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夏の正蔵「大師の杵」「七段目」「岸柳島」「佃祭」

夏の正蔵 第二期林家正蔵独演会その2 2012年7月

定期独演会を、紀尾井ホール小で。なんと2回連続の最前列で、少し右寄り。客層はいつものように落ち着いた、温かい雰囲気だ。3000円。

まず二つ目の林家たけ平が、寄席では持ち時間を減らされることがある、小三治は威厳ではねつけたけど自分はだめ…といったマクラから「大師の杵」。若き日の弘法さんが川崎に逗留した時、かなわぬ恋心を抱いた女性・おもよが六郷の渡しで身投げしてしまう。彼女を弔った庵が川崎大師の始まり、という展開はフィクションだそうです。客席の女性の化粧をからかうなど、古典的な笑いを挟んで元気に。
正蔵さんが軽い足取りで登場し、お母さんから「スイカの種に似ている」と言われた、というとぼけたエピソード、犬の散歩、ペット好きの木久蔵さんの梟の話、好きと言えば…というマクラがあって「七段目」。芝居見物に凝っている若旦那が、小僧を相手に忠臣蔵の真似に熱中する。以前にも正蔵で、最近では市馬で聴いた演目。芝居好きの正蔵さんらしく、三味線をバックに声音を使い、仁王さん顔で見得をきったりして、生き生き。

続いて大神楽曲芸。初めて生で観ると思うけど、至近距離でなかなかの迫力だ。若々しい鏡味仙三さんは国立劇場研修生出身で、同業は20人ほどしかいないとか。毬から升、パンダのぬいぐるみまでを和傘で回し、バチや毬の取り分け(ジャグリング)、さらにバチ、板、器を高く積み上げ、三味線の糸で回しちゃう「五階茶碗」、最後にだるま落とし風の芸も。スリリングです。
終わると再び正蔵さん。仙三は芸があるうえ、笑いもとれて羨ましい、などと飄々とつぶやいて「岸柳島」。舞台は浅草の渡し船だ。生意気な若侍が、煙管の雁首を川に落としたのがきっかけで、乗り合わせた屑屋と揉め、手打ちにすると言い出す。仲裁に入った高齢のお武家にまで、立ち会いせよと息巻くものの、結局、桟橋に置き去りにされ、見ていた下々の乗客は大喜び、という噺。佐々木小次郎の故事にちなんだらしいけど、難しい説明はなく、野次馬連中が繰り出す駄洒落が朗らかだ。

15分の中入りのあと、呂の羽織で登場した正蔵さんが、かつて川に梨を流す歯痛のまじないがあった、という解説から「佃祭」。主人公の祭り好きぶりが「七段目」から、舞台の川が「岸柳島」からつながっていて、夏らしさもある演目だ。
小間物屋・次郎兵衛が、佃島の夏祭り見物の帰り、女に引き留められて「終まい船」に乗り遅れてしまう。実は女は昔、吾妻橋で身投げを助けられたと大感謝。一杯やりながら船頭の夫を待っていると、先ほどの終い船が沈んで全員絶望、との知らせが入り、逆に次郎兵衛が女に感謝する。一方で長屋の連中が次郎兵衛は亡くなったと思い込み、大騒ぎで弔いを準備しているところへ本人が帰ってきてびっくり。粗忽者は「情けは人のためならず」と感心して、身投げを探しに行くが、歯痛のまじないをする女だった、というオチまでをたっぷりと。
大部分は人情話で、女とのやりとりなど、笛を入れた演出が情緒がある。涼しい笛は仙三さんだそうです。ばたばたと滑稽話に転じる終盤は、リズムが難しい。全体に口が回らないところがあったのは残念だったけど、工夫があっていい会でした。座布団をはずし、次回は若旦那をやります、と挨拶して終了。

狂言「重喜」能「兼平」

7月普及公演 狂言「重喜」能「兼平」 2012年7月

先月に続いて国立能楽堂へ。この日は夏の日差しがまぶしい。正面後ろ寄りの席で4800円。まず佐伯真一・青山学院大教授が30分ほど話す。飄々とした語り口で義仲と兼平、巴はきょうだいのような関係、などと解説。

まず狂言で和泉流「重喜(じゅうき)」。「弟子七尺を去って師の影を踏まず」と諭された新発意(しんぼち)が、住職の頭を剃るのに竹竿の先に剃刀を結びつけたものだから、さあ大変。地謡も入って楽しい演目だ。シテ・住持(じゅうじ)は人間国宝・野村萬。子方・重喜で登場した野村眞之介が可愛い。萬さんの孫で9歳ぐらい、滑り出しは声が不安定だったけど、だんだん調子が出た。

休憩のあと能・金剛流「兼平」。平家物語をもとにした作者不詳の作品だそうです。旅の僧が琵琶湖で老船頭の柴舟に乗せてもらい、粟津原に着く。アイ狂言で渡守から、この地での義仲、兼平の最期の様子を聞き、さきほどの船頭は兼平の亡霊だったと気づく。後半は「平太(へいだ)」の面をつけ、甲冑を表す衣装の兼平の霊が登場。捨て身の合戦、壮絶な自害のさまを語る。ラストは動きが激しいですね。シテは種田道一、ワキ・旅僧は森常好。  

まぜるな、危険!二〇一二「路地裏の伝説」

ビジネス×落語三人会「まぜるな、危険!二〇一二」 2012年7月

公認会計士・田中靖浩さんの異色イベントに足を運んでみた。新宿明治安田生命ホールの中央あたりの席で。2008年から4回目の開催で、ビジネスマンらしい人が目立つ。
少し遅れ、田中さん講演のはじめのほうで到着。今回のテーマは時代ということで、演題は「少子化・3悪人」。スライドを見せつつハンドマイクで話す。続いて御立尚資ボストンコンサルティンググループ代表が「歌でつづる戦後昭和 団塊の世代」と題して団塊世代が社会に与えた影響をまとめた。同様のスタイルだが、流行歌を挟んで達者に笑わせる。

10分ほどの休憩で協賛社の栄養食品をかじる。後半は中央に座布団をしつらえて、柳家喬太郎が登場。最近亡くなった山田五十鈴が演じた時代劇ドラマの名シーンなど、たっぷりとマクラがあって、「路地裏の伝説」。父の法事で帰郷した主人公の家に、地元の同級生が集まってくれて、軽く飲みながら少年時代の思い出を語り合う。父親の日記が出てきて、話していた都市伝説の正体がわかっちゃう、という新作。なんてことない内容だけど、しみじみした雰囲気や飲み食いの仕草などがやっぱり巧い。
1時間ほどで高座が終わり、3人でちょっとトークして終了。なんだか不思議な会でした。

温室

温室  2012年7月

新国立劇場小劇場で2011/2012シーズンのラスト。やや左寄りの席で4800円。客層は幅広い。1980年、ロンドンで初演されたハロルド・ピンターの不条理劇を、喜志哲雄が翻訳、深津篤史が演出。休憩無しの2時間弱。

舞台は国が運営するらしい、なにやら特殊な療養施設。責任者のルート(段田安則)は、部下ギブス(高橋一生)から患者の死と、別の患者の出産という不祥事の報告を受けて動揺し、秩序維持を厳命。ギブスは若く純真な職員ラム(橋本淳、後半ずうっと失神している大変な役)に責任を押しつけようと図る。職員のカッツ嬢(足がきれいな小島聖)や中堅ラッシュ(山中崇がきびきびと)らがからみ、波乱のクリスマスの夜を迎える。

物語は管理社会の苛立ちや恐怖、かみ合わないコミュニケーションを象徴しているようだけど、正直、難解過ぎて消化不良。登場人物が絶えず、頭上にある拡声器みたいなものを気にする仕草が印象的だ。幕切れだけ登場する官僚(半海一晃)がその正体なのか。
演出は意欲的。客席が舞台の表裏を挟み、左右は鏡張り、グレーの床の回り舞台に、真っ赤なデスクやソファーが点在するだけ。その回り舞台が時に早く、時にゆっくりと動き続ける仕掛けが出色だ。見る者の不安をかき立て、現実の不確かさを実感させる。段田安則が至近距離でよどみなくしゃべり、動き、時に喜劇性を出して劇を主導。注目の高橋一生はいつものように引き気味ながら、微妙な表情と声でとらえどころ無さを示した。
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薮原検校

井上ひさし生誕77フェスティバル2012第四弾 こまつ座&世田谷パブリックシアター公演「薮原検校」  2012年6月

井上ひさしの1973年初演の戯曲を、栗山民也が演出。世田谷パブリックシアター、2階左のバルコニー風の席で、8500円。客席の年齢層は高めだ。休憩を挟んで約3時間。

時は江戸期。物語は東北の片田舎に生まれた盲目の少年、杉の市(野村萬斎)が、残忍な殺人を重ねて底辺からはい上がっていく一代記だ。盲人ながら「群書類従」を編纂した実在の大学者・塙保己市(小日向文世)との対比で、この対照的な2人が実は同じ差別が生んだ異形の表裏であると示す、知的な戯曲。往年のギャグなどが紛れ込んでいるものの、誰の胸にもある罪の深さを見せつけて古さを感じさせない。

暗めのステージに、人間の業、暗い生命力を象徴するような赤い綱を巡らし、床を前後左右に動かすだけのシンプルな構成。舞台の右前方に語り手が鎮座し、笑いを交えながら当時の盲人の自治組織・当道座の仕組みなどを丁寧に解説する。浅野和之が途中で握り飯をほおばり始めたりして飄々と達者だ。
井上戯曲らしく音楽劇の要素もたっぷり。語り手の隣にギターの千葉伸彦が控え、全編を生演奏で支える。俳優たちは歌のところだけマイクを使い、時に浄瑠璃、時にミュージカルのように歌い踊る。お楽しみ、洒落を駆使した言い立ても。音楽は作家の兄・井上滋。
歌だけでなく、音の演出が見事だ。杉の市がお江戸日本橋に出てきたときの都会の喧噪や、ついに悪事が露見して大衆に追いつめられるシーンの杖、足踏みの重なりが、座頭たちの研ぎ澄まされた聴覚を印象づける。

萬斎が声の響き、多彩さ、身体能力の高さでさすがの存在感を示す。特に五場で奥浄瑠璃のパロディ、早物語を披露するシーンは圧巻だ。謡からラップまで、ムーンウォークや演歌の物真似さえまじえたひとり舞台。もっとも、色気では小日向文世が一枚上手か。杉の市の健気な母に熊谷真実、つきまとう運命の女・お市に秋山菜津子、ほかに山内圭哉、たかお鷹、大鷹明良ら。深くて面白い井上ワールドを堪能した。

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