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COCOON

開館25周年/芸劇フェスティバル「cocoon」憧れも、初戀も、爆撃も、死も。  2015年7月

今日マチ子のコミックを原作に、マームとジプシーの藤田貴大が作・演出した2013年の話題をさらった舞台を、戦後70年の夏に再演。音楽はクラムボンの原田郁子。悲惨体験のリアルな手触りに、衝撃を受けた。若者が多い東京芸術劇場シアターイースト、最前列で4500円。休憩無しの2時間強。今、観るべき舞台だ。

ステージは四角い砂場。ラジコンヘリが飛び、現代に生きるひとりの少女が、知るはずのない戦争体験を夢に見る。時空はシームレスに戦時下の島に飛び、14人の女子学生と教師の、なんてことない学園生活を描いていく。お馴染みの歌うようなリフレインの切なさ、愛おしさ、組み体操のように一層入り組んだ動きの繊細さ。遠雷のようにずっと鳴っている、爆撃音が不穏だ。
そんな日常と地続きに、少女たちは傷病兵の看護に動員され、状況は一気に暗転。とても正視できない過酷さと死に埋め尽くされてしまう。ついにガマ(洞窟)を退去するよう、通告された夜。少女たちのユニゾンの透明感と絶望とが、胸を締め付ける。
容赦なく宿命の夜は明け、彼女たちは何の防備もないまま南の岬を目指す。執拗に続く、必死の疾走シーン。限界まで加速しつつ、目の前を駆け抜けていく汗と涙と息遣い、生々しい緊迫感が圧倒的だ。

拙さは拙さのまま、説明も排してしまう思い切り。反則技の気もするけれど、間違いなく、生身で伝える舞台の力が、ここにある。
これまで藤田のリフレインは、作家の脳内にコダマする忘れられない過去の一場面なのかな、と思っていた。今回は個人の体験ではなく、史実がテーマだけど、少女たちの口調や服装はあえて現代風にしている。忘れてはならない記憶が、世代を超えていく効果を生んでおり、そこに普遍性と一筋の希望を感じた。終盤のスポットライトが余韻を残す。

健気なサンの青柳いづみ、サンが思いを寄せる長身のマユ、菊池明明(ナイロン100℃なんですね)、そしてすべてを見守る、さとこの吉田聰子が、見事な集中力を発揮する。
お馴染みの木枠に加えて、白い布を多用。美しく羽ばたくことなく、繭のまま命を落とす少女たちを、今回新たに参加した飴屋法水が、布でできた繭で優しく包んでいく。後方に紗幕スクリーンと原作などの映像。
公演途中には、俳優が舞台上で激突しちゃう事故もあったとか。なかなかハードな作品。いや~、観るほうも力が入ります。

ロビーには今日マチ子の原画を展示。砂が飛び散るので、前方の席にはブランケットが配られました。

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