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豚小屋

地人会新社第6回公演「豚小屋~ある私的な寓話~」   2017年1月

南アのアソル・フガードによる1987年の戯曲を、栗山民也が翻訳・演出。共同体の抑圧、人間の尊厳という重いテーマを突きつけつつ、すがすがしい後味を残す。緊張感の高い2人芝居で、北村有起哉、田畑智子が秀逸! 年配客が目立つ新国立劇場小劇場、下手寄りで6500円。休憩無しの2時間弱。

脱走兵パーヴェル(北村)が身を隠す、狭い豚小屋のワンセットで、暗転で4景をつないでいく。41年も豚小屋にこもっていたソビエト兵の実話にインスパイヤされたとか。家畜の声がうるさく、見ているだけで臭ってくるよう。
同じ栗山演出だった「鱈々」「木の上の軍隊」と通じる、相当ハードな息苦しさなのだが、唯一パーヴェルの存在を知る妻プラスコーヴィア(田畑)が出入りして、時に素っ頓狂な反応を示し、空気を軽くしちゃう。パーヴェルも、小さいことを延々と考え続ける感じが妙にユーモラスで、現代的な造形だ。
蝶のエピソードの極限状態から、後半で一歩、外へ出るシーンがなんとも切ない。大詰めでは一気に、パーヴェルが世界の罪を背負う聖者に見えてくる。鮮やかだなあ。罪とは人と人を区別し、囲ってしまう、すべての不自由さなのか。何より、破滅的な状況でも笑みを浮かべ、寄り添っていく老いた妻の美しさ。

瘦身の北村は、相変わらず膨大な台詞、過酷なシチュエーションをものともせず、強靭で、観る者をぐいぐい引き込む。そして対する田畑の透明感に驚く。無垢な存在感があり、歌声も繊細。観て良かったです。

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