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シネマ歌舞伎 阿弖流為

シネマ歌舞伎 歌舞伎NEXT 阿弖流為<アテルイ>  2016年6月

作・中島かずき、演出いのうえひでのりコンビが初めて、歌舞伎そのものに挑んだ歌舞伎NEXT第1弾を、映画版で鑑賞。暗いストーリーとキンキラ衣装、効果音満載のチャンバラが延々という、新感線らしいエンタメだ。先日のコクーン歌舞伎に続いて、中村屋兄弟の魅力が爆発する。2015年7月、新橋演舞場での上演。女性のひとり客らでほぼ満席の、新宿ピカデリーの最後列中央で2100円。短い休憩を挟み約3時間。

物語のベースは2003年に、同じ市川染五郎主演で岸田國士賞をとった「いのうえ歌舞伎」らしい。8世紀の都で、立烏帽子(中村七之助)をかたる盗賊の騒動をきっかけに、蝦夷の若者アテルイ(染五郎)と坂上田村麻呂(中村勘九郎)が出会い、互いに一目おく。しかしアテルイと立烏帽子=恋人・鈴鹿は、故郷に戻って朝廷への抵抗戦を指揮し、朝廷サイドの将軍・田村麻呂と対決することになる。
アテルイは幼馴染・蛮甲(片岡亀蔵)に裏切られ、神様のくせに嫉妬深い荒覇吐神(七之助の2役→巨大竜)の怒りまでかっちゃう。一方の田村麻呂は、身内の佐渡馬黒縄(五月人形!の市村橘太郎)に陥れられた挙句、右大臣・藤原稀継(威風堂々の坂東弥十郎)、姉・御霊御前(迫力の市村萬次郎)が裏で糸を引いてるとわかってくる。懸命に戦うけれど、運命に飲み込まれていく2人。

やんちゃで男気あふれる若者が、ボロボロに傷つき、敗れ、ついには命を散らす。鎮魂の大ねぶたに至る、王道の逆カタルシスが心地いい。リズムとスケール感は、やっぱり歌舞伎俳優のポテンシャルなのかな。
座頭の染五郎は、カラコンぎらぎらで見得を切りまくり、なんと飛び六方を披露。頑張ってます。対する勘九郎が、両花道での弁天小僧パロディーなど、世話と時代を自在に行き来して見事だ。コメディセンスと持ち前の切なさが全開。新感線版では堤真一が演じたんですねえ。
そして七之助! 極妻っぽい立烏帽子、なよなよ可憐な鈴鹿、さらには玉三郎風ファンタジーの荒覇吐まで、振り幅が大きい。独特の声と、殺陣シーンで翻す裾の美しさが際立つ。
ワキも安定しており、特に蛮甲。全編ハチャメチャなのに、モドリではきっちり見せる。こちらは、いのうえ歌舞伎では渡辺いっけいだった役。ほかに蝦夷の巫女に爽やか坂東新悟、田村麻呂の忠臣に大谷廣太郎、中村鶴松、御霊御前の手下・無碍随鏡に澤村宗之助。ただし概ねマイク使用です。

ところでアテルイといえば、私のなかでは名作「火怨」のイメージだ。本作では漫画チックなアクションや「熊子」などの繰り返しギャグに気をとられがち。でも支配する者の冷酷とか、その支配者も実は幻想である、といった、なかなかのヒネリも盛り込まれてました。

四谷怪談

渋谷・コクーン歌舞伎「四谷怪談」  2016年6月

コクーン歌舞伎22年目にあたる第15弾に足を運ぶ。2012年「天日坊」以来だ。演目は第1弾と同じ、鶴屋南北「四谷怪談」の再々演。串田和美演出・美術、演出助手はなんと赤堀雅秋で、スーツ姿のサラリーマンらがのっけから舞台を行きかい、人の愚かさの現代性を強調する。群像劇なので散漫な印象が否めないものの、中村屋兄弟は愛嬌と色気にますます磨きがかかってた。男性客が目立つシアターコクーン、やや上手寄り前のほうのいい席で1万3500円。休憩を挟み3時間。

戯曲は2006年再演の「北番」がベースだとか。お岩(安定の中村扇雀。なんと初役)の惨劇と、伊右衛門(中村獅童)への恨みに加え、かなり脇筋を膨らませてある。
二幕目「深川三角屋敷の場」はお岩の妹・お袖(綺麗な中村七之助)がメーン。按摩宅悦(お馴染み片岡亀蔵)から姉の最期を聞いて、仇討のため陽気な薬売・直助(中村勘九郎)に身を委ねたところへ、死んだはずの夫で義士・与茂七(扇雀が2役)が現れちゃう。自らを責めたお袖は死を選び、さらに直助も、実はお袖が妹で、人違いで手にかけたお袖の父が主人筋だったと知って自害。これでもか、という二重三重の悲しい運命。以前は勘三郎さんが演じたという直助の勘九郎ちゃん、切なさが見事です!
また「小仏小平住居の場」では、お岩と一緒に悲惨な死をとげた小平(中村国生がなかなか達者)の亡霊が、病床の主人・又之丞(首藤康之、踊りません)に妙薬ソウキセイをもたらし、又之丞は無事、義士の列に加わる。

獅童の伊右衛門は色悪というより、短慮で欲をかき、周囲に流されるうちに残忍さの深みにはまっていく、という造形。その伊右衛門の「夢の場」で、天から人が降る終末的光景のなか、梯子から転落しかかるシーンで幕となった。お岩が復讐をとげる「蛇山庵室の場」は省略。
陰惨で、救いのない物語だけど、高家側の伊藤喜兵衛・笹野高史がコミカルに、いいアクセントをつけていた。キンキラ衣装で、お嬢様のお梅(中村鶴松がピュア)を従え、おつきが背を支える「そっくり返り棒」まで登場。

冒頭の浅草観音からずっと、明治以降の現代人が脇役や黒衣を務め、アコーディオンの高橋牧らミュージシャンもどんどんシーンに紛れ込む。またお岩の髪すきの横でお梅が嫁入り化粧をしたり、砂村隠亡堀の場では群集が濁流を表現したり。さらには俳優を乗せた台をスピーディーに動かすとか、セリフを文字でセットに投影するとか、工夫が満載なんだけど、そのぶん、焦点が絞りにくかったかも。
ロビーが縁日風で楽しかった。

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あわれ彼女は娼婦

2015/2016シーズン演劇 あわれ彼女は娼婦  2016年6月

ジョン・フォードのエリザベス朝演劇末期にあたる1632年初演作を、小田島雄志が翻訳、栗山民也が演出。禁断の愛がテーマの大仰な悲劇だけど、象徴的な美術によって社会の矛盾が際立つ。ミュージカルファンらしき女性が目立つ新国立劇場中劇場、中央前のほうのいい席で8640円。休憩を挟んで3時間。

舞台は中世のパルマ。将来ある市民ジョバンニ(浦井健治)は、あろうことか美貌の妹アナベラ(動きが美しい蒼井優)と恋に落ちる。一線を超えて精神的に追い詰められ、ハチャメチャなスプラッタに至る。
若い2人はキワモノだけど、むしろピュア。周囲の大人たちのほうがドロドロです。アナベラと結婚する貴族ソランゾ(イケメン伊礼彼方)を、捨てられた不倫相手のヒポリタ(なかなか色っぽい宮菜穂子)と、失踪していたヒポリタの夫リチャーデット(文学座の浅野雅博)がつけ狙う。ローマから枢機卿に従ってきたグリマルディ(前田一世)は、恋敵ソランゾと間違って気の毒なバーゲット(野坂弘)を殺害。叔父のドナード(春海四方)が告発するが、枢機卿(いつもの重厚な中嶋しゅう)はお気に入りの罪を隠蔽しちゃう。そして何にも気づかない父フローリオ(文学座の石田圭祐)も、すべてを知っていた修道士ボナヴェンチュラ(大鷹明良)も、兄妹を破滅から救えない。
つくづく身勝手で業が深い人たち。シェイクスピア「尺には尺を」と続けて観て、タッチはもちろん違うけれど、圧倒的なセリフ量は共通。そしてこの時代に、あらゆる人間の愚行が出揃っている感じに圧倒される。

登場人物すべての罪深さを、床の巨大な赤い斜め十字と、散りばめられた花びらが表す。ほかに装置はほとんど無し。俳優は舞台袖や手前の階段、後方から出入りし、全体に暗い空間を、後ろで上下する暗幕が鮮やかに切り取る。美術は「マーキュリー・ファー」「RED」などでお馴染み、松井るみ。上手に控える中村友子のマリンバ演奏も効果的だ。

古風な衣装が似合う、姿のいい若手たちの間で、アナベラの乳母・西尾まりと、ソランゾの召使でスペイン人の横田栄司が、達者に存在感を示していいアクセントだ。どちらも貴族に振り回されつつ、したたかさも見せる面白い役回り。ほかに新国立劇場演劇研修所出身の野坂が、コミカルでリズム感があってよかった。要注目。
過去には、文学座で小林勝也・太地喜和子が熱演したり、蜷川さんが三上博史・深津絵里で手掛けたりした戯曲だそうです。なんとなくイメージが沸く。
チケットサイトの貸切日で、カーテンコールに追加して主演2人が挨拶してくれた。

今シーズンは結局、新国立の演劇はこれ1本だった。2018/2019シーズンからは若手の小川絵梨子が芸術監督と発表された。「RED」「トップドッグ/アンダードッグ」が良かった小川さん(偶然にも2人芝居の翻訳もの!)、さて、どんなラインナップになるのかな。

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新皿屋敷月雨暈 魚屋宗五郎

第八九回歌舞伎鑑賞教室「新皿屋敷月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)魚屋宗五郎」  2016年6月

初めての鑑賞教室で、観たかった魚屋宗五郎。やはり歌舞伎座などと比べて若い人が目立ち、幅広い客層が集まった国立劇場大劇場の上手後ろのほうで3900円。プログラムの無料配布が嬉しい。休憩をはさみ2時間。

作品は黙阿弥が、5代目菊五郎の「酒乱の役を」というリクエストで書いたという生世話もの。皿屋敷というだけに、旗本・磯部主計之介(かずえのすけ)に見染められて奉公にあがった娘・お蔦が、無実の罪で井戸へ斬り落とされちゃう悲劇がベースになっている。
序幕・片門前魚屋宗五郎内の場は、祭囃子が響く門前町。妹・お蔦の死の悲しみに耐えていた善人の宗五郎(芝翫襲名を控えた中村橋之助)が、同僚のおなぎ(落ち着いてきた中村芝のぶ)から真相を聞いて、「呑まずにゃいられねえ」と禁酒の誓いを破る名場面だ。おろおろする女房おはま(なかなか女房らしい時蔵の長男・中村梅枝)、父太兵衛(市村橘太郎)、小奴三吉(橋之助家の次男・中村宗生。もう大学生だけど、セリフはまだまだかな)の制止もきかず、黒御簾音楽にのってグイグイ。ついに二升樽を呑み干しちゃう。権力に踏みつけられた庶民の、やむにやまれぬ怒りと後悔に、色気が漂う。
二幕目はまず磯部邸玄関先の場。酔った勢いで屋敷に押し入った宗五郎が、家臣・岩上典蔵(中村橋吾)に無礼打ちにされかかるところを、家老・十左衛門(東蔵の長男・中村松江)に救われて切々と思いを吐露。「酔って言うんじゃございませんが」の長ゼリフが聴かせる。笑い方が中村屋らしい。
回り舞台で転換し、庭先の場へ。すっかり酔いがさめて反省する宗五郎に、主計之介(時蔵の次男・中村萬太郎)が手をついて短慮を詫び、すべてを仕掛けた岩上の成敗を約束して幕となりました。

芝居の前に解説があり、大掛かりな回り舞台、セリを見せるところからスタート。萬太郎のしゃべりが、実に巧い。橋吾さんが荒事・景清を、澤村國矢と片岡千次郎が和事の髪結新三を実演。御簾内に隠れている音楽の面々も登場して面白かったです。

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尺には尺を

彩の国シェイクスピア・シリーズ第32弾「尺には尺を」  2016年6月

5月12日に亡くなった芸術監督・蜷川幸雄の演出作で、追悼となってしまった公演の千秋楽。1998年にシェイクスピア全37作の上演を目指してスタートし、あと一息というところだった。どんなにか悔しかったことだろう。カーテンコールでは遺影が掲げられ、舞台上も客席も涙涙。いつものように松岡和子訳、井上尊晶が演出補を務め、彩の国さいたま芸術劇場大ホールの前のほう中央で9500円。休憩を挟んで3時間。

物語は登場人物それぞれのご都合主義が笑わせる、大人のドタバタ喜劇。本音と建て前の矛盾を抱える為政者と、乱れた娼館や悲惨な監獄が象徴する庶民の暮らしとの対比が、十分に現代的なテーマをはらむ。もっともセリフがぎっしり過ぎて、中盤はちょっとダレちゃったかな。
冒頭でウィーンを治めるヴィンセンショー公爵(辻萬長)が、アンジェロ(藤木直人)に全権を託して旅に出る。法の運用に厳格なアンジェロは早速、貴族クローディオ(松田慎也)に対し恋人ジュリエット(浅野望)を妊娠させたかどで死刑を宣告。クローディオの友人ルーチオ(大石継太)が恩赦を求めるべく、修道女見習いの妹イザベラ(多部未華子)を差し向けると、あろうことかアンジェロは可憐なイザベラを気に入ってしまい、兄を助けたくば自分のものになれ、と迫っちゃう。旅にでたとみせかけて実は、修道士に扮して一部始終を見張っていたヴィンセンショーは、かつてアンジェロが捨てた恋人マリアナ(周本絵梨香)とイザベラをすり替えるという罠を仕掛ける…
民衆の色恋には厳しいくせに、イザベラを口説くアンジェロ、純潔を優先して兄を見捨てようとするイザベラ、イザベラに犠牲を強いるクローディオ、お調子者のルーチオと、エゴの衝突が実に滑稽だ。ヴィンセンショーの名差配で大団円となるものの、その格好いい公爵も大詰めでは、無茶なことにイザベラを口説く。シニカルなんだけど、聖人君子は一人もいない展開に、人間賛歌が漂う物語だ。

何といっても辻が朗々とした声、余裕たっぷりのコメディアンぶりで、舞台を強力に引っ張る。多部も期待通りに可愛くて存在感があり、娼館の女将・立石涼子と番頭・石井愃一が手堅く脇をかためる。長身の松田らネクスト・シアターの面々も健闘。藤木は爽やかに膨大なセリフをこなすものの、複雑でしょうもないキャラとしては格好良すぎたかな。
中越司の美術は七つの大罪を思わせる巨大なパネルと、舞台の奥行きを駆使。舞台裏風景からの導入や照明も鮮やかで、この蜷川節がもう観られないかと思うと寂しくて仕方ない。

ガレリアにはシェイクスピア・シリーズの舞台写真展や、献花台・記帳台がありました。

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講談「北斎と遠山」「山内一豊」「大岡政談 徳川天一坊」

春陽党大会  2016年6月

神田春陽さんの講談の会。らくごカフェの受付でご本人が出迎るアットホームさが嬉しい。2000円。休憩を挟み2時間。

まず柳家さん喬門下の二ツ目・柳家やなぎが、電車移動で見かけた自転車のマクラから新作落語「自由が丘由来」。「うちは田園調布のセレブなんだから、上品に暮らせ」と言い張る親に対し、娘が「嘘よ、本当は等々力じゃない!しかも飛び地。最寄の武蔵中原から通いたい!」と憤懣をぶつける。馬鹿馬鹿しくて可笑しい。ちょっと緩急がわざとらしいかなあ。

続いて春陽さんが、2月に亡くなった神田陽司さんの思い出を語る。新作が得意だったこと、木戸銭「当日ライブドアの株価の倍」の会で受付を手伝った思い出、勧められて断ってきた新作を今夜はやってみようかな、という振りから「北斎と遠山」。大樽から富士を眺める「尾州不二見原」の大胆な構図の由来、反骨の北斎が浅草寺での即興イベントでおとがめを受け…と、なかなか面白いドラマでした。
続いて「特別出演」のコブトリーズとなり、誰かと思えば春陽・やなぎが並んで登場。初めて観る「茶番(ピン)」で、語源は大部屋役者の下手な即興劇というけど、ちゃんとした寄席の芸なんだなあ。五段目が定番だそうですが、今回は寿曽もののパロディーで、殿さまと家来の道行をギャグにしてました。

休憩を挟んで一龍斎貞鏡。8代目貞山の娘さんで、粋な感じの二ツ目。コブトリーズが鏡を揺らすので着替えに苦労した、などと笑わせてから、1月に春陽さんで聴いた「山内一豊」。さあ、ここからが修羅場ですよ、などと解説を入れつつメリハリが利いている。
トリは春陽さんで「大岡政談 徳川天一坊」。コブトリーズからうってかわって正統派。2014年の真打お披露目でも聴いた演目だけど、トントンとリズムがよく、迫力も備わっていい感じでした。面白かった!

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