文楽「粂仙人吉野花王」「夏祭浪花鑑」
第一八〇回文楽公演第一部「粂仙人吉野花王」「夏祭浪花鑑」 2012年9月
米寿のキング住大夫さんが残念なことに病気休演となり、入りも今ひとつな気がする国立劇場小劇場。左寄り後ろの方の席で6500円。しかし演目が変化に富んでいて面白く、満足できる舞台でした。
イヤホンガイドの高木秀樹さんの解説を聞いてから、1演目めは「粂仙人吉野花王(くめのせんにんよしのざくら)」の吉野山の段を1時間弱。二代目市川団十郎の歌舞伎版が、珍しく文楽よりも先にあり、後の歌舞伎十八番「鳴神」「毛抜」「不動」の元になったそうです。その「鳴神」部分を文楽に移したのが本作。粂の仙人(吉田玉也)が根っからの悪人ではなく、霊力を振るうわりに子供っぽくて笑っちゃうし、終盤(段切)の演出が派手で楽しい。
仙人は弟で実力者の聖徳太子に冷遇されたのが不満で、物部守彦にそそのかされるまま竜神を滝壺に閉じこめ、日照りを起こして天下騒乱を狙っている、という設定だ。ところが朝廷の密命を帯びて仙人の窟(いわや)を訪れた花ます(豊松清十郎が端正に)が美貌なため、まんまと色香に迷い(足がなまめかしい)、酒を飲んで寝てしまう。その隙に花ますが、桜を散らしながら滝に登って注連縄を切ると、竜の人形が天に昇り、ライトの明滅とともに雷雨の絵が降りてくるという趣向。仙人に詫びつつ立ち去る花ます。目覚めた仙人は怒って髪が逆立ち、衣装もぶっかえりで炎の文様に変じ、飛び六方で追いかけて行く。
仙人の滑稽な弟子に幸助さんら。浄瑠璃は千歳大夫、三輪大夫ら大夫6人、団七ら三味線5人が桜の肩衣でずらりと並んで、賑やかでした~
10分の休憩の後、楽しみにしていた世話物の大作(全編は9段もある)「夏祭浪花鑑」。まず2幕続けて75分間。歌舞伎で2回観たことがあり、男女を問わず義理に生きる侠客たちの、ひりつくほどの心意気、殺しの場面の胸苦しさが印象的だったが、文楽も期待以上の迫力。登場人物が多いので、人形さんは大忙しだろうなあ。
導入部分は住吉鳥居前の段。希大夫+寛太郎から松香大夫+清友で。住吉大社で老侠客・三婦(渋く紋壽)が泉州浜田藩玉島家の御曹司で勘当された磯之丞(勘彌)を救う。また牢から出たばかりの団七九郎兵衛(玉女が格好良い)は徳兵衛(玉輝)と、磯之丞の恋人・傾城琴浦(清五郎)をめぐって建引(義理ゆえの喧嘩)を繰り広げるが、団七の女房お梶(勘壽)が札(曾根崎心中の宣伝ですね)を持って仲裁に入ると、とたんに仲良くなって片袖を交換する。
続く内本町道具屋の段は、奥の文字久大夫+清介がはきはきしていい感じ。ストーリーのほうは磯之丞のダメ男ぶりが全開だ。身分を偽って手代になったとたん、店の娘といい仲になるって、どういうことよ。それでも団七は義理を通して磯之丞を守り、舅・義平次(勘十郎さんが老獪に)と番頭らの騙りを未然に防ぐ。
休憩30分を挟んで、いよいよ釣船三婦内の段から怒濤の85分間。高津宮の宵宮の日、遠くからだんじり囃子が響いて雰囲気を盛り上げる。徳兵衛女房・お辰の蓑助さんがいっときも気を抜かず、きめ細かい動きで心情を表して絶品! 磯之丞を預かろうとしたのに、三婦に咎められてぴくっとする。それからワナワナと我慢しているが、「色気があるから不安だ」との指摘にハッとなり、自ら魚を焼く鉄弓で顔を傷つけてばったり倒れちゃう。大胆だなあ。やがて義平次が琴浦を連れ去り、団七がそれを追う。住大夫さん代役で再登場の文字久大夫+錦糸、アトは靖大夫+龍爾でいいリレーだ。
そして大詰め長町裏の段。源大夫は声が弱いものの、技巧はさすが。掛け合いに英大夫、三味線は藤蔵。団七は義平次のもとから琴浦を救い出すものの、舅に散々いたぶられるうち、はずみで切りつけてしまい、「もはやこれまで」ととどめを刺しちゃう。凄惨な格闘シーンは浄瑠璃が消えて、高まる祭りの掛け声だけを背景にスローモーションのようになる息詰まる演出だ。義平次は「舅のガブ」という首(かしら)に変わって、恐ろしい形相で深い妄執をあらわにする。一方、団七のほうは珍しい丸胴姿で、雲龍の彫り物が鮮やかだ。ラストは舞台が明るくなって賑やかなだんじりが登場、団七は「悪い人でも舅は親」という決め台詞を吐き、八丁目めざして「韋駄天」で走り去っていく。歌舞伎のような本水がなくても、期待以上の迫力でした。拍手!
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