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わたしを離さないで

わたしを離さないで  2014年5月

カズオ・イシグロの名作を、人気者・倉持裕の脚本、大御所・蜷川幸雄の演出で。設定を日本に移したものの、原作のイメージを裏切らないもの悲しく繊細な舞台で、若い主演3人の演技が瑞々しい。客層が幅広く、よく入った彩の国さいたま芸術劇場大ホールの前のほう、やや上手寄りで9000円。2回の休憩をはさんで4時間弱だが、長さを感じさせない。必見。

冒頭で現在の「介護人」八尋(多部未華子)と「提供者」の青年の痛々しさから、謎の寄宿学校ヘールシャムで過ごした思春期にさかのぼる。転換が鮮やかだ。舞台奥からスローモーションで駆けてくる少年少女の弾けた明るさ。ラストにつながるこの印象的なシーンが、郷愁と哀しさを呼び起こす。
大人びた八尋と、親友で活発な鈴(木村文乃)、ちょっと浮いている少年もとむ(三浦涼介)は、他愛ない噂話や悪戯、三角関係に傷ついたりときめいたりしている。一貫して流れる空気は、彼らの世界が小さく閉じていること。ラジコンヘリ、窓で揺れる白いカーテン、遠くからしか聞こえない波音や雷鳴。「特別な子供」の宿命について語る視聴覚室の、積み重ねた机、椅子が不安、不条理をかきたてる。子供たちが無垢で自然だから、なおさらだ。
長じて移り住んだコテージでは、部屋を草地が侵食。なくした宝物を探しに出かけた波が打ち寄せる堤防、やがて3人が再会する漁船がうち上げられた浜と、景色はどんどん荒涼としていき、いきなり現れる普通のオフィス風景の看板が、ぎゅっと胸を締めつける。どんなに憧れても手に入らなかったもの、受け入れていくこと。そして整然としたマダム邸ですべての希望が断たれてから、フラッシュバックシーンに飛び散る紙くずの、どうしようもない虚無。ケレンを抑えた78歳ニナグワの感性はやっぱり凄い。秀逸な美術は中越司。

多部が堂々と舞台を牽引。声がピンと響いて、佇まいに透明感がある。ますます楽しみな女優さんだ。「ボクの四谷怪談」では歌が印象的だった三浦は、切なさを醸していて今回の発見。木村も屈折を見せて、初舞台と思えない大健闘です。大人は3人だけで、特に大詰めで残酷な結論を淡々と語る保護官・冬子先生の銀粉蝶が、さすがの圧倒的な説得力だ。ほかに晴海先生の山本道子、マダムの床嶋佳子。いい舞台でした。
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