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歌舞伎「番町皿屋敷」「女暫」「黒塚」

松竹創業百二十周年寿初春大歌舞伎 夜の部  2015年1月

2015年の観劇初めは貫禄の吉右衛門、玉三郎、プラスついに新歌舞伎座に初登場の猿之助と、話題の公演に足を運んだ。鏡餅などの飾りつけが華やかで、評論家や着物姿の女性も目立って気持ちが浮き立つ。終わってみれば、3者3様の役者の気迫をたっぷり感じた舞台でした。1Fやや後ろ寄り中央あたりの席で1万9000円。休憩2回を挟み4時間半。

幕開けは渋く岡本綺堂の大正5年の作「番町皿屋敷」。意外にも下敷きになった怪談とはだいぶ違う、写実的なドラマで、未熟な男女の「好き過ぎて」が招く悲劇を論理的に描く。吉右衛門はやや衰えがみえるものの、さすがに細やかな演技だ。
第一場・麹町山王下の場では、無頼の旗本奴・白柄組の青山播磨(吉右衛門)が、敵対する町奴の放駒四郎兵衛(染五郎が活け殺し)と花見で行きあって一触即発となる。播磨の短慮ぶりがくっきり。あんぽつで行きあった叔母(東蔵)にたしなめられたら、一気に「伯母さまは苦手じゃ」と萎れちゃうし。
第二場・番町青山家の場で、身分違いの恋ゆえに、播磨の縁談勃発で不安にかられた腰元・お菊(上品な芝雀)が、思い余って家宝の皿を割ってしまう。播磨はいったん許すものの、自分の誠を試すため故意に割ったと知って激怒、なんと手打ちにしちゃう。「そちの疑いは晴れようとも」好きだからこそ哀しい。残った皿を1枚ずつ割っていくシーンに凄みがあり、お菊はその激しい思いに納得して手にかかるという、非常に現代的な心理劇だ。恋に絶望した播磨が、あとは喧嘩に生きようと駈け出していくラストも鮮烈。

夕食の休憩後は一転、古風で華やかな様式美とおおらかな遊び心が満載、大薩摩連中も格好いい「女暫」。歌舞伎十八番のパロディで、本来男性のである主役を女性としての女形が演じる。玉三郎が珍しく可愛らしく、はじけまくる。5世歌右衛門の型だそうです。
舞台は北野天神。専横を極める範頼(歌六がウケを朗々と)が、あわや義高(錦之助)や紅梅姫(梅玉の部屋子、梅丸。丸顔が可愛い)を成敗しようとするところへ、「暫く」の声とともに素襖姿も立派な巴御前(玉三郎)が堂々と登場。花道でのツラネを披露する。玉三郎は少しセリフが辛そうなところはあったものの、現実離れした存在感がさすが。茶後見は中車の長男、團子。舞台上の全員が特徴ある装束で満艦飾だ。
続く女鯰若菜(七之助)とのやり取りが生き生き。七之助さん、芸を継承してほしいなあ。巴は鯰坊主雲斎(又五郎が道化をきっちり)や成田五郎(男女蔵)らをやりこめ、大勢の仕丁も一太刀で切り捨てる。そしてお楽しみは花道の引っ込みだ。大ご馳走で吉右衛門の舞台番から、六方を習った巴御前が、コミカルに恥じらって幕となりました。

ラストはいよいよ「猿翁十種の内・黒塚」。謡曲をベースにした木村富子作、昭和14年初演の近代的な舞踏劇だ。緊迫の舞台で猿之助の技が冴えまくる。
3部構成で、第1景は重厚な能楽様式。ススキが茂る奥州安達原で、阿闍梨祐慶(勘九郎が凛々しくわきまえた演技)一行が老女岩手(猿之助)の家に、一夜の宿を求める。岩手の影、糸繰りの仕草が重い。第2景は新舞踊となり、長唄囃子連中が活躍。仏果を得たと思った老女は童心にかえって、ひとり踊る。ロシアンバレエを取り入れたという不思議な爪先立ちのリズムと、透明な照明、月光を浴びた自分の影との戯れ。罪を抱えた女が束の間浮き立つさまに、ぐいぐい引き込まれる。
そして罪をおしこめた閨を覗かれたと知ると、鬼の本性をあらわす。大詰めの第3景では歌舞伎らしい対決となり、祐慶の成仏への祈りを受けて、鬼女は豪快な「仏倒れ」と引き戻し、ラストは小さく俯いて消え入る。岩手は鬼ではなく、人間誰もが抱える負の側面の象徴であり、だからこそ哀しいのかなあ。いやー、見ごたえがありました。

 

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