カウフマン「ケルナーの12の詩」「詩人の恋」「マティルデ・ヴェーゼンドンクによる5つの詩」「ペトラルカの3つのソネット」
ヨナス・カウフマンジャパンツアー 2015年5月
やっぱりスターテノールのライブは大迫力だった。2014年10月に「健康上の理由」でキャンセルになった公演の振り替えで、2011年にもオペラ公演を手術でキャンセルしたとあって、事前にはクラシック雀たちが「今回は本当に来るの?」「高額チケットの売れ行きは?」「どうやら来日はしたらしいけど…」とハラハラドキドキ。しかも当日、大きい地震が発生!
けれど結果的には、充実のステージで大満足だった。お洒落おばさまが多いサントリーホール、前寄りやや上手のいい席で強気の2万6000円。プログラムもなんと昨年のものをそのまま、1000円引きの3000円で販売していてびっくり。
もちろん大切なのは歌。ほぼ時間通りに本人とピアノのヘルムート・ドイチュが登場すると、会場にほっとした空気が流れる。外見は美形だけど、白髪交じりのクシャクシャ頭に髭で無骨な印象。プログラムはリート中心。前置き抜きでシューマン「ケルナーの12の詩」からスタートする。
暗めの声質はライブビューイングでのイメージ通りながら、「ひそかな涙」の、大ホールを全く感じさせないパワーは想像以上だ。4曲の予定を5曲に増やしてロマンチックに。
いったん引っ込んで、シューマンがハイネの詩に曲をつけた「詩人の恋」へ。短い第1曲から第16曲までをたたみかけていくと、次第に声の多彩さ、落差に引き込まれていく。決して超絶技巧ではないのに、キラキラした高音や明るいリズムから低音の苦悩まで、楽々とコントロールしていてさすがです。
短い休憩後、いよいよワーグナー「マティルデ・ヴェーゼンドンクによる5つの詩」。革命失敗でチューリヒに逃れた作曲家が、こともあろうにパトロンの銀行家の妻と恋に落ち、彼女の詩に曲をつけたそうな。カウフマンにはやっぱり、リートというよりオペラ的な、このスケール感がよく似合う。「ローエングリン」名序曲を思わせる第1曲「天使」、ドラマチックな第2曲「とまれ!」、さらに同時期に手掛けていた「トリスタンとイゾルデ」のための習作、第3曲「温室で」と本領を発揮し、情熱が前面に出て圧巻だ。
第4曲「苦しみ」で聴衆がたまらず拍手しちゃって、「まだよ」と小さく指でバツを出す一幕も。案外、お茶目です。そしてやはりトリスタンにつながる第5曲「夢」でたっぷり感動させた終盤、会場に細かい揺れが発生。動じず歌い切ったけど、拍手の間に強く長い横揺れとなり、ステージ上の照明などがユラユラするのを、不安そうに指さすヨナス様。
スタッフが問題無しと判断したらしく、なんのアナウンスもなかったとはいえ、このまま帰っちゃうのではと、聴衆が思わず手拍子で励ます展開に。普通に再登場したあたりから、いやがおうにも盛り上がりが高まる。
そしてイタリア語のリスト「ペトラルカの3つのソネット」3曲がまた素晴らしかった。地震後の不安はみじんもなく、繊細かつ力強い高音を聴かせ、表現の振幅もますます大きくなって雄弁。
聴衆が大満足して満場の喝采。そしたらなんと、上機嫌でアンコールを5回、5曲も歌ってくれました~ ドイチュが再登場のとき楽譜を持ってるとアンコールのサインなので、帰ろうとした人が何度も慌てて席に戻る。特に後半、気楽なレハールのオペレッタ尽くしは彼の定番らしく、古風だけど明るくダイナミックな曲調と、強く歌い上げる幕切れで聴衆は文字通り総立ち。声だけでこれほど沸かせるって凄いことだ。最後は何度も丁寧にお辞儀して、投げキッスしながら去っていきました。いい奴じゃん。
リスト「それはきっと素晴らしいこと」
ベナツキー「それは素晴らしいもの」(オペレッタ「白馬亭」)
レハール「君こそわが心の全て」(オペレッタ「微笑みの国」)
レハール「僕は女たちによくキスをした」(オペレッタ「パガニーニ」)
レハール「友よ、人生は生きる価値がある」(オペレッタ「ジュディッタ」)
客席には高円宮妃殿下や秋川雅史さんの姿も。野生的なスターらしさ。いや~、いいもの聴かせてもらった。諦めなくて良かったです。