« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

ロンサム・ウェスト

シス・カンパニー公演 ロンサム・ウェスト  2014年5月

ロンドン生まれのアイルランド人作家、マーティン・マクドナーの1997年の戯曲を、小川絵梨子の翻訳・演出で。雰囲気のある芸達者が揃った、タイトな舞台。とはいえ内容は難しかったな。若い女性客が多い新国立劇場小劇場、後ろのほう下手寄りで7500円。休憩なし、数回の暗転を挟んで1時間40分。

アイルランド西部の田舎町にあるコナー家のワンセットで、湖のほとりは下手端に桟橋を据えて表現。兄コールマン(堤真一)と弟ヴァレン(瑛太)は、父の埋葬を終えたばかりなのに、子供っぽい喧嘩を繰り広げる。父の死は事故とされているが、実はコールマンの仕業。また近所のガーリーン(オーディションを突破した木下あかり)はまだ17歳なのに、密造酒で小金を稼いでいる。ウェルシュ神父(北村有起哉)は彼らのすさんだ暮らしを案じるものの、無力感で酒におぼれ、悲劇に至る。
兄弟の喧嘩がとにかくくだらなくて、えげつなくて笑える。ポテトチップスを砕いちゃうとか、大事なフィギュアをストーブで溶かしちゃうとか。マシンガントークと乾いた笑いのかげで、はっきりとは説明されないけれど、歪んだ少年期や母の不在、仕事も恋愛もろくになさそうなドンづまりの境遇、そして絶望的に依存しあう兄弟の関係が見え隠れする。ラフなサッカーチームの噂など、暴力のイメージが充満するなか、神父を慕うガーリーンの純な未熟さが切ない。

面白いんだけど、どうも空気が掴めなくてもどかしかった。希望のない町の殺伐とか、どこか土着的なカトリックの感覚とかがピンとこないからか。特にフィギュアが聖人だったり、ガーリーンの本名がマリアだったり、宗教のアイコンが散りばめられているだけに。
救いのない話を、ありふれたブラックコメディや考えオチの寓話にしないのは、俳優陣の水準の高さ、チャーミングさのおかげ。意外に舞台初共演という兄弟の激しい取っ組み合い、神父の淡々とした長セリフも危なげない。なかでも堤は髪をぼさぼさにして、格好悪さにチャレンジ。惜しむらくは、それほど野卑にみえないんだよなあ。2012年に同じ小川絵梨子と組んだ兄弟もの「トップドッグ/アンダードッグ」で、千葉哲也を相手に弟のほうを演じた時のほうが合ってたかな。

003

覇王別姫

京劇「覇王別姫(はおうべっき) 漢楚の戦い」  2014年5月

初めての京劇を天津京劇院で。女形スター、梅蘭芳(メイ・ランファン)の生誕120周年事業として、彼の代表作を上演したそうです。衣装は極彩色ながら、演劇パートやセットはいたってシンプルで、全体に素朴な芸能という印象。中国文化関係者らしい年配のかたが目立つ東京芸術劇場 プレイハウス、中ほどやや上手寄りの席で8500円。休憩を挟み2時間。

時は紀元前202年。「史記」の世界ですね。楚の闘将・項羽(黄斉峰)は、突風で旗が折れるなど不吉な予感にとらわれつつも、宿敵・漢の劉邦との戦いに出陣。知将・韓信の罠にかかって、垓下の砦に追いつめられてしまう。「垓下歌」の嘆き、周囲から楚の歌が聞こえる四面楚歌といった著名シーンが続く。足手まといになるのを嫌った愛妾・虞姫(王長君)は双剣の舞を披露した後、自害。項羽は包囲を突破して烏江の渡し場に至るものの、さらなる敗走を潔しとせず、自ら命を絶つ。享年31歳。

武将たちは凝った隈取・瞼譜(リエンプー)をして、背に軍隊を表す旗を差しており、特に項羽は化粧まわしのような重厚な衣装で、掌に力を入れて感情を発露。このあたりは完全に歌舞伎の荒事だなあ。滅びの結末なので、絶対善の荒事ヒーローとは違うけど。
馬は手持ちの馬鞭(マービエン)で表すとか、虞姫が電車ごっこみたいなスタイルで戦場を駆けるとか、省略の約束事に工夫がある。毛玉いっぱいの髪飾りや、マスクみたいな仕掛けでしゃべりやすい長い髭が不思議。戦闘シーンで打楽器がジャンジャン鳴り続けたり、馬丁らが床運動のように跳ねたりするのは京劇のイメージ通りだった。虞姫の歌も、高音とコブシが独特。

003

ローマ歌劇場「シモン・ボッカネグラ」

ローマ歌劇場「シモン・ボッカネグラ」  2014年5月

終身名誉指揮者ムーティが率いるローマ歌劇場の来日公演で、巨匠の音を堪能する。東京文化会館大ホールには小泉元首相や財界人の姿も。1F前寄り下手はじのA席で4万7000円。プロローグと第1幕を続けて、30分の休憩を挟み第2幕、第3幕を続けてトータル3時間強。

地味な歴史ものながら、ヴェルディらしい対決と和解の人間ドラマだ。複雑だけど宗教色がなく理解しやすい。流麗なムーティ節にのって、低音域の歌手が大活躍する。
元海賊のシモン(ジョルジョ・ペテアン、少し若めのルーマニアのバリトン)は、平民派リーダーのパオロ(マルコ・カリア、野性的なイタリアのバリトン)に口説かれてジェノヴァ総督に就く。栄光の陰では、愛するマリアの死と一人娘の行方不明、さらにマリアの父・貴族フィエスコ(ドミトリー・ベロセルスキー、堂々たるロシアのバス)との敵対という悲劇があった。
25年後、シモンは美しく育った娘アメーリア(エレオノーラ・ブラット、可憐なソプラノ)と劇的に再会。求婚を拒絶されたパオロがアメーリアを誘拐しちゃって、恋人で貴族派の闘将ガブリエーレ(フランチェスコ・メーリ、ジェノヴァ出身のテノール)が救出すると、シモンはパオロを呪う。並行して政治劇が進行しており、シモンはヴェネツィアとの和平、貴族と平民の融和を訴える。
ガブリエーレはアメーリアがシモンの愛人になったと誤解し、激昂するが、父娘の秘密を打ち明けられて和解、貴族派の反乱を抑える側に回る。大詰め、シモンはパオロが仕掛けた毒におかされ、苦しい息の下からアンドレア(フィエスコ)とついに手を取り合う。そしてアメーリアの腕の中で息絶える。

オケが凪のような前奏から繊細に旋律を奏でて、気持ちいい。華やかなアリアには乏しいけれど、1幕の恋人同士の甘い二重唱「空の青さをご覧ください」や、2幕ガブリエーレのドラマティックな「わが心の炎が燃える」が印象的。低音3人はローキーでスタートしたものの、徐々にパワーをあげた。若い2人、特にフリットリ降板を受けたブラットは出だしがかなり固くて、どうなることかと心配だったけど、休憩後は若く伸び伸び。
2012年制作のエイドリアン・ノーブル演出は、セットも衣装もオーソドックスなもの。音楽重視のムーティ好みかな。照明を抑え、セットの背景に海が輝いているくらいで、全体に落ち着いていた。カーテンコールの一番人気は、やっぱりムーティーさまでした~

014 015

殺風景

シアターコクーン・オンレパートリー2014  殺風景  2014年5月

俳優としてよく観ている赤堀雅秋の作・演出。観客はジャニーズファンなのか、ヒラヒラスカートの女性が目立つ。シアターコクーンの2階前の方で9500円。休憩を挟んで3時間。

大劇場にはあまり似合わない、時代と家族の閉塞の物語だ。2004年の夏、大牟田で起きた一家殺人事件。落ち目の任侠者・国男(西岡徳馬)に対する刑事(近藤公園)の執拗な取り調べで、一見おとなしそうな妻マリ(荻野目慶子)、粗暴な長男・直也(大倉孝二)と次男・稔(八乙女光、若き日の国男と2役)という一家ぐるみで、隣人を惨殺するに至った経緯が明らかになる。被害者は高利貸しで稼いでいる節子(キムラ緑子、国男の母と2役)と長男・(尾上寛之、若き日の任侠者・兵頭と2役)、次男(太賀)。そして国男は1963年の、家族の原点を回想していく。

国男らの不器用さをじっくり描いていて、全編が息苦しいほどリアル。近所のスーパーにまつわる会話とか。不自然に挟まる「黒の舟唄」に、ほっとしちゃうくらいだ。
炭鉱夫だった国男は、娼婦マリ(若き日は大和田美帆)と一緒になるが、結婚祝いの花見は暗転、同じく娼婦の母がはずみのように死んでしまう。悲劇の現場、広い舞台にどーんと立つ一本桜がこのうえなく空疎だ。そんな底辺から築きあげた一家の暮らしもやがて行き詰まり、ついには笑えるほど稚拙な犯罪に走る。平凡なダイニングで暴走する大間違いと、緩やかに衰退していく町の逃げ場のなさ。繰り返される「何か臭う」というセリフが、ざらっとして印象的だ。

観劇前には配役が揃い過ぎているかと思ったけど、うまく組み合わせていた感じ。罪の女・荻野目と、利己的なキムラという女優ふたりが、キレキレで圧巻だ。西岡は一本気で格好いい。八乙女はジャニーズとは思えない暗さで、なかなか曲者かも。相変わらず抜群の間合いの大倉が全体を引き締め、淡々と普通な江口がラストをかっさらう。最近、急速に色気を増している尾上に期待通り存在感があり、大和田、太賀も健闘。節目のBGMは三味線でした。

001

テンペスト

テンペスト  2014年5月

生誕450周年シェイクスピアの、単独執筆では最後となったロマンス劇を、松岡和子翻訳、白井晃の斬新な演出で。新国立劇場中劇場、中央前のほうのいい席で7350円。休憩を挟み約2時間半。

元ミラノ大公プロスペロー(古谷一行)が、美しい娘ミランダ(高野志穂)と暮らす桃源郷のような孤島。魔術で嵐を起こし、かつて自分を追い落した憎い弟アントーニオ(長谷川初範)、ナポリ王アロンゾー(田山涼成)らの一行をおびき寄せる。策略通り、無垢なナポリ王子のファーディナンド(伊礼彼方)とミランダが恋に落ちて、再生と希望を体現。大人たちは許しと和解に至る。
島に棲む空気の精エアリアル(碓井将大)や怪獣キャリバン(河内大和)が活躍。征服者プロスペローは最後に彼らも解放し、魔術を捨てて故郷に帰って行く。人生の終幕を見据え、人間という儚く弱い存在、その業に向きあう。虚しさ、哀しさが漂う深いエンディングは、偉大な作家が到達した境地なのか。まさにこの世は舞台。

白井晃でシェイクスピアを観るのは、1年前の「オセロ」以来だ。今回は無数の段ボール箱でセットを構成。作業員風の黒子たちが無味乾燥な台車で動かし、積み上げたり崩したりして、時に森、時に街を作り上げる。ところどころ、はためく布やミラーボールも。手品みたいに人の手足が伸びて見えたり、キッチュで手作り感が濃い。
ネタバレですが、後からトークライブで解説を聞いたところ、孤島は長く恨みにとらわれていたプロスペローの内面で、嵐によって時間が巻き戻り、無数の記憶が詰まった箱の蓋が開く、という解釈だそうです。なあるほど。面白いけど、ちょっと難しかったかな。

役柄にぴったりの渋さを発揮する古谷をはじめ、田山らベテランは安定した演技。若手では高野が可憐で、意表をついて車椅子で登場する碓井が、表情豊かで新鮮だ。ほかにナポリ顧問官ゴンザーローに山野史人、道化師トリンキュローに野間口徹ら。舞台後方でアコーディオンなどが生演奏するため、俳優はマイクを使用。

ホワイエにグローブ座の模型やら、近く「ファルスタッフ」を翻案する文楽のPR展示やらが並んでいて楽しかった。

003 007

文楽「増補忠臣蔵」「恋女房染分手綱」「卅三間堂棟由来」

第一八七回文楽公演第一部「増補忠臣蔵」「恋女房染分手綱」「卅三間堂棟由来」  2014年5月

ついに89歳の名人、七世竹本住大夫引退公演です。名演が最後と思うと寂しいけれど、国立劇場小劇場はお着物姿も含めて、若い女性が目立って華やかだ。ロビーには住師匠の奥様も。中ほど下手寄りの席6500円は、全体が見やすいいい席でした~ 2回の休憩を挟んで4時間強。

公演中盤の引退狂言「恋女房染分手綱(こいにょうぼうそめわけたづな)」は、渋いけど、庶民がけなげで味わいのある悲劇。住大夫さんの父・六世も1958年の引退で語った演目だそうです。沓掛村の段は、人形がこれでもかという豪華配役で、キングの花道を飾る。
「前」 は師匠に怒られ続けた文字久大夫を、藤蔵が盛り立てる。馬方・八蔵(勘十郎)は貧しいながらも、追放された主人・与作の嫡男・与之助(簑助、大人を仰ぎ見 る仕草が可愛い)を育てている。掛け乞いたち(幸助さん、玉佳)も同情しちゃって、微笑ましい。無邪気に遊ぶ与之助に、老母(ちょっと足が辛そうな文雀) は武士らしくと諭す。
「切」で住大夫さん、錦糸が登場し、長い拍手と掛け声。人物の心理が刻々変わるので、難しいそうです。ふうっと深く息を吐いてから語りだした師匠、大病をしてさすがに声は細いけど、胸に染みいり、表現力は絶品でした! 物語では八蔵が追剥に狙われた座頭・慶政(端正な和生)を連れ帰 り、夜半に刀を研ぎ始める。三味線の音が不気味。さては慶政を斬るのかと切なく叱る母に対し、八蔵の嘆き。そうではない、主人を陥れた悪党・八平次を見つ けたので仇を討つのだ、と明かす。泣けるなあ。それを立ち聞きしていた慶政は、何故か急いで出立。そこへ昼間の追剥(なんと端役で玉女、紋壽)が現れ、八蔵が火鉢で応戦。慶政の300両を見つけて、慌てて慶政を追いかける。語り終えて大拍手に、盆もいつもよりゆっくり回った感じでした~

夜道のセットに転じて、坂の下の段は連投の文字久に咲甫、始の大夫掛け合い。口三味線しながら夜道を行く慶政が、追剥に襲われ る。追いついた八蔵に、実は与作の兄・与八郎だと名乗り、眼病を患い身を引いた、300両を役立ててほしい、と打ち明けて息絶える。八蔵は追剥、実は憎い八平次を見事に討ったものの、与八郎の亡骸を負って村へ帰っていく。無念… 大夫はみな朗々としてるけど、やっぱり住さんの後だと情が今一つの印象。頑張ってほしいです!

ランチの前の幕開けは「増補忠臣蔵」本蔵下屋敷の段。原作にない加古川本蔵のエピソードゼロだ。地味な時代物だけど、人物の境遇や心理が複雑で、すごく見応えがあった。
「前」は次代を担う千歳大夫、團七。悪者・伴左衛門(玉輝)は殿の妹・三千歳姫に言い寄ったり、殿・若狭之助(紋壽)毒殺を企んだり。蟄居中の本蔵(玉也)は姫を逃がすのが精いっぱいだ。無骨な本蔵が格好いい。
「奥」では津駒大夫を寛治が支える。奥庭に引き出された本蔵は殿に、かつて「松の枝」を渡したのは短慮を諌めたのだと明かす。それを聞いた殿が、いきなり伴左衛門を斬る驚きの展開。曰く、いじわる師直は討たれて当然、だけど本蔵が賄賂を贈ったのは、忠義の行動で感謝している、とはいえ刃傷に及んだ塩谷判官を抱き止め、本懐を遂げさせなかったのは罪でしょ、と吐露する。善悪で割り切れない屈折。さらに殿は、由良助に討たれる本蔵の覚悟を察し、暇を与えて師直邸の絵図を託す。尺八と琴が加わって幕となりました。

そしてラストは「卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)」平太郎住家より木遣り音頭の段。鶴の恩返しですね。「中」は睦大夫、清志郎さん、「切」は嶋大夫、富助がたっぷりと。熊野に住む平太郎(玉女)は女房お柳(簑助)、息子みどり丸(玉誉)と幸せに暮らしていたが、白河法皇の病気平癒を祈願する三十三間堂の建立で、近くの柳が伐られることになって暗転する。実はお柳は柳の精で、伐採で姿を消してしまう。京都へ運ばれていく大木を、みどり丸が引き、平太郎が木遣り音頭で送る。舞台に葉が舞うメルヘンでした。

いや~、感慨…
008

文楽「女殺油地獄」「鳴響安宅新関」

第一八七回文楽公演第二部「女殺油地獄」「鳴響安宅新関」 2014年5月

キング住大夫さん引退という歴史的5月公演の、まず第二部に足を運んだ。ロビーにはずらりと蘭の鉢が並び、プログラムはミニ写真集付きだ。エッセイは田牧大和さん。国立劇場小劇場の前のほう下手端で6500円。2回の休憩を挟んで約4時間。

有名演目を揃えた二部は「女殺油地獄」から。文楽で観るのは2度目だ。藤棚が美しい野崎参りの徳庵堤の段は松香、三輪以下大夫8人で賑やかに。般若心経で始まり、与兵衛が暴れちゃう河内屋内の段は芳穂大夫、寛太郎。奥では前回と同じ、呂勢大夫を清治さんが盛り立てる組み合わせだ。
人形は与兵衛に極め付け勘十郎さん、悲劇のお吉は和生、伯父の森右衛門は幸助さん、父の徳兵衛に玉也、泣かせる母・お沢に勘壽。
短い休憩を挟んで豊島屋油店の段。軒菖蒲をした豊島屋で、ダメ息子を思う親心の悲しさから、凄惨な事件シーンに至る1時間を、切場語りの咲大夫、燕三コンビがたっぷりと。1952年の復活上演の際、作曲したのが咲さんの父・8世綱大夫なんですねぇ。熱がこもります。席が近くて人形の細かい仕草からダイナミックな滑りぶりまで、よく見えて面白い。

30分の休憩後、「鳴響安宅新関(なりひびくあたかのしんせき)」から勧進帳の段。歌舞伎では「またかの関」とまで言われ、何回か観て、最近、型の違いを解説してもらったけど、文楽で観るのは初めてだ。歌舞伎から移したということで、筋運びはだいたい同じ。でも前半の背景は能舞台の松、関所を通ってからは海辺の松林に転じて、おおらかだ。大詰めで義経が、わざわざ笠をとって富樫に礼を尽くすあたり、歌舞伎と違っていて興味深い。
弁慶は玉女がスケール大きく。左の玉佳、足の玉勢も紋付袴、出遣いでつくづく特別な役なんですねえ。終始激しく動き、金剛杖や数珠をつかんだり、3人とも汗だくで大変! ラストの飛び六方は花道がないので、くるくる回ってダンスっぽかった。富樫は初役の清十郎、義経は連投で勘弥。大夫陣は次代を担う英、千歳、咲甫ら7人、三味線は清介以下8挺がずらり並んで迫力がありました。

わたしを離さないで

わたしを離さないで  2014年5月

カズオ・イシグロの名作を、人気者・倉持裕の脚本、大御所・蜷川幸雄の演出で。設定を日本に移したものの、原作のイメージを裏切らないもの悲しく繊細な舞台で、若い主演3人の演技が瑞々しい。客層が幅広く、よく入った彩の国さいたま芸術劇場大ホールの前のほう、やや上手寄りで9000円。2回の休憩をはさんで4時間弱だが、長さを感じさせない。必見。

冒頭で現在の「介護人」八尋(多部未華子)と「提供者」の青年の痛々しさから、謎の寄宿学校ヘールシャムで過ごした思春期にさかのぼる。転換が鮮やかだ。舞台奥からスローモーションで駆けてくる少年少女の弾けた明るさ。ラストにつながるこの印象的なシーンが、郷愁と哀しさを呼び起こす。
大人びた八尋と、親友で活発な鈴(木村文乃)、ちょっと浮いている少年もとむ(三浦涼介)は、他愛ない噂話や悪戯、三角関係に傷ついたりときめいたりしている。一貫して流れる空気は、彼らの世界が小さく閉じていること。ラジコンヘリ、窓で揺れる白いカーテン、遠くからしか聞こえない波音や雷鳴。「特別な子供」の宿命について語る視聴覚室の、積み重ねた机、椅子が不安、不条理をかきたてる。子供たちが無垢で自然だから、なおさらだ。
長じて移り住んだコテージでは、部屋を草地が侵食。なくした宝物を探しに出かけた波が打ち寄せる堤防、やがて3人が再会する漁船がうち上げられた浜と、景色はどんどん荒涼としていき、いきなり現れる普通のオフィス風景の看板が、ぎゅっと胸を締めつける。どんなに憧れても手に入らなかったもの、受け入れていくこと。そして整然としたマダム邸ですべての希望が断たれてから、フラッシュバックシーンに飛び散る紙くずの、どうしようもない虚無。ケレンを抑えた78歳ニナグワの感性はやっぱり凄い。秀逸な美術は中越司。

多部が堂々と舞台を牽引。声がピンと響いて、佇まいに透明感がある。ますます楽しみな女優さんだ。「ボクの四谷怪談」では歌が印象的だった三浦は、切なさを醸していて今回の発見。木村も屈折を見せて、初舞台と思えない大健闘です。大人は3人だけで、特に大詰めで残酷な結論を淡々と語る保護官・冬子先生の銀粉蝶が、さすがの圧倒的な説得力だ。ほかに晴海先生の山本道子、マダムの床嶋佳子。いい舞台でした。
004

慙紅葉汗顔見勢(伊達の十役)

明治座五月公演 五月花形歌舞伎 夜の部 2014年5月

市川染五郎が「十役早替り宙乗り相勤め申し候」と銘打っての、大奮闘公演だ。演目は「慙紅葉汗顔見勢(はじもみじあせのかおみせ)」、通称「伊達の十役」。三代猿之助四十八撰の内ということで、7世団十郎・4世南北コンビで大当たりした幻の狂言を、1979年に現猿翁が絵番附などから164年ぶりに復活させたもの。50回近い早変りなどケレン満載で、歌舞伎らしさぎっしりで楽しい。花形・染さん41歳が、連日のフルマラソンで座頭のチャレンジ精神を発揮。もっとアクの強さ、役ごとのメリハリが欲しいところだけど。
私にとって初めての明治座、中央あたりで1万2600円。連休で空席があるものの、小さめの空間で、ロビーに売店がいろいろあって、芝居小屋らしい雰囲気がいい。30分の休憩2回を挟んで5時間弱。

幕開けは口上。染五郎がパネルで善悪に分けた十役を解説しちゃって、発端・稲村ケ崎の場へ。暗闇に鼠が出てきて怪談風だ。赤松満祐の亡霊(染)が、足利家乗っ取りを狙う悪党・仁木弾正(染)に妖術を授ける「術譲り」。忠義者の与右衛門(染)が、妖術を破る古鎌を手に入れる。
そして序幕第一場・鎌倉花水橋の場は人物紹介。土手の道哲(染)が弾正に加担し、足利頼兼(染)はなんと伽羅の下駄を履いて悠然と廓に向かう。意外にやくざ坊主が楽しそうで生き生き、そこから粋な殿様への変身も面白い。
第二場・大磯廓三浦屋の場からは華やかに。頼兼が殿の隠居を狙う敵の計略とも知らず、紅葉の打掛が美しい高尾太夫(染)を身請けしようとするところへ、腰元・塁(染)、善玉・民部之助(亀鶴)や悪玉・鬼貫(吉之助)がからむ。染さん、さすがに傾城はごつくて無理があるかなあ。
第三場・三浦屋奥座敷の場は菖蒲が咲き、舟に見立てたキッチュなセットだ。殿を救おうと与右衛門が、高尾太夫を手にかける。障子を使って切る側、切られる側を一人でスピーディーに演じるのが見事。さらに花道ですれ違いざま、一瞬で道哲と交代! かつて猿之助で観て、衝撃を受けた趣向だ。拍手。新造役の米吉(歌六の長男)が丸顔で可愛い。
続けて二幕目・滑川宝蔵寺土橋堤の場は、まるっきり四谷怪談だ。塁に高尾太夫の霊が乗り移って顔が崩れ、頼兼の許嫁・京潟姫(壱太郎)に襲いかかる。やむなく再び与右衛門が手にかけて、川に落としちゃう。凄惨な展開だけど、幕切れは頼兼、弾正、道哲、局・沖の井(高麗蔵)が加わって「だんまり」となり、早替りを繰り返して、花道を小舟で引っ込む。藤十郎の孫の壱太郎くんが、首が細長くてお姫様らしく、声もよかった。

休憩後は一転、重厚で古風な時代物「先代萩」。亡き芝翫さん、最近では藤十郎さんで観たエピソードだ。第一場・足利家奥殿の場は、乳母政岡(染)がいきなり敵の鳶をやっつけちゃって勇ましい。雀など導入のコミカルさは抑えめ。腰元の芝のぶが相変わらず可愛い。
メインは政岡が跡取り鶴千代(榎本陸)を守るため、我が子・千松(巻島祐希)を犠牲にするお馴染みの悲劇。貫禄の栄御前(秀太郎)と渋い八汐(歌六)を敵に回し、染さんがなかなかだ。栄御前を見送り、人がいないのを確かめつつ長い廊下を戻って千松に駆け寄るあたり、切なかった~
第二場・足利家床下の場はガラッと変わって、荒獅子男之助(染)が鼠を踏みつけて登場。荒事の迫力はいまいちかな~ 幕切れではスッポンから、額に傷、巻物をくわえた怪しい弾正が現れる。花道で顔にスポットをあてて準備してから宙乗り。長袴の裾も吊ってあって、静かに悠々と歩み去るのが格好良かった。

休憩後の大詰め四幕目は、実事に転じて忠臣蔵みたい。室町時代の設定だけど、裃などはまるっきり江戸だし。第一場・山名館奥書院の場で、実直な国家老・外記左衛門(高麗屋の大番頭・錦吾)が御家横領の企みを訴えるが、ワルの管領・山名持豊(桂三)は取り合わない。そこへ名裁判官の細川勝元(染)が颯爽と登場し、「虎の威を借る狐」の故事などでやりこめる。やっぱり弁舌爽やかな捌き役はいちばん似合ってます。
第二場・問註所門前の場は裁断の当日。与右衛門が証拠の密書を届け、民部之助の決死の直訴を、駕籠で通った勝元が受け取ってやる。さらに与右衛門が道哲を倒し古鎌を奪還。大詰めに至って、さらに早替りが加速するのが立派!
舞台が回っていよいよ第三場・問註所白洲の場。種之助(又五郎の次男)がりりしくサポート。敗訴した弾正が外記左衛門に斬りつけ、鎖帷子姿で逃げる。大屋根に巨大鼠が現れ、「土蜘」ノリのスペクタクルだ。与右衛門の自己犠牲で妖術を破る。勝元が鶴千代の家督相続を認めるお墨付を外記左衛門にもたらし、祝儀の謡を一節きかせて大団円。カーテンコール風に皆で挨拶して幕となりました。
003 004

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »