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カウフマン「ケルナーの12の詩」「詩人の恋」「マティルデ・ヴェーゼンドンクによる5つの詩」「ペトラルカの3つのソネット」

ヨナス・カウフマンジャパンツアー  2015年5月

やっぱりスターテノールのライブは大迫力だった。2014年10月に「健康上の理由」でキャンセルになった公演の振り替えで、2011年にもオペラ公演を手術でキャンセルしたとあって、事前にはクラシック雀たちが「今回は本当に来るの?」「高額チケットの売れ行きは?」「どうやら来日はしたらしいけど…」とハラハラドキドキ。しかも当日、大きい地震が発生!
けれど結果的には、充実のステージで大満足だった。お洒落おばさまが多いサントリーホール、前寄りやや上手のいい席で強気の2万6000円。プログラムもなんと昨年のものをそのまま、1000円引きの3000円で販売していてびっくり。

もちろん大切なのは歌。ほぼ時間通りに本人とピアノのヘルムート・ドイチュが登場すると、会場にほっとした空気が流れる。外見は美形だけど、白髪交じりのクシャクシャ頭に髭で無骨な印象。プログラムはリート中心。前置き抜きでシューマン「ケルナーの12の詩」からスタートする。 暗めの声質はライブビューイングでのイメージ通りながら、「ひそかな涙」の、大ホールを全く感じさせないパワーは想像以上だ。4曲の予定を5曲に増やしてロマンチックに。
いったん引っ込んで、シューマンがハイネの詩に曲をつけた「詩人の恋」へ。短い第1曲から第16曲までをたたみかけていくと、次第に声の多彩さ、落差に引き込まれていく。決して超絶技巧ではないのに、キラキラした高音や明るいリズムから低音の苦悩まで、楽々とコントロールしていてさすがです。

短い休憩後、いよいよワーグナー「マティルデ・ヴェーゼンドンクによる5つの詩」。革命失敗でチューリヒに逃れた作曲家が、こともあろうにパトロンの銀行家の妻と恋に落ち、彼女の詩に曲をつけたそうな。カウフマンにはやっぱり、リートというよりオペラ的な、このスケール感がよく似合う。「ローエングリン」名序曲を思わせる第1曲「天使」、ドラマチックな第2曲「とまれ!」、さらに同時期に手掛けていた「トリスタンとイゾルデ」のための習作、第3曲「温室で」と本領を発揮し、情熱が前面に出て圧巻だ。
第4曲「苦しみ」で聴衆がたまらず拍手しちゃって、「まだよ」と小さく指でバツを出す一幕も。案外、お茶目です。そしてやはりトリスタンにつながる第5曲「夢」でたっぷり感動させた終盤、会場に細かい揺れが発生。動じず歌い切ったけど、拍手の間に強く長い横揺れとなり、ステージ上の照明などがユラユラするのを、不安そうに指さすヨナス様。
スタッフが問題無しと判断したらしく、なんのアナウンスもなかったとはいえ、このまま帰っちゃうのではと、聴衆が思わず手拍子で励ます展開に。普通に再登場したあたりから、いやがおうにも盛り上がりが高まる。
そしてイタリア語のリスト「ペトラルカの3つのソネット」3曲がまた素晴らしかった。地震後の不安はみじんもなく、繊細かつ力強い高音を聴かせ、表現の振幅もますます大きくなって雄弁。

聴衆が大満足して満場の喝采。そしたらなんと、上機嫌でアンコールを5回、5曲も歌ってくれました~ ドイチュが再登場のとき楽譜を持ってるとアンコールのサインなので、帰ろうとした人が何度も慌てて席に戻る。特に後半、気楽なレハールのオペレッタ尽くしは彼の定番らしく、古風だけど明るくダイナミックな曲調と、強く歌い上げる幕切れで聴衆は文字通り総立ち。声だけでこれほど沸かせるって凄いことだ。最後は何度も丁寧にお辞儀して、投げキッスしながら去っていきました。いい奴じゃん。

リスト「それはきっと素晴らしいこと」
ベナツキー「それは素晴らしいもの」(オペレッタ「白馬亭」)
レハール「君こそわが心の全て」(オペレッタ「微笑みの国」)
レハール「僕は女たちによくキスをした」(オペレッタ「パガニーニ」)
レハール「友よ、人生は生きる価値がある」(オペレッタ「ジュディッタ」)

客席には高円宮妃殿下や秋川雅史さんの姿も。野生的なスターらしさ。いや~、いいもの聴かせてもらった。諦めなくて良かったです。
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METライブビューイング「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」

METライブビューイング2014-15第10作「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」  2015年5月

今シーズンのライブビューイング締めくくりは、ちょっと渋いダブルビル。マスカーニとレオンカヴァッロによるヴェリズモの嚆矢、通称「カヴァ&パリ」だ。「アンナ・ボレーナ」などのディヴィッド・マクヴィカーの新演出、ファオビオ・ルイージ指揮で。4月25日の上演、休憩を挟んで約3時間20分。東劇で3600円。

事前に映画「ゴッドファーザーpart3」 「アンタッチャブル」で使われた名曲「間奏曲」「衣装を着けろ」が登場すると聞き、期待が高まる。実際、評判通りの激情あふれる音楽と、2作続けて主役トゥリッドゥ、カニオを歌い切ったマルセロ・アルヴァレス(アルゼンチンのラテン系テノール)のパワーに脱帽した。

物語は2作とも、痴話喧嘩が招く流血の悲劇だ。言ってしまえば身も蓋もない3面記事的事件は生々しく、全く格好良くないのだけれど、だからこそいつの時代も変わらない男と女の愚かさを感じさせるのでしょう。
まず「カヴェレリア」は、1990年代のシチリア。恋人で酒場の息子のトゥリッドゥがコケティッシュな人妻と浮気していることに、嫉妬の針が振り切れたサントゥッツァ(エヴァ=マリア・ヴェストブルック、オランダの重厚ソプラノ)が、浮気相手の夫アルフィオ(ルチッチの代役でジョージ・ギャグニッザ、グルジアのバリトンが無骨な馬車屋を表現)にすべてをぶちまけてしまい、果し合いへとなだれ込む。決して嫌いになったわけじゃないのに、トゥリッドゥってホントに馬鹿だなあ。モノトーンで統一されたシンプルな回り舞台と、4角関係をじっと目撃する村人たちの閉塞感が重苦しい。

続く「道化師」は1948年の、同じシチリアという設定だが、雰囲気は一転。思い切り下世話な旅芝居一座が舞台となり、馬やパントマイマーが登場したり、劇中劇コンメディア・デラルテが極彩色かつコミカルだったり、賑やかだ。若い花形女優ネッダ(米国のソプラノ、パトリシア・ラセットが情熱たっぷり、網タイツ姿で舞台を制圧)と村の若者シルヴィオ(ルーカス・ミーチャム、長身のバリトン)の浮気を知って、深く傷ついた年配の座長カニオが、芝居しながら次第に現実と区別がつかなくなっていき、ついに凶行に及ぶ。口上を述べ、悲劇の引き金をひく座員トニオで、こちらも2作連投のギャグニッザが達者です。

案内役はスーザン・グラハム。終わってみれば今シーズンは10作中6作と、けっこう鑑賞したな~ ネトレプコの「マクベス」「イオランタ」が格好良く、演目の珍しさも含めると「湖上の美人」が圧巻だったかな。

TOSHINOBU KUBOTA 2015

TOSHINOBU KUBOTA CONSERT TOUR2015 ”L.O.K”  2015年5月

なんとライブ2日連続で、3年ぶり久保田利伸に行ってきた。大騒ぎしてクタクタになったけど、とっても爽やかな気分です。ホールだったし、ステージから遠くても圧倒的な歌の巧さとリズム感、そしてチャーミングさがしっかり伝わってきて、素晴らしい! 聴衆は女性が多数派、年齢高めのNHKホール、3F上手寄りで8100円。アルバム「L.O.K」のご機嫌ナンバーを中心に2時間半。
以下、ネタバレを含みます。

今日も早めに会場に入って、プログラムとTシャツを買い込み、ビールで乾杯。定刻少し前からステージでミラーボールが輝き、DJ DAISHIZENが盛り上げる。
演奏が始まると、久保田が階段状セットのてっぺんから、椅子に座って格好つけて登場。のっけから会場総立ちです。
その後はノリノリの「Free Style」「Loving Power」などと、メロウな曲とを織り交ぜて、立ったり座ったり。「Squeeze U」「Between The Sheets」あたりではアコースティックギターとフルートの、お洒落なボサノバアレンジもあり、美しい長い布を使ってダンサーが色っぽくからんだりして、しっとり聴かせた。
MCもたっぷりあり、これまでのツアー日程で沖縄は指笛が多かったとか、釧路は久しぶりだったので沸き方が凄かったとか。来年デビュー30周年とあって、懐かしいドラマや映画の思い出話から「You were mine」「a Love Story」なんかをさらっと歌ったり。「Missing」 「LALALA LOVE SONG」などヒットナンバーもちゃんと入っていて、サービス満点です。このへんは余裕だなあ。中盤、コーラス3人のそれぞれのソロの間に着替えも。
会場との掛け合いはあったけど、演出は照明ぐらいでごくシンプル。バンドはドラム・RalphRolle、キーボード・柿崎洋一郎、ギター・オオニシユウスケら。アンコールの後も登場と同じ椅子に座って、ダンディーに消えていきました。ありがとー。
以下セットリストです。

1 Cosmic Ride
2 GIVE YOU MY LOVE

3 Da Slow Jam
4 To the Limit

5 Upside Down
6 Free Style

7 Missing
8 Loving Power

9 Squeeze U
10 Between The Sheets

11
永遠の翼
12 a Love Story

13 Bring me up!
14 LA
LALA LOVE SONG
15 OH!WHAT A NIGHT!

encore
16 LOVE RAIN
~恋の雨~

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サザンオールスターズLIVE TOUR2015

サザンオールスターズLIVE TOUR2015「おいしい葡萄の旅」  2015年5月

長いことサザンを聴いているけど、実は初めてコンサートに足を運んで大満足! 本当に素晴らしいバンドです! 正調サザン節炸裂の10年ぶりアルバム「葡萄」を引っ提げた全国ツアー、10年ぶりの東京ドーム初日。なんと3時間半、36曲をほぼ歌いっぱなし、演奏しっぱなしの大サービスだ。2階1塁側、急勾配のスタンド後ろの方だったけど、十分楽しめた。9000円。
以下、ネタバレを含みます。

2時間前に会場に到着したけど、もう老若男女が続々と集結。本当にファンが幅広くて、普通の日本人の縮図って感じだ。場外のグッズ売り場で和風のチケット袋付プログラムとTシャツを購入。入り口で本人確認があり、その後、席がわかる方式で、転売対策がしっかりしている。席でゆっくり腹ごしらえ。

定刻からちょっと遅れてスタートしてからは、MCもそこそこに、どんどん進む。お約束のお色気ダンサーズが登場するけど、悪ふざけもそんなにしつこくない。桑田さん、移動は少ないものの、キック連発で元気でした。
「葡萄」はほぼ全曲を演奏してご機嫌だ。滑り出しの「平和の鐘が鳴る」からすでに胸に染み入る。名曲だなあ。「ワイングラスに消えた恋」では原由子が中央に出てきて、往年の歌謡曲風のダンスを披露。
中盤は1985年「KAMAKURA」から数曲。「栞のテーマ」「真夏の果実」が、あまりに懐かしくて感動させる。それから桑田さん、「セトリサイトでは不評なんだけど」とやや言い訳しながら、90年代あたりを数曲。最近のドローン騒動をやけに気にしていたり、テクノロジーに対するモヤモヤがテーマだったかも。
終盤は「葡萄」に戻って、「エロティカ・セブン」から怒涛の盛り上がり大会に突入し、総立ちで本編は終了。ふう。

編制はバンド+キーボード、ホーンセクションと女性コーラスひとり、後方の上段にストリングスと、割にシンプルだ。演出もダンサーと曲に合わせた映像、ステージ前のスモークや炎くらい。むしろ入り口で全員に配ったリストバンドのLEDが、会場を埋め尽くして壮観だった。これは流行るのでは(すでに流行っているのか?)。実はスクリーンもよく見えないほど席が遠かったけど、曲名、歌詞を映していて親切でした。

そしてウエーブをしている暇もほとんど無いまま、ダンサーの小劇があってアンコールへ。「みんなのうた」では5万人が掛け値なく大合唱して、凄い迫力だ。この一体感はたまりません。LEDの演出といい、小細工無しに聴衆を主役にしちゃう姿勢は、キャリア、実力に裏打ちされていて見事です。ラストは何故か、サポートメンバーも含めて「おおブレネリ」の替え歌で〆。若干ぐだぐだなのも、サザンらしかった。また行きたいな~
以下セットリストです。アンコール1曲目は会場によって違うみたい。

 

1, Tarako
2,
ミス・ブランニュー・デイ (MISS BRAND-NEW DAY)
3,
ロックンロール・スーパーマン~Rock'n Roll Superman
4,
青春番外地
5,
イヤな事だらけの世の中で
6,
バラ色の人生
7,Missing Persons
8,
平和の鐘が鳴る
9,
彼氏になりたくて
10,
はっぴいえんど
11,
天井棧敷の怪人
12,
ワイングラスに消えた恋
13,
よどみ萎え、枯れて舞え
14,

15,Happy Birthday
16,
死体置場でロマンスを
17,Computer Children
18,
栞のテーマ
19,あなただけを Summer Heartbreak
20,
真夏の果実
21,
おいしいね~傑作物語
22,Soul Bomber(21
世紀の精神爆破魔)
23,(The Return of)01MESSENGER
~電子狂の詩~
24,
ブリブリボーダーライン
25,

26,
栄光の男
27,
東京VICTORY
28,
アロエ
29,
マチルダBABY
30,
エロティカ・セブン EROTICA SEVEN
31,
ボディ・スペシャルⅡ
32,
マンピーのGSPOT

encore
33,
匂艶THE NIGHT CLUB
34,
ピースとハイライト
35,
みんなのうた
36,

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文楽「五條橋」「新版歌祭文」「口上」「一谷嫩軍記」

第一九一回文楽公演 第一部  2015年5月

2代目吉田玉男襲名公演の今回は昼の部。舞踊、世話、時代に口上もあって華やかだ。着物姿の女性が目立つ満員御礼の国立劇場小劇場、人形の細かい表情も見える前の方、下手寄りで6700円。休憩3回を挟み3時間半。

プログラムは「一谷嫩軍記」につながる、短い舞踊「五條橋」から。時代物「鬼一法眼三略巻」の五段目だそうです。弁慶(勘市)の薙刀に牛若丸(紋臣)が載っちゃったりして、人形ならではの動きが面白い。床は睦大夫ら4挺4枚。
10分の休憩後、「新版歌祭文」から野崎村の段。2010年に蓑助らで観たことがある。前半はお約束のコミカルな展開で、ワルの小助が金をせしめて意気揚々と帰るとき、柱にぶつかっちゃう。さらに好きな久松(清五郎)と婚礼を挙げることになって、いそいそナマスを調理したりしていた、おみつ(勘彌)が、久松を追ってきたお染(一輔がなかなか可憐)を鏡越しに突いたり、門口に箒を立て掛けてぶつけたり、やりたい放題。久松はと言えば、お染が気になって父の久作(文司)の頭にお灸をすえちゃう。
後半は呂勢大夫・清治から津駒大夫・寛治の三味線豪華リレー。久作が切々とお染久松を諭し、さらにおみつが切髪姿で身を引く覚悟を示す急展開だ。幕切れはツレで寛太郎くんが加わり、一気に視界が開けた土手を、久松が駕籠で、お染と母が舟で帰っていく。

ランチ休憩を挟んでお楽しみの口上。後方に吉田一門がずらり13人並び、千歳大夫の進行で嶋大夫が厳かに、寛治が意外にお茶目に、そして人形仲間の和生、勘十郎が真摯に挨拶しました。大拍手。
休憩10分でいよいよ本日の眼目、並木宗輔らの重厚な時代物「一谷嫩軍記」。個人的には歌舞伎で観たほか、2013年の文楽では相模が途中交代というハプニングを目撃した印象的な演目です。
今回は熊谷桜の段から。人間関係が語られて、同じセットの熊谷陣屋の段になだれ込む。いつもより渋い印象の咲大夫・燕三が格調高く聴かせ、後では文字久大夫・清介が飛ばしまくって大奮闘。我が子を犠牲にする直実(新・玉男)に寡黙な悲壮感がみなぎる。力強くて儚くて、いい役だなあ。妻・相模は和生が安定感抜群、そして敦盛の母・藤の局が登場シーンからたおやかなで、勘十郎さん見事です。この3人が揃う三角形は、美しくて贅沢だなあ。キーマン義経は玉輝、敵役の景高に幸助さん。
節目の公演とあって客席には知った顔も多い。面白かったです!

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講談「名月若松城」「次郎長と伯山」「鋳掛松」「横谷宗珉」

日本橋亭 講談夜席 2015年5月

昨年真打に昇進した神田春陽が、定席でトリをつとめる夜席に、1席目の途中から滑り込んだ。お馴染みが集まった感じのお江戸日本橋亭、自由席で1800円。中入りをはさみ2時間45分。

2席目は神田山緑で「名月若松城」。戦国武将・蒲生氏郷は、岩石城で西村権四郎に救われたことをなかなか認めない。西村も主君をたてちゃえばいいものを、真実をまげず、とうとう会津若松の城中で相撲をとって投げ飛ばしてしまう。どこか稚気が漂う主従の物語を、はきはきと。
続いてベテラン一龍斎貞心で「次郎長と伯山」。ずばり、明治期に八町荒らしと呼ばれた伝説の講談師の人情話だけに、爽やかだ。次郎長と交流があり、その伝記を提供したのに、落ちぶれて熱海にいた松廼家京伝を、次郎長伝で人気を博した伯山が支援する。感謝した京伝は、やがて幽霊となって伯山の高座に客を呼んだという。巻き舌で気風のいい伯山の造形が、いかにも講談らしい。

短い中入り後は、お待ちかね宝井琴調さん。差し入れの泡盛でいい気分、と言いながら、調子よく「鋳掛松」。ラストにちょっともたついたけど、絶品です。
お話は堺利彦が大正期に書いたといい、格差の不条理を描く社会派講談だ。時は天保年間、鋳掛屋の息子・松五郎は頭が働き過ぎて、奉公先から戻されちゃうほど。そんな才能あふれる若者が、ある夏の日、両国橋の上からどこぞの若旦那が贅沢に遊ぶ船を眺めて、この世の不公平に思い至り、ぱあっと商売道具を川へ投げ捨てる。フランス映画のワンシーンみたいに鮮やかだなあ。その後、鋳掛松は盗賊になって破滅。黙阿弥が白波ものにしているそうです。

トリは待ってました春陽さん。体調不良から復活してラーメンを食べたこと、先日の成田山の巨大牛蒡のことなど、つらつらと話してから「橫谷宗珉」。
腰元彫(刀剣装飾の彫金)職人・
宗三郎は、師匠の橫谷宗珉に破門され、紀州に流れ着く。旅籠の主人の眼力に感服、居ついて仕事を始め、殿様から注文を受けるまでになったが、酒を呑んでばかり。しかし、ついに主人の忠告をいれ、滝に打たれて素晴らしい作品を彫り上げる。
後の名人・
一龍斎橫谷宗珉の若き日というわけで、芸術がテーマだけに味わい深く、テンポもいい。ちょっと落語っぽかったかな。初代の宗珉は英一蝶と交流があったり、落語「金明竹」に出てきたりするそうです。面白かった!


聖地X

イキウメ「聖地X」  2015年5月

作・演出前川知大。2010年「プランクトンの踊り場」(第14回鶴屋南北戯曲賞受賞)の改訂再演で、けっこう爽やかな仕上がりだ。若者で一杯のシアタートラム上手寄り、前の方で4200円。2時間休憩無しだけど、笑いが多くて飽きさせない。

地方都市の資産家で、不動産賃貸などで生活している山田輝夫(安井順平)のもとへ、東京から妹の要(伊勢佳世)が舞い戻り、遊び人の夫・滋(浜田信也)と別れたいと言い出す。1カ月後、要は町で滋を見かけて、開店準備中のレストランまで追いかけるものの、夫の挙動がおかしい。実はそのレストランではオーナー島(森下創)、シェフ・藤枝(大窪人衛)の身にも奇妙な出来事が起きている、いわくつきの物件だった。兄妹は級友の不動産屋・江口(盛り隆二)、滋の上司・星野(岩本幸子)らと協力して真相解明に乗り出す。

日常にぽっかり口を開けている超常現象で意表を突くアイデアはお馴染みの手腕だけど、今作は「関数ドミノ」や「片鱗」に比べると、観る者に現代人の罪を突きつけるようなヒリヒリ感は薄い。終盤にちょっと怖い展開があるけれど、全体にコミカルなやり取りが多くて、明るく楽しめた。
とはいえもちろん、話はそう単純ではない。古くから神社になっているような土地には訳がある。そんなパワースポットの謎解きで引きつけつつ、SF的設定を引き起こす人間の普遍的な内面へと迫っていく。
人間性、アイデンティティーというものがいかに多面的で、周囲との関係で成り立っているか。自分にとってある人物が好ましいかどうかは、実は人格というプリズムの1面に左右されているに過ぎないということ。そんなほろ苦さを思い知ってこそ、次の関係に踏み出せるということ…。巧いです。

平凡なリビング、レストランなどのシーンを、シンプルな椅子やテーブルで連続的に構築しつつ、静かに移動する不気味な壁や照明で、超常現象を表現する。ネット通販の箱も効果的だ。美術は土岐研一。
安井が安定感抜群、「地下鉄の手記」を思わせる引きこもり&へらず口の強烈キャラで舞台をぐいぐい牽引する。ドッペルゲンガーもどきで、人物の入れ替わりがかなり複雑な展開だけど、浜田と大窪が2つの人格を自在に行き来して、さすがだ。全員息が合っていて、テンポもいい。出演はほかに山田家の家政婦に橋本ゆりか、能天気な大学生に揮也。

能「碇引」

奉納梅若第三十八回 成田山蝋燭能  2015年5月

新緑の成田山新勝寺で、毎年5月第3土曜に開催するという能楽に足を運んでみた。1944年、54世梅若六郎が「碇引」を奉納されて以来続いているそうです。今年と来年は改築の都合で屋外の薪能ではなく、光明堂で蝋燭を使う形式。4階の広い講堂のようなスペースにパイプ椅子を並べた見所の、中央あたりで4000円。休憩をはさみ2時間半。

1部はまず仕舞2番。演目のクライマックスを謡いだけ、袴姿で演じるものだ。「竹生島(ちくぶしま)」は梅若英寿、「羽衣」は梅若美和音と、孫世代がりりしく。
続いて梅若会の連吟「融(とおる)」。男女20人ほどが並んで、クライマックス部分を謡う。
2部で法楽・火入れ式となり、僧侶と裃姿の小泉成田市長が厳かに、舞台四隅の蝋燭に点火。ただし照明も使うので、陰影がゆらめくような効果はない。
続いて狂言「磁石」。田舎者が大津の市場で、すっぱ(詐欺師)を出し抜き金をもって逃げる。すっぱが追いかけて脅すと、田舎者はなぜか自分は磁石の精だと言い出し、太刀を奪って反撃する。シテは人間国宝・山本東次郎、アドは山本泰太郎、山本凛太郎。シュールな話のようだけど、演者が見えにくかったし、筋もよくわからなくて残念。

休憩を挟んで、いよいよ成田縁起能「碇引(いかりびき)」。明治期、成田山は参詣客相手のビジネスなどで栄え、旦那衆の間で能楽の稽古が盛んだった。大野屋を定宿にしていた、国文学者で「鉄道唱歌」などを作詞した大和田建樹が、成田鉄道全線開通を記念してこの謡を作り、昭和になって梅若六郎が能にしたそうです。ただし今回は40年ぶりの上演とあって、梅若玄祥が型づけをした、ほぼ新作とのこと。
ある者(ワキ、宝生欣哉)が初めて成田山参詣に向かう道すがら、草を刈る2人連れ(ツレ、次代を担う梅若長左衛門、梅若紀彰)に出会って付き合ってもらう。花束を背負っているのが可愛いな。寺に着くと、額堂に大碇が納められており、九十九里の海底で漁を邪魔していたものを、不動明王の力で引き上げたという。
間(アイ)で山本凛太郎が、平安時代、寛朝大僧正が不動明王に祈願して平将門の乱を納めたと、開山の由来を語る。そして先ほどの2人連れが、今度は白い面をつけ、ご本尊に仕える矜羯羅(こんがら)童子、制吒迦(せいたか)童子という本来の姿で現れる。続いて、ひときわ音楽が高なり、ついに不動明王(シテ、人間国宝の梅若玄祥)が登場。碇を引き上げるさまを綱で表現する。面は成田山に現存するものだそうで、けっこう怖く、赤い衣装が鮮やかで、オーラがみなぎる。
後ろに控える笛は杉信太朗、小鼓・幸正昭、大鼓・亀井広忠、太鼓・観世元伯。さすがの大迫力でした!

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文楽「祇園祭礼信仰記」「桂川連理柵」

第一九一回文楽公演 第二部  2015年5月

いよいよやってきました、東京での吉田玉女さん二代目玉男襲名公演。ロビーにはお祝いの酒樽のほか、北野武や志の輔からの花もあって華やかだ。第二部は時代と世話の、それぞれ人気演目で楽しませる。満員御礼の国立劇場小劇場、中央のいい席で6700円。休憩を挟み4時間半。

まず「祇園祭礼信仰記」。変化に富んでいて、いつみても爽快だなあ。きらびやかな金閣寺の段は、たてこもった松永大膳(玉志)と此下東吉(幸助)の対峙する「碁立」が緊迫し、井戸の碁笥を浮かすシーンで沸かせる。三姫のひとつ、雪姫(清十郎)が可愛いくて清楚。ほかに玉勢、玉誉、玉佳ら。床は咲甫大夫。
爪先鼠の段は雪姫が縛られたまま、桜の花びらを舞わせて鼠を描くシーンに色気がある。その後は大ゼリのスペクタクルになり、特に今回、二層・潮音洞のシーンを、1966年の素浄瑠璃の床本を元に復活したそうで、ダイナミック。幸助さん、立ち回りで大活躍だ。床はなかなか安定の千歳大夫・富助から、希大夫・清志郎。

後半はがらり変わって心中ものの「桂川連理柵」。六角堂の段の人形は黒子で、しっかり者のお絹が義弟・儀兵衛をあしらい、隣家の丁稚・長吉を手なずける。竹本三輪大夫ら。
帯屋の段の前半は、嶋大夫・錦糸がたっぷりと。導入はお約束のチャリ場となり、タチの悪い継母おとせ(文昇)と連れ子儀兵衛(簑二郎)が、調子っぱずれながらズル賢いところのある長吉(贅沢に吉田蓑助!)を使って、長右衛門(玉女改め玉男)を追及しようとするが、お絹(和生)の智恵が功を奏する。新・玉男さん、我慢の演技で引きつけます。
後半はお絹のクドキで聴かせ、死を決意した隣家の娘・お半(勘十郎)が可憐。長右衛門が書置きを読むあたりから、切迫感が高まる。床はまずまずの英大夫・団七。
大詰めは道行朧の桂川で、長右衛門が幼いお半を背負い、暗い夜道を2人だけで心中の場へ向かう。決して悪人ではないけれど、どうにもうまく生きられない長右衛門の宿命と、純な女お半。文学だなあ。長右衛門は先代玉男の最後の舞台だったそうです。呂勢大夫、咲甫大夫、藤蔵、寛太郎ら。

パンフレットでカラー写真を並べ、首(かしら)を解説した新趣向がいい。

地獄のオルフェウス

シアターコクーン・オンレパートリー2015 地獄のオルフェウス  2015年5月

テネシー・ウィリアムズの1957年初演作を、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどの気鋭フィリップ・ブリーンが演出。席は悪かったけど、緩急自在な大竹しのぶ節を堪能した。女性客が多いシアターコクーンの、上手側中2階後ろの方で8000円。休憩を挟み3時間。

保守的な南部の町。夫ジェイブ(山本龍二)を看病しながら、日用品店を切り盛りするイタリア移民のレイディ(大竹しのぶ)は、流れ着いたギター弾きヴァル(三浦春馬)と恋に落ちる。しかし異物を排除する因習と暴力が、2人を悲劇へと陥れる。

とにかく大竹が圧巻。なんて振幅が大きいんだろう。登場シーンのふてぶてしさで、まず舞台を制圧。年下の男に魅かれていく過程は可愛く、コミカルだ。そして終盤の復活祭の夜。不幸な最期を遂げた父の思い出を求めて、何としても菓子店をオープンしようとする姿に、切なさがあふれる。
対するストレートプレイ初という三浦は線が細く、ルメット映画のマーロン・ブランドのような野性味はないものの、むしろ怯えた感じが、幼い頃からの厳しい境遇を思わせて引きつける。三浦が語る「足のない鳥」の寄る辺なさ、「天国の草」のギター弾き語りも胸に染みます。
共演陣も粒揃いで、亡霊のように階段を降りてくる敵役・山本と、看護婦・西尾まりの暗い存在感が突出し、今につながる閉鎖社会の恐ろしさがリアルだ。なんだか似ている峯村リエ、猫背椿コンビは、不気味なヒソヒソ声で心無い世間を描き出す。ヴァルに魅かれていく名家の娘・水川あさみ(大詰めには拡声器まで使って奮闘)と保安官の妻・三田和代が示す、抑圧への抵抗が虚しい。17年かけて改訂したという戯曲の、なんという現代性。

日用品店のワンセットは奇をてらわず、1段高くなった舞台奥と、下手の試着室にひかれたカーテンに人影を映したりして、過去をイメージさせ、状況を膨らませていた。席の位置からはよく見えなかったけど、上手に背の高いガラス張りの出入り口があり、オープニングの降りしきる雨や遠雷が不吉。マッチの炎がいいアクセントになっていた。

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