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クラウス・フォークト「美しき水車小屋の娘」

東京春祭歌曲シリーズvol.11 クラウス・フロリアン・フォークト  2013年3月

人気テノールのリサイタルで、シューベルト「美しき水車小屋の娘」D795を聴く。初めての東京文化会館小ホール、真ん中あたりの席で8500円。年配の女性グループや男性ひとり客らクラシック好きが集まった。珍しく20分の休憩を挟んで2時間弱。ピアノはイェンドリック・シュプリンガー。
定刻を少し過ぎて登場したフォークトは大柄で、みるからにワーグナー歌いという外見。しかしこの日はリートだから、特に12曲目「休み」までの前半は淡々としていた。弱い音もしっかり聞こえて繊細だけど。大人になったウイーン少年合唱団、かな。
後半は恋人の裏切りで一気に感情が盛り上がり、17曲目「いやな色」あたりで、柔らかく伸びやかな声をホールいっぱいに響かせた。期待通り、存在が楽器のよう。次の「しおれた花」ではテンポが合わなかったのか、出だしで少し休んでやり直した。ラスト20曲目「小川の子守歌」では一拍無音の間を設け、余韻を感じさせる仕掛けも。
拍手で何度も呼び戻され、投げキッスのサービス。アンコールがなかったのは少し残念だったものの、上品な時間を過ごしました。オペラばかりでなく、こういうのも時にはいいな。楽屋口には出待ちの姿がありました。

アイーダ

新国立劇場開場15周年記念公演「アイーダ」  2013年3月

ヴェルディ生誕200年で、新国立無敵のアイーダを5年ぶりに鑑賞。もちろん壮大で金ぴか、総勢400人+馬2頭のゼッフィレッリ版だ。たくさん人が出てくるだけでもうニコニコしちゃう。若々しいミヒャエル・ギュットラー指揮、東フィル。また友人のおかげで1F左寄り前の方のいい席、2万5515円。3回の休憩を挟んで約4時間。

大好きな「勝ちて帰れ」や「凱旋行進曲」の2種のトランペットは健在。歌手陣ではタイトロールのラトニア・ムーア(ソプラノ)が、群を抜く声量で圧倒した。2012年メトの代役で脚光を浴び、今回もピンチヒッター、元はジャズ歌手を目指していたとかで外見は豆タンクのよう。技巧より真っ直ぐな表現だけど、「神様お慈悲を」「おお、我が祖国よ」のロマンツァのほか、2幕ラストのオケ、合唱に負けない歌唱が爽快でした。
アムネリスのベテラン、マリアンネ・コルネッティ(メゾ)、そしてアモナズロの堀内康雄(バリトン)も存在感たっぷりで拍手が大きかった。ラメダスのカルロ・ヴェントレ(テノール)はいつ聴いてもドキドキする「清きアイーダ」や、4幕の重唱をきっちりまとめてた。平野和さん(バス)はエジプト国王という役回りで、持ち前のチャーミングさを発揮するチャンスがなかったかな。
客席には福井さんや池辺晋一郎さんらがいらしてたそうです。ちなみにホワイエではパスタまで出てきて、メニューが充実してた。こういうサービス精神はいいなあ。

デカメロン21

結成20周年記念企画第一弾 ナイロン100℃ 39thSESSION「デカメロン21~或いは、男性の好きなスポーツ外伝」  2013年3月

作・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチ。繁華街のビル内、ライブハウスと同じ階にある小劇場「CBGKシブゲキ!」の、ほぼ中央の席で6900円。観客は若者中心ながら割と幅広い。休憩無しの約2時間。
配られた「御来場のお客様へ」という文章によると、台本は2004年「男性の好きなスポーツ」をサンプリング、リミックスしたもの。ひと言で言えば艶笑劇=エロティックコメディだ。
とにかく全編エロい妄想で、小学生が面白がって言いつのってる感じ。一応ふたつの設定があって、ひとつは援助交際している父親とその家族、万引きする女性、ワルの警官、女優が絡み合うもの、もうひとつはアメリカの少年たちとその怪しい家族、そして全体の監督みたいな「偉い人」「反論する人」が出てくる。とはいえストーリーらしいものはなく、ところどころダンスを挟んで、テンポ良くコントを並べた感じだ。
特に意味とか意図とか面倒なことは言わない群像劇であり、見ようによって悲劇にも喜劇にもなる。愚かしい人間たちを描くのは、ケラさんの芯みたいなものなのかな。
携帯の予測変換を見せるとか、小技が面白い。みのすけ、松永玲子、新谷真弓らに、安藤聖、内田滋、千葉哲也が加わって俳優陣はみな恥ずかしがりもせずに達者。プログラムは340ページの文庫本でした。

八犬伝

M&Oplaysプロデュース「八犬伝」  2013年3月

滝沢馬琴の伝奇小説をベースに青木豪の台本、河原雅彦の演出で。シアターコクーンの通路前中央のいい席で9500円。休憩を挟み3時間弱。
実力派が揃い、全編を彩る殺陣と和太鼓(はせみきた、小泉謙一、柳川立行)が格好良い。殺陣指導はアクションクラブ所属で「劇団☆新感線」を手がける前田悟。敵役のひとりとしても登場、2幕冒頭で身軽さを披露していた。ちなみに河原雅彦も1幕に敵役の陣代で出演。

原作と違って悲惨な裏切りと破滅になだれ込みつつ、大義を疑う人間の強さを歌い上げるストーリーだが、アクションとギャグが満載、八犬士の名乗りもあったりして、戦隊もののノリをベタにやってのけた印象。左右の櫓、上下2段のステージや大階段に映像を重ねていくところも漫画チックかな。
俳優陣はところどころマイクを使用。阿部サダヲはいつもの切なさは控えめだけど、相変わらずの純粋な感じ、そして笑いのセンスが抜群だ。水を飲んでいる太鼓奏者をいじったり、唐突に登場する名刀村雨に驚いたり。やんちゃな尾上寛之と2人で太鼓を叩くシーンは、躍動感があった。ほかに八犬士には瀬戸康史、津田寛治、怪しい中村倫也、意外に渋い近藤公園、チャーミングな太賀、辰巳智秋。これに田辺誠一と初舞台の二階堂ふみがからむ。ワキでは浪人役の増沢望に存在感があった。

ノートルダム・ド・パリ

ノートルダム・ド・パリ  2013年3月

珍しいフレンスミュージカル英語版の来日公演千秋楽に足を運んだ。作詞リュック・プラモンドン、作曲リシャール・コッシアンテ、演出ジル・マウ、振付マルティーノ・ミューラー。観客は若い女性を中心に幅広い。東急シアターオーブ、1F通路後ろ中央のいい席で1万2000円。休憩を挟んで約2時間半。

原作は15世紀パリを舞台にした、ヴィクトル・ユーゴーの著名な小説だ。映画の「レ・ミゼラブル」、オペラの「リゴレット」と最近なぜかユーゴーづいているな。ノートルダム大聖堂の醜い鐘つき男カジモド(マット・ローラン)が、魅惑的なロマの娘エスメラムダ(アレサンドラ・フェラーリ)に恋をするが、近衛隊長フェビュス(イヴァン・ベドノー)の裏切り、司教フロロ(ロバート・マリアン)の屈折と策略によって悲劇の結末を迎える。

大聖堂の巨大な壁面をバックに、大がかりでシンプルなセットに紗幕、照明を組み合わせて場面を表す舞台はお洒落だ。しかし展開が平板な印象で、どうも盛り上がりに欠けたのが残念。コミカルなシーンを挟むといったアクセントや、キャストの色気がもう少し欲しかったかな。
歌とダンスを分業しているのが特徴だそうで、セリフはなく、全編50曲以上の歌だけで進めていくところはオペラっぽい。曲にはフランスらしい切なさがあり、冒頭から吟遊詩人グランゴワール(リシャール・シャーレ)が歌い上げる「カテドラルの時代」が聴かせます。このメロディーは2幕冒頭ではフロロが加わって重唱「フィレンツェの話をしてくれ」に。フィギュアスケート羽生くんのフリー曲で知られているんですね。1幕ラストのフェビュスとエスメラムダの逢い引き「悦楽」から「運命」のところも、格好よくて好み。
歌手では高音がミュージカルらしいフェヴェスと、吟遊詩人が良かった。ハスキーなカジモド、裏声が多めのエスメラムダは、それぞれ大詰めのソロに至って調子が出た感じ。
ダンサー約20人は無重力さながら壁をよじ登ったり、吊り下げた鐘を空中ブランコにしたり、体操風だったりと奮闘していたけど、広いステージが視野に入っていたせいか、アクロバティックさのインパクトは今ひとつ。ブレイクダンスが受けていた。
カーテンコールは撮影自由で、客席はスタンディング。フランス語のアカペラもちらりと披露していた。この音楽はフランス語の方がはまるかも。

METライブビューイング「リゴレット」

METライブビューイング2012-2013第9作「リゴレット」  2013年3月

ユーゴー原作、ヴェルディが名声を確立した中期の作品を、マイケル・メイヤー演出、C・ジョーンズ美術、S・ヒルファティー衣装という「春のめざめ」のトニー賞チームの大胆演出で。1972年生まれ「赤丸急上昇中」のミケーレ・マリオッティ指揮、2回の休憩を挟んでほぼ3時間20分。2月16日の上演。新宿ピカデリー、いつもの最後列左寄りで3500円。

初めてだったけど、話はけっこう身も蓋もない。毒舌で嫌われている道化リゴレット(ジェリコ・ルチッチ、バリトン)は、箱入り娘ジルダ(ディアナ・ダムラウ、ソプラノ)が放蕩者の主君・公爵(ピョートル・ベチャワ、テノール)に誘惑され、復讐を決意。しかし嘲笑の報いか、一途なジルダが身代わりになってしまうという悲劇だ。
舞台を16世紀マントヴァ宮廷から、なんと1960年代ラズベガスのシナトラ一家に移してますが、享楽、父の苦悩といったテーマが普遍的なので違和感はなく、退廃の色が濃い。1幕、2幕はギンギラのネオンやエレベーター、MET風の鉄格子の扉、シャンデリアを配置。3幕では背景のネオンで雷雨を表現し、キャデラックも登場する。冒頭でマフィア一味を呪うモンテローネ伯爵がアラブの富豪というのは、短絡的な気がしたけれど。観客は拍手が多く、3幕冒頭でトップレスのポールダンサーに喝采するなどノリノリだった。

もちろん音楽は格好いい。劇的なアリアに加え、「美しい恋の乙女よ」など、オケとシンクロする重唱が次々繰り出されて盛り上がる。ルチッチは役にふさわしく影があり、2幕の長大なモノローグ「悪魔め、鬼め」などで安定感を発揮。ベチャワがド派手なレビュー風「あれかこれか」や有名なカンツォーネ「女心の歌」をあっけらかんと聴かせ、チャラ男ぶりがはまっていた。男性優位の中で、ダムラウは果敢に可憐さを表現。インタビューでは、さらわれるには太めなのを認めるお茶目さも(可愛い息子さんも登場)。ワキがまた良くて、殺し屋スパラフチーレのステファン・コツァン(バス)は華奢な二枚目。名乗りで低音を長くひっぱって凄みをみせ、カーテンコールの拍手は一番だったかも。妹マッダレーナのオクサナ・ヴォルコヴァ(メゾ)も美脚で色っぽく、モンローそっくりの伯爵夫人が長身で映えていた。公爵の取り巻き「ラットパック」たちはタップダンスで奮闘。

オペラのエンタメ性を実感。特典映像のインタビューでは次作「パルシファル」のカウフマンが自信満々で登場してました。

ホロヴィッツとの対話

パルコ・プロデュース公演「ホロヴィッツとの対話」  2013年3月

安心の作・演出三谷幸喜、ちょっと渋めの豪華キャストとあって、客席は大人っぽい、いい雰囲気だ。売れっ子プロデューサーの姿も。休憩無しの2時間強、パルコ劇場左寄り前の方で9800円。

ニューヨーク、1976年のある夜。誇り高い天才ピアニスト・ホロヴィッツ(段田安則)とその妻ワンダ(高泉淳子)が何の気まぐれか、長年のパートナーである調律師フランツ・モア(渡辺謙)、エリザベス(和久井映見)夫妻の自宅で夕食を共にすると言い出す。フランツらは緊張して精一杯もてなすものの、奇天烈な要求の連続に翻弄され…。

開演前、いつもの三谷さん自身が録音した案内アナウンスはなく、テレビドラマ風のオープニングロールを映すなど、いつもと趣向が異なる。物語についても唯我独尊のマエストロに振り回される凡人の悲哀を想定していたが、ちょっと違った。
確かにホロヴィッツは子供っぽいわがままを次々に繰り出し、大指揮者トスカニーニの娘であるワンダも加わって、大いに笑える。とはいえフランツはただ振り回されるだけではない。穏やかながらきっぱりと、私の主人はホロヴィッツではなく、天才を天才たらしめる音楽の神なのだと告げる。気難しいホロヴィッツがなぜスタンダードジャズを弾いたのか? 音楽の恵みを信じる者同士の、深い信頼が爽やかな余韻を残す。

面倒くさい巨匠を演じる段田の造形が秀逸。楽しくて、高齢の雰囲気も巧い。傍若無人のようで、実は心に傷を抱える高泉も技が冴える。この2人に比べると世界のケン・ワタナベは、12年ぶりの舞台で長ゼリフを大熱演しつつも不器用。その愚直な個性に当て書きしたことによって、最近の三谷作品のヒネリや緊迫感が影をひそめ、感動が前面に出た印象だ。初舞台の和久井もリズムよく笑いをとって健闘。
装置はシンプルで、床の横移動で家具を入れ替え、フランツ家、ホロヴィッツ家を見せる。背景に控えたお馴染み荻野清子のピアノが軽妙。いやー、周到な舞台でした。1800円と高めのパンフレットはクラシックCDみたいに紺の上品な装丁で、読み物がぎっしり。

立川談春「味噌蔵」「居残り佐平次」

立川談春独演会2013 デリバリー談春「味噌蔵」「居残り佐平次」  2013年2月

東京のあちらこちらを回る「デリハル」シリーズ。客層は40、50代を中心に幅広く、「落語通」過ぎず、かといって初心者過ぎずの、いい雰囲気だ。ちらほら知人の顔も。品川きゅりあん大ホールに、白い屏風と座布団が綺麗。後ろの方右寄りの席で3800円。

18時30分開演とあって、「トッピング」のこはるには間に合わず、談春さん1席目のマクラ途中で滑り込む。冒頭で「デリハルでは地元客を意識して開演を早めにしたけど、遅れてくる人が多い」と話していたそうで、「立っている人、席についてください、まだたいした話はしていないので」と挟みながら、談志から教わった「三ぼう」の小咄、現代に古典をやる難しさ、「江戸の風」に関する考察、ケチを指す江戸言葉「赤螺屋」「六日知らず」の紹介から「味噌蔵」へ。
テンポはあっさりめか。味噌屋の主人が驚異的な倹約家で、留守の間に番頭以下が羽を伸ばし、思う存分ご馳走を並べていたら、思いがけず主人が戻ってしまう。そこへ注文した味噌田楽が届いて…。「帳面をドガチャカしちゃえ」とか「婚礼でも鰯を出した主人は鯛の塩焼きを見ただけで気を失う」なんてくだりが軽妙。

中入りを挟んで品川宿の説明もそこそこに、談志の十八番「居残り佐平次」。1時間強の熱演だ。行きずりの男4人と、金もないのに品川の遊郭でどんちゃん騒ぎをした佐平次。一人布団部屋に居残る。ところが上客に気に入られて幅をきかせちゃうので、ついに主人に帰ってくれと頼まれ、ちゃっかり金と着物をせしめる。談志流の「あんな奴、裏から帰せばいいでしょう」「いや、裏を返されたら怖い」という落ち。
ああ言えばこう言う、佐平次のあっという間に人を煙に巻くしゃべくり、人たらしぶりに色気がある。いいところでバナナの歌を忘れ、ソデに尋ねるハプニングもご愛敬だ。二階のやり手の造形、若い衆の人格崩壊ぶりも見事で、つくづく遊びの話が似合う人だなあ。
大詰めで居残りが商売だと明かす部分をカットしていて、これは小悪党のしたたかな計算という解釈かもしれないけれど、私はむしろ、とことん無目的な、馬鹿馬鹿しい爽快さを感じた。自分で佐平次に呆れたような、「どうも長くなっちゃう」というコメントで終演でした。充実。
20130227

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