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ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン

シアターコクーン・オンレパートリー2016 ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン  2016年7月

松尾スズキ作・演出の、雑多かつ毒気たっぷり、豪華配役のコメディ。女性が多めながら幅広い客層が集まったシアターコクーン、中段下手寄りで1万500円。休憩を挟み3時間半。

アジアの架空の国。反政府ゲリラに拘束された風俗ライターの先輩ヤギ(吹越満)を救出しようと、作家の永野(阿部サダヲ)が入国し、美しい男娼トーイ(岡田将生)と逃避行するはめに。女優の妻ミツコ(堂々の寺島しのぶ)も、マネジャーかつ愛人のオカザキ(岡田が2役)と共に、夫の捜索に乗り込んでくる。
繰り返される内戦の凄惨さや、「アンディー・ジャー(松尾スズキ)の椅子」が象徴するグロテスクな搾取の構図など、社会的を味付けを加えつつも、相変わらずの下ネタ、自虐的笑いが全編を覆う。映画監督や首相のパロディ、美少年らのダンスに加え、後方上段に陣取った語り手・伊藤ヨタロウの歌、邦楽ユニット・綾音による演奏と、趣向が満載。なんと音楽協力には、豊竹咲甫大夫の名前も。

無茶苦茶の展開を、ツワモノの俳優陣が達者にこなす。無精ひげの阿部がかなり2枚目だし、岡田は持ち前の透明感を存分に発揮。声や所作も際立ってるなあ。吹越は後半ずっと山羊なのに、さすがの存在感。さらにハイバイの岩井秀人が、現地ガイド役でびっくりの怪演だ。
大人計画の面々では、振付師などの皆川猿時がひときわ飛ばしまくり、女ゲリラ・池津祥子、クラブオーナー・杉村蝉之介、ダンサーの近藤公園、顔田顔彦、活動家・平岩紙が安定。
客席にはケラリーノ・サンドロヴィッチ、緒川たまき夫妻、森山未來の姿も。

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シネマ歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」 

月イチ歌舞伎「野田版 研辰の討たれ」  2016年7月

2005年5月、中村勘三郎の18代目襲名披露狂言を、シネマ歌舞伎で鑑賞。木村錦花作の新歌舞伎をベースに、野田秀樹が脚本・演出を務め、2001年8月納涼歌舞伎の初演で評判をとった演目だ。
当時50歳の勘三郎が、全編野田戯曲らしく飛び跳ね、言葉遊びやギャグを連発して、汗だくの大熱演だ。2012年に亡くなった事実を知る今観ると、「生きたいよお」という叫びが胸に迫る。同時に仇討を囃すだけ囃して、あっという間に飽きちゃう大衆の姿から、エンタテインメントで看板を背負っていく者の気概を感じさせる。
年配女性を中心に大入りの東劇、中央あたりで2100円。休憩無しの1時間半。

赤穂浪士討ち入りのニュースで沸く、近江・粟津藩の剣術道場。ひとり研屋あがりの守山辰次(勘三郎)だけは、馬鹿馬鹿しい、潔い死を望まない武士もいるはずだと自説を語り、顰蹙をかう。よせばいいのに奥方・萩の江(威風堂々の中村福助)の前で、お追従から家老・平井市郎右衛門(坂東三津五郎)に剣術指南を請い、散々に打ち据えられちゃう。仕返しに「ピタゴラ装置」ばりのからくりで市郎右衛門を脅かすが、家老は仰天のあまり卒中で死去。子息・九市郎(颯爽と市川染五郎)、才次郎(同じく中村勘九郎)に仇と追われるはめに。
2年後、辰次は逃亡先の道後温泉で、仇討の旅と出まかせを言い、芸者のおよし(福助が2役)、おみね(中村扇雀)姉妹や金魚(中村芝のぶが可憐)、役人・町田定助(中村橋之助)の人気を得ている。そこへ平井兄弟が現れてすったもんだの末、大師堂で対決。堂守良観(橋之助が2役で重々しい)に諭され、兄弟の刀を研いで必死に命乞いするが、移り気な見物衆が去ったところで結局、討たれてしまう。憐れだなあ。

有名なだんまりでの、ウエストサイド・ストーリーみたいな群舞など、かなりはちゃめちゃ。とはいえさすが歌舞伎俳優、皆さん悪びれせずにやり切ってます。「見事じゃ!」を連発する福助、軽妙なステップを披露する三津五郎。太夫が旅籠の階段上から、見台をもって舞台前面にでてきちゃったり。ほかに中村獅童、中村七之助、坂東弥十郎、片岡亀蔵ら。
階段状の回り舞台で、様々な職業の通行人を歩かせるくだりは、本当の主人公が大衆と思わせて文学的だ。冒頭の影絵による討ち入りや、舞台いっぱいを使う畚(ふご)シーン、お堂のバック一面の紅葉、そして幕切れ、胡弓の「カヴァレリア・ルスティカーナ」間奏曲にのせ、はらはらと散る一葉も鮮やか。最後はカーテンコールでした~

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BENT

PARCO PRODUCE  BENT ベント  2016年7月

米マーティン・シャーマンの1979年初演作を、徐賀世子翻訳、4月の「イニシュマン島のビリー」がよかった森新太郎の洗練された演出で。掛け値なしの極限状況で、ゲイの男性が抱く純愛、そして人間の尊厳というものを、佐々木蔵之介が熱演する。若い女性が目立つ世田谷パブリックシアターの見やすい後ろの方、上手寄りで8800円。休憩を挟み2時間45分。

1934年、ベルリン。心に傷を秘め、自暴自棄、享楽三昧に暮らしていたマックス(いかにももてそうな佐々木)と恋人ルディ(細身の中島歩)の運命が、ナチによる突撃隊幹部の粛清「長いナイフの夜」を境に暗転する。突撃隊関係者とみなされ、ゲイ迫害もあって辛い逃亡生活を送った挙句、護送列車でルディは落命。マックスは送り込まれたダッハウ強制収容所で、ユダヤ人と偽り、ぎりぎりのところで生き延びようとする。やがて自我を貫くホルスト(北村有起哉が不器用そうで、抜群の存在感)と、不毛で過酷な石運びの作業をこなすうち、心を通わせ始める…
人間が人間に示す、歯止めのきかない残酷さ、それに直面してなお、正気を保つということ。マイノリティの葛藤、そして自我を受け入れる選択ということ。思わず目を背けてしまうような過酷な物語なんだけど、世界に他者を排除する感情が高まっているように思える今だから、ずっしりと胸にこたえる。

すべてを語るのは、まさに俳優の身体だ。ほとんど全編出ずっぱりの佐々木、そして後半はほぼ2人芝居となる北村が、丸刈り、むき出しの痩せかたで演技して、非常に雄弁。ヘビーな内容ながら、陰惨なだけでなく、ちゃんとユーモアやリズム感も伝えていて、素晴らしい。これぞ演劇。
「真田丸」の悲劇の甥っ子・秀次でお馴染み、新納(にいろ)慎也はゲイクラブのオーナー・グレタ役。ラメのドレスでブランコに乗り、歌を披露する。映画版ではミック・ジャガーが演じたとか。陰のある感じがぴったりだなあ。そして金髪ウルフなどの小柳友も色っぽい。マックスの叔父に藤木孝。

BGMは最小限、セットも人力で回す階段上のセットと照明ぐらいで、シンプルかつ印象的(美術は「コペンハーゲン」が素晴らしかった伊藤雅子)。特に、不吉な赤いライトに浮かび上がる、収容所の鉄条網が怖過ぎる。

話題の舞台とあって、客席には女優さんも来ていたようですね。

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歌舞伎「荒川の佐吉」「鎌髭」「景清」

七月大歌舞伎  2016年7月

海老蔵、猿之助の市川対決にひかれて、夜の部へ。テレビ時代劇のような新歌舞伎と、思い切り荒唐無稽な歌舞伎18番復活ものという変化に富んだプログラムで、見ごたえがある。個人客が多い歌舞伎座の前のほう中央で、1万8000円。休憩2回を挟み4時間半。

まず真山青果作、昭和7年初演の「江戸絵両国八景 荒川の佐吉」。猿之助が三下から成り上がるタイトロールを熱演する。不憫な幼子を思う人情、義理を通す男っぽさを古風に。仁左衛門が何度か演じている役なんですねえ。色悪・海老蔵の得体のしれなさが、ギリギリの線なんだけど格好いい。また善人・巳之助が切なく存在感を発揮する。
序幕の舞台は両国。威勢のいいヤクザ者・佐吉(猿之助)の「強い者が勝つのではない、勝つ者が強いんだ」という独特の哲学に触発され、謎の浪人・成川郷右衛門(海老蔵)が佐吉の親分・仁兵衛(猿弥)を斬り、縄張りを奪う。唐突さがクールだ。そして仁兵衛の次女・お八重の米吉(歌六の長男)が可愛い!
第二幕は本所と法恩寺橋のたもとへ。落ちぶれた仁兵衛が情けない最期をとげ、勝気なお八重は姉が産んだ赤ん坊・卯之助を置き去りにして出奔してしまう。

第三幕はそれから7年後。佐吉は両国で、親友の大工・辰五郎(巳之助)と、目が不自由な卯之助(猿之助一門の市川猿が達者に)を慈しんで育てていたが、卯之助を取り戻しにきた大店の遣いを誤って手にかける。そこから「捨て身になれば怖いものはない」と豹変。向島請地秋葉権現で、仇・成川を打ち取る。
第四幕も両国。縄張りを取り戻して、いっぱしの親分となった佐吉が、卯之助を返せという恩人・政五郎(中車)と生みの母・お新(笑也)に対し、切々と育ての親の情を訴える。しかし結局、卯之助の幸せを願い、自分は一生の旅人で終わろうと達観。桜舞い散る向島長命寺前の堤を、すっかり大人びたお八重らに見送られて江戸を発つ。流転のドラマ。なかなか複雑な造形だなあ。

休憩後はうってかわって、理屈無用の荒事だ。古典を再構成、藤間勘十郎演出・振付による「寿(ことほいで)三升景清」(2014年初演)から、まず「鎌髭」。上手にはもちろん大薩摩!
三保谷四郎(左團次)、梶原源太(声が素晴らしい亀三郎)ら源氏がたの面々が、鍛冶屋を装ってずらり待ち構えるところへ、平家再興を企む不死身の悪兵衛景清(海老蔵)が悠々と登場。「暫」パターンですね。海老蔵はなんだかお父さんに似てきたセリフ回しと、横溢する市川宗家のプライドがいい。
隈取の青が、敗者の心の闇を表すという景清は、源氏がたを散々におちょくったり、ぐびぐび酒を呑んだり、やりたい放題。対するかわうそお蓮(余裕の萬次郎)、猪熊入道(市川右近、来年の右団次襲名にも言及)がコミカルでいい味だ。「あーりゃ、こーりゃ」の化粧声にのせた鷹揚な力比べの後、景清は自ら縄にかかって花道を引き揚げる。

短い休憩を挟んで「景清」。あこぎな詮議役の岩永左衛門(猿弥)が景清の妻子、傾城阿古屋(笑三郎)と人丸(海老蔵の部屋子・福之助)を召し出して、廓の真似ごとの末、口説こうとするが、阿古屋はきっぱり拒絶。きんきら衣装といい、気風の良さといい、すっかり揚巻だ。逆上した岩永が刀を抜くところを、理性的な秩父庄司重忠(猿之助)が登場して諌める。
後半は牢の格子を挟んで、景清と重忠の問答。ここまでは意外に大人しいんだけど、ラストは津軽三味線が登場して、強引かつ怒涛の展開だ。景清は重忠に諭されて妄執から解脱。牢破りから、まさかの巨大な海老を背負い、牡丹の台座に登って、王道・荒事の見得を切りまくる。意味不明な弾けっぷりに、可笑しくて大拍手するうち、幕となりました。

客席には著名財界人のお姿も。面白かったです!

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落語「浮世床」「締め込み」「擬宝珠」「純情日記渋谷篇」「夢金」

特撰花形落語会 柳家喬太郎・柳家三三 二人会  2016年7月

杉並公会堂改築10周年記念の落語会で、3部制のラストに足を運んだ。期待通りの強力タッグ。幅広いファンが集まった大ホールの1F中央、やや上手寄りで3700円。仲入りをはさみ2時間半弱。

開口一番は春風亭百んがで「浮世床 本」。おかっぱ百栄の弟子ですね。オムニバス形式から「床屋の看板」と「本」。太閤記を音読するけど、変な軍記になっちゃう。真面目そう。

続いて三三で、「マクラが長いのは下手。マクラでお客さんを観て、合う噺を選ぶ。だから今日は泥棒の噺で」と笑わせて「締め込み」。2010年に聴いたことがあるけど、さらにテンポ良く、おかみさんの滑稽さに磨きがかかってた。どんどんうまくなっている感じ。
続いて座布団下にクッションらしきものを入れて喬太郎。ひところより痩せたみたいだけど、パワーは変わらず、飛ばしまくる。「先週も杉並公会堂に来た。ただし小ホールのウルトラマン放送開始50周年のイベント。聴衆が落語ファンじゃないから、やりやすかった。あ、不穏当でした」と振ってから、オタク全開のウルトラマン薀蓄を延々と。ガチャガチャでフィギュアを集める話、立ち上がってフィギュアの姿勢の再現、「コイン収集だと昔は10円玉に緑青が浮いてた」とさりげなく振っておいて、「やっと噺に入ったな」と笑わせつつ、「擬宝珠」。
若旦那が寝ついてしまい、幼馴染が理由を尋ねると、実は金物を舐めるのが好きで、浅草寺五重塔の擬宝珠に焦がれているという。変わり者ぶりに呆れてたら、なんと親も同じ嗜好で、お布施をはずんで若旦那の夢をかなえちゃう。舐めたら塩六升(緑青)の味がした、というオチ。初代三遊亭圓遊が明治に作った噺を、師匠が速記から掘り起こしたとか。オタク心理を描いて、カラッと明るい。

仲入り後、喬太郎が再登場し、「満員電車に乗りたくなくて噺家になったのに、電車に乗って」といった体験から、かつて渋谷の書店をはしごした思い出などを語って新作「純情日記渋谷篇」。就職で男が広島勤務となる恋人同士が、最後のデートで渋谷を歩く。未練たっぷりの男が「ここ、よく来たよね」と言い募る街の描写が、とにかく馬鹿馬鹿しくて見苦しくて、「ちゃんとしたのは三三がやるから!」。1年後に同じ場所で待ち合わせるけど、なんと「パルコが無い!!」。大爆笑だ。
トリは三三。喬太郎の怪演のせいで、「終演まで8分しかないんですけど」とため息。しかしそこは落ち着いて、「夢金」をテンポよく。談春さんで聴いたことがある、大川端・船上の強盗談。人物の描き分けが鮮やかで、怖い噺だけど、嫌な感じがしない。結局、20分押しぐらいで納めてましたね。
充実。2人会としては今、最高の組み合わせかも。

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レディエント・バーミン

レディエント・バーミン  2016年7月

英フィリップ・リドリーの昨年発表したばかりの3人芝居を、白井晃が演出、そして大好きな高橋一生。昨年の観劇でベストの衝撃だった「マーキュリー・ファー」の顔合わせだ。今回はブラックコメディで、前作とはがらりと味わいが違うけど、現代人の身勝手さ、無責任さを観る者に突きつけて、期待通り。
ちょうどいい大きさのシアタートラム、下手寄り最後列で7000円。吉高由里子人気か、若い女性が目立ち、立ち見も。休憩無しの2時間弱。

貧しくも善良な若い夫婦、オリー(高橋)とジル(吉高)が、客席に向かって告白する。ある日、「役所」のミス・ディー(キムラ緑子)が2人に「理想の家を無料で提供する」と申し出たこと、移り住んだボロ家でおぞましい「リフォーム」手法に出合い、たちまち取りつかれてしまったこと。2人は欲望を満たし、荒廃した近隣も見違えるように再生していくのだが…

知的で笑いも多く、怪談めいたストーリー。どこか前川知大を思わせる。
夫婦の「子供のため」というきっかけは、真摯なもの。しかしやがて百貨店や通販にあおられ、我が家を飾ることだけに熱中していく。心を侵食する物欲と差別感。たとえ直接手を汚さなくても、ごく普通の便利で豊かな暮らしという選択は、誰かを踏みつけることで成り立っているのではないか? 罪悪感にさいなまれた挙句、すべてをリセットしちゃおうとする気分が衝撃的だ。
笑って、ひき込まれて、観た後にぞくっとする。タイトルの意味は「光るゴミ」だそうです。翻訳はいつもの小宮山智津子。

松井るみの美術は、ポップでお洒落。テーブルと椅子だけのセットで観客の想像力をかきたてつつ、白い壁に映像で、不思議な光や豪華インテリア、夜景などを描き出す。
夫婦2人は出ずっぱりで、観客とのやり取りも含め、ハイペースでしゃべりまくる。高橋は罪の意識に追い詰められていくあたり、いつもの切なさが全開。とぼけたコメディセンスも光り、マッシュルームぽい髪型と眼鏡がチャーミングだ。
そして舞台は2度目という吉高も、ちょっと風邪気味で心配だったけど、悪気のない残酷さが可愛いキャラにはまってた。観客いじりも度胸満点。特にクライマックスの、6分間を7時間稽古したというパーティーシーンは、2人でくるくる回り続けてハイテンションだ。藤田貴大か? この異様な熱量が直接伝わってくる感じは、演劇ならではだなあ。
キムラはさすがの安定感。謎のミス・ディーと、すべてを理解し受け入れる女性の2役をこなす。

最後列に白井さんが陣取り、客席には余貴美子さんらしき姿も。シアタートラムは今年もう4回目で、いつも楽しませてくれるなあ。今回はチケットが凄くとりにくかったけど… 

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コペンハーゲン

シス・カンパニー公演   コペンハーゲン   2016年7月

英国の才人マイケル・フレインの1998年初演作を小田島恒志翻訳、小川絵梨子の上演台本・演出で。膨大かつ難解な会話劇を、たった3人、でもこの上なく贅沢なキャストが、緊張感たっぷりに演じきる。演劇のパワーを実感する秀作。演劇好きが集まった感じのシアタートラムの下手寄り、後ろのほうで7800円。休憩を挟んで2時間強が濃密だ。

中央に階段数段があるだけの、グレーを基調にした抽象的なワンセット。1941年秋、ドイツ人物理学者ハイゼンベルク(段田安則)が、ナチス占領下のデンマークへ、かつての師でユダヤ系のボーア(浅野和之)と妻マルグレーテ(宮沢りえ)を訪ねる。現代史上の謎の一日。厳しい監視下、なぜ彼はリスクをおかして足を運んだのか。量子物理学理論の基礎を築いた科学者2人は、散歩しながら何を話し合ったのか。のちの核開発競争を食い止める可能性はあったのか。いったい誰が罪びとなのか? 福島の事故を経験し、おりしもオバマ大統領の広島訪問が実現した今。静かな知的ミステリーにぐいぐい引き込まれ、心揺さぶられる。

ストーリーはすでに鬼籍に入った3人が、まるで論文の草稿をブラッシュアップするように、謎の一日を繰り返し再現していくスタイルをとる。しかし当事者2人と、観察者としての妻、それぞれの証言は語るほどにすれ違い、揺れ動く。あまりに不確かで、愚かな人間という存在。まるで「物体がどうなっているかを語らず、何が見えるかだけを語る」という、量子物理学そのものだ。

シュレディンガーに先立つ1933年、31歳の若さでノーベル賞を受けたハイゼンベルクは、当時40歳。鼻持ちならない天才で、ナチスの原爆開発チーム協力者として辛い戦後を送ったが、戦中にはボーアをはじめユダヤ人の救命に貢献した。訪問当時、原爆開発は技術的に難しいし、すべきでないと考えていたふしもある。
アインシュタインの翌年の1922年、37歳でノーベル賞を受けていたボーアは、このとき56歳。議論好きで社交的で、休暇のエピソードなどからハイゼンベルクとの父子のような関係がのぞく。会談ののち米国に亡命し、原爆開発を阻止しようと奔走した。一方でボーアの発見が開発の重要な基礎となり、「マンハッタン計画」の顧問を務めたほか、彼がもたらしたドイツ情報が開発を促進したとの説もあるらしい。
天才のプライドと科学がもたらすものへの恐怖、深い孤独、郷土愛と倫理、支配・被支配。口述筆記や論文の清書でボーアを助けたという聡明なマルグレーテが、優しく、そして冷静に、関係性の変化、可能性の変化を指摘していく。

豪華キャストはまさに名演。どこまでいってもモヤモヤが残る戯曲なのに、無駄なくかみ合って、苦痛を感じさせない。段田はダイナミックな表現が素晴らしく、ただ歩いたり、小さい椅子に座ったりするだけで、傲慢さや追い詰められた切迫感、深い哀しみを表現する。浅野はそれを包容力豊かに受け止める。人が良さそうでいて、息子の死のエピソードなどから生き抜くための必死さ、冷徹さもにじむ。そして宮沢が、本当に美しい。温かい声がよく通り、立ち姿や煙草を吸う仕草が凛としている。それぞれ大活躍中で、「元禄港歌」「海をゆく者」などが素晴らしかった3人だけど、その中でも出色では。

立ち見も入った客席。なんと野田秀樹さんの姿もありました!
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