イェヌーファ
イェヌーファ 2016年2月
新国立劇場2015-2016シーズンの中でも、話題の新制作に足を運んだ。「1Q84」で知られるレオシュ・ヤナーチェクのチェコ民族オペラ。プログラムによると、国内の舞台上演は5回目という馴染みの薄い作品だけに、ちょっと身構えていたのだけど、温かい旋律と庶民の愛憎劇の普遍性、洒落た演出に感動しました! チェコ出身のトマーシュ・ハヌス指揮で東響。新国立劇場オペラハウス、2階中央の前の方で2万4300円。休憩2回を含め約3時間。
閉鎖的な村のある夏の日。娘イェヌーファ(ドイツのソプラノ、ミヒャエラ・カウネ)は裕福で軽薄なシュテヴァ(イタリアのテノール、ジャンルカ・ザンピエーリ)と付き合っているが、一途にイェヌーファを思う粗野なラツァ(テノールのヴィル・ハルトマン)に、美しい頬を傷つけられてしまう。冬にはシュテヴァは心変わりしており、イェヌーファはひっそりと彼の子を出産。継母コステルニチカ(アメリカのメゾ、ジェニファー・ラーモア)はシュテヴァが村長の娘と婚約したと知って、娘の評判を傷つけまいとするあまり、赤ん坊を亡きものとする。女2人それぞれの切々たるアリアが聞かせます。そして春。悲劇が白日の下にさらされた後、イェヌーファは悲痛を噛みしめつつ、真実の愛にたどり着く。幕切れ、ラツァとの2重唱が美しい。
ベタなメロドラマ風だけど、登場人物誰もが抱えている罪が哀しい。嬰児殺しはもちろん、考え無しの妊娠も、女性への暴力や裏切りも、そしてとっくに成人した子に対する親の抑圧や甘やかしも。
故郷モラヴィアの民謡を取り入れ、チェコ語の抑揚を大切にしたというメロディーは、耳に心地よい。2階席でオケが良く見えたせいもあり、大活躍のヴァイオリンのソロやハープ、打楽器が歌とよくシンクロ。
歌手陣が高水準で、なかでも実は誠実な男を演じるザンピエーリが、声が良く響いて切なさに説得力がある。タイトロールのカウネは、真っ赤なドレスの恋する娘から、静かに子を思う母、すべてを諦めた大人の花嫁へと、変化するさまが表現豊か。序盤から重苦しさを体現するラーモアも、難しい役どころだと思うけど、達者だ。
鬼才クリストフ・ロイ演出のプロダクションは、ベルリン・ドイツ・オペラの2012年初演版。いかにもドイツっぽくて、緻密でいい。セットは無機質な白い箱で、当初は狭く、全体が独房にいるコステルニチカの回想だと思わせる。
シーンに合わせて、壁が静かに静かに横に広がったり、後方が開いて金色の草原や雪と氷の世界が現れたり。窓から差し込む光など、最小限の道具立てで端的に状況を伝えていく。赤ん坊の死を聞かされ、イェヌーファが鍵を取り落とす演出や、ラストの不透明な未来へ手を携えて踏み出すシーンが余韻を残す。
関係者レセプションがあったらしく、客席には飯守芸術監督らしき姿も。