« 落語「金明竹」「元犬」「締め込み」「粗忽の使者」「へっつい幽霊」 | トップページ | 文楽「妹背山婦女庭訓」 »

アンドレア・シェニエ

アンドレア・シェニエ  2016年4月

九州で震災、関東は強い風と、落ち着かない状況だったけど、予定通り新国立劇場へ。実力派の歌手陣に、モダンで知的な演出が相まって感動を呼ぶ舞台だった。ネトレプココンサートを振った若手ヤデル・ビニャミーニ指揮、東フィル。幅広いオペラファンが集まった感じの、オペラハウス中央のいい席で2万1384円。休憩1回を挟み2時間半。

馴染みが薄かったけど、プッチーニと同時期にヴェリズモ・オペラを担ったウンベルト・ジョルダーノの1896年初演作。フランス革命の激動を背景に、実在の詩人シェニエの愛と死を描く。主要人物3人それぞれのアリアで、感情が高ぶり、ガーンと高音を張る展開がドラマチック。3人が歴史に翻弄されつつ、大人びていくさまも見応えがある。

1幕は革命勃発のころ。伯爵家の宴会に招かれたシェニエ(ウルグアイのテノール、カルロ・ヴェントレ)は、即興詩「ある日、青空を遥か遠く眺め」で愛の崇高さを説いて、令嬢マッダレーナ(ウルグアイのソプラノ、マリア・ホセシーリ)の心を奪い、同時に貴族たちの傲慢を非難する。
2幕からはジャコバン派が台頭し、どんどん不穏になっていく。伯爵家の使用人ジェラール(イタリアのバリトン、ヴィットリオ・ヴィテッリ)は革命派幹部にのし上がり、職権で恋しいマッダレーナを探索。マッダレーナはシェニエを頼り、2人は愛を誓いあう。
ジェラールはシェニエを裏切り者として起訴するものの、「祖国の敵だと?」で自責の念を吐露。マッダレーナに「死んだ母を」で真情を訴えられ、ついにシェニエの助命を決意する。裁判ではシェニエが「そう、私は兵士だった」で堂々と無実を主張するが、一方的に死刑判決が下ってしまう。
監獄でシェニエが辞世の詩「5月のある美しい一日のように」を詠じ、ともに死を覚悟したマッダレーナとの2重唱「きみのそばにいると」で、誇り高く愛を宣言して幕となる。格好いいなあ。

2013年「アイーダ」で聴いたタイトロールのヴェントレが、輝かしい声で押しまくって見事だ。ヴィテッリも深い声で、聴かせどころをきめて拍手。ホセシーリは少し絶叫ぎみのところもあったけれど、子供っぽさから終幕の崇高へと、変化に説得力がある。弦のソロや、差し挟まった「ラ・マルセイエーズ」などが印象的。脇役も生き生きしていて、シェニエの友人ルーシェに上江隼人(バリトン)、怪しい密偵に松浦健(テノール)、マッダレーナを助ける小間使いベルシに清水華澄(メゾ)ら。

2005、2010年に続く再々演で、演出・美術・照明はフランスのフィリッピ・アルロー。不安定で断頭台につながる斜めの線を多用し、革命の熱狂と残酷を容赦なく描きだす。現代のテロを思わせるほどだ。セットや衣装はシンプルな白にまとめ、建物や空などの映像を投影する手法。小太鼓にのって増殖するギロチンや、銃声と重なる花火が不気味で、複雑な回り舞台と陰影の濃いライティングが迫力満点。幕切れでは民衆がみな倒れるなか、子役のシルエットが未来を予感させてました。

客席には赤川次郎さんの姿も。

Img_6755

« 落語「金明竹」「元犬」「締め込み」「粗忽の使者」「へっつい幽霊」 | トップページ | 文楽「妹背山婦女庭訓」 »

オペラ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: アンドレア・シェニエ:

« 落語「金明竹」「元犬」「締め込み」「粗忽の使者」「へっつい幽霊」 | トップページ | 文楽「妹背山婦女庭訓」 »