背信
葛河思潮社第四回公演「背信」 2014年9月
語るほどに記憶がずれ、虚実がないまぜになっていくハロルド・ピンターの戯曲。ひりひり感が伝わってきて、休憩無しの1時間45分、ずっと目が離せない。演出の長塚圭史が架空の作家・葛河梨池を「代表」にすえたプロジェクトの公演で、これまでの三好十郎戯曲も良かったけど、今回はスタイリッシュで大人っぽい印象だ。幅広い観客が集まった、シアターイーストの中央前の方で6500円。
画廊を経営するエマ(松雪泰子)は作家エージェントのジェリー(田中哲司)と、長く不倫関係にあった。夫の出版社社長ロバート(長塚)はジェリーと古くからの盟友で、互いの子供を含め、家族ぐるみの付き合いだというのに。暗転ごとに時を遡って、発端を探っていくミステリーめいた面白さは、生身の俳優だけで時空を超えられる舞台ならではだ。
果たして誰がいつから、何を知っていたのか、どこまでが嘘で、どこからが本当のことを語っていたのか? 個人的には6月の「昔の日々」などピンター体験3度めにして、いちばん引き込まれたかも。翻訳は「温室」と同じ喜志哲雄。
3人は知的なエリートだ。仕事でニューヨークに行ったり、ベネチアで休暇を過ごしたりする。互いに相手のレベルを認め、精神的にもたれあっている感さえある。だから三角関係の割にドロドロしていない。タイトルは「背信」なんだけど、誰が誰を裏切っていたのか、なんだか曖昧だ。軸のない現代人の、生の不確かさ。セリフの間にふんだんに盛り込まれた沈黙=余白が、そんな観る者の思考を刺激する。
すらりとした松雪は透明感があって、たおやかに物語を引っ張る。服装の変化が若返っていく年齢と気分にマッチ。結婚もあり知名度急上昇中の田中は、罪のない人の好さ、若々しさが巧い。すべてを予感していたかのような長塚が、見事に曲者を演じていて、語り口がお父さんに似てきたかな。ほかにレストランの給仕でジョン・カミナリ。
テーブルやベッドを動かして場面を構成(美術は松岡泉)。背景の窓とガラスブロックに透ける空が、かえって閉塞感を醸し出す。控えめな照明の変化や、ブギのBGMがお洒落だ。セリフで「何年も」といった時の経過を表す言葉が繰り返され、それと呼応するようにカチカチ鳴る銀のバランスボール、砂時計といった、地味に動く小道具が印象的。よく見るとプログラムやチラシのタイトルロゴの一部が、こっそり鏡文字になってました。凝ってるなあ。
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