第一九六回文楽公演 第1部 第2部 2016年9月
古典芸能漬けのシルバーウイーク。まずは国立劇場小劇場へ。開場50周年記念と銘打った9月文楽公演は、並木宗輔が平家の滅びの美を描いた時代物「一谷嫩軍記」の通し狂言だ。
部分的には文楽で2回、歌舞伎で2回観たことがあり、特に團十郎さんの熊谷は忘れられないけど、通しは珍しいとのこと。勘十郎さんの熊谷を軸に、組討なども出て、改めて起伏に富む名作との印象を強くする。後ろの方、やや上手寄りで7000円。休憩2回を挟んで、たっぷり4時間半。
初日は第一部を観劇。初段、堀川御所の段は大夫は簾内、人形も黒衣姿だ。大将義経(幸助)が俊成の娘・菊の前(簑紫郎)に具申され、敵ながら平忠度の歌を千載集に入れることを許可し、2つの重要な命を下す。
続く敦盛出陣の段は、中の始太夫・団吾が聴きやすく、奥の文字久太夫・清介もなかなか安定。
舞台は福原の平経盛の館だ。まず息子・敦盛の許嫁である玉織姫(一輔が淡々と)が、連れ戻しに来た実父の使者をいきなり切り捨てちゃってびっくり。そして祝言の席で敦盛(和生)が、実は後白河院の落胤という秘密が明らかになる。経盛は止めるものの、敦盛は平家の一員として覚悟の出陣。馬にまたがった若武者姿が格好いい。ラストは母・藤の局(勘彌)たちが敵を蹴散らすアクションで、強い女性が痛快。また導入を観ると、平家側がのっけから敗戦を悟っていて、全編を無意味さが覆うニヒルな物語だということがよくわかる。
30分の休憩後は陣門の段から。一ノ谷の陣所で、直実の若い息子・小次郎直家(和生が2役)が、聞こえてくる笛の音に風雅を感じ、いっとき戦さを虚しく思う絶妙のフリ。先陣で手傷を負い、熊谷(堂々と勘十郎)が助け出す。
景色が開けて、須磨浦の段へ。敦盛を追ってきた玉織姫が、なんと横恋慕する平山武者所(玉佳)に斬られちゃう。
そしていよいよ素浄瑠璃でも取り上げられるという、組討の段。咲甫太夫・錦糸が音楽的で盛り上がる。馬で海に乗り入れた敦盛と熊谷(盤石の勘十郎)が一騎打ち。半分ぐらいの大きさの遠見の人形から、一瞬で通常の大きさに切り替わるスペクタクルが盛り上がる。その後、熊谷は平山が見ているため、逃がすことができず、ついに敦盛の首をはねる。これが実はすでに直家なんですね~ 車匿(しゃのく)童子を引用した、別れの悲痛。直実の、両のこぶしを目に当てて、のけぞって嘆く仕草が、豪快かつ胸に迫ります。
10分休憩を挟んで、冒頭で義経が発したもう一つの命令を追う林住家の段、通称「流しの枝」。本公演では41年ぶりだとか。中の睦太夫・清志郎が朗々とし、奥の千歳太夫・宗助が気合十分で聴かせます。
摂津にある、かつて菊の前の乳母だった林(和生さん大活躍)のあばら家で偶然、忠度(立派に玉男)と恋人・菊の前(可愛い蓑助さん)が再会。義経から短冊を結んだ山桜の枝を託された岡部六弥太(玉志)が訪ねてきて、忠度の作が詠み人知れずながら、千載集に入ることを伝える。思い残すことはないと、さっそうと覚悟の負け戦に向かう忠度。文武両道の人です。その右袖を、菊の前に与え、戦場で会おうという思慮深い六弥太。大人っぽい段でした!
そして翌日に第2部を鑑賞。今回は前のほう中央のいい席だ。休憩2回で4時間強。
幕開けは毎回楽しみな、五十周年を寿ぐ祝儀曲「寿式三番叟」。松の画を背景に、正面雛壇に津駒太夫、呂勢太夫、咲甫太夫ら、寛治、藤蔵、清志郎らの9丁9枚が、ずらり並んで壮観だ。
厳かに文昇の千歳、玉男の翁が舞ったあと、リズミカルな三味線に乗って、三番叟コンビが袖を振る揉の段、四方に種を蒔く鈴の段へ。今回は玉勢・簑紫郎。思えば2009年に勘十郎・玉男、2011年に幸助・一輔、さらに2013年には文昇・幸助で観たんだったよなあ。世代交代を感じます。
15分の休憩後、「一谷嫩軍記」の続きで三段目、弥陀六内の段から。御影の石屋・
弥陀六の家へ、石塔を注文した謎の若者・実は敦盛(和生)が訪ねてきて、娘・小雪(紋臣)の思いを退け、笛を託す。
つづく脇ケ浜宝引の段は、お楽しみのチャリ場となり、咲太夫・燕三。病み上がりという咲さん、迫力には欠けるけど、唯一の切り場語りとあって軽妙さはさすがだ。「広島カープの赤」「玉男、そうそう玉織姫」とか、ジョークを連発!
弥陀六が建てた石塔のところへ、藤の局(勘彌)が追手から逃れてきて、小雪の持つ敦盛の青葉の笛を発見。百姓たち(ツメ人形がとても個性豊かだ)が、敦盛の最期を口々に語る。
藤の局を追って番場忠太、須股運平(お父さんの前名を継いだ簑太郎、カシラはひょうきんな鼻うごき)が現れ、百姓たちと揉み合って運平が死んじゃう。ちょっとお下劣な大騒ぎののち、源氏方への報告役をクジで決めることになり、庄屋孫作が引き当てる。段切れは忠臣蔵のパロディだそうで、茶目っ気満載なんだなあ。
30分の休憩を挟んで、一転シリアスに戻って熊谷桜の段。文楽では玉男さんの直実を観たことがある。まず須磨の熊谷の陣屋で直実の妻・相模(清十郎が抑制的に)が藤の局と再会し、敦盛の敵討ちを迫られ苦悩する。
そしていよいよ、義経の制札の意味が明らかになる熊谷陣屋の段。前は呂勢太夫・清治が精いっぱいの奮闘だ。後は英太夫・團七。巧いものの、祖父の前名・6代目呂太夫襲名が決まっただけに、もうひとつパワーが欲しいかな。
敦盛の墓参から戻った直実が、やけにピリピリしているのが意味深な伏線だ。相模、藤の局に敦盛の最期を語るくだりは、浄瑠璃らしくメロディアスで、母を思うセリフも深い。青葉の笛を弔うと、障子に敦盛の影が映り、形見の鎧が現れる展開が鮮やかだ。
そして直実が首桶を持ってくると、中央から颯爽と義経(幸助)が登場し、怒涛の首実検へ。制札を使った見得がなんとも大きい! 義経は弥陀六の正体を見抜いて、鎧櫃にひそむ敦盛を託す。熊谷が舞台中央で僧形を表し、「16年はひと昔」の名セリフ。つくづく無常です。
いやー、2日間、堪能しました!