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悪い冗談

eyes plus アマヤドリ2014三部作「悪と自由」のシリーズvol.3 「悪い冗談」  2015年3月

作・演出広田淳一。劇団アマヤドリが台湾、韓国からキャストを迎えた公演だ。東京芸術劇場シアターイーストで3800円。休憩無しの1時間45分。

舞台中央に斜めに据えた鉄橋を軸に、複数のシーンが錯綜する。川端で花見や花火見物を楽しむ若者2グループは、明るくフレンドリーないい子たちだ。近隣諸国出身の友人と屈託なく、異文化体験や歴史について語り合う。そこへ70年前、まさにその都市を襲った戦火の記憶、壮絶な静けさがオーバーラップしていく。
脈絡なく差し挟まれる2つのエピソード、殺人犯と被害者の姉、そして謎の心理実験が贖罪、あるいは悪意の正体といったテーマを想起させる。時空を超えて、舞台上をジョギングし続ける男と、ケンケンパッと跳ね続ける娘が、徐々に緊張感を高めていき、俳優全員の歌と力強い群舞でクライマックスを迎える。
東京大空襲やミルグラム実験など、いろいろ考えているなあ、という印象かな。

ダンサーだという台湾女性のパナイパンジンヤが、さすがの存在感でした。


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クイズ・ショウ

現代能楽集クイズ・ショウ  2015年3月

坂手洋二作・演出。やや年配のかたが多めの下北沢ザ・スズナリの最前列下手寄り、ペア前売でひとり3300円。休憩無しの2時間半。

通夜の帰り、温泉街…。様々なシチュエーションで、登場人物がひたすらクイズを繰り広げる。家族も友人も、人間関係とは問い、問われることの連続ということか。最古の演劇と言われる能の多くは旅人ワキが問い、主人公シテが問われる構造だ、という説明もある。
次々に繰り出される出題には、「クイズ」の語源にまつわる伝説といった面白い雑学が満載で、よくぞこれほど作ったと思うし、往年の人気テレビ番組の話題は懐かしい。そんな中に、安保法制やイスラム差別への言及も。ただ、あえて連続するストーリーを避け、暗転を挟んで細切れのシーンを続けていくスタイルなので、テンポはいいけど、うまく感情が流れなかったかな。
燐光群の劇団公演とあって、老若男女総勢26人がめまぐるしく登場。ロビーには坂手さんと妹尾河童さんらしき姿がありました。

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METライブビューイング「イオランタ」「青ひげ公の城」

METライブビューイング2014-15第8作「イオランタ」「青ひげ公の城」  2015年3月

MET初演、チャイコフスキー最後のオペラ「イオランタ」と、新演出のバルトーク「青ひげ公の城」という1幕ものを、休憩を挟んで。個人的に2本立てというのは初体験だったんだけど、幕間のゲルブ総裁のインタビューによると、同じ童話原作ながら光と影、全く正反対の演目をあえて組み合わせたのは、ポーランド生まれの演出家マリウシュ・トレリンスキのアイデアとか。
ご存知マエストロ、ワレリー・ゲルギエフの指揮で、マリエンスキーに縁のある歌手らが実力を発揮する聴きごたえ、観ごたえのある舞台だ。上演日は2月14日。だいぶ暖かくなったせいか、渋い演目にしてはよく入った新宿ピカデリーの前の方で3600円。休憩1回を挟み3時間半強。

とにかく「イオランタ」の甘美で流麗な旋律、名歌手の存在感に圧倒された。盲目の姫イオランタ(女王アンナ・ネトレプコ、ソプラノ)は、父でプロヴァンス王レネ(ウクライナのバス、イリヤ・バーニク)の考えで人里離れて暮らしていたが、偶然知り合ったヴォデモン伯爵(ご存知ポーランドが誇るハンサムテノール、ピョートル・ベチャワ)と恋に落ち、治療へと踏み出す。
美男美女の主役2人がはまり役。ネトレプコはめっちゃ太ってるんだけど、歌が響くのはもちろん、滑り出しのおどおどした少女から、終盤には自らの運命を選び取って、威厳さえ放つに至る変身ぶりが素晴らしい。ベチャワが献身的に受け止め、圧巻の2重唱を聴かせる。テノールが頼りになるオペラは珍しいかも。
脇がまた高水準で、特にスキーをかついだ快活な友人ロベルト(アレクセイ・マルコフ、バリトン)が、声が良く伸びて大拍手を浴びていた。代役でMETデビューを果たしたという長身痩躯のバーニク、医師のイルヒン・アズィゾフ(バリトン)も重厚だった。
映画監督でもあるトレリンスキの演出は、大人っぽくて知的。ファンタジーを見事に、精神の抑圧と解放の感動ドラマに昇華させていた。鹿狩りの登場シーンで、レネ王がもつ残虐性をクリアに示し、また、姫の部屋にこれでもかと並ぶ鹿の頭と陰影が、閉じ込められた心理を象徴。だから姫が自ら進んで目隠しを捨て去り、世界を知る、という自立の輝かしさが心を揺さぶる。シンプルな白い部屋の四角いセットを回しながら、森の木々の根や抽象的な映像、照明で雰囲気を出す。ネトレプコの衣装の変化も鮮やか。そしてラスト、合唱が高揚するなか、ひとり片手に手袋をしたレネ王の暗い表情をクローズアップして、2作目に続けていた。

その2作目「青ひげ公の城」は気になっていた演目だけど、やっぱり重かったな。新妻ユディット(ドイツのソプラノ、ナディア・ミカエル)が城の禁断の7つの扉を開けていき、青ひげ公(ロシアの期待のバス、ミハイル・ペトレンコ)の心の闇に踏み込んで、ついに破滅に至るサスペンス劇だ。
2人だけで1時間強を歌いきる歌手陣は、見事としかいいようがない。特に無防備な入浴シーンまでこなすミカエルが、鬼気迫る存在感。1作目の王と同様、片手に手袋をしているペトレンコは、悪魔的色気というこの役のイメージより、陰鬱で繊細な印象。
ヒッチコック「レベッカ」からヒントを得たという演出は、大胆に映像とナレーションを駆使したもの。高級車やエレベーターなども登場させていて、工夫があった。

特典映像ではネトレプコが、相変わらずチャーミングさ全開。開演直前、案内役ジョイス・ディドナートが話す背後で、何故かひとり踊っていたり、インタビューでまだ2作目が残っているのに、「バレンタインなんだから早く帰りなさい」と言っちゃったり。国際政治では難しい状況だけど、ロシアにはやっぱり文化があるんだなあ。
次作の紹介ではフローレスが登場。また、早くも次シーズンのチラシが配られていた。ライブビューイング10周年のせいか、今シーズンより王道の演目が多い感じで、また楽しみだ。



立川談春「へっつい幽霊」「百年目」

立川談春「百年目」の会 三十周年記念落語会もとのその一  2015年3月

談春さん入魂の高座を聴いた。師匠自身、そして志の輔の入門のきっかけになったという談志三十周年独演会の会場、国立演芸場で。この人、落語への思い入れがどんどん強くなってるなあ。
2月から全国を巡回している記念公演の第2部、春らしい百年目シリーズで、こぢんまりと贅沢な空間だ。5日連続の2日目を、ウェブ限定抽選でゲットできたのはほんと、ラッキーだった。前の方上手寄りで4320円。10分の中入りを挟み、一人でたっぷり2時間半。

出囃子もそこそこに登場。拍手が巧い、と客席の空気を探り、中村屋とのひりつく思い出(歌舞伎座さよなら公演大顔合わせの忠臣蔵で、あえて幕の途中で楽屋に駆けつけたという気遣い合戦)など、前日は「道灌」とかだったけど今日は長いのを、と振ってから1席目「へっつい幽霊」。思えば2010年に談志さんで聴いた噺だ。サゲはもちろん、同じスタイルで「半分くれ」。滑稽だし、割合さらさら進むんだけど、人物はくっきりしている。凄みを含んだ遊び人の熊、能天気な若旦那、そして死んでもギャンブル好きが抜けない幽霊。
そのまま長いマクラのような談春半生記へ。覚えたてのへっついを、分不相応なのに高座にかけちゃって談志に謝った、「できる」と芸とは違う、今でも、志らくに対しても俺はできているかと聞く、さらに談志との日々を描いた「赤めだか」ドラマ化の配役の自慢(二宮君が談春なのは、向井理の水木先生に次ぐ)などと、後半につながる話でした。

短い中入り後に、噛みしめるように、さっきのへっついはうまくできた、などと、強烈な自負と聞き手への懐疑などを語ってから、いよいよ「百年目」。いや~、これはこってりでした! 2013年に志の輔さんで聴いた時は、理詰めでマネジメントの極意という気がしたけど、今回は師弟という、現代では特殊になった、けれど大人が互いに認めるとはどういうことか、という普遍性をはらんだ濃密な人間関係のドラマになっていた。
冒頭の大番頭さんの小言はネチネチと実に厳しく、着替える駄菓子屋のシーンでおばちゃんが旦那との関係をアドバイスしちゃう。花見のところはトントン進んで、旦那にばれてからの一夜をじっくり。首にはなりたくない、でも許されたら許されたで辛い、と身をよじって、大詰め旦那とのやり取りへ。「百年目」の台詞の後に、旦那が肩をもませながら番頭を認めた経緯を振り返るシーンを追加してしみじみとさせ、ナンエン草でサゲ。談志との関係に重ねてる感じで、思いがぎっしり詰まっていて重い。
上方の大ネタとあって、先日亡くなられた桂米朝師匠へのオマージュになった形だけど、やっぱり小さんは凄かった、と嘆息して幕となりました。

客席は周防夫妻、安井順平、大窪人衛の顔が見えた。そしてロビーにはドラマでの談志役、ビートたけしからの花も。東京は追加公演もあるらしい。正直、気持ちよく笑って泣いて、という高座ではないけれど、ひとりの噺家の軌跡を目撃する意味で必見かも。

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結びの庭

M&Oplaysプロデュース「結びの庭」  2015年3月

大好きな岩松了さんの新作、もちろん演出も。洒落たミステリー仕立てであり、案外ストレートな恋愛劇であり、そしていつものように「読後感」が深い。ごく平凡な夫婦という社会の最小単位こそが、最も秘密をはらみ、共犯であるという真実。俳優たった5人の濃密な会話劇で、休憩無しの2時間半弱がちっとも長くない。老若男女幅広い演劇好きが集まった、下北沢本多劇場中央あたりで。

舞台は経団連会長の一人娘・瞳子(麻生久美子)と、弁護士水島(宮藤官九郎)の若夫婦が住むハイソな洋館。水島の秘書で弁護士見習いの近藤(太賀)と、家政婦・丸尾(安藤玉恵)が出入りしている。夫婦は5年前の刑事裁判をきっかけに知り合っており、どうやらそこに裏がありそう。事件関係者の親戚という末次(岩松)が現れて、仲睦まじい日常がどんどん不穏になっていく。

幸せな家庭を象徴するような、芝生の庭がポイントだ(美術は二村周作)。玄関ではなく、たびたび庭から不意打ちのように人が現れたり、瞳子が執着する庭で洗濯物を干すという家事が、皮肉にも暗転したり。
明るい笑いとダンスをまじえつつ、微妙な関係性のねじれがじわじわと胸をざわつかせていく。この面白さ、すっかり癖になってます。今回は特に、不安定な階段を使って破綻を予告する幻覚シーンとか、ラストでオープニング同様に幕でセットを隠して、人物にフォーカスするとかの仕掛けも鮮やかだ。

話題沸騰の宮藤が評判通り、ひたすら瞳子を愛する、かなりの2枚目さんだ。スーツ姿で色気もあって、新境地かも。麻生はいつものように声と立ち姿に存在感があるけど、闇を抱える役回りのせいかトーンは抑制ぎみ。太賀のちょっと幼い切なさが特筆もので、ますます楽しみな役者さんだ。この人、なんだか仔犬を思わせるんだなあ。とぼけた感じの安藤は、最後に謎をさらっていき、達者な曲者ぶり。

大きい回り舞台がやけにぎしぎし鳴るので少し不安だったけど、無事終演。松尾スズキさん、笠井信輔さん、ともさかりえさんら客席も豪華でしたね(ともさか、綺麗過ぎ!) 東京を含めなんと全国8カ所で公演。

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三月大歌舞伎通し狂言「菅原伝授手習鑑」

松竹創業120周年三月大歌舞伎 昼の部 2015年3月

役者としてはもちろん、芸の伝承の上でも大きな役割を担っていたという三津五郎を失って、ショックが大きい歌舞伎界。71歳を迎えた仁左衛門が威厳たっぷりに、30代・菊之助、40代・染五郎に芸を伝える舞台を目撃する。休憩2回で5時間弱と長丁場だが、新歌舞伎座になって初めて桟敷席を選択。ゆったりしていて、上手側(東)前の方で美しい舞台が間近に迫り、快適だ。2万円。

上演は序幕「加茂堤」から。紅白の梅が導入らしく、明るくのどかな春景色だ。舎人桜丸(おおらかな尾上菊之助)と女房八重(時蔵の息子、中村梅枝がしっかりと)が、斎世親王(梅枝の弟、中村萬太郎)と苅谷姫(中村壱太郎)の仲を取り持つ。若い2組のカップルが雛人形のようで愛らしく、ちょっと色っぽい表現や笑いも。三好清行の探索に遭って親王らは遁走、桜丸が後を追う。残った八重が牛車を引くラストは錦絵のようだ。

二幕目「筆法伝授」からいよいよ、2010年の旧歌舞伎座さよなら公演でも観た、仁左衛門極めつけの菅丞相が登場。まず梅の紋が美しい菅原館奥殿の場で、勘当された源蔵(市川染五郎)、戸浪(梅枝)夫婦が呼び出され、御台園生の前(貫禄の中村魁春)と対面する。しおしおと恐縮する普通の人・染五郎、お父さんに似ているなあ。初代吉右衛門が復活した役という縁もあるという。
回り舞台で長い畳廊下を歩いて、厳粛な学問所の場へ。筆写をし遂げて筆法を獲得する。御簾が上がって、微かなお香の気配とともに現れる仁左衛門が、静かで上品で、冠が落ちるシーンも巧い。文机に縛られちゃうライバル希世が、可笑しくていいアクセントだ。
一転して暗い門外の場は、粛々と囚われる丞相、暴れん坊の梅王丸(片岡愛之助は拍手が多い)、立ち回りの末、可愛い菅秀才を袖と打掛にくるんで連れていく源蔵夫婦と、起伏に富む。

ランチ休憩後、三幕目が眼目の重厚な「道明寺」だ。4組の義太夫にのせ、和歌や伝承を散りばめていて知的な戯曲だなあ。
見せ場はまず「杖折檻」。三婆のひとつ、伯母の覚寿(片岡秀太郎)が、かばい合う立田の前(中村芝雀)と苅屋姫(丸顔が御姫様らしい壱太郎)姉妹を打ち据える。初役の秀太郎さん、小柄で白髪なのに迫力満点だ。
続く「東天紅」がびっくりの展開。土師兵衛(中村歌六)と宿禰太郎(でかい坂東彌十郎)が、よりによって嫁の立田の前の口を封じて池に沈めちゃう。鶏が鳴き、仁左衛門が木像による身代わりの奇跡を演じる。コミカルな奴の宅内(愛之助)の活躍で、覚寿が悪人を成敗。
大詰めは丞相名残だ。本物の丞相が出立するが、かたくなに苅屋姫と顔を合わせまいとする。鏡、池、大判の檜扇などの連続演出で、抑えきれない悲しみを表現。判官代輝国の菊之助が幕外の引っ込みまで、爽やかで格好いい。充実してました!

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マノン・レスコー

マノン・レスコー  2015年3月

2011年3月に大震災で中止となった新制作。4年の歳月をへて主要キャストが再び集結した、感慨深い公演に足を運んだ。幅広い聴衆が集まった感じの、新国立劇場オペラパレス、正面のいい席で2万4300円。休憩を挟んで3時間弱。

プッチーニが35歳で作曲し、出世作となったオペラ。甘い旋律だけど、ハープや打楽器のメリハリも効いていて瑞々しい。新国立初登場のピエール・ジョルジョ・モランディの指揮で、東フィルがきびきびとし、時として歌手陣を圧倒。特に休憩後の間奏曲が、不穏かつ甘美で印象的だ。

物語はお馴染み、美少女マノンと騎士デ・グリューの転落の恋。同じ原作で、本作より10年前のマスネ作「マノン」を、2010年ロイヤルオペラの来日公演で聴いたことがある。プッチーニ版のほうはマスネ版に比べ、恋のドラマとしては割にシンプルで、ファムファタールの奔放さよりも若い2人の愚かさ、孤独が前面に出ている感じ。まるで近松。
印象の違いは歌手による部分もあるだろう。ロイヤルの時はタイトロールの女王ネトレプコが強烈だったのに対し、今回の歌手陣は全般に手堅く、そのためか、運命の出会いや短絡的な逃避行に比べて、後半、ル・アーヴル港の流刑からニューオーリンズの荒野に至る寒々しさのほうが印象に残る。

デ・グリュー役のグスターヴォ・ポルタ(アルゼンチンのテノール)が、太っちょながら健闘。格好いい兄レスコーのダリボール・イェニス(スロヴァキアのバリトン)、白塗りジェロントの妻屋秀和(バス)もコミカルでいい味だ。
一方でタイトロールのスヴェトラ・ヴァッシレヴァ(ブルガリアのソプラノ)は、美形ですらっとしていて、2幕「柔らかなレースに包まれても」や4幕「一人寂しく捨てられて」などを聴かせたものの、高音を張り上げ気味になるところが気になり、調子はイマイチだったのかな。

ジルベール・デフロの演出は、2004年初演のベルリン・ドイツオペラのプロダクション。18世紀風の古典的衣装をまといつつ、セットは白を基調に大胆に簡略化していてお洒落だ。1幕の旅籠と3幕の桟橋は壁などを水平に、2幕と4幕ではベッドの天幕、柱を垂直に配置。特に4幕では四角い空間に、最小限の砂でドン詰まり感を表し、照明が赤から青へとドラマチックに移り変わって美しい。
冒頭の旅籠に集う群集や、マノンの部屋でチャリ場を演じる舞踏教師、音楽家たち、さらには「シカゴ」みたいに桟橋に居並ぶ流刑の身の娼婦たちといった脇役の動きも巧かった。

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蒲団と達磨

サンプル「蒲団と達磨」  2015年3月

岩松了の1989年岸田國士戯曲賞受賞作を、「自慢の息子」の松井周が演出。割と若者が目立つKAAT神奈川芸術劇場大スタジオ、中央のいい席で3700円。休憩無しの2時間。

くたびれた感じの和室に、寝具が2組。夫婦(お馴染み古舘寛治、安藤真理)は娘の結婚式を終えたばかりだ。夫の妹(辻美奈子)や妻の弟夫婦(奥田洋平、不思議キャラの野津あおい)、近くで2次会をしていたスナックの常連仲間、果ては妻の前夫までが出入りする。

再婚同士の夫婦のすれ違いを軸に、登場人物それぞれが抱える意外な秘密、屈託が降り積もっていく。岩松さんらしい小津ばりの日常の、断片的な会話劇だ。「え?」と聞き返す特徴的なフレーズはさほど顕著ではないけれど、階段や水、セリフの中だけに登場する寝たきりらしき老母の存在など、「らしさ」がそこここに。悲哀と誤解。バブル真っ盛りの89年にこの戯曲が評価されたのは、凄いことかも。

今回の上演、笑いも多い。だけど不穏さがお洒落にならずに、どこか不潔でマイナスオーラが強いのは演出家のカラーなのか。何故か家じゅうで恐らく最もプライベートな一間に、他人が集まってきちゃうとか、夫がパジャマ姿で妻がずっと留袖のままとか、面白い設定なのに、どうも乗り切れなかったかな。怪しさ満点の家政婦役、田中美希恵と、飄々としたマイクロバス運転手の古屋隆太がいい味。

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落語「三枚起請」「かぼちゃ屋」「雛鍔」

はちくと貝柱の会   2015年3月

林家正蔵さんのネタおろしの会を、ねぎし三平堂で。木戸銭1000円。休憩なしの1時間半。
ほぼ宣伝無しなので、なんと10人ぐらいの贅沢な空間だ。いきなり髪形をきめた師匠が登場し、あまりに近くてどきどきする。落語協会副会長だもの。でもまあ、噺が始まれば気にならない。

マクラで「一つか無限大」、つまり初代三平のように一つの強力な芸風で押すのでなければ、ネタはどんどん増やすべき、これは3月の噺だと思っている、熊野権現の解説と振ってから「三枚起請」。棟梁が若者の遊びをたしなめるうち、同じ花魁から起請を受け取ったと気づく。さらにお調子者の仲間も同じ目にあっており、3人揃ってお茶屋に呼び出して、「起請に嘘を書くと熊野のカラスが3羽死ぬんだぞ」と責めると、開き直った花魁が高杉晋作の都都逸をもじって「カラスを殺してゆっくり朝寝がしたい」。実に粋な噺をさらさらと。棟梁の怒った顔が巧い。

着替えの間にご長男の前座、たま平が「かぼちゃ屋」。大きくなったなあ。偶然にも談春さんで聴いたばかりのネタで、もちろん全く別物だけど、元気が良くていい。

後半は正蔵で、噺家になった理由の一つの噺、あがったばかりだが、やはり3月の持ちネタにしたい、と前置きして「雛鍔」。植木屋の熊がお屋敷で、天保銭を知らずに雛人形の刀の鍔だ、という若様に感心。それに引き換え息子の金坊は定番の悪ガキだ。番頭といさかいになったお店のご隠居が訪ねてきてくれ、若様の真似をする金坊を褒めて小遣いをやると、悪ガキの地金を表して「焼き芋を買う」。
なんてことない日常風景だけど、気風のいい棟梁、口の減らない子供、職人にきちんと頭を下げるご隠居と、人物像がくっきりして、いい。金に頓着しないことを上品だとする心意気も爽やかだ。市馬さんに習ったそうです。終わってから見送ってくれました!

落語「洒落小町」「かぼちゃ屋」「新・八五郎出世」

志の輔・談春・談慶兄弟会  2015年3月

立川志の輔・立川談春揃い踏みという贅沢さにひかれて、上田市交流文化芸術センター「サントミューゼ」の落語杮落とし特別公演に遠征した。開演前の誘導が大変そうだなあ、と思ったら、なんと1000人規模の立派な大ホール、かなり前のほう下手寄りで5000円。中入りを挟み2時間半。

幕が上がるとびっくり、3人が並んで口上。司会役は談春で、上田市出身、真打昇進10年の立川談慶を盛り立て、定期的に落語会ができるようにと、まずは今回の座組みになったらしい。談春は、慶大経済出身、ワコールを経て入門したという変わり種の談慶のことを、上田の商店街を挨拶して回るなど、真面目な奴だとほめ、談慶さんは恐縮しきり。真面目は土地の気質なのか、開幕前に市長や談慶のお母さんが楽屋に挨拶に来たことなどに触れてから、いったん幕。

そして1席目は、談慶。志の輔と談春だけだったらチケットは2万円かも、談志と病後に筆談した思い出、などを披露してから「洒落小町」。亭主の浮気に悩む女房が歌でたしなめようとするが…。粋な噺だけど、どうもはきはきし過ぎて乗り切れなかったかな。終わったらなんと自分で座布団を返してました。

続いて談春。談志が大事に冷凍していた高級食材を、談慶が誤ってダメにしちゃった逸話などを紹介してから、初めて聴く「かぼちゃ屋」を短縮バージョンで。
さすがにのっけからグフグフ笑っちゃう与太郎の憎めない造形や、緩急のリズムが巧い。上方の「みかん屋」がもとで、小さん、談志が演じていた噺とのことで、呑気な与太郎に叔父さんが南瓜の振売を命じるだけのストーリーなんだけど、「よく上を見て(掛け値をして)」と言われて与太郎が天を仰ぐなど、とぼけた味が可笑しい。「値をつける」というビジネスの基本が題材だし、何故か路地の住人が与太郎を助けちゃう展開も気持ちよくて、いい噺です。

20分の中入り後に、トリで志の輔がたっぷりと。いよいよ来週、金沢まで開業する北陸新幹線のスピードのことや、落語初心者向けの連続小咄など、導入部分はお正月のパルコで聴いたものと同じなんだけど、さすがに飽きさせない。そして落語の人情は時代を超える、と振ってから「新・八五郎出世」。
2007年に「八五郎出世せず」のタイトルで聴いたネタだ。大工の八五郎と、人の好い大家との軽妙なやりとりから、広い屋敷を歩いていくところまでは、とんとんとテンポよく。大きな杯で酒をぐいぐいあけて、酔っ払っていくあたりからはじっくり。塩と味噌だけで呑めるからご馳走はいらない、宵越しの金は持たないし、道具さえあれば稼げる。八五郎が言い募る職人の気概が、爽やかで引き込まれる。そして母の情で泣かせ、士分取り立てを勘弁してやってくれ、という「ツルの一声」でサゲ。安定感あります。

出だしは音響が聴きづらかったけど、修正した感じ。最後は再び3人並んで挨拶し、志の輔さんの3本締めで幕となりました。

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地下室の手記

カタルシツ「地下室の手記」  2015年3月

2013年夏に観たドストエフスキー原作、前川知大の脚本・演出作を再演で。前回は小野ゆり子が共演したけど、今回は安井順平が休憩無し2時間弱を、一人で演じ切る。けっこう幅広い観客が集まった赤坂RED/THEATER、下手寄り前から2列目で、3800円。

40歳の独身男が自宅の一室に引きこもって、自分を受け入れない周囲に対する恨み、ひがみをひたすら言い募る。ネット生中継という設定で、画面を流れる無責任なコメントの突っ込みで笑わせる、現代的な味付けのアイデアは初演のまま。だが今回は一人芝居のせいか、焦点がより主人公の孤独に絞り込まれた感じだ。近代人が抱える自意識と屈折の、なんと普遍的なことか。

壁に貼られたポスター類の子供っぽさ、ドアを使って女性がいるかのように見せるなど、工夫も多い。そして安井がまるで噺家のように、饒舌な語りと絶妙の間を駆使。膨らんだプライドや、胸をかきむしるような後悔をリアルに見せていく。この激しいアップダウンを何回も演じるのは、相当なエネルギーだろうなあ。さすがです。

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文楽「国姓爺合戦」

第一九〇回文楽公演第三部  2015年2月

文楽公演の第三部は「国姓爺合戦」1本で、大夫、人形の中堅が活躍して頼もしい。国立劇場小劇場の、三味線が音がびんびん響いてくる前の方上手寄りで5900円。休憩を挟んで3時間弱。

国姓爺と言えば個人的には、2010年の国立劇場で団十郎さんの和藤内、坂田藤十郎さんの錦祥女で観た演目。歌舞伎に先立ち、近松が1715年に文楽で初演して17カ月ロングランをとったとのこと。国威発揚フレーズの連呼などには違和感を覚えるものの、派手な立ち回り、泣かせどころと起伏が大きくて面白い。

上演は千里が竹虎狩りの段から。奥は三輪大夫、竹澤團七、ツレで豊澤龍爾、鶴澤清公。明再興のため大陸に乗り込んだ和藤内(吉田幸助さんが大ぶりだ)が、虎を伊勢神宮のお札で制圧し、安大人たちを従えて獅子が城を目指す。虎は桐竹勘介が珍しい着ぐるみで、床まででばっちゃったりして熱演。しかも珍しく足遣いの動きまで見えて、躍動。
続く楼門の段が意外に面白い。豊竹呂勢大夫が鶴澤清治のリードで朗々と。呂勢さん、漆の凝った見台も見事です! 錦祥女(豊竹清十郎が上品に)、老一官(吉田玉輝)親子の涙の対面で、錦祥女が楼門の上から父の姿を鏡に映し、絵姿と見比べるシーンや、城郭の上にいるツメ人形の兵士の一人が、こっそりもらい泣きするなど、演出に細かい工夫がある。

25分の休憩の後は変化に富んだ甘輝館の段で、竹本千歳大夫が熱演。豊澤富助もここぞというところでは、掛け声が大きくてびっくりさせる。官女たちのチャリ場から、明再興の夢と面子との狭間で揺れる甘輝の葛藤へ。吉田玉女が抑制をきかせつつ、存在感を見せつける。華やかな中国風セットだけに、地味な和服姿、しかも縄で縛られっぱなしの老一官妻(桐竹勘壽)の、毅然とした態度も映えるなあ。
大詰め、紅流しより獅子が城の段は、豊竹咲甫太夫、竹澤宗助コンビではつらつと。セットが次々に左右にはけて、ダイナミックに転換していく。まず錦祥女が上手の一間から、交渉決裂の合図の紅を流し、外で待っていた和藤内は、なんと石橋の欄干をもぎ取っちゃって城に乱入。どでかい虎の絵の広間で、女2人の犠牲という悲劇があり、男2人はきらびやかな衣装に身を包んで戦いに向かう。派手でした!

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