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小澤アカデミー演奏会「弦楽セレナーデ」

小澤国際室内楽アカデミー奥志賀2013演奏会  2013年7月

小澤征爾が2011年に設立し、アジア圏の若い音楽家を指導しているNPO法人の演奏会に足を運んだ。思いがけず至近距離で小澤さんの指揮に触れて大満足。
初めての東京オペラシティコンサートホールの、前の方左寄りのいい席で4000円。ステージ後方にオルガンのパイプが並び、頭上高くの天窓から空が見えて教会のような雰囲気だ。聴衆はアカデミーの支援企業など関係者らしきグループに加えて、年配男性のクラシックファンや着飾った女性ら幅広く、開幕前から応援ムードが漂う。

前半は若手たち6組が登場し、それぞれ弦楽4重奏を披露。18歳から27歳と初々しいものの、演奏は立派だ。それもそのはず、プログラムの紹介を読むと一流どころへの留学、数々の受賞歴など、日、韓、台、中、豪から集まった俊英揃いらしい。ラストJanaQuartetの天津出身の2人は双子ちゃんかな。曲はモーツアルト、ブラームス、チャイコフスキー、ドビュッシーと続いて、ベートーヴェンが格好良く、ベルクは前衛的。
休憩後、お待ちかね小澤さんが登場し、チャイコフスキー「弦楽セレナーデハ長調作品48」を全員で。小澤さんは昨年、療養で演奏活動を休んでいたし、ずいぶん痩せているけれど、至近距離ということもあり、チャーミングなオーラが全開。第1楽章後の席替えを挟み、3、4楽章と30分ちかくを振り切りました。曲はもちろん切なく可愛らしく、めっちゃ感動。最後は指導にあたった川崎洋介、川本嘉子、原田禎夫もステージに上がり、何度もスタンディングオベーションにこたえてました。

地下室の手記

カタルシツ「地下室の手記」  2013年7月

大好きな前川知大の脚本・演出。劇団イキウメの別館と位置づけた「カタルシツ」の第一弾だ。劇団でのSF的な作風と違い、ドストエフスキーの小説をベースにセリフ劇を展開。客層は若い。赤坂レッドシアター中央後ろの方で3800円。休憩無しの1時間半。

地下室に閉じこもった40歳の独身男が、ネット動画の生配信で自分を取り巻く状況や人間関係への不平不満を言いつのる。前半は安井順平のモノローグが続き、正直、ありがちな屈折や、畳みかけるようなイタイ言動に辟易としたけど、風俗嬢との出会いあたりから物語が動いて面白くなった。
社会への不適合という普遍的なテーマを、後方のカーテンに流れる「ニコ生」用語のコメントで今風に味付け。すぐ隣にある、あるいは自分自身の中にもある無数の匿名の「地下室」をイメージさせる。知的で、相変わらず巧いなあ。

安井さんは劇団の通常公演だと「獣の柱」の部長とか、ちょっと大人の役回りで抑えめな印象をもっていた。今回はほぼ一人芝居とあって、観客を巻き込みつつしゃべりまくり、いいリズムで笑わせる。客演の小野ゆり子も、しなやかでよかった。この人、大森南朋の奥さんなんだなあ。若いなあ。
ほぼ地下室のワンセットに、カーテンの陰から家具を出し入れしてスムーズに場面転換していた。電子レンジのギャグがツボでした~

盲導犬

シアターコクーン・オンレパートリー2013 盲導犬-澁澤龍彦「犬狼都市」より-  2013年7月

唐十郎が蜷川幸雄のために書きおろした1973年初演作を、蜷川が3度目の演出。シアターコクーン、前の方中央の良い席で9500円。客層は幅広く、大人の男性が目立つ。休憩無しの約1時間40分。

何といっても宮沢りえがよかったなあ。真紅のドレス姿がすらっと綺麗で、表情がよく動く。奇妙なダンスや、舞台一面に舞う白い毛をふうふうする仕草が可愛らしく、歌を含めて声も安定。床がびしょびしょになるほど汗だくなのに、なぜか透明感がある。

物語は新宿。コインロッカーをこじ開けようとしている銀杏(宮沢りえ、バンコクのダンサー・トハと2役)と、ロッカーの鍵を持ったまま赴任先のバンコクで落命した夫(白いスーツの木場勝己、盲導犬訓練学校の「先生」と2役)、銀杏の初恋の人タダハル(小久保寿人)の因縁話に、幻の盲導犬ファキイルを探す男(古田新太)とフーテン少年(小出恵介)の放浪が錯綜する。不服従ということと、革命の挫折やグローバリゼーションの矛盾が絡むイメージだけど、あれこれ理屈を考えるより、歌うようなセリフの連なりとリズムに、とっぷり身を委ねて心地よかった。

全体に朗らか、かつロマンティックで、2012年に観た唐・蜷川コンビの「下谷万年町物語」に比べて怪しさは控えめ。宮沢りえと木場さんの存在が上品だからかな。古田・小出コンビもアウトローの熱というより、ナンセンスな笑いが効いていて幼児性が色濃かった。特に小出くんのニタニタ笑いは、なかなかの存在感。こういう役回りが合っているのかも。さいたまネクスト・シアターの小久保くんもがんばってた。
ほとんどのシーンがロッカー前で繰り広げられるので、閉塞感は否めないものの、何匹もの犬、マッチやバーナーの多用で変化をつけ、ラストはきっちりスケールを出してましたね。プログラムでいろんな人が初演時の状況を証言する中に、岩松了さんが「蜷川さんとの出会い」を書いている。歴史だなあ。

ドレッサー

ドレッサー  2013年7月

2月に「テイキングサイド」を観たロナルド・ハーウッド作、1980年の著名なバックステージものを、三谷幸喜が演出。シス・カンパニーの豪華キャスト公演だ。世田谷パブリックシアター、2F右隅のちょっと遠いバルコニー席で8500円。客層は立ち見を含めて老若男女幅広く、ノリも良い。15分の休憩を挟み2時間半強。

2次大戦下で空襲の緊張感にさらされた英国。巡業中のシェイクスピア劇団では老座長が心神喪失状態に陥ってしまうが、付き人兼衣装係(ドレッサー)のノーマンはなだめすかして、なんとか今宵の「リア王」の幕を開けようと奮闘する。
人生とは舞台であり、誰しも人に見せたくない舞台裏を抱えている。だからこそ互いを必要とし、支え合って生きていく。孤独なリア王にひとり付き従った無名の道化は、その後いったいどんな人生を送ったのか… 三谷さんらしく笑えて、やがて哀しみがしみじみと余韻を残す。一筋縄でいかない戯曲を、主演2人がタフに見せてくれた。

座長の橋爪功さんはもちろん巧い。ベテラン舞台人の風格と、人間的な弱さ、尊大さや老いの虚しさとの間を激しく行き来する。つくづく喰えないおっさんである。胸を借りる形のノーマン、大泉洋もなかなかどうして。ほぼ出ずっぱりで、しかも口が減らないツッコミキャラだから、膨大なマシンガントークと、まめまめしい動きが要求されるが、リズム感よく軽やかにこなしていた。野心家の若手女優(平岩紙)を劣等感むき出して脅すあたりは、もっと凶暴さが欲しい気がしたものの、ラストで酒をあおって歌をくちずさむシーンでは、持ち前の切なさが全開。泣かせます。

舞台監督の銀粉蝶がさすがの貫録で、特に大詰めの慟哭はぐさっと胸に刺さった。座長夫人の秋山菜津子がいつになく可愛く、コミカルな老俳優・浅野和之は隙あらば小技を繰り出す。コミュニスト気取りの俳優、梶原善も嵐の効果音を鳴らすドタバタシーンなどで存在感たっぷり。おまけに2幕冒頭、上演シーンの声の出演は段田安則、高橋克実、八嶋智人という贅沢さだ。

構成は割とオーソドックスだったかな。華やかな舞台を裏側から見る設定で、楽屋と舞台袖のセットを左右に動かし、後方では廊下の往来も。照明の陰影を効果的に使用。三谷さんが自作以外の演出に挑む意図は今ひとつ不明ながら、そつのない仕上がりだ。翻訳は徐賀世子、劇中歌は荻野清子が作曲。主演2人が真っ赤な緞帳の前に出てくるカーテンコールが洒落てました。

立川談春独演会「子別れ」

立川談春独演会2013デリバリー談春「子別れ」 2013年7

また「デリ春」シリーズに足を運んだ。1500人ほぼいっぱいのメルパルク東京ホールで、人情噺の大ネタに浸る。1F中央あたりの3800円。
トッピング=前座は立川こはる。子供みたいに小柄ながら、「つる」が元気いっぱいだ。
続いて談春さんが登場、こはるへの拍手に軽く嫉妬し、冷房病を訴えてから、あらかじめ発表してある演目「子別れ 上・中・下通し」を談志から引き継いだ(ぱくった)経緯を、志らくや志の輔を引き合いに出しつつ語る。何だか言い訳っぽい気がしたけれど、ネタへの思い入れ、自分こそという強烈な自意識の現れかな。
前半は不要だけど、と言いながら、まずは発端を淡々と。腕のいい大工という熊のキャラクターを、後半で立ち直る理由というだけでなく、そもそも酒に溺れた理由でもある、と位置づける。自らのギャンブル好きを例えにだして、「文七」と同様、いい作用も悪い作用もある庶民のプライドを物語のバックボーンに据えて、説得力がある。
中入り後、いよいよ親子、夫婦の再会へ。亀がひときわ生意気で、子供っぽさは微塵もないけれど、青鉛筆が欲しい、というセリフが泣かせます。念願の青鉛筆で描いた空の絵を、わざとだろう、亀が家に置き忘れ、それを口実にお光が鰻屋へ追っていく展開。目に浮かぶ思い出の空の爽やかさと、最後の最後であれほど生意気だった亀が、身も世もなく泣きじゃくってしまう見事な落差。本当に巧いなあ。面白かったです!

歌舞伎「東海道四谷怪談」

 歌舞伎座新開場葺落七月花形歌舞伎 夜の部 「通し狂言東海道四谷怪談」 2013年7月

4月以来の大物勢揃いにかわり、花形が前面に出た7月。将来を背負って立つ面々が躍動するのを観るのは、極めつけとはまた別の楽しみだ。3回の休憩を挟んでほぼ4時間半。1階前よりほぼ中央の良い席で、1万8000円。

演目は夏らしく、あまりに有名な鶴屋南北の怪談だが、個人的には昨年、橋本治の現代版を観たことがあるだけ。中盤までは、伊右衛門と隣の伊藤家の非道ぶり、お岩の怨み節に辟易としたが、徹底したエゴと退廃を美談「忠臣蔵」の影に位置づけた着想に舌を巻く。ラストはきっちり、ケレンとスターの見せ場があって満喫した。何といっても菊之助が、お化けなのにプライドが高くて上品。色悪の染五郎は凄みがイマイチなものの、お父さん、叔父さんに通じる大きさがにじんで楽しみだ。

序幕の第一場・浅草観音額堂の場は主要人物がほぼ総登場して、伏線が張られる。まず薬売りの直助(松緑)がお袖(面長の梅枝がけっこう綺麗)に言い寄る。伊右衛門(染五郎)は過去の悪事を知る舅の四谷左門を追いかけ、そこへ通りかかった伊藤家のお梅が一目惚れする。小間物屋の与茂七(菊之助)は伊藤家に奪われかけた討ち入りの廻文状を取り返す。
続く宅悦地獄宿の場でお袖、与茂七夫婦がびっくりの再会。こんな場所なのに喜んじゃうし、小山三さんも登場するしでコミカルだ。お袖を奪われた直助が与茂七を追いかける。第三場・浅草暗道地蔵の場、第四場・浅草観音裏田圃の場からぐっと陰惨になり、伊右衛門が四谷左門を、直助が与茂七(実は人違い)を刺す。さらに2人の娘、妻にあたるお岩(菊之助が2役目)、お袖姉妹を騙して連れて行く。
15分の休憩後、雑司ヶ谷四谷町伊右衛門浪宅の場で、伊右衛門が下男の小平(菊之助3役目)を捕らえる。お岩が伊藤家から貰った薬(実は毒)を、時間をかけて丁寧に丁寧に飲む仕草が素晴らしい。回り舞台で伊藤喜兵衛内の場に転じ、伊右衛門が裏切りを決意。伊藤家面々の、普通の人の冷酷にぞっとする。浪宅の場に戻って、いよいよお岩が面がわり。伊右衛門と伊藤家の企みを知ってからの「髪梳き」は本当に怖い。怒濤の悲惨に突入し、お岩、小平にお梅と祖父の喜兵衛までが命を落とす。ひどい話だなあ。

30分の休憩を挟んで三幕目、本所砂村隠亡堀の場で、逃亡中なのに格好つけて釣りに来ていた伊右衛門が性懲りもなく悪事を重ね、「戸板返し」で菊之助さんが3役早変わりを披露。
15分の休憩が終わると、大詰第一場・滝野川螢狩りの場。久しぶりの上演だそうで、伊右衛門の夢の中。がらっと雰囲気を変え、伊右衛門とお岩が意表を突く美しい衣装で寄り添う。そして第二場・本所蛇山庵室の場へなだれ込み、回向をする伊右衛門をお岩の霊が苦しめる。悪企み仲間が花道でなく通路を駆けてきて、観客がどよめく。さらに菊之助さんが燃え上がる提灯から宙乗りで飛び出す「提灯抜け」で驚かせ、「仏壇返し」へと大活躍。追っ手・与茂七に替わって伊右衛門と見得を切り、幕切れとなりました。

わが闇

結成20周年記念企画第三弾ナイロン100℃40th SESSION「わが闇」  2013年7月

作・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチ、2007年初演の家族劇を再演。客層は若めで小綺麗だ。本多劇場の前の方、右寄りで6900円。
休憩を挟んで3時間半の長丁場を、田舎にある日本家屋の居間というワンセットだけで通しちゃうけど、よくできた舞台で、長さを感じさせない。柏木家3姉妹の、思い通りにならない人生と微妙なすれ違い。「祈りと怪物」のようなグロテスクさやスペクタクルはなく、随所に挟まれた家族劇らしい細かい笑い(ダバダとか、背の順に並んでいるとか)がいいテンポだ。
ある程度年齢を重ねたとき、人は何をあきらめ、何を大切にしていくのか。心の暗部を思わせる「闇」が視覚の「闇」に転じ、映像、写真を小道具にしたラストでは、しみじみとさせる。大人っぽい感じは「百年の秘密」の系譜かな。

軸になるのは、やや落ち目の作家の長女(犬山イヌコ)が父・伸彦(廣川三憲)に抱く複雑な思いだ。同じ作家の道を選んだために、愛情とライバル心がない交ぜになっている。しっかり者で、いつも冷静に周囲を観察するキャラクターは、ケラさんの投影なのか。
内気な次女(峯村リエ)は一家の面倒をみながら、不幸な事故の傷を抱えた夫(みのすけ)の粗暴さに悩んでいる。三女(坂井真紀)はかつて派手な継母(長田奈麻)を嫌悪して家を飛び出し、女優になったけれど、不倫騒動を起こして実家に舞い戻る。飲んだくれだけど、白い下着に象徴される率直さがいい。
この柏木家に、伸彦を敬愛し続ける実直な書生(三宅弘城が鎌塚氏キャラで)、ドキュメンタリー撮影に訪れる映像作家(岡田義徳)とカメラマン(大倉孝二)、映画プロデューサー(松永玲子)と部下(喜安浩平)、長女に思いを寄せる不器用な担当編集者(長谷川朝晴)らがからむ。

俳優陣は屈折が強いみのすけら、のきなみ達者だ。岡田はそれほど見せ場はないのに、理想家肌の繊細さに生活力のない不安定感がにじんで、不思議な色気がある。導入部の神経質な先妻と、声が大きく押しの強いプロデューサーの2役を演じる松永は、振幅が大きく存在感たっぷり。大倉が伸び伸びと、ギャグや仕草で飛び道具ぶりを発揮していた。ほんとに目を離せない俳優さんです。
ささやかな家族の歴史は、岡田の語りや字幕で解説。ちょっと饒舌だけど、わかりやすい。シンプルなスポットライトのほか、プロジェクションマッピングが効果を出していた。

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