文楽「寿柱立万歳」「菅原伝授手習鑑」「加賀見山旧錦絵」
第一九九回文楽公演 2017年5月
英大夫改め六代豊竹呂太夫襲名披露の文楽公演で、ロビーには安倍首相夫妻らの花が並んで華やかだ。人形陣はもちろん、文字久太夫、千歳太夫らが充実。
まず第一部は大正期初演、常磐津節をベースにした、めでたい「寿柱立万歳(ことぶきはしらだてまんざい)」から。江戸にやってきた三河万歳コンビが、新築時に大黒柱を祀る「柱立」を真似て、賑やかに踊る。三輪太夫ら5丁5枚で。
短い休憩後、お馴染み「菅原伝授手習鑑」を茶筅酒の段から。コミカルだけど、3兄弟の妻が持参する祝いの品が後の展開を暗示する。喧嘩の段は咲寿太夫・龍爾。松王丸(玉男)と梅王丸(幸助)が米俵まで持ち出し、アクションたっぷり。続く訴訟の段では、勘当となる松王丸の複雑な心境がきめ細やかだ。
前半のハイライト、桜丸切腹の段は、文字久太夫・藤蔵が切々と。桜丸の簑助さんは動かず静かに、若者の悲痛な覚悟を存分に。老親・白太夫(玉也)が介錯に、鉦を鳴らして成仏を助けるという、豊かな音楽性が胸に響く。桜丸の妻・千代に勘十郎、梅王丸の妻・春に一輔。
ランチ休憩の後は口上。呂勢太夫の司会で津駒太夫、清治、勘十郎が笑いを交えつつ挨拶。
短い休憩を挟んで菅原伝授の後半を、呂勢太夫・清治の賑やかな寺入りの段から。続いていよいよ襲名披露狂言、身代わり劇の王道・寺子屋の段へ。前を新・呂太夫と清介で渋く。寺子屋主人・源蔵(和生)戸浪(観壽)夫婦と松王丸(スケール感のある玉男)・千代(きめ細かな勘十郎)夫妻の、息詰まる攻防だ。
大詰めは切り場語りの咲太夫・燕三で。体調万全ではないようだけど、さすがの説得力。白装束となった松王丸夫婦の、悲しくも流麗ないろは送りで幕となりました。
1週間後に第二部の「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」。享保から寛延(1716~1751)の加賀騒動を題材に、歌舞伎を取り込んで、天保5年(1824)に現在のかたちになったそうです。初めて観たけど、変化に富んで面白かった!
前半は鳥井又助(かしらは松王丸と同じ文七。幸助がパワフルに)の、得意絶頂からどん底へ、ジェットコースターのような運命を描く。幕開きはアクションシーンの筑摩川の段。主人・求馬のためと信じて、又助が増水した川で勇敢に悪者を討ち、豪快に高笑い。御簾のメリヤスが盛り上がる。
続く又助住家の段は、中を咲甫太夫・清志郎で切なく。又助が重宝を買い戻せるようにと、妻・お大(清十郎)が健気にも身を売ることを決意し、心にもない愛想尽くしを言う悲劇だ。
奥は呂勢太夫・宗助が熱演。家老・安田庄司(文昇)の言葉で、実は騙されて主君を討ってしまったと知る又助。急転直下、なんと我が子を手にかけ、さらに自ら求馬(勘彌)に討たれ、お大も自害しちゃう。一家全滅の無茶苦茶な展開なんだけど、家老の理解で求馬の帰参がかない、身分の低い者の熱意と犠牲が実を結ぶ。意外に爽快だ。
休憩を挟んで、後半は女版・忠臣蔵。前半とは独立したエピソードだ。御殿女中のいざこざがテーマとあって、歌舞伎では宿下がり時期の3月上演が定番だったとか。
草履打ちの段は、津駒太夫らを寛治の三味線が支える。鶴岡八幡宮で、武家出身の局・岩藤(珍しくワル役の玉男)が中老・尾上(和生)を激しく苛める。ここですでに、尾上は自害を決意! 続く廊下の段は明朗に咲甫太夫・團七。腰元たちの噂話の後、岩藤が尾上の召使・お初(待ってました勘十郎)まで苛めちゃう。尾上が町人のくせに出世したせいと思いきや、実は尾上が叔父弾正と岩藤のお家乗っ取り計画を記した密書を握っており、手向かいさせて追放するのが狙い。お初は図らずもこの奸計を立ち聞きする。
そしていよいよ眼目の長局の段。緊迫かつ人情あふれる会話、クドキ、激情と振り幅大きい難曲を、千歳太夫・富助が懸命に。まず私室で沈み込みながら心中を明かさない頑固な尾上を、年少でも気丈なお初が懸命に励まし、諭す。1748年初演の忠臣蔵を持ち出し、歌舞伎より文楽と言ったりして面白い。お初がまめまめしく茶を煎じる間、尾上は「江戸冷泉」の節をバックに、書き置きをしたためる。細かい動き、小道具が多くて目が離せません。団扇の柄が折れ、扇がばらばらに! ついに尾上はお初に、遺恨の草履と書き置きを実家へ届けるよう言いつける。お初は塵手水で尾上を無事を祈り、いったん出掛け、ひとり残った尾上が先立つ不孝を切々と。
ここからは大掛かりなセット転換が連続する怒涛の展開だ。辻占や烏の声に胸騒ぎを覚えて文箱を開けたお初が、慌てて取って返すものの、尾上は仏間で自害しており、後の祭り。一転、激情を爆発させ、髪を振りほどき、無念の懐剣で軒先の藤の花を切り捨て、駆け出していく。格好いいなあ。
クライマックスの奥庭の段で、お初は気丈に岩藤を討ち果たす。雨、赤貝をすり合わすというカエルの声、そして傘を使った立ち回り。ラストにまたまた安田庄司登場。お初の訴えを認めて、スカッと幕となりました。
単なる陰湿な苛め話ではなく、登場する女性それぞれ自我が強くて、智恵とプライドが激突する。現代的なお話だなあ。