« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »

木の上の軍隊

こまつ座&ホリプロ公演「木の上の軍隊」  2013年4月

敗戦後、2年も木の上に潜伏していた兵士ふたりの実話をもとに、井上ひさしがずっと上演を目指していたという原案を、蓬莱竜太が戯曲化、栗山民也が演出。女性グループ、年配の男性と観客はけっこう幅広い。シアターコクーンの1F中段左寄りで1万円。

国家と故郷、支配と信頼、名誉と良心、さらには国民感情というものの危うさ。様々な矛盾を矛盾のまま提示する戯曲は、この時期に観る価値があるものではないか。プログラム「前口上」に掲載された井上メモの強い思いを、1976年生まれの蓬莱さんが独自に、そして知的に消化した印象だ。現実を想定しつつ、寓話的な広がりを感じさせる。
中央にそびえるガジュマルの木だけのワンセットで、上官の山西惇と新兵の藤原竜也が、濃密なやり取りを繰り広げる。登場人物はほかに木の精のような「語る女」の片平なぎさだけ。でも、2時間近くがちっとも長くない。

前段は潜伏生活の悲惨と滑稽さや、2人の関係の変化で軽妙に笑わせておいて、終盤に向かってじわじわと緊張感を高めていく。いつもながら藤原くんの切なさが絶品。泣かせます。もちろん山西さんも、屈折した人物像に説得力がある。この2人は急傾斜の木を昇ったり降りたり、かなりハードだ。2時間ドラマの女王のイメージしかなかった片平さんも声に力があって、なかなかよかったな。カーテンコールがチャーミングだし。役どころはちょっと説明過多ではあったけど。

抑制のきいた演出に、照明の鮮やかな移り変わりと、遠くから聞こえてくる潮騒が映える。ヴィオラの演奏は徳高真奈美。

レミング

寺山修司没後30周年/パルコ劇場40周年記念公演「レミング~世界の涯まで連れてって~」  2013年4月

1979年初演、「天井桟敷」の最終公演ともなった寺山修司の戯曲をもとに、ベテラン維新派の松本雄吉が演出。上演台本は松本と少年王者舘の天野天街。パルコ劇場の前の方左寄りで8400円。いつもより年配の男性が目立つ。休憩無しの約2時間。

実は有名すぎる寺山修司について、さして知識がないままサイケなイメージを持っていたのだけれど、今作は演出家の個性なのだろう、全体に乾いた感じで、陰影が濃くお洒落だ。モノトーンのシンプルなステージいっぱいに、「黒帽子の他人」ら群衆がステップを踏み続ける音楽劇。時に足、時に碁石で刻む変拍子が気持ちいい。
ストーリーらしいものはない。冒頭でアパートの壁が突如消失、それをきっかけに、見習いコック2人(八嶋智人、片桐仁)が夢の世界に迷い込む。誰がみている夢なのかも判然としないまま、古い映画の世界に浸っているスター女優(常盤貴子)や、何故かアパートの畳の下に「飼われて」いるコックの母親(松重豊)、医師と看護師、囚人らが断片的に登場。関係性を規定する壁という存在の不確かさを、強く感じさせる。「事実はすぐ風邪をひく」といった詩的なセリフの繰り返しが印象的。
タイトルのレミングではなく、都会で耐性を身につけたスーパーラットの話が出てくる。これは冒頭とラストで少年が腕に抱いているバベルの塔のような模型、つまり都市の幻想の物語なのかな。

俳優の個性は控えめ。緻密かつ全編ダンスのような舞台のなかで、小柄で頼りなげな八嶋智人が示すリズム感、コメディセンスが光る。大詰めで床下から飛び出す松重は、暴れぶりがさすが。カーテンコールでは、おばさんスタイルで可愛く挨拶してました。音楽・内橋和久の歌が耳に残る。ギターなどの演奏も。
003

ヘンリー四世

彩の国シェイクスピア・シリーズ第27弾 ヘンリー四世  2013年4月

演出蜷川幸雄、翻訳松岡和子、構成河合祥一郎。2部作を1本にまとめており、15分休憩を挟んで約4時間半という大作だけど、欲望のパワーがみなぎり、長さを感じさせない楽しい舞台だ。さいたま芸術劇場大ホール、2F最後列の中央寄りで9000円。俳優の表情を観るにはオペラグラスが必要なものの、広い舞台全体がよくわかる。季節はずれの冷たい雨をものともしない盛況で、旬の俳優・松坂桃李人気なのか若い女性も多い。

タイトロールは14世紀末にランカスター朝を開き、敵対勢力との闘いに明け暮れたイングランド王。しかし物語の中心となるのは皇太子ヘンリー(ハル王子)のほうだ。父に背を向け放蕩の日々を送っていたが、やがて覚悟を決めて後に名君と呼ばれるヘンリー五世となる。
そんな成長ぶりとの対比で舞台を席巻するのは、欲望のまま生きる悪友ファルスタッフ。このシェイクスピア史劇屈指といわれる人気キャラを、吉田鋼太郎がお茶目に演じて、痛快な存在感を示した。
毛むくじゃら、巨漢の扮装をして、誰かれ構わずバンバン体当たりするわ、居酒屋の女将クイックリー役の立石涼子がセリフを言い間違えると、しつこく突っ込むわ。2幕冒頭では客席に座り込んじゃうし、とても1年前に観た「シンベリン」の重厚な吉田さんと同じ人とは思えない暴れっぷり。1幕では酒と女に明け暮れる奔放さに色気があって、ちょっと掠れた声が魅力的だし、2幕からは隠しようのない老いと強がりが、哀愁を醸し出して切ない。

対する皇太子は注目の松坂桃李。白い衣装を翻し、細身で爽やか、初舞台から2年ぶりというけれど、膨大なセリフをこなして健闘していた。ファルスタッフとの息のあったじゃれ合いもチャーミング。パパ・ヘンリー四世の木場勝己が、静かなセリフもよく聞こえて驚異的な説得力だ。ほかに高等法院長の辻萬長やたかお鷹ら、いつもの面々はもちろん安定している。情熱的な敵役ハリー・パーシー(ホットスパー)の星智也が長身でよく声が通り、予想以上に目立ってましたね。

演出はいたってシンプルで、鏡など大がかりなセットは無し。今回は俳優陣のパワーに任せたということだろうか。宮廷のシーンは舞台の奥行きいっぱいに柱や燭台が並び、その彼方からいちいち俳優が駆けてくる。スケールの大きさが気持ちいい。一方で庶民側である居酒屋などは、背景を幕で区切って親密に。大詰めでは2010年「ヘンリー六世」の百年戦争につながる赤いバラが降ってました。

1月に狭心症で入院した重鎮・蜷川さん。入り口付近でお元気に財界人と談笑してました。シェイクスピア全戯曲37本の上演を目指すこの企画もあと10本だそうです。応援したい!
Henry

歌舞伎「寿祝歌舞伎華彩」「お祭り」「熊谷陣屋」「弁天娘女男白浪」「忍夜恋曲者」

歌舞伎座新開場柿葺落四月大歌舞伎 第一部「寿祝歌舞伎華彩」「お祭り」「熊谷陣屋」 第二部「弁天娘女男白浪」「忍夜恋曲者」 2013年4月

怒濤のお名残りから3年。いよいよお祭り気分の新開場公演だ。早めに到着して、まず地下鉄から直結した「木挽町広場」を見学。大きな提灯が下がった中央のスペースが広く、お菓子屋さんに早くも行列ができてました。1Fでお稲荷さんにお参りし、入場してあちこちウロウロ。綺麗で気持ちいいし、エスカレーターやトイレが充実したのがいい。やはり着物姿のグループが目立つ。1部、2部とも1F右端の、ちょっと見づらい席で各2万円。休憩を含めてそれぞれ約3時間。

幕開けの「寿祝歌舞伎華彩 鶴寿千歳」は昭和天皇即位の大礼の奉祝曲で、箏が入った舞踊。まず松をバックに染五郎、魁春が爽やかに。背景が明るい富士山に変わって、御曹司たちが踊った後、セリから大御所・藤十郎さんがゆったりと登場。鶴の姿が上品で清々しい。
短い休憩に続く「お祭り」は、十八世中村勘三郎に捧ぐと銘打ち、ぐっと庶民にくだけて鳶や芸者衆の粋が華やかだ。三津五郎、橋之助、弥十郎、獅童、亀蔵、福助、扇雀ら中村屋ゆかりの役者が勢揃いで楽しく踊る。花道から勘九郎に手を引かれて登場した2歳の七緒八くんが可愛い。正面奥の床几にちょこんと座っていて、七之助がそっと立たせると、ちゃんと真似して踊ってました! 七之助は独特の声、妖艶さがなかなか。

35分の休憩でお弁当を食べ、お待ちかね豪華顔合わせの「一谷嫩軍記 熊谷陣屋」。ちょうど1年前、亡き団十郎さんが醸し出す見事な無常観に胸打たれたことを思い出す。代わって熊谷次郎直実を務める吉右衛門さんが圧巻。冒頭の桜を眺めるシーンから、妻・相模(玉三郎)と藤の方(菊之助)への「物語」へと、抑制のきいた悲しみを表現し、「首実検」「制札の見得」ではぐっとスケールが大きく。次代へ繋ぐ規範を一身で表すようだ。玉三郎の崩れ落ちる姿の美しさ、ほとんど動かない義経・仁左衛門の上品さもさすが。後半では石屋、実は平宗清の歌六が溌剌として得な役回りでした。

いったん外へ出て、売店でいろいろと買い物を楽しんでから第二部へ。まずは極めつけ「弁天娘女男白浪」。「雪下浜松屋見世先の場」は弁天小僧・菊五郎さんが突き抜けた役者ぶりで、貫録だ。70歳で史上最高齢だとか。さすがです。南郷力丸は左団次、日本駄右衛門は吉右衛門、鳶頭はご馳走の幸四郎。隅田堤の桜も華やかに、音楽的なツラネが楽しい「稲瀬川勢揃いの場」は、忠信利平に三津五郎、赤星十三郎に声がいい時蔵。
休憩を挟んで珍しい「極楽寺屋根上の場」。菊五郎さんが斜めになった屋根での立ち回り、さらに立腹と大奮闘だ。なにせ70だもの、チャレンジですねえ。セットが後ろに倒れて転換する大がかりな「がんどう返し」にびっくり。「楼門五三桐」を模した「山門の場」「滑川土橋の場」で吉右衛門さん、藤綱の梅玉さんが、胡蝶の香合(こうごう)を巡って大らかに対決を演じ、幕となりました。

幕間20分のあと、ラストは初めて観る常磐津舞踊「忍夜恋曲者 将門」。冒頭から山颪の太鼓が不気味だ。珍しく場内を真っ暗にし、花道のスッポンからスモークと共に玉三郎さんの傾城如月、実は将門の娘・滝夜叉姫が登場すると、その怪しさに大拍手。何しろ後見が持つ本物の蝋燭のあかりで踊るんだもの。「面灯り」というんだそうです。凝ってるなあ。
将門の残党を捜す光圀役の松緑を味方にしようと、クドキ、色っぽい廓話の踊り。大詰めでは一転して「見顕し」となり、妖術を使う立ち回りでスピード感を出す。稲妻が光り、セット全体が崩れ落ちる「屋体崩し」のあと、姫がちょっとユーモラスな大蝦蟇を従え、衣装はぶっ返し、「相馬錦の旗印」を掲げる「引っ張りの見得」というスペクタクルシーンで終わりました。人間国宝・玉三郎がお祝いムードのなか、あえて怪奇で勝負したのが天晴れでしたね。満喫しました!

筋書の祝辞は安部首相、文科大臣になんとピーター・ゲルブ氏の英文付きでした。字幕ガイドを特価500円で借りてみた。詞章がわかるのは便利だけど、解説はイヤホンの方が詳しいかな。
019 006 036 061

おのれナポレオン

おのれナポレオン  2013年4月

三谷幸喜作・演出、野田秀樹主演という話題の顔合わせ。ほかにも主演級がずらりと揃った贅沢な配役で、立ち見も大勢いた。東京芸術劇場1Fやや後ろ寄りで9000円。

物語はナポレオン死去の約20年後、遺骸のフランス返還を機にセントヘレナ島での最後の日々を、側にいた面々が証言する。果たして発表通りに病死だったのか、それとも暗殺か? 歴史上のエピソードを組み合わせた精緻なミステリー。加えて希代の英雄に振り回されつつ憧れる周囲の人間模様という構図は、三谷さんの得意技だ。

俳優に徹した野田秀樹が、あまりにナポレオンらしい。お馴染みの甲高い声で無茶を言い、せかせか歩き回る、飛び跳ねる。エキセントリックの陰に潜む冷徹な計算。2面性をはらんだ魅力的な造形は、なんだか三谷さんから野田さんへのラブレターのようだ。
取り巻く人々はいずれも色気がある。特に監視役であるイギリス軍人ハドソン・ロウの内野聖陽が、年齢の振幅も含めてスケールが大きく、ナポレオンといい対比。山師的な側近モントロンの山本耕史、その妻でふしだらなりにナポレオンを想うアルヴィーヌの天海祐希、ひと癖ある主治医アントンマルキの今井朋彦も、それぞれ個性を生かしていて魅力的だ。特に天海さんは姿勢が綺麗で、本当に舞台に映えるなあ。忠実な従僕マルシャンの浅利陽介が、小道具の出し入れ役のように見えながら大詰めでいいところを持っていきましたね。

劇のタイトルはお洒落なフランス語の言葉遊び。ステージの左右に客席を据え、セットは最小限に抑えて、四角い空間がやがてチェス盤に見えてくる仕掛けも洒落ている。演技指導やナポレオンの外見にからんだくすぐりがあるものの、先日の「ホロヴィッツとの対話」と比べると笑いは少なめ。各人の証言をつないでいく構成でシーンが細切れになるせいか、情報量が多いためか、休憩無しの約2時間半はやや長めに感じられたかも。
太鼓などの演奏は高良久美子、芳垣安洋。5月には意欲的なライブビューイングも。
015 016

趣味の部屋

パルコ劇場40周年記念公演「趣味の部屋」  2013年4月

中井貴一が企画に参画し、脚本が「リーガル・ハイ」などの古沢良太、演出が行定勲という豪華スタッフが揃った舞台。客層は幅広い。パルコ劇場1F中央あたりのいい席で8000円。

男5人が仕事や家庭を離れ、各人の趣味を存分に楽しむために、共同でマンションの一室を借りている。平和な大人の秘密基地。しかしメンバーの1人が行方不明だという報せを発端に、それぞれの秘めた思いが明かされていく。小ネタを丁寧に生かして、笑いがてんこ盛り。これでもかとどんでん返しが続くサスペンスでもある。まさにウェルメイドなエンターテインメント。客席はよく沸いてました。演劇が隠しテーマになっているのも心憎い。

とにかく役者陣が達者だ。白い縁取りのある「趣味の部屋」のワンシチュエーションというシンプルな設定で、照明や音楽のアクセントはあるものの、休憩無しの2時間を、会話のキャッチボールで埋め尽くして全く飽きさせない。
特に中井貴一。いつもの生真面目さをベースにしつつ、振幅の大きい人物像の変化が鮮やかで、カンパニーの中核としての自負を感じさせる。ジグソーパズルネタで美味しいところをさらう戸次重幸、そして川平慈英、かき回し役の原幹恵もハキハキ。押し引き自在の白井晃が、全体を絶妙にとりまとめる。思い切ったガンダムコスプレは一見の価値あり。
つまりは楽しかったです! 中村トオルさんが来てました~ 長身だなあ。
002

ゴドーは待たれながら

ナイロン100℃結成20周年記念企画第二弾 ゴドーは待たれながら  2013年4月

いとうせいこうの1992年の戯曲を、ケラリーノ・サンドロヴィッチが演出。大倉孝二のひとり芝居でまず1時間、休憩を挟んで45分。結構長いけど、もとの戯曲を2割カットしたそうです。録音による声の出演は、贅沢に芸術監督の野田秀樹。東京芸術劇場シアターイーストの後ろ寄りで4900円。

小部屋のワンセットで、大倉がうろうろと歩き回り、喋り続ける。戯曲は言わずとしれたベケットの不条理劇「ゴドーを待ちながら」と合わせ鏡のようになっており、主人公は約束を果たしたいのに「いつ、どこで、誰と」をすべて思い出せず、一向に出かけられない。実は、私は有名な「待ちながら」のほうを読んでいないんだけど、緊張感がある舞台を予想していた。実際には予想は外れて、連続する小さな笑い、そして大倉さん特有の絶妙な「間」を楽しんだ。ケラさんがチラシで語っている通りですね。冒頭で靴を履けない仕草を繰り返し、くつろいだ雰囲気を作るあたり、巧い。

部屋には閉塞と孤独が満ちている。小さい窓はあるものの、外は灰色の霧で何も見えない。足に合う靴もなく、食べ物は底をつき、鉢植えは枯れつつある。謎の少年が訪ねてくるけれど、結局、それは自分自身を投影した幻のように見える。
無為であっても待つことは希望。では無為に待たれるってことは何なのだろう? いろいろに解釈できるお話。個人的には他人との関わりに支えられた存在の不確かさを感じた。それでも待たれていると感じるなら、諦めるわけにはいかない。地球最後の赤ん坊のエピソード、そして繰り返される「行こう」というセリフが深い。

ひとり芝居はたぶん、中谷美紀の「猟銃」を観て以来。大倉さんは予想以上で、全く危なげなかった。とはいえ、やっぱり相手がいた方が、持ち味のリズム感が生きるかな。音楽はほとんど暗転の時だけ。照明で客席を巻き込む工夫をしていた。プログラムには戯曲の完全版を収録。ケラさんがすぐ近くの最後列に、また小田島雄志さんの姿もありました。

METライブビューイング「パルシファル」

METライブビューイング2012-2013第10作「パルシファル」 2013年4月

ワーグナー生誕200年に、最後の大作オペラをMETらしいキャスティングで。休憩2回を挟み、なんと5時間35分の長尺だけど、新宿ピカデリーはけっこう入ってました。3月2日上演。いつもの最後列で、料金も特別5000円。

なにしろオケが美しくて圧倒的でした! 「タンホイザー」や「リング」に比べるとわかりやすい旋律は少ないけれど。指揮はバイロイトでもこの曲を振っているというダニエレ・ガッティで、ゆったりした演奏。ひときわ喝采を浴びてましたね。インタビューでエリック・オーウェンズが「全部暗譜しているのは凄い」と振ったら、「それはたいしたことじゃない」とさらり。格好良いなあ。

物語は幻想的かつ難解だ。ドラマというより脳内世界。1幕だけで何と2時間あって、無垢の青年パルシファル(ヨナス・カウフマン、テノール)が聖杯守護団の国モンサルヴァートに迷い込み、傷ついたアンフォルタス王(ペーター・マッティ、バリトン)による儀式に参加するものの、騎士グルネマンツ(ルネ・パーペ、バス)に追放される。
2幕は70分。魔人クリングゾル(エフゲニー・ニキティン、バス)の城にたどり着いたパルシファルが、謎の女クンドリ(カタリーナ・ダライマン、ソプラノ)に誘惑されたことで突如知性に目覚め、魔人から聖槍を奪回する。3幕は80分で、舞台は再びモンサルヴァート。聖金曜日の朝、聖槍を携え凛々しく生まれ変わったパルシファルが、アンフォルタスの傷を癒して王位を継ぐ。社会の精神的な荒廃を、犠牲と高潔さによって乗り越えていくイメージが強烈だ。

長丁場をほぼ5人で歌いきるドリームキャストは皆、驚異的な歌唱と我慢の演技で大拍手でした。出身はドイツ2人、スウェーデン2人、ロシア2人。堂々たるパーペは1幕ほとんど歌いっぱなしだし、マッティは高めの声が綺麗で、苦悶ぶりを熱演。ダライマンも女性から母性への変化が貫録だ。カウフマンは暗めの声がイメージにぴったりで、上半身裸で奮闘してました~

演出は映画「レッド・バイオリン」やシルク・ドゥ・ソレイユ「ZED」のフランソワ・ジラール。男性はシンプルな白シャツと黒ズボン、女性は黒いドレスです。冒頭でネクタイや時計を外す演出があり、時空にとらわれない普遍的な設定かな。キリスト教に立脚した物語だと思うけど、ゆっくりとしたモダンダンスには仏教っぽい仕草も。
セットが雄大で気持ちいい。1幕で荒涼とした大地に亀裂が走り、血が流れて2幕の禍々しさを暗示する。2幕は全編、驚きの赤い水につかりながらの演技だ。生々しいし、30人くらいの「貞子」が登場して怖い。3幕に至り、一転して巨大な地球の映像が背景に浮かび、絵画のような美しさで世界の救済を示す。幕間のインタビューでは技術監督のセラーズ氏が、水の温度を保つ工夫を明かしてました。いやー、贅沢でした。

今ひとたびの修羅

シス・カンパニー公演 今ひとたびの修羅 2013年4月

雨風のなか、新国立劇場中劇場へ。なんと前から2列目、やや左寄りの特等席で、堤真一、宮沢りえ、風間杜夫という豪華キャストを堪能した。SS席1万500円。15分の休憩を挟んで3時間弱。

尾崎士郎「人生劇場」を原作にした1985年初演の宮本研脚本を、いのうえひでのりが演出。なぜこのタイミング、といぶかりつつも、昭和初期、すでに時代遅れになっていた渡世人の世界を楽しむ。短く言っちゃうとベタな任侠映画風。冒頭、着流しの堤さんが土手から姿を現し、タイトルの横断幕が下りるところから、おひねり投げたい気分!
設定の割に猥雑さや、戦争に向かう世相の不穏といった仕掛けは薄くて、全体にシンプル。特に回り舞台で転換していく和室の様式美が印象的だ。時代がかったセリフも端正。飛車角は意外によく喋るし、遊郭に身を沈めたお袖の言葉遣いも現代に照らせば丁寧なものだ。日本語って、こうだったんだなあ。

物語はお馴染み飛車角(堤真一)とおとよ(宮沢りえ)、若い宮川(岡本健一)、そして小説家・瓢吉(小出恵介)とお袖(小池栄子)、照代(村川絵梨)という2組の三角関係。そこに昔気質の侠客・吉良常(風間杜夫)、風狂の人・黒馬先生(浅野和之)、左翼の横井(鈴木浩介)らがからむ。人物がみな格好良く、義侠心やら愛情やらをガンガンぶつけ合う。「好き」というキーワードが、このうえなくストレートだ。悪人は目立たないし、もう少し歪みがあれば、と思うけど、そういう話ではないのだろう。

豪華俳優陣は何と言っても宮沢りえ。ファムファタールに説得力があり、ひところより少しふっくらした着物姿と声が綺麗で、大詰め吉良港での華やかな芸者ぶり、雪降りしきる中えんえんと立ち去っていくシーンが舞台をさらう。対する堤真一も期待通りにベタな「昭和の男」を見せつけ、照代にからんだ軍人を睨むあたりの色気はこの人ならでは。「トップドッグ/アンダードッグ」に比べると余裕だったかな。そして岩松さん「シダの群れ」でも、堤と一緒にヤクザを演じた風間杜夫さんが、見事にはまっていた。出所した飛車角と宮川の対決を納めて引っ込むところは大拍手だし、死を覚悟しての「人の心に墓を建てる」というセリフが泣けた。
女流作家の照代は、数少ない屈折をみせる役どころで、村川絵梨がなかなか達者。意外に少ない笑いの要素を、浅野さん、鈴木浩介がいい呼吸でこなした。浅野さんはいつもながら軽妙です。「君!」を連呼しちゃう小出恵介、個性は抑えめだけど所作が丁寧な小池栄子も悪くない。短髪でキメた岡本健一は、思っていたより淡々としていたかな。もうちょっと危うさがあったら良かったかも。キメの盛り上がりを担うオリジナル・メインテーマはalan。
908996_10200914752292541_674675119_

落語会「芋俵」「金満家族」「禁酒番屋」「源平盛衰記」

桂文治襲名記念落語会 祝十一代目三人会 2013年4月

練馬文化センター小ホールの中央で3500円。
開口一番は桂たか治で「芋俵」。泥棒が俵に与太郎を入れて、質屋に持ち込む。芋を拝借しようとした小僧が手を入れてくる。くすぐったい噺の割に、ちょっと硬いかな。
続いて落語芸術協会の昔昔亭桃太郎。1945年生まれだけど、もう少し年配にも見えるたたずまいだ。飄々とした口調で、国民栄誉賞の長嶋との思い出、ブログに書かれちゃうから面白い話ができない、というマクラから「金満家族」。桁違いの金持ちぶりが馬鹿馬鹿しくて楽しい。
続いて待ってました、柳家喬太郎。こちらは落語協会ですね。春の新社会人のふるまい、学生の新歓コンパの醜態で笑わせてから「禁酒番屋」。禁酒令の出た家中。大の左党の近藤から注文を受け、酒屋がなんとかして酒を届けようとして、見張りのお侍と駆け引きする。お侍だって取締にかこつけて酒を飲みたいのだからタチが悪い。その酔いっぷりが見事だ。いつもの客席とのやり取りも絶妙。
そして落語芸術協会に戻って主役の桂文治さんが登場。2月にも聴いた流れで、池袋の進藤さんなどのマクラから「源平盛衰記」。脱線が面白いわけですが、今回は出身地宇佐の説明はなくて、「扇の的」の講談調の言い立てまできっちり。

中入りを挟んでなぜか文治、喬太郎、桃太郎のトークショー。幕が上がると桃太郎さんはもう普段着だ。先代文治さんの襲名の難しさを話すあたりは、会の趣旨に合っていたけれど、その後は特にテーマはなく、ギャラのこととか、学校寄席の苦労とか。桃太郎さん、勝手なようでいて時間はチェックしていて「あ、もう打ち上げに行く時間なので、このへんで」って強引にまとめてました。パンフレットの一筆「落語家は長命か短命か」と合わせて、桃太郎さんを堪能。
907823_10200905529941988_877168594_

文都襲名公演「味噌豆」「稽古屋」「幇間腹」「かんしゃく」「はんどたおる」「鬼の面」

八天改メ七代目月亭文都襲名披露公演 2013年3月

桜まつり中の国立演芸場に初めて足を運んだ。襲名披露ということで豪華な顔ぶれだ。舞台が間近いいい席で5000円。

まず月亭方正が、今日は口上の司会を務めるが実はテレビタレントとして司会をしたことがない、いろいろ体を張った仕事をしたが、牛蒡で殴られたのが辛かった、という爆笑のマクラから「味噌豆」。定吉と主人がともに味噌豆をつまみ食いする軽い噺。元気でいい。
続いて師匠の月亭八方が「稽古屋」。喜六がもてたい一心で芸を習いに行く。小唄などをまじえた「はめもの」で、ちゃんとしてます。文都さんから噺を教わったとか言われたり、個人的にはいまだに「ヤングおー!おー!」のイメージだったけど。阪神ネタもちらり。
そして悠々と、落語芸術協会副会長の三遊亭小遊三が「幇間腹」。鍼を習った若旦那がたいこもちで実験する。立川吉幸さんで聴いたことがあるが、さらりとして聴きやすい。

仲入りをはさんで口上。笑福亭鶴瓶さんが被災地の高校生の言葉を引用して温かく、立川志の輔さんは2009年に亡くなった弟弟子の立川文都の思い出を真面目に。小遊三さんは八方さんが作った「八聖亭」を紹介。
後半はまず鶴瓶が、師匠松鶴の思い出を語る「かんしゃく」。とにかく「おやっさん」のキャラが魅力的だ。せっかちで、靴やサインペンを用意する弟子にいろいろと無茶を言い、適当なカタカナ語をまじえて怒鳴り散らす。けれど「客の気持ちを感じる」大切さをしっかり伝えている。短い時間で笑わせ、泣かせて、巧いなあ。
志の輔は以前聴いたことがある「はんどたおる」。妻と夫のすれ違い劇をきっちりと。
そしてトリは主役の月亭文都で「鬼の面」。月亭としては113年ぶりの復活だそうです。子守のおせつはお多福の面を母と思って大事にしていたが、旦那が悪戯で鬼の面にすり替える。これは母に何かあった報せに違いないと、おせつが実家に急ぐ道中、博打打ちを鬼の面で驚かせて大金を手に入れちゃう明るい噺。手堅いけれど、メリハリが今いちなのが残念だったかな。

« 2013年3月 | トップページ | 2013年5月 »