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死の都

死の都  2014年3月

怒涛のエンタメ4連続の2つ目は、新国立劇場、最後のシーズンとなる尾高忠明芸術監督が「ぜひ取り上げたかった」という、珍しいオーストリア出身コルンゴルドの1920年の作品だ。古典の現代的な演出はけっこう観ているけど、そもそも現代のオペラを観るのは、考えてみると初めて。後期ロマン派の甘美な旋律と、想像力をかき立てる凝った装置が秀逸だった。ほぼ満席のオペラハウス、通路ぎわ正面という極上の席で2万3625円。2回の休憩を挟み3時間半。

原作はローデンバックの1892年の小説。ベルギー・ブルージュで、パウル(トルステン・ケール、テノール)は若いくせに、いや若いからこそ、過去の栄光と宗教的雰囲気に包まれた古都と同様、亡き妻マリーの思い出にとらわれて暮らしている。妻そっくりだけど、ひどく享楽的な踊り子マリエッタ(ミーガン・ミラー、ソプラノ、赤い傘が印象的)に幻惑され、悲劇に至るが、まさかの夢オチ! 文字通り目が覚めたパウルは、友人フランク(アントン・ケレミチェフ、バリトン)と現実の世界に踏み出し、希望の幕切れとなる。
作曲家20代の作とは思えない退廃的な心理描写が、よくできた短編映画のような味わいだ。ワーグナー風に場面がつながっており、ピアノを使った鐘の音や、柔らかい木管が印象的。

指揮はチェコ出身のヤロスラフ・キズリング。東フィルのオケが強く、歌手が負け気味なのが残念だったけど、歌唱は確かだった。特にほぼ出ずっぱりのケールが、徐々にヘルデンテノールの本領を発揮して健闘。2013年「タンホイザー」の時も良かったミラーが、1幕「アリエッタの歌(リュートの歌)」などをたっぷり聴かせ、マリーの声でも活躍。昨年11月に交代が発表されたケレミチェフは2役の劇団仲間フリッツとして、2幕のひときわセンチメンタルな「ピエロの歌」が見事だった。ほかに信心深い召使ブリギッタの山下牧子ら。

デンマーク出身、カスパー・ホルテンの演出はとてもお洒落。フィンランド国立歌劇場からのレンタルだそうです。英女優のエマ・ハワードが亡妻マリー(黙役)としてずっと舞台上をさまよっており、パウルの辛さ、未熟さを象徴していてわかりやすい。
何といっても美術がぴかイチ! 担当のエス・デヴリンはロンドン五輪閉会式やレディー・ガガらロックコンサートも手掛ける才人だそうだ。奥行きのある装置で、1幕のパウル邸では白を基調に、床と壁に所狭しとマリーの細々した遺品、遺影が並んで、パウルの心中を象徴する。小道具はなんと600以上とか。
ブラインド越しに見えた街のリアルなグーグルアース風俯瞰図が、2幕ではそのまま街角の風景に転じて意表をつく。遺品入れは小さい建物に転じ、舞台全体に街の灯がともって、幻想的で非常に美しい。続いて中央のベッドが船に変わって芸人たちが現われる。照明の変化が効果的に場面の雰囲気を表す。3幕では大がかりに壁が左右に開き、「聖血の行列」の赤い衣装の合唱団がそこここに立ってパウルを追い詰め、錯乱へとなだれ込む。そしてラスト、扉から差し込む外光が美しい。
コルンゴルドは23歳で本作を書いた神童だったが、ナチの台頭で米国に亡命。映画音楽で成功したため、ポップスのレッテルを貼られ、失意のうちに没したとか。まだまだオペラの世界は広くて深いなあ。

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