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怒りをこめてふり返れ

2016/2017シーズン演劇「怒りをこめてふり返れ」   2017年7月

「JAPAN MEETS… 現代劇の系譜をひもとく」シリーズとして、1956年初演、社会現象「怒れる若者たち」を巻き起こしたというジョン・オズボーンの戯曲を、水谷八也による新訳、千葉哲也のみずみずしい演出で。「ヒストリーボーイズ」などの中村倫也(ともや)が、休憩を挟み3時間強、時代の閉塞に対する膨大な怒りのセリフを放出。切なさと現代性を感じさせる。新国立劇場小劇場の下手端、中段で5900円。

イギリス中部の田舎町。登場人物は5人だけで、屋台のキャンディー屋ジミー(中村倫也)と相棒クリフ(浅利陽介)、中産階級出身のジミーの妻アリソン(「鱈々」などの中村ゆり)が住む安アパートへ、アリソンの友人ヘレナ(三津谷葉子)が訪ねてくる。殺伐とした暮らしをみかねて、インド駐在だった父レッドファーン大佐(真那胡敬二)とともにヘレナを実家へ帰すことにするが…。

休日の夕方、新聞を読むほか楽しみもない。中村倫也が大声で、ぱっとしない妻や保守的な妻の家族、先行きに希望をもてない境遇、大義なき社会を罵倒しまくる。背景にあるのは、介入したスペイン内戦での敗北や、1956~57年の第2次中東戦争(スエズ紛争)ではっきりした英国の斜陽だ。だが、その苛立ちは、昨今のトランプ現象とか、短絡的なネトウヨとかにも通じる気がして、古びていない。

怒声が延々続くのだけれど、決して下品ではない。メディア情報と無力感を胸にため込んだジミーの息苦しさを、物理的に、生々しく伝える。肉声による舞台ならではの効果。だからこそ、実らないヘレナとの関係、そして傷ついたアリソンとの再会が、深い後悔を漂わせて哀切だ。反逆者というよりも、孤独で未熟な若者同士の、不器用な愛の物語。名作だなあ。

中村倫也のチャーミングさ、色気に対し、中村ゆりは透明で、疲弊した前半から、芯の強さを示す大詰めにかけて、しり上がりに存在感を増す。曲者・浅利が愛なのか友情なのか、曖昧に2人の「緩衝地帯」を演じて、全体を引き締める。溌剌とした三津谷も健闘。元グラドルなんですね。

屋根裏部屋のワンセットは、斜めにねじれたような壁や深い奥行が閉塞を象徴する。アイロン台、水バケツやベッドが雑多に並ぶ。美術はお馴染み、二村周作。劇中ではトランペットなど、ニューオリンズジャズが多用される一方、冒頭とラストの強いライトの明滅とラップ、足を踏み鳴らすような音が、50年代と現代を結ぶ。
客席には河原雅彦さんらしき姿も。

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