の、世知にたけた対応を筆頭に、登場人物それぞれが相手によって口調、態度をがらりと変える。その呼吸がなんとも巧い。痛快なオチまで、テンポも上々だ。
2012年暮れに、同じホールで聴いた演目。談春さんとしてはさらっとした部類だけど、獅子舞のエピソードとか、笑いもたっぷり。面白かったです。

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浄瑠璃「阿古屋」

床だけコンサートⅡ  2017年9月

文楽の音楽を愉しむと題した、鶴澤燕三が中心の太夫・三味線のコンサートに行ってみた。年配ファンが多い大田区民プラザ、前の方中央で5000円。休憩を挟み2時間。

序章は雛壇前方に、燕三ら三味線陣7人が並んで演奏。文楽のいい節回しをつなぎ合わせて聴かせる趣向だ。
続いて全員でトーク。明るい豊竹呂勢太夫が司会の才能を発揮し、三味線陣では竹澤宗助、中堅の鶴澤清志郎、ダイエットに成功した清馗、若手の寛太郎、清公、そして燕三さん期待の燕二郎、さらに太夫陣で豊竹睦太夫、靖太夫に、テンポよく話を振っていく。大役の思い出、胡弓の弦が切れちゃったハプニングや、師匠のクセなどをコミカルに紹介して、親しみがわく。

休憩後は、まず短く「今昔時移流(いまはむかしうつりゆくとき)」。時をテーマに浄瑠璃を編曲したものだ。
そして素浄瑠璃「壇ノ浦兜軍記 阿古屋琴責の段」を1時間。呂勢太夫が筆頭で熱演し、睦太夫も聴きやすい。
そして燕三、宗助のリードで、燕二郎が重責の三曲を披露。冒頭の琴はちょっとバタバタしていたけれど、三味線になって落ち着き、大詰めの胡弓は滑らかな音色で、かなり達者でした!

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謎の変奏曲

謎の変奏曲  2017年9月

セクシーでシニカルで、ニヤリとさせる大人っぽい愛の物語。フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットによる1996年初演の2人芝居を、岩切正一郎が翻訳、円の森新太郎演出、橋爪功と井上芳雄で。井上ファンが中心ながら、けっこう年配客も目立つ世田谷パブリックシアター、中ほど下手端で8800円。休憩を挟んで2時間半。

ノルウエーの島で孤独に暮らすノーベル賞作家アベル・ズノルコ(橋爪)の元へ、地方紙記者エリック・ラルセン(井上)がインタビューに訪れる。人間嫌いで知られるのに、独占取材を受けたのは何故? 男女の往復書簡のかたちをとったズノルコの最新恋愛小説に、実在のモデルはいるのか? そもそもこの小説を今、出版した動機は? ラルセンの狙いは?
心理ミステリーとも呼びたい多くの謎と、舞台には登場しない魅惑的な女エレーヌをめぐって、男2人の関係性が2転3転していく。愛のかたちは、なんて多様なのか。愛しあっていても、人の心はいかにわからないものか。解釈を観る者にゆだねる、寸止めの演出が心憎い。

76歳になったばかりの橋爪が、とにかく秀逸。膨大なセリフから、知的で傲慢で、色っぽくチャーミングな人物が立ち上がる。なにしろ乱暴な銃声が、コミュニケーションの手段なんだもんなあ。設定はもっと若いのだろう、2013年の三谷版「ドレッサー」(大泉洋とのやはり2人芝居)より溌剌とした演技だ。
対する井上は、純情にみえて実はなかなか曲者。持前の、ちょっと中性的なイメージが効いている。パリ初演ではズノルコをアラン・ドロンが演じて話題となり、日本では1998年に仲代達矢・風間杜夫、2004年に杉浦直樹・沢田研二で上演したそうです。スターのための戯曲ですねえ。

上手寄りに天井までの本棚とピアノがある、作家の居間のワンセット(美術はまたまた伊藤雅子)。下手寄り奥の広い掃き出し窓が、一面の澄んだ白夜から、ほのかな茜色、そして夕闇へと移り変わるのが鮮やかだ。室内の照明も微妙に変化。北極圏独特の、長い昼から長い夜への移行は、ゆったりと、しかし確実に移り行く時を感じさせる。「威風堂々」の英作曲家、エドワード・エルガーによる「エニグマ変奏曲」がタイトルのモチーフ。洒落てました~

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文楽「生写朝顔話」「玉藻前曦袂」

第二〇〇回文楽公演 2017年9月

昼夜で勘十郎さんが大活躍する9月公演。まず第一部は観る者をイライラさせる男女のすれ違い劇「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」。ヒロイン深雪の運命が見事なジェットコースターぶりだし、三味線や琴の音がキーになるのも洒落ていて、けっこう現代的に楽しめる。初日から盛況の国立劇場小劇場、上手寄り後ろの方で7000円。休憩2回をはさみ4時間半。

戯曲は天保3年初演、読本→歌舞伎→浄瑠璃と練り上げられたロマンスのようです。
宮城阿曽次郎(珍しく2枚目の吉田玉男)と深雪(吉田一輔)が恋に落ちる、発端の宇治川蛍狩りの段は、竹本小住太夫が朗々。楽しみだなあ。芸州(広島)の家老のお嬢様、深雪が大胆に押しまくり、阿曽次郎の格好良さを印象づける。確かに、女扇にさらさらと「朝顔の歌」(物語のテーマソング)を書きつけるやら、酔いどれ浪人をやっつけちゃうやら、わかりやすい王子様ぶりだ。
続く明石浦船別れの段は、安定の竹本津駒太夫、鶴澤寛治、琴で鶴澤燕二郎。月の夜、風待ちの船上で2人が再会、深雪の猛攻に阿曽次郎がこたえる。船頭の桐竹勘介が小芝居。しかし突然の大風で船が動き、再び離れ離れに。阿曽次郎の手に、深雪が投げた朝顔の扇だけが残るラストが切ない。

ランチ休憩の後、浜松小屋の段は、存在感を増す豊竹呂勢太夫を鶴澤清治が支える。阿曽次郎会いたさに家出した深雪は、浜松の街道筋で、なんと盲目の三味線弾きに落ちぶれている。この段だけ登場の御年84歳・吉田蓑助が、深雪の色気と哀れを表現して絶品だ。乳母・浅香(人間国宝になった吉田和生)と再会したのも束の間、浅香は悪漢と刺し違え、伏線となる守り刀を託して息絶える。

短い休憩の後はお楽しみ、チャリ場の嶋田宿笑い薬の段だ。豊竹咲太夫、鶴澤燕三という切場並みコンビが、体調十分とは言えないものの、技巧を発揮する。舞台は大井川岸の旅館。駒沢次郎左衛門(改名した阿曽次郎)を狙う悪臣の一味・萩の祐仙(桐竹勘十郎)が、しびれ薬を仕込むものの、宿の主人・徳右衛門(桐竹勘壽)の機転で逆に笑い薬を飲まされちゃう。その名も祐仙という、愛嬌たっぷりのカシラ(一つしかないそうです)で、丁寧に茶をたてる動きがまず楽しい。笑いが止まらなくなってからの悶絶は、右へ左への大騒ぎだ。
続く宿屋の段が本来のクライマックス。渋く豊竹呂太夫、竹澤團七、琴で鶴澤清公。細やかだけど、切なさは今ひとつか。宿の庭先で通称・朝顔、実は深雪(かわって豊松清十郎がなかなかの熱演)が、思い出の朝顔の歌を奏でる。後ろの座敷で、愛しい次郎左衛門がじっと見守っているのに気づかない。あー、なんてこと! 次郎左衛門は役目を優先し、主人に扇と目薬を託して出立しちゃう。
大詰め大井川の段は、次郎左衛門を追いかける深雪が、髪振り乱して激しいアクション。体を捻じったり、杭にすがりついたり。またまた一足遅れで川止めに遭い、絶望からあわや身投げ、というところで、実は浅香の父・徳右衛門の犠牲によって深雪の目が治り、先行きに希望が射して幕となりました~

後日、足を運んだ第二部は「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」。「いがみの権太」ばりの自己犠牲談、プラス猿之助風のケレンがたっぷりという、サービス精神満載の演目だ。中ほどのいい席で同じく7000円、休憩3回を挟み5時間弱。
能「殺生石」にもなった金毛九尾の妖狐伝説を、読本をもとに近松梅枝軒らが人形浄瑠璃に仕立て、1806年に初演。昭和49年に淡路人形座の曲も参考にしつつ復活し(玉藻前は初代玉男)、一昨年には大の狐好きの勘十郎さんが、大阪で演じて大当たりをとり、楽しみにしていた東京上演です。

導入の清水寺の段は掛け合い。明るい清水舞台を背景に、悪人・薄雲皇子(吉田玉也)の謀反の企てや、可憐な右大臣の娘・桂姫(吉田蓑二郎)と格好いい采女之助(うねめのすけ、吉田幸助)の恋を紹介する。
続く道春館の段が大曲で、奥は竹本千歳太夫・豊澤富助が張り切る。いい声だけど大詰めの絶叫が気になるかな。お話は、皇子の手先・鷲塚金藤次(こちらははまり役の吉田玉男が大きく)が、皇子を振った桂姫の首を出せと迫り、切髪の後室・萩の方(吉田和生、今度は拍手あり)が双六勝負で、実子の妹・初花姫(吉田文昇)を身代わりにしようとする。左右対称に位置する姉妹がお揃いで、華やかな赤い打掛から死を覚悟した白い打掛に着替えるのが、目に鮮やか。バックギャモンのような双六の、サイコロを振る仕草も面白い。
母、娘のクドキ、そして金藤次が桂姫を討ち、実は実父だったと告白するびっくりのモドリ。「こりゃ娘、父(てて)じゃわい」で拍手~

30分の休憩後はスペクタクルに転じ、神泉苑の段を、豊竹咲寿太夫・龍爾改め鶴澤友之助、奥は朗々と豊竹咲甫太夫・鶴澤清介。初花姫が玉藻前と名を改め(桐竹勘十郎)、帝の寵愛を独占しているが、妖狐に乗り移られ、皇子と結託して、なんと日本を魔界にしようと企てる。
この作品だけで使う特殊なかしら2種類が登場して、拍手。長い髪をさばくと同時に180度回転して、娘と狐が入れ替わる「両面」、そして娘の顔の前に、鬘の下から狐を出す「双面」だ。
続く廊下の段で玉藻前が全身から光を放ち、妖力を露わにする。タイトルの元になったシーンを照明とスモークで演出。

短い休憩があり、訴訟の段はチャリがかって、いい加減な皇子の無茶ぶりで、なんと裁判を任されちゃった傾城亀菊(吉田勘彌)が、借金の揉め事やら色恋沙汰やらを下世話、かつけっこう賢く裁いて笑わせる。
物語大詰めの祈りの段は、竹本文字久太夫・竹澤宗助。亀菊が自らを犠牲にして、神器・八咫(やた)の鏡を采女之助に渡し、皇子の謀反はあっけなく頓挫。玉藻前は最大の弱点・獅子王の剣を突きつけられて正体を現し、那須野が原へ飛び去る。勘十郎さん、見事な宙乗り!

ラストは宝塚のレビュー風に、ストーリーと関係ない舞踊となり、「七化け」で勘十郎さんが早替りを演じる。なんと左と足が5組控えていて、入れかわり立ちかわり支えるそうです。
退治されて石になった妖狐が、夜な夜な化けて出るという趣向。座頭、在所娘、雷、いなせな男、夜鷹、女郎、奴、狐とめまぐるしく人形をかえながら、それぞれの仕草を器用に演じ分ける。雲や草のセットをうまく使った素早い転換が目に楽しく、客席は沸きに沸く! 床も咲甫太夫ら5丁5枚で、鶴澤藤蔵さんら三味線も大暴れでした。地方に伝わる大衆性と、現代的なスピードの融合。あー、面白かった。

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能「定家」

銀座余情 大槻文蔵人間国宝認定祝賀 能「定家」  2017年9月

GINZA SIX地下3Fに今春オープンした観世能楽堂の会に行ってみた。コンパクトで縦長のスペース、正面中ほどで1万1000円と高め。休憩を挟んで3時間弱。
まず歌人の馬場あき子が客席前で、「定家の魅力」と題して解説。物語は俊成の息子で若きホープ・定家と、俊成の弟子で後白河院の第三皇女・式子(しょくし)内親王という、歌人同士の忍ぶ恋だ。「玉の緒よ」など、詞章に散りばめられた百人一首や古今集などを説明してくれる。なんだかヒットソングで構成したミュージカルみたいだなあ。
舞台はまず仕舞。「花筐(はながたみ)」を観世銕之丞(てつのじょう)で短く。世阿弥の狂女ものだそうです。

休憩を挟んで眼目の能「定家」。金春座の棟梁で世阿弥の娘聟、金春禅竹の作とされている。2時間の大曲だけど、ロビーで対訳(500円)を仕入れて読むと、意味がよくわかって飽きません。
前半は旅の僧(ワキ、福王茂十郎)が都で時雨にあい、雨宿りしたところで、里女(前シテ、大槻文蔵)と出会う。ここは定家が建てた「時雨の亭(ちん)」だと教え、石塔に案内する。内親王の墓で、定家の執心が葛となって巻き付いていた。
初冬の冷たい時雨と涙のつながりが美しい。文蔵が葉と引廻し(幕)で覆った作り物の墓の後ろに姿を消して中入。茂山あきら(大蔵流)の間狂言の時間を使って、緋色の衣装から、やつれた「痩女」の面、薄い黄と水色の衣装に替える。
後半はまず作り物の中から声がして、後見が幕を払うと、
式子内親王の霊(後シテ)が座っている。腕を重ねて囚われの風情。僧が読誦する「薬草喩品(ゆほん)」で葛から解放され、作り物から出て、序の舞へ。緩やかで上品だ。しかしラストは再び、墓を回って葛にからまれたことを表現、俯いてはかなく消えてしまう。

大槻文蔵は大阪を本拠にしており、2016年に人間国宝。小鼓も人間国宝の大倉源次郎でした。

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ワーニャ伯父さん

シス・カンパニー公演 KERA meets CHEKHOV Vol.3/4 ワーニャ伯父さん  2017年9月

ケラリーノ・サンドロヴィッチが上演台本・演出でチェーホフ4大戯曲に挑むシリーズの第3弾を、2013年「かもめ」、2015年「三人姉妹」同様に豪華キャストで。前2作以上に、笑いやキレのいい動きなどが緻密だ。みすぼらしい造形のワーニャ伯父さん(段田安則)に焦点が絞られ、人生の虚しさもくっきり。1899年初演で、農民の立場とかは100年以上前のロシアのものでも、切なさは全然古びていない。国立劇場小劇場、俳優の熱が伝わる前のほう、中央のいい席で、8500円。休憩を挟み2時間半。

大学教授を引退したセレブリャーコフ(お馴染み山崎一)は美しい後妻エレーナ(宮沢りえ)と、先妻の実家である田舎屋敷に身を寄せる。勤勉な先妻の兄ワーニャは母(立石涼子)、先妻の娘ソーニャ(黒木華)と共に、都会の知識人セレブリャーコフを尊敬して、長年その生活を支えてきた。しかしその尊大な言動に苛立ちを募らせていき、身勝手な提案を聞くに至ってついに怒りを爆発させる。

特に1幕、登場人物の果てしない愚痴から、それぞれが求めるものと、すれ違いが立ち上る。ワーニャと理想主義の医師アーストロフ(横田栄司)は、魅力的なエレーナに臆面なく言い寄り、ソーニャはアーストロフに純な恋心を抱くが、もちろん報われない。なだめ役の没落貴族テレーギン(小野武彦)、乳母(文学座、自由劇場などの水野あや)を含め、誰もがどん詰まり。

俳優はみな高水準で、どこか愛らしい。まずは段田が出色。どうしてここまで、みすぼらしくできるのか。セレブリャーコフへの怒りから発砲するけど、殺人には至らず、口で「バン」と叫んでへたり込んじゃう。対する宮沢は、出てきただけで目を奪われる華やかさ。にじむ年齢を含めて、いい味だ。
熱い人物揃いのなかで、ひとり黒木が可憐で、物語全体を引き受けるラストのセリフの説得力が素晴らしい。人生に何の実りもなくても、働いて、つましく生きていく。それまでのスピード感が一気に収束する静けさが効果を生み、諦めさえも爽やかだ。揺れ動く影や、卓上にポツンと残る蝋燭の火の余韻が深い。
山崎の世間知らずぶりと、知識を偏愛する立石が、さすがの安定感だ。横田はいつものスケールをなんとか抑制したかな。下男に夢民社出身の遠山俊也。

低い段のあるステージに、家具、カーテン、動く窓など写実的なセットを抽象的に配置してシーンを構築、暗転で動かすかたちだ(美術は伊藤雅子)。生演奏のギターは伏見蛍。

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