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太陽

イキウメ「太陽」  2016年5月

2011年初演、最近では小説や映画も話題の劇団の代表作を、ようやく観る。作・演出前川知大。
すべてグレーに塗られた階段、机やベンチだけのシンプルなセットで、俳優もたった9人なのに、豊かなイメージの膨らみに圧倒された。理性や科学進歩、差別とコンプレックス、異文化の相互理解、不完全な人間を愛しく思うということ、そして不確かな未来に希望をもつということ…。いろんなテーマが、観る者の頭を駆け巡る。演劇ならではの雄弁な名作だ。演劇好きが集まり、立ち見もびっしりのシアタートラム、最前列で4500円。休憩無しの2時間強。

物語はイキウメお得意の寓話的SF。ウイルス感染で知性、肉体とも優れるものの、太陽光にあたれない新人類ノクスが出現して、日本を牛耳り、普通の人々は旧人類キュリオ(骨董品)として虐げられている。長野の寒村に住むキュリオたちは、ある事件がもとでノクスに経済封鎖を受けていたが、10年ぶりに交流が再開、人間関係が動き出す。
いつもながら、やや頭でっかちの戯曲を、俳優陣が見事にリアルにしてみせる。なかでも鉄彦の大窪人衛と、見張り番・森繁の浜田信也、そして草一の中村まことと、医師・金田の安井順平という2組が突出。キュリオ・ノクスの友情のなんと切ないことか。乾いた空気、飄々とした関係なのに、そこには壁を超えていく思いが、確かにある。大窪、中村の激しいアクション、それぞれの慟哭が胸を締め付け、そして幕切れにチラリとみせる浜田の温かい笑みが余韻を残す。

草一の娘・結の清水葉月が溌剌。細くて顔がちっちゃくて、キュリオからノクスに転じた時の印象のふり幅も大きい。ほかに健気な鉄彦の母・純子に岩本幸子、ノクスの堅物役人・曽我に盛隆二、その美しい妻・玲子に伊勢佳世、面倒を起こしてばかりいる純子の弟・克哉に森下創。特に劇団メンバーはさすが、それぞれにはまっており、安田らが振りまく笑いも達者だ。

後方に並べた電球だけで太陽を表し、最低限に絞った音響が巧い。美術は初演と同じ土岐研一。2014年に観た蜷川演出とどうしても比べてしまうが、もちろん全くの別物だ。ニナガワ版では大劇場に貧乏長屋のセットを立ち上げ、年寄たち、結に迫る怪しい青年を登場させていて、猥雑さと寒村の閉塞感の印象が強かった。個人的にはイキウメ版のほうが好みかな。同時に、席に配られたチラシを眺めて蜷川さんの不在を噛みしめました…

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