« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年喝采づくし

昨年の談志さんに続き、勘三郎さんの悲報が何よりショックだった2012年。個人的には3月の平成中村座で「傾城反魂香」のおとくを観たのが最後になってしまった。でも脚本に宮藤官九郎を迎えたコクーン歌舞伎「天日坊」で、襲名披露中の勘九郎や七之助、獅童が見事な高揚感をみせ、次世代への期待も膨らんだ。歌舞伎では話題の新・猿之助も襲名披露の狐忠信で躍動し、ベテランでは国立劇場「熊谷陣屋」の団十郎さんが素晴らしかった。

文楽は補助金削減騒動のほか、キング住大夫さんが5月
「傾城反魂香」で聴いた後に長期の病気休演に入ってしまい、太夫冬の時代を感じさせた。しかし作・演出三谷幸喜の意欲作「其礼成心中」が大変面白く、本家の国立劇場も展開の速い「彦山権現誓助剣」や玉女・勘十郎・蓑助が揃った「夏祭浪花鑑」、咲大夫・嶋大夫の豪華リレー「冥途の飛脚」などで楽しませてくれた。人形では中堅の一輔、幸助らを応援したい。 

伝統芸つながりで落語は、志の輔、談春、正蔵、兼好、喬太郎さんらにたっぷり笑わせてもらいました。

 

演劇はたくさん観たけど、イキウメ「ミッション」の前川知大が一押し、次にモダンスイマーズ「楽園」の蓬莱竜太か。日常の延長線上に現代的な矛盾を鋭く示していて、2人とも今後が楽しみだ。また鄭義信「パーマ屋スミレ」が強靱な問題意識を示しつつ、決して頭でっかちにならないエンタメ性もみせて秀逸。野田秀樹は「THE BEE」再演、「エッグ」で力業を見せつけた。ほかには長塚圭史の「ガラスの動物園」「南部高速道路」がスタイリッシュだったし、ケラリーノ・サンドロヴィッチは「百年の秘密」のほろ苦さが巧かっった。蜷川幸雄は相変わらず驚異的な仕事量で、さいたま芸術劇場「シンベリン」などが痛快。井上ひさし生誕77フェスティバルでは「十一匹のネコ」や栗山民也・野村萬斎の「薮原検校」、蜷川幸雄演出で大竹しのぶと藤原竜也が抜群の安定感を示した「日の浦姫物語」がよかった。  

演劇のなかで女優を一人あげるなら、何と言っても宮沢りえ。「下谷万年町物語」
「THE BEE」での美しさと危うさが素晴らしかった。男優は「トップドッグ/アンダードッグ」の堤真一も捨てがたいけど、ここは若手に期待して高橋一生。深津篤史の難解な「温室」、白井晃の実験劇「4 four」で図抜けた存在感を示した。

 

オペラはコンサート形式ながら、マリインスキー歌劇場ランメルモールのルチア」の歌う女優、ナタリー・デセイが圧巻だった。意外に後ろの方の席にいた小泉元首相もお喜びの様子でしたね。来日公演ではベテラン・グルベローヴァの最終公演で盛り上がったウィーン国立歌劇場「アンナ・ボレーナ」、文句なしに楽しいウィーン・フォルクスオーパー「メリー・ウィドウ」、新国立劇場でも人気者クヴィエチェンが活躍したドン・ジョバンニ」や「トスカ」がよかった。

 

さてさて2013年は歌舞伎座が復活するし、ますます忙しくなりそうです!

トップドッグ/アンダードッグ

シス・カンパニー公演「TOPDOG/UNDERDOG」  2012年12月

アフリカ系アメリカ人女性として初のピュリッツァー賞(戯曲部門)を受けたスーザン・ロリ・バークス作を、「ミッション」がとても良かった小川絵梨子が自ら翻訳し演出する注目の舞台だ。シアタートラムの前の方中央のいい席で6800円。

休憩10分を挟んで2時間強。何回か暗転があるものの、狭い安アパートの一室というワンセットで、堤真一と千葉哲也が語りまくる。地味で濃密な2人芝居だ。滑り出しこそ2人が役柄よりも賢そうにみえ、汗だくの堤もちょっと気の毒だったけれど、後半はリアルな兄弟の世界にもっていかれた。さすがの力業。

登場するのはアフリカ系の兄弟だけ。兄は黒人解放のリンカーン、弟はその暗殺者ブースという皮肉な名前をもつ。かつてカード賭博のディーラーとして鳴らした兄は、挫折を経て今はコニーアイランドあたりで失業の予感に怯えながら、暗殺ごっこのリンカーン役を演じて日銭を稼いでいる。弟は定職をもたない万引き常習犯で、兄のいかさまの腕に憧れている。
題名の「勝ち組・負け組」に象徴される、依存と反発の綱引き、危うさ。野性的な兄、お調子者の弟のコミカルなやりとりですっかり油断させておいて、やがて女性をめぐる確執や、暗い少年時代が明らかになっていき、衝撃的な悲劇へとなだれ込む。向き合っていても救いはないのだけれど、決して他人にはなれない人間同士の悲哀。アメリカ社会の底辺の暮らしと差別をバックボーンにしつつも、普遍的な印象を残す。

立川談春独演会「三軒長屋」

立川談春独演会 2012年12月

なかなかチケットがとれない談春さん。ようやく平日夜をおさえたものの、やっぱり開演には間に合わず、「三方一両損」の終わりの方で滑り込む。有楽町朝日ホール1Fの最後列で3800円。

中入りで連れにきくと、亡くなった勘三郎さんへの想い、朝日ホールの思い出から語り始めたそうです。後半は狭い敷地に建つ家の話から「三軒長屋」。1軒にはやたら気っ風のいい女将さん、寄ると触ると喧嘩の鳶の面々、格好良い頭の政五郎が住み、もう1軒には大時代な剣術の道場が入っている。間に挟まれた高利貸し伊勢屋の色っぽい妾が、落ち着かないから引っ越したいと泣きついたから大変。2軒を追い出しにかかる伊勢屋に対し、鳶の頭と道場主が一計を案じる。昔の話なのに、まるで隣人のように人物が生き生きとしている。

勘三郎さんへの追悼も含めて「三尽くし」。今夜は得意の泣かせより、江戸っ子らしい
潔さ、軽妙さが印象的だった。最後は短く挨拶し、三三七拍子で締めました。

ルノア ダークシルク

ルノア ダークシルク  2012年12月

クリスマスが近づき、街が浮き立つ土曜の夜。シルク(サーカス)パフォーマンスに行ってみた。品川プリンスホテルのナイトクラブ「クラブeX」、1F壁沿いのソファーシートで、シャンパン1杯が付いて1万円。観客は20代から40代、子供連れ、外国人グループも。エイベックス・ライヴ・クリエイティヴ、米BASE Entertainmentなどの主催で、ニール・ドワード演出・振付。休憩を挟んで2時間半。

シルクといえば「シルク・ドゥ・ソレイユ」を何回か観ている。本作は規模がずっと小さく、直径4メートルのステージと通路だけ。ステージを椅子席が取り囲み、2FにDJ。大がかりな機材やストーリー性を除く一方で、シンプルなサーカスの技を間近に楽しめて、手に汗握る。衣装や振付はかなり大人っぽいけれど、パフォーマーが体操選手みたいなので色気はほどほど。
観ていて力が入ったのは、小さくてぐらぐらするバーテーブルを使った女性のハンドバランス、男性2人の力業ハンドトゥハンド、男女ペアの力業パ・ド・ドゥ、そして格好つけた男性のバランス技ロラ・ボラ。空中技はフープ(輪)、双子の姉妹の空中ブランコ、男性の革製ストラップがあった。面白かったのはマスクをかぶった手足の長いジャグラー、光るパイプを振り回すシェイプ・スピニング。VR-2294-8503は超高速で回転する男女ペアのローラースケートでした。目が回る~
演出が洒落ていて、赤白黒のきらびやかな衣装のダンサーたちが、通路を歩きながら凧を操るとか、オペラグラスでパフォーマーを見上げているとか、次々に手に小さい火を灯すとか、幻想的でイメージが広がる。MCのサラングサンが大活躍。ハワイ出身だけどフランス語をまじえ、豊富な身振りで観客を何人もステージに上げ、手品を見せたりコミカルな仕草をさせたり、キスしちゃったり、はたまた自分で大きな風船の中に入ったり、笑わせてくれる。パフォーマーの出身地はウクライナ、スペイン、オーストラリアなど。あー、楽しかった。

バーン・ザ・フロア

バーン・ザ・フロアAround the World Tour2012 2012年12月

この夏にオープンした渋谷ヒカリエ内、東急シアターオーブに初めて足を運んだ。ロビーが広々としていて、エスカレーターや夜景がきれいな窓際の立ち飲みテーブルなどが充実し、なかなか使いやすい。1階中ほど右寄りの席で、高めの1万1500円。ダンス・パフォーマンスとだけ思っていたら、ゲストに今井翼が出演していて、ウチワこそ飛び出さないものの客席ではジャニーズファンが目立っていた。休憩20分を挟んで約2時間。
実は予備知識無しに行ってしまったのだけれど、内容は割とシンプルなボールルームダンス、つまり社交ダンスのショー。1999年にイギリス初演、2009年にブロードウェイ進出、来日も7回目だそうです。芸術監督・振付はジェイソン・ギルキソン。
ストーリーはなく、突飛な振付もなし。各国の競技ダンスのチャンピオンらがスタンダードなポップスに乗って、スイング、ジャイブ、チャチャからラテンまで各種の技、ステップを次々に披露する。出たり入ったりの繋がりがうまい。アスリートの雰囲気を残しているのか、どことなく素朴で親しみやすい雰囲気だ。
歌手が男女ひとりずつ登場し、ドラム、パーカッション、ピアノは生演奏。ラストはオールスタンディングで、何度もアンコールに応えてくれてなかなか盛り上がった。
20121209h 20121209i

l'apres-midi 連弾と二台ピアノ

l'apres-midi 連弾と二台ピアノ 2012年12月

歌舞伎通で有名なロナルド・カヴァイエさんと30年来のピアノデュオ、ヴァレリア・セルヴァンスキーさんの、「午後」という名のコンサートに足を運んだ。端正な雰囲気のトッパンホール、全席自由で3500円。武蔵野音大の教え子さんが多いのか、華やかな雰囲気だ。

舞台中央にピアノが1台。お二人が登場し、前半は連弾でシューベルトのソナタ「フランスのモティーフによるディヴェルティメントD823」第1~3楽章を流れるように。
休憩を挟んで後半はピアノが2台。まず怒濤のワーグナー「トリスタンとイゾルデ」より「愛の死」、大詰めのイゾルデのアリアをマックス・レーガーの編曲版で。スケールが大きくて格好良い。そしてニジンスキーのバレエで知られるドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」。有名な冒頭のフレーズが幻想的だ。洒落たパンフレットの表紙もニジンスキーを描いたバクスの絵画でしたね。ラストのラヴェル「ラ・ヴァルス(ワルツ)」は迫力があって、ピアノはやっぱり打楽器だなあと感じる。
アンコールではカヴァイエさんがジャケットを脱いで登場。「ボレロ」で大いに盛り上がりました。終了後はホワイエでCDのサイン会。ご挨拶して再会を約束しました。楽しかった!

文楽「苅萱桑門筑紫轢」「傾城恋飛脚」

第一八一回文楽公演「苅萱桑門筑紫轢」「傾城恋飛脚」 2012年12月

2012年は補助金削減問題、三谷新作公演、キング住太夫さんの病気休演など、いろいろあった文楽界。締めくくりは恒例の中堅による公演で、夕方からの1部制。満員御礼でちょっと安心する。

演目はまず説教節「かるかや」などを下敷きに並木宗輔、並木丈輔が合作した「苅萱桑門筑紫轢(かるかやどうしんつくしのいえづと)」から、守宮酒(いもりざけ)の段を1時間半弱。加藤家の女之助(勘弥)が、家宝「夜明珠(やめいしゅ)」を奪おうとする大内家の使者・ゆうしで(勘十郎さんが可愛く)を誘惑する風変わりな話。守宮酒はイモリの黒焼きを浸した媚薬だ。女之助の好色ぶりを語る冒頭から誘惑シーンまではコミカルで、なんとも艶っぽい。後段は一転悲劇となり、ゆうしでが堕落を恥じてかんざし代わりの白羽の矢で自害をはかる。苦しい息の下で、女之助を斬ろうとする父・新洞左衛門(玉女)を止め、たとえ策略があっても一目で恋に落ちたのは間違いない、と言い切るところが格好良い。新洞左衛門は悲嘆をこらえ、偽の珠を斬ってことを収める。千歳大夫の病気休演で呂勢大夫が奮闘。

30分の休憩を挟み、55年ぶりの上演という高野山の段を30分。修行僧の加藤繁氏(和生)が父を探しに来た石童丸(蓑紫郎)と出会うが、名乗れずに葛藤する。山中のセットは階段の移動が大変そう。呂勢さんが連投で活躍するも、作品自体がやや平板か。

短く10分の休憩後、「傾城恋飛脚」から新口村の段を1時間。9月の演目だった「冥途の飛脚」がベースだが、こちらでは八右衛門は悪役という違いがある。
封印切の大罪を犯した忠兵衛(文司)が破滅を覚悟しつつ、父に一目会いたくて梅川(清十郎さんがしっとりと)と故郷に逃げてくる。2人の粋な黒留袖、ほおかむり姿が演劇的。父・孫右衛門(玉也)はとばっちりを受けた養い親への義理と親心との板挟みで苦しみ、目隠しして再会を果たす。昨年、千歳大夫、津駒大夫で聴いた演目だ。今回の咲甫大夫は朗々、文字久大夫も気持ちがこもっていたけど、泣かせどころはもう一歩かな。錦糸さんが迫力の三味線で場を締めてました。
20121208a 20121208b 20121208c

The Library of Life まとめ*図書館的人生 上

The Library of Life まとめ*図書館的人生 上  2012年12月

東京芸術劇場リニューアル記念で、10周年のイキウメ公演。「ミッション」がとても良かった前川知大の作・演出だ。シアターイースト(小ホール1)の前の方中央で4200円。観客は若め。休憩無しの2時間強。

短編シリーズ「図書館的人生」の6編を装置転換無しでつなぎ合わせた、非常に緻密で知的な物語だ。6編とは病院の一室に偶然居合わせた5人が地震に遭う「青の記憶」、ホームレス達による時空を超える実験「輪廻TM」、投身寸前の女性に怪しい男2人が話しかける「ゴッド・ゼーブ・ザ・クイーン」、鬼と亡者のやりとり「賽の河原で踊りまくる『亡霊』」、感情を顔に出せない体質の男とその妻との葛藤「東の海の笑わない『帝王』」、そしてプロの万引き男が懸賞で暮らす女に惚れ込む「いずれ誰もがコソ泥だ、後は野となれ山となれ」。いずれも日常のすぐ隣にあるファンタジーで、発想がユニークだ。
後方には天井まで届く本棚が並び、図書館らしい静謐さが舞台を支配する。大勢の人生がこれらの本に記録されており、メーンのストーリーとは関係なく、いつも誰かしら舞台の隅に座り込んで、この「誰かの人生の本」を拾い読みしている。誰の人生も、ほかの誰かに見つけてもらうことで存在するということが、やがてしみじみと胸に染みてきて温かい気持ちになる。

6編が交錯する複雑なストーリーを、俳優陣が会話をリズミカルに繰り出して達者に演じた。「東の海…」の奇妙な動きの夫・浜田信也、コミカルなアフロの男・盛隆二、看護士や自殺しそうな女などをきびきび演じた岩本幸子、淡々とした懸賞の猛者・伊勢佳世、饒舌な万引のプロなどの安井順平ら。抑えめの照明、水滴のような効果音がお洒落だが、2時間の間にはもう少しアクセントが欲しかったか。次作も楽しみです。20121202a

日の浦姫物語

こまつ座&ホリプロ公演「日の浦姫物語」 2012年12月

「井上ひさし生誕77フェスティバル2012」第7弾として、中期作を蜷川幸雄演出で。1978年初演以来34年ぶりの上演。暗い設定なのに哄笑に満ちたなかなか難しい脚本を、意外にも初共演という大竹しのぶと藤原竜也がこれ以上ない安定感でみせた。シアターコクーンの2階中央、かなり遠いけどS席で1万円と贅沢。客層は幅広いが、やや年齢層が高めか。休憩を挟んで約3時間。

兄妹の間に生まれた「罪の子」が、長じて母の夫になってしまい、その母と息子が苦しみ、流転をへて救済される物語。グレゴリウス伝説、日本の中世説話、ギリシャ悲劇を縦横無尽にミックスしており、文学座の杉村春子に当て書きしたとあって「女の一生」からの引用も。
深刻なシーンに限って、家族関係が混乱しちゃうギャグやら、魚の名前の駄洒落やらが飛び出し、以前に観た井上作品「薮原検校」「たいこどんどん」などに比べずいぶんと軽妙だ。ラストは現代人たちが石を投げ、世間というものを見せつけるものの、苛烈さよりむしろ運命を引き受けて生き抜く「罪ある人々」の強靱さが胸に残る。
主役2人がコミカルなシーンをリズムよくこなし、しかも小舟の別れや見つめ合う贖罪のラストなど、泣かせどころはきちんと泣かせて抜群の説得力。特に大竹は少女時代のわざとらしさも含め、変転ぶりがさすがだ。藤原はいつもながら立っているだけで色気があり、声も切なさ全開で目が離せない。
脇も充実。平安時代、奥州の伝説を説教聖夫婦が語り聞かせる設定で、語り部である木場勝己と立石涼子が、歌もまじえて達者。叔父のたかお鷹、父の辻萬長らもそろって巧い。

渡り廊下と箱型のセットの出し入れだけでシンプルに場面を表現し、スポットライトや妖しく色を変える月を効果的に使用。バックグラウンドの知識が求められるところは字幕で理解を助けていた。20121201i

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »