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ETERNAL CHIKAMATSU

ETERNAL CHIKAMATSU―近松門左衛門「心中天網島」より   2016年3月

「プルートゥ」「ペール・ギュント」などの谷賢一作、英国のデヴィッド・ルヴォーが演出。18代目勘三郎と演出家の約束がもとになった企画だそうで、近松の代表作を現代の視点でとらえ直す。著名人も目立つシアターコクーンの、中央後ろめで1万1500円。休憩を挟み3時間弱。

リーマンショック後の大阪。亡き夫の借金を抱えて風俗店で働き、疲れ切ったハル(深津絵里)は、蜆川にかかる橋で江戸時代の遊女・小春(中村七之助)と遭遇する。前半は妻子ある客との恋のドン詰まり、後半は妻として夫を死なせてしまう辛さ。現代のハルと劇中の小春、妻おさん(伊藤歩)の思いが時を超えて響きあう。弱い立場で、思い通りにならない境遇に苦しみ、それでもなお義理を通そうとする女たちの哀しさ、そしてハルの選択。

深い闇と抽象的なライトや格子、「道行名残りの橋づくし」の真紅の大布、本水の雨と和傘など、幻想的な道具立てが鮮やかだ。黒衣が台を動かして、滑らかに現代と劇世界を行き来する(美術デザインは伊藤雅子)。
深津が張りのある声と、高いテンションで舞台を牽引。対する七之助は色気たっぷりに、エビぞりや大詰めの早替りを決める。中嶋しゅうが近松役で、いわば解説を担当。芯の強そうな伊藤や、情けない恋人役で長身の中島歩、その兄で世間を象徴する音尾琢真は、これまであまり縁がなかった役者さんだけど、皆達者だ。

もっとも文楽の咲大夫さんらで観た「天網島」は、不条理と宿命のクールさが強烈だっただけに、今回の解釈は、どうも理屈っぽい印象が否めないかな。
マイク使用。上手後方でピアノ、ギター、ドラムが歌舞伎のように場面を盛り上げ、途中には三味線の演奏も。

話題の演目とあって、ロビーでは長塚圭史、小栗旬、生田斗真、坂東新悟らの姿をお見かけしました!

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アンナ・ネトレプコ コンサート

アンナ・ネトレプコ スペシャルコンサートin JAPAN2016  2016年3月

女王ネトコ様の11年ぶり来日リサイタルに足を運んだ。個人的には2010年ロイヤルオペラ来日での「マノン」以来。忘れられないホールを圧する迫力はそのままに、METライブビューイングで最近感じていた重く、豊かな表現が加わって、圧巻のパフォーマンスだ。
昨年末に再婚したアルジェリア出身、髭のテノール、ユーシフ・エイヴァゾフと交互のソロ、2重唱で構成。東フィルを従え、近々新国立劇場に登場するイタリアの若手、ヤデル・ビニャミーニがヴェルディからヴェリズモまでを指揮する。けっこう幅広いファンが集まったサントリーホール大ホール、2階下手寄り最前列で、強気の3万8000円。20分の休憩を挟み2時間半。招聘はカジモト。

冒頭、「運命の力」序曲で盛り上がった後、クリームイエローのふんわりしたドレスのネトコ様が登場。「私は神の卑しいしもべです」の第一声で、余裕たっぷりにホールを掌握する。2重唱「すでに夜も更けた」までは、ヴェルディを中心にロマンチック、かつ技巧を聴かせる。ピアニシモも響きます。
後半は一転、光沢あるブルーグレーの裾広がりドレスで、「ある晴れた日に」から情感をこめて押しまくる。ドラマチックなプッチーニ中心の選曲だ。夫君もネトレプコに比べれば一本調子ながら、声に張りがあり、「星は光りぬ」などで健闘する。幕切れの2重唱「貴方のそばでは、僕の悩める魂も」に至っては、看守役・狩野賢一(バスバリトン)の点呼に2人が誇り高く呼応。愛に死す決意に圧倒された。セットも衣装もないのに、しっかりと感動させちゃう!
お楽しみアンコールでは、いきなりネトレプコが裸足で走り出て、明るい「山こそ我が故郷」でダンスを披露。期待通りのお茶目さ全開で、手拍子も飛び出す。ユーシフは今秋METデビューを飾る演目から、お馴染み「誰も寝てはならぬ」を力一杯披露。跪いて拍手に応えてた。ラストは名曲「忘れな草」。受け取った花を客席に投げ入れるサービスで、楽しく幕となりました。

女王は今44歳。今年はいよいよ、バイロイトでワーグナーを歌うとか。シーズン後半のせいかちょっと細くなって、豪華なアクセサリーも素敵でした。今回の新婚旅行がわりみたいなアジアツアーは、昨年のカウフマンのようなピアノ伴奏に比べればリッチな舞台だったけど、やっぱり本格オペラの舞台で聴きたい人だなあ! 終わってから黒柳徹子さんを見かけたけど、聴いてたのかしら。以下セットリストです。

ヴェルディ「運命の力」序曲
チレア「アドリアーナ・ルクヴルール」より「私は神の卑しいしもべです」(ネトレプコ)
チレア「アルルの女」より「ありふれた話(フェデリーコの嘆き)」(エイヴァゾフ)
ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」より「穏やかな夜…この恋を語るすべもなく」(ネトレプコ)「ああ、あなたこそ私の恋人…見よ、恐ろしい炎を」(エイヴァゾフ)
ヴェルディ「アッティラ」序曲
ヴェルディ「オテロ」より「すでに夜も更けた」(ネトレプコ、エイヴァゾフ)
プッチーニ「蝶々夫人」より「ある晴れた日に」(ネトレプコ)
プッチーニ「トスカ」より「星は光りぬ」(エイヴァゾフ)
ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「亡くなった母を」(ネトレプコ)「5月のある晴れた日のように」(エイヴァゾフ)
プッチーニ「マノン・レスコー」間奏曲
ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」より「貴方のそばでは、僕の悩める魂も」(ネトレプコ、エイヴァゾフ、狩野賢一)
Encores
カールマン「チャールダーシュの女王」より「山こそ我が故郷」(ネトレプコ)
プッチーニ「トゥーランドット」より「誰も寝てはならぬ」(エイヴァゾフ)
クルティス「忘れな草」
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家庭内失踪

M&0 plays プロデュース「家庭内失踪」  2016年3月

コートがいらない気候になった週末、大好きな岩松了さん作・演出に足を運ぶ。エロくてコミカルな夫婦ものを、お洒落にみせるセンスがさすが。最も近くて、決して分かり合えない夫婦という関係の、だからこそ面白いトホホ感。
テーマが重かった昨年「青い瞳」から一転、2011年「アイドル、かくの如し」を思わせる軽妙さだ。風間杜夫、小泉今日子コンビも盤石です。椅子が良くなってびっくりの本多劇場、中央あたりで6500円。休憩無しの2時間強。

設定は1989年岸田國士戯曲賞受賞作で、昨年、松井周演出で観た「蒲団と達磨」の後日談だ。家族の日常であり、特に事件は起こらない。野村(風間)は高校教師を定年退職し、再婚同士で、前作では別居を言い出していた若い妻・雪子(小泉)と無事暮らしている。年齢相応の衰えを感じている野村の焦りを軸に、夫・石塚を嫌って里帰りした先妻の娘・かすみ(小野ゆり子、大森南朋の奥さんですね)と、妻の様子を探ろうと石塚が送り込む後輩たち、さらに野村を訪ねてくる近所の男・望月(岩松)が絡む。

本心ではなさそうな会話が続く感じはいつも通りだけど、飄々とした野村が全体を牽引。66歳の風間さん、老いの情けなさが似合うようになったんですねえ。特に63歳・望月とのやり取りは、コントかと思うほど息が合って可笑しい。「言葉と切実は反比例する」とか、セリフが耳に残ります。
対する雪子は普通の主婦なのに、妙に色っぽくて、現実味が薄い。このキョンキョン持前の浮遊感が、夫婦という尽きない謎を象徴する。

面白いのは「観察する」イメージだ。夫から逃げてきたかすみは、わざわざ食卓の横に据えたパソコンで、野村と雪子の日常を書き綴る。望月に至っては、失踪したのに自宅の近所に隠れ住んでおり、変装までして妻を尾けまわしちゃう。オースター原作、白井晃演出で観た「幽霊たち」でも引用された、「ウェイクフィールド」に想を得た設定だとか。なんという屈折。異常だけど陰湿ではなく、乾いた悲哀が全編に漂う。作家の習性と重なるような、そして誰もが多かれ少なかれ覗き見の心理を秘めている、ともいえるような。

石塚の後輩で、かすみの様子を見に通ううち、女たちに翻弄されちゃう多田の落合モトキ、そして石塚の弦楽奏仲間で、「ですねですね」が口癖の青木を演じる坂本慶介と、若手も安定してました。
セットは野村家のリビングダイニングと、寝室でもある和室の2間を、左右に出し入れするだけ(美術は原田愛)で、照明も控えめ。フランス映画を連想させる幕切れがとても洒落ていた。

演劇好きが集まり、補助席も出ていた客席。ともさかりえ、高岡早紀、安田章大らの姿も。

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乱鶯

2016年劇団☆新感線春興行 いのうえ歌舞伎《黒》BLACK「乱鶯」  2016年3月

「ラストフラワーズ」以来久々で、いのうえひでのり演出の新感線。チャンバラエンタメに徹する構えは変わらないけど、倉持裕の脚本が正調・白浪物で、安定感がある。まさに演舞場というべきか。
プログラムによると、タイトルの「黒」とは「ガキっぽい劇団が、ちょっと大人になってみた」といった意味だそうです。なるほど。幅広い客層が入った演舞場の、中央あたりで1万3000円。35分の休憩を挟んで4時間弱。

タイトルの乱鶯(みだれうぐいす、正式にはらんおう)は季節を超えても鳴く鶯のことだとか。主演の古田新太に焦点を絞って、時代遅れの義理を通すひとりの男を、ひたすら格好良く見せる。
時は天明のころ。義賊・鶯の十三郎(古田)は与力・黒部(いかにもな大谷亮介)に追われて重傷を負うが、通りがかりの目付・小橋貞右衛門(山本享)と浅草寺裏で居酒屋を営む勘助(粟根まこと)、お加代(しなやかに稲森いずみ)に救われ、足を洗う。板前となった7年後に、貞右衛門の息子で御先手組組頭・勝之助(大東駿介)と邂逅。ちょうど残忍な火縄の砂吉(橋本じゅん)から押込の手引きに誘われ、勝之助に手柄をたてさせようと日本橋の大店・丹下屋への潜入を決意する。ところが勝之助がついてきちゃって巻き起こるドタバタ、十三郎とお加代、勝之助と下女おりつ(清水くるみ)それぞれの淡い恋、砂吉一味との死闘、そして本当の悪党の正体とは…。

昨年の「ツインズ」でも存在感たっぷりだった古田が、喋りまくり、見得を切りまくって色気がある。ちょっと噛んじゃってもチャーミングです。いかにもな化粧が、さすがに濃すぎるけどね。
「カッコーの巣の上で」のビリーが繊細だった大東は、今回は一本気ながら素っ頓狂な若侍。笑いを達者にこなし、切なさもあって拍手! ほかにしっかり者の丹下屋女将に、お馴染み高田聖子。
倉持脚本は「豆腐百珍」の雷豆腐や回向院の勧進相撲といった、時代劇ならではの知識を散りばめていて知的だ。さらに江戸のファストフードとか盗み細工とかの道具立てが、実は緻密な伏線になっている。笑いは多いけど全体に上品なぶん、パンチは弱めか。
演出は回り舞台のシーン転換が滑らかで、雨や月を照明で表現。特に、決闘シーンの美しい花火の映像が、想像をかきたてる幕切れと相まって巧い。効果音満載の殺陣は残忍なだけに、もう少し短くと思うけど、それだと常連客には物足りないのかな。

幕間のBGMが演目に合わせ、往年の時代劇ミュージックで雰囲気をつくってた。客席には中丸新将さんらしき姿も。ロビーでオリジナルのお饅頭やお弁当を売っていて、芝居見物って感じ。

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歌舞伎「双蝶々曲輪日記」「口上」「祇園祭礼信仰記」「関三奴」

五代目中村雀右衛門襲名披露 三月大歌舞伎 夜の部  2016年3月

春めいてきた週末。7代目松本幸四郎に連なる系譜であり、名女形だった亡父の名跡4年ぶりの復活とあって、幹部勢ぞろいの雀右衛門襲名公演に足を運んだ。評論家や、お着物の男女が大勢集まって、掛け声が多く、紅白牡丹の祝い幕も華やかな歌舞伎座。前のほう中央のいい席で19000円。休憩3回を挟んで4時間。

幕開けは「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」から角力場。文楽で観たことがある、浪速の人気力士の達引シーンで、菊之助が相変わらず声がよく通って大活躍だ。前半は山崎屋与五郎を演じ、上方和事の「つっころばし」=鷹揚な若旦那がいい味。贔屓の力士・濡髪長五郎(けっこう野太い橋之助)を褒められると、嬉しくて誰にでもどんどん持ち物をあげちゃう。
後半は早替りで一転、丁稚上がりで気の強い素人角力の放駒長吉に。どっしりと風格ある濡髪に対抗して、少しでも背を高く見せようとしたり、茶碗を手で潰せずこっそり刀に打ち付けたり、という対照が面白く、動きもきびきび。遊女・吾妻(高麗蔵)の身請け話と、取り組みの裏をめぐって義理と意地がぶつかり合い、格好良く見得が決まりました。

長めの休憩後、お楽しみの「口上」。菊五郎さんの病気休演が残念だけど、84歳の大御所・藤十郎の紹介に続き、仁左衛門、秀太郎、歌六、扇雀、又五郎、魁春、梅玉、吉右衛門、東蔵、鴈治郎、橋之助、時蔵、松緑、兄の友右衛門、幸四郎がずらり。81歳の我當さんも後見に支えられて何とか。古風で控えめな当代に、ちょっと注文も出てました。

客席でお弁当をつつき、襲名披露の「祇園祭礼信仰記」から金閣寺へ。こちらも文楽で2回観たことがあり、見どころ満載のなかでも今回は、新雀右衛門が「三姫」のひとつ雪姫を演じるのが眼目だ。浄瑠璃をバックに歌舞伎らしくド派手。
前半は碁立。国崩し・松永大膳(実悪がいかにもな幸四郎)が立てこもる金閣寺に、此下東吉、実は真柴久吉(颯爽と仁左衛門)が乗り込んで碁を打つ。生締のニザ様がノリ地の台詞を聞かせ、よく動いて井戸から碁笥を拾い上げる。
そして「爪先鼠」だ。まずどしゃどしゃ桜の花が降るのにびっくり。これは大道具さんに気を配った先代の名残だとか。
そして縛られた雪姫が、舞台中央で踊りながら鼠を描く。文楽の方が、不自由な感じが強く色気があるかなあ。今回は歌右衛門型で、人形振の雀右衛門型もあるそうです。花道で刀に顔を映し、髪を直して引っ込む。ちょっと地味だけど、大人の女の造形。
やがて大ゼリを使い、金ぴか陣羽織のニザ様が木を登って慶寿院尼(藤十郎)を救出。大膳とにらみ合う格好いいシーンで幕となりました。2人とも70代とは思えません! ほかに「舞台を横切るだけ」の夫・直信に梅玉、大膳の弟・鬼藤太に錦之助、潜入していた軍平、実は佐藤正清に歌六、久吉家臣に歌昇、萬太郎(時蔵の次男)、種之助、米吉(歌六の長男)…と豪華。

追出しは長唄の舞踊「関三奴(せきさんやっこ)」を3人バージョンで。日本橋をたつ参勤交代行列で、先頭を務める奴3人が登場。毛槍を振って元気に、花魁道中の真似や足拍子を見せる。でっぷり鴈次郎、コミカルな濃い化粧の松緑に比べると、勘九郎が動きが良く、愛嬌もあっていい。

売店では襲名ゆかりの日本酒の販売や、雪姫の人形の展示なども。盛りだくさんでした~

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