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いやおうなしに

パルコ・プロデュース「いやおうなしに」  2015年2月

面影ラッキーホール(現O.L.H)の16曲で構成した「歌謡ファンク喜劇」を、古田新太、小泉今日子の豪華顔合わせで。予備知識無しだったけど、メロディはとてもキャッチ―。でも歌詞はアングラで、ダメ人間たちの人生が身もふたもない。年齢層が高いパルコ劇場、前の方上手寄りで9500円。休憩を挟み2時間45分。

登場するのは微妙に田舎な海老名の工業団地にある、ワンコインもつ煮込み店店主・太一(古田)と妻奈美子(小泉)、2人を恨む藤岡(田口トモロヲ)、高校生の娘・芳奈(高畑充希)と教師(山中崇)、バイトの一穂(高田聖子)とそのヒモ(三宅弘城)。誰もがかつて取り返しのつかない何かをやらかしちゃったか、やらかしつつあって、面倒くさい。
そんな、言ってしまえばありふれた3面記事的底辺の、特にどこへも向かわないストーリーを、2重の回り舞台を使って80年代歌番組風のステージングとコントで味付け。福原充則の脚本を、「カッコーの巣の上で」などの河原雅彦が演出した。全国6カ所、ラストはパルコ公演というのは、主役2人のパワーなのかなあ。

女優陣が奮闘で、プログラムの座談会によると「気の迷いで出演した」という小泉は、持ち前のヤンキー性が全開で見事。高畑、高田も歌が巧くて、びっくりだ。対する男優陣は、古田が終始格好良かったほかは、リズム感とキレが今ひとつだったかな~

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METライブビューイング「メリー・ウィドウ」

METライブビューイング2014-15第6作「メリー・ウィドウ」  2015年2月

2015年ライブビューイング初めは、レハールのご機嫌オペレッタ。2012年のウィーン・フォルクスオーパー来日公演が素晴らしかった演目を、今回のMETは新演出で、大胆にブロードウェイのミュージカルと融合した。オペラハウスとしては異端かもしれないけれど、サービス精神がNYらしくていいなあ。サーの称号を持つ英国のアンドリュー・デイヴィスが精力的に指揮。1月17日の上演で、1幕のあとの休憩を挟んで3時間弱。東劇で。

いわずとしれた1905年初演の王道ラブコメ。退廃的な雰囲気もあり、音楽が本当にロマンティックだ。のっけからサビがメドレーで流れ、ベタなんだけど心地いい。2幕でハンナが恋の魔法を説く「ヴィリアの歌」、男たちが大騒ぎする「女、女、女のマーチ」、そして何といっても繰り返し登場し、3幕で最高潮に達する2重唱「唇は語らずとも(メリー・ウィドウ・ワルツ)」にうっとり。
その完成された作品を、今回はミュージカル「プロデューサーズ」などのスーザン・ストローマンが、古風かつきらびやかに演出。なんと全編英語で、皮肉のきいたセリフがわかりやすくて客席の笑いも多い。
1幕の華麗な舞踏会、2幕の民族衣装によるバルカンダンス、そして3幕キャバレーでの「グリセットの歌」に続く陽気なカンカンと、ダンサーが大活躍し、歌手やコーラスも達者に踊りまくる。2幕ハンナの別邸から3幕キャバレー・マキシムへのダイナミックな舞台転換もミュージカルっぽくて面白い。

主役の金持ち寡婦ハンナはMETのトップスター、ルネ・フレミング(ソプラノ)。疲れ気味のようだったけど、さすが肩の力が抜けて堂々たるもの。相手役で書記官ダニロのネイサン・ガン(バリトン)が甘い声で、見た目も役にはまってた。お騒がせ伯爵夫人ヴァランシエンヌには「南太平洋」などでトニー賞に5度ノミネートされたという細身のミュージカルスター、ケリー・オハラ。なんとオペラデビューで、ところどころポップス調になりながらも、ソプラノを頑張る。チャレンジャーだなあ。その浮気相手カミーユのアレック・シュナイダー(テノール)は、声が一番伸びていたかも。METオーディションの出身なんですね。今後に期待!
ほかにツェータ男爵は大ベテランのサー・トーマス・アレン(バリトン)、また、歌手ではないけど狂言回しの書記官ニェグシュ役、カーソン・エルロッドがいいトボケ具合でした。楽しかった!

三人姉妹

シス・カンパニー公演KERA meets CHEKHOV vol.2/4 「三人姉妹」  2015年2月

ケラリーノ・サンドロヴィッチがチェーホフ4大戯曲の上演台本・演出を担当するシリーズ2本目。1901年初演の群像劇を豪華キャストで。シアターコクーンの下手寄り前の方で9500円。休憩を挟み約3時間。

退屈な田舎町にあるプローゾロフ家。秩序の変化を予感させる帝政末期、自在に詩を引用するような知識階級の登場人物たちは、誰もが何かしら、閉塞を抱えている。
真面目な長女オーリガ(余貴美子)は教師の仕事、そして元将軍の父が遺した家の維持という責任に疲弊。感情の起伏が激しい次女マーシャ(宮沢りえ)は俗物の夫クルイギン(山崎一)にうんざりして、新任の砲兵隊長ヴェルシーニン(堤真一)との不倫に走る。幼い三女のイリーナ(蒼井優)は華やかなモスクワへの帰還を夢見つつ、やたら前向きな男爵トゥーゼンバフ(近藤公園)とシニカルな大尉ソリョーヌイ(今井明彦)を、意図せずに翻弄しちゃう。
卑屈な長男アンドレ(赤堀雅秋)は挫折してギャンブルに溺れ、マイペースを貫くナターシャ(神野三鈴)と殺伐とした結婚生活を送る。乳母車を押す姿は悲哀たっぷりだ。年老いた軍医チェプトゥイキン(段田安則)は古い新聞を読みながら、すべてを傍観するばかり。全員があまり幸せにはならず、ただ現実を引き受けていく。 

邸宅のサロン、寝室、玄関前の白樺の庭というごくオーソドックスなセットに、ドレスや軍服が色鮮やか。全員が不満を吐露してばかりいるけど、セリフを短く畳みかけるので、テンポがよく、現代的だ。一人が喋っている間、隅っこでほかの人物が小さく反応してたり、別の出来事が進行していたりして、人間模様がきめ細かい。
宮沢はいつものように圧倒的にたおやかだけど、オーラは抑えめで、むしろコミカルさが際立つ。ところどころ、いいリズムで堤、赤堀が笑いを挟みこみ、それがかえって人生の空疎を強く印象付ける。山崎が安定感抜群に、全体をまとめた感じかな。

客席には中谷美紀さんの姿も。
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マーキュリー・ファー

マーキュリー・ファー  2015年2月

観終わって俄かに立ち上がれないほどの名舞台。英国のフィリップ・リドリーがイラク戦を背景に、2005年に発表した鮮烈な戯曲だ。小宮山智津子訳、白井晃の演出で。胸が苦しくなるほどの恐怖と絶望を、大好きな高橋一生が振幅大きく演じ切る。若い女性が目立つシアタートラム、中央前寄りのいい席で6300円。

暴力と無秩序にすさんで、命が軽くなってしまった町。足の悪い売人エリオット(高橋)と無垢な弟ダレン(瀬戸康史)は廃アパートに入り込み、そこに住みついていた気のいいナズ(水田航生)、恋人ローラ(中村中)と一緒に「パーティー」の準備を急ぐ。ローラの兄スピンクス(小柳心)が請け負ってきた、金持ち(半海晃)相手の醜いビジネス。それは精神を打ちのめし、崩壊へとなだれ込む。

予備知識なく、チラシ写真から何か退廃的なものをイメージしてたら、全く違っていて、見事にノックアウトされた。若者が切れ切れに、また饒舌に語るハードな過去と現在。「バタフライ」で記憶を混濁させなければ、とても乗り切れない過酷さだ。それでも必死で、互いの心臓の音を聴き、正気を保とうとする姿の切なさ。ラスト、絶望的としか言いようのない状況で、ダレンが兄を揺さぶるシーンの美しさ。休憩無しの2時間15分にまるで無駄がない。
エリオットが語るミノタウロス退治の神話が、ひときわ印象的だ。ダレンは尋ねる。ミノタウロスは人間の体を持つ牛なのか、牛の頭を持つ人間なのか? もし人間なら話せばわかるかもしれない、でも牛なら殺してもしょうがない… 果たしてそれを誰が峻別できるのだろう?

「ガラスの葉」みたいな仕掛けはなしで、客席の暗闇と廃アパートの闇をうまくだぶらせ、観る者を無残な世界に引きずり込む。舞台ならではの体験。ぶっ飛んだダークファンタジーのようだけど、実はこの物語はずっと人間がしてきた、そしてまた今もしつつある、リアルな所業なのだ。
観終わって、1957年生まれの白井が今、これを手掛けることの意味がずしりと胸に残る。埃っぽい廃墟の美術は「SEMINAR」などの松井るみ、衝撃の幕切れまで感情にぐいぐい訴える照明は「背信」などの齋藤茂男。

俳優は皆、エネルギーがあって素晴らしい。なんといっても高橋が、冒頭からよく響く声でテキパキと強く、しかし弱くもある多面的造形。持ち前の繊細さをいかんなく発揮していた。ストーリーの無残を象徴する水田のきらめく愛嬌は、先々楽しみ。小柳の野太さ、瀬戸の不安定さもいい。ほかに母役に千葉雅子、「プレゼント」に小川ゲン。

ロンドンではもっとハードな演出だったらしい。恐るべし。

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文楽「二人禿」「源平布引滝」「花競四季寿」「天網島時雨炬燵」

第一九〇回文楽公演  2015年2月

2015年最初の東京公演、第一部、第二部を続けて6時間鑑賞。世代交代で応援したいんだけど、3部制だとひとつの部だけでは物足りなさそうだし、2部続けてはやっぱり疲れるし、スケジュールが難しい。いつもの国立劇場小劇場で、各5900円。

第1部は上手寄り前の方で、床の響きがダイナミックだ。幕開きは「二人禿」。桜と柳がうららかな廓での、あどけない禿の舞踊だ。野澤松之輔作詞作曲、山村若栄振付。睦大夫ら、團吾らの4丁4枚で賑やかだ。女方だけどこっぽり下駄の足があり、手毬をつく仕草が可愛い。

短い休憩のあと時代物で「源平布引滝」。この演目を観るのは3回目だが、変化に富んでいて面白い。矢橋の段は簾内で、続く竹生島遊覧の段は朗々とした始大夫、津国大夫ら。小まんの小柄なベテラン紋壽さんが、琵琶湖に飛び込んだり平宗盛の御座船によじ登ったり大活躍だ。源氏の白旗を救うヒーロー斎藤実盛の勘十郎さんは、柄が大きくて見得が格好いい。
30分のランチ休憩を挟み、2時間弱の九郎助内の段。中「糸つむぎ」に続いて、次「瀬尾十郎詮議(または「かいな」)で瀬尾(玉也)が葵御前の赤子を厳しく追及し、緊迫する。松香大夫は、もうちょっと笑いのシーンが盛り上がると良いかな。切「実盛物語」は咲大夫、燕三が登場して、じっくり聴かせる。瀬尾のモドリで怒涛の展開となる後は文字久大夫、藤蔵。大詰め、馬に乗った実盛が仁惣太(玉勢)を討つところで鉤縄が落ちるハプニングがあり、左の幸助さんが驚いてたみたいだけど、慌てずに拾って幕となりました。プログラムで手塚眞が大活躍の子供、太郎吉の子孫だと書いていて面白かった。

ロビーで待ち、わずか30分で第2部がスタート。1部同様、初めは舞踊で「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」。梅茂都陸平、藤間紋寿郎の振付で、四季の設定が美しいオムニバスだ。床は津駒大夫ら、寛治、清志郎、寛太郎ら5丁5枚。暗転、スポットライト、セリの歌舞伎っぽい演出がお洒落です。
春の「万才」は勘市、玉佳でリズミカル。夏の「海女」は海鳥が飛び、一輔になんとぬいぐるみみたいな蛸が色目を使っちゃって、笑わせる。秋の「関寺小町」は文雀の休演で、代役の和生が渋く。そして雪が舞う神秘的な冬の「鷺娘」では、勘彌が傘を2本も使いつつ、引き抜き、ぶっかえりでみせてくれました。

15分の休憩後、世話物となり、「天網島時雨炬燵(てんのあみじましぐれのこたつ)」神屋内の段を2時間弱ノンストップで。咲大夫でたっぷり観たことがある近松門左衛門の「心中天網島」を、近松半二が増補、さらに改作したそうです。エピソードが盛りだくさんな分、心理劇の要素は薄いかも。東京での通しは35年ぶりとのこと。
まず中は咲甫大夫が、いつものように朗々と。遊女小春を張り合う太兵衛が、借金を巡り治兵衛(玉女が耐える演技)に言いがかりをつけ、仲間の伝界坊が駄洒落の門付け芸「ちょんがれ」でからかうところがコミカルだ。兄・孫右衛門(幸助)がその場を納める。
切は重厚に嶋大夫、錦糸。女房おさん(和生)が心中だけは食い止めようと、憎いはずの小春を請け出そうとする。原作では女同士で義理を通しあう印象がしたけど、こちらはひたすら夫、子の無事を祈る感じ。実家に連れ戻されちゃうし、あんまりだなあ。
奥も英大夫、清介でじっくり。小春を遣う蓑助が、いつもの可愛さで舞台をさらっちゃう。治兵衛と共に、なんと娘お末の白無垢に綴られたおさん、舅からのメッセージを読む。お末がくるくる回って面白いけど、なぜ着物に描くの?と不思議。そして2人の犠牲も虚しく、治兵衛は太兵衛らを手にかけちゃう驚きの展開となり、結局、心中に追い込まれる。それにしても随分な結末だなあ。

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狂人なおもて往生をとぐ

Roots Vol.2  狂人なおもて往生をとぐ〜昔、僕達は愛した〜   2015年2月

アングラ・小劇場演劇の代表作を若手が手掛けるシリーズで、清水邦夫の1969年初演作を、「トライブス」「おそるべき親たち」が良かった気鋭の熊林弘高が演出。いろんな意味の詰まった、古さを感じさせない戯曲を、知的でスタイリッシュに観せていて面白かった。ドラマターグは木内宏昌。東京芸術劇場シアターウエスト、下手寄り前のほうで5800円。休憩を挟み2時間半。

娼館にいるかのような態度の長男・出(くたびれた感じの福士誠治)に、調子を合わせる父(中嶋しゅう)、母(鷲尾真知子)、姉(緒川たまき)。どこまでが妄想か、判然としないまま、調理師学校に通う反抗的な次男(葉山奨之)が無邪気な恋人(門脇麦)を連れてきたことで、家族が家族ごっこを始めるはめになり、過去の事件が暴かれていく。
良心を挫かれた大学教授の転落と、一家心中未遂、娼館そのものの、密室の許されざる恋。父権と家族の崩壊はまた、秩序や国家に対する幻滅を思わせる。遅れてきた弟の存在など、政治的騒乱の時代独特の言葉が目立つけど、決して昔のこととは思えない。
2重、3重に役を演じるゲームという設定が、社会のなかの役割に押し込められた自我に通じる。靴の演出が巧い。冒頭、登場人物は部屋の中のはずなのに靴を履く、特に父が着物なのに洋靴を履き、ラストには若い世代が脱ぎ捨てて家を出ていく。

ステージにはほとんど何もない。時を閉じ込めたような大きな掛け時計が、倒すとまるで棺のように見え、不吉な過去が動き出すサインとなる。天井から下がった大きなライトが、大きく揺らすと振り子になったりするのも面白い。美術は「トライブス」の二村周作。
福士は声がよく通っており、ベテラン陣がしっかりと支える。ただ演出が緻密な分、俳優が放つ熱気は抑えられた感じ。1992年生まれの門脇麦が、おかっぱとミニスカートで躍動して、いいアクセントの役割を果たす。初舞台の葉山も健闘。

小さい劇場、かつ静かな芝居なだけに前半、客席が騒がしかったのがちょっと残念。奥さん出演とあって、ケラさんが来てましたね。

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ハムレット

ニナガワ×シェイクスピア レジェンド第2弾「ハムレット」  2015年2月

蜷川幸雄が病いをおして8回目の演出、しかも80歳を迎えるにあたり台湾、ロンドン公演も予定しているシェイクスピア劇の、おそらくは歴史的舞台に足を運んだ。河合祥一郎訳。32歳のハムレット藤原竜也が、くしゃくしゃの髪と膨大なセリフで、恨みというものの毒、虚しさを叫びまくり、色っぽくも鮮やか。スターだなあ。幅広い演劇好きが集まった彩の国さいたま芸術劇場大ホール、通路前の補助S席中央で1万800円。休憩を挟んで3時間半。

いわずとしれた4大悲劇のひとつだけど、実は個人的には初めて観た演目。父デンマーク王の死後まもなく、伯父クローディアス(圧巻の平幹二朗)が王位を継いで、母ガートルード(鳳蘭)と再婚もしたことに疑念を抱く王子ハムレットが、親友ホレイシオ(横田栄司が見事なキャッチャーぶり)と父の亡霊を追い、すべて伯父の陰謀だと聞いて復讐を誓う。ところが寝室の母に詰め寄るうち、誤って恋するオフィーリア(満島ひかりがひたすら可哀そう)の父、重臣ポローニアス(たかお鷹)を刺殺、悲しむオフィーリアも溺死してしまい、その兄レアーティーズ(満島真之介)との決闘に追い込まれる。謀略の果てに主要人物が皆倒れ、荒涼とした王国に、ノルウェー王子フォーティンブラス(内田健司がささやき声でいつもの怪演)がたたずむ。無常です。

「唐版 滝の白糸」などで観た、朝倉摂のうらぶれた長屋のワンセットで、読経や梵鐘の音を多用。明治期の貧しい日本を背景に、劇団がドレスリハーサルする、という設定でスタートする。蜷川さんの新演出は、自らのバックグラウンドを背負いつつ、テロに揺れる現代と切り結ぶ姿なのか。
ハムレットは未熟で、思い悩んでばかりの人物かと勝手に想像してたけど、全く違う。男らしいし、ユーモア精神もたっぷりの大人っぽい造形だ。報復の虚しさを十分わかっていて、なんとか避けようとしている。それなのに何故、人は破綻へと突き進んでしまうのか。
ほかにも様々なイメージが詰め込まていて、今更ながら簡単には消化できない戯曲です。飄々とした墓掘り(山谷初男がさすがのいい味)との軽妙なしゃれこうべ問答や、井上ひさしばりの駄洒落が面白い。

劇中劇のシーンの歌舞伎、雛人形を除くと、それほど大きな仕掛けはない。照明がつくる光の筋が、ひたすらハムレットを追いかける。藤原をのぞくと、80歳を超えた平の存在感が際立つ。衝撃的な潔い水ごりシーンと、終盤に向けてどんどん濃くなっていく悪の深さにびっくり。

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講談「清水次郎長伝 お民の度胸」

古遊座吉例新年会  2015・2

古典芸能好きが集まる新年会で、4代目宝井琴調の1席を聴く。スパイラルのラウンジ「アンクルハット」で。
慶応2年の荒神山の喧嘩が元になった侠客の物語を、3代目神田伯山がアレンジして十八番とした「清水次郎長伝」。浪曲師の2代目広沢虎蔵が、伯山の語りを聴いて浪曲に仕立て、ヒットさせた。伯山は嫌っていたらしいが、人口に膾炙させた功績はある、などと振っておいて「お民の度胸」。
森の石松が都鳥の吉兵衛に、1対10で騙し討ちされ、満身創痍で兄弟分の七五郎宅にたどり着く。かくまった七五郎とお民の啖呵が小気味いい。そして卑怯と言われて飛び出しちゃう石松の単純さ。破滅的なアウトローのストーリーだけに、琴調さん、やっぱり迫力がありました。

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