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ウィーン・フォルクスオーパー「メリー・ウィドウ」

ウィーン・フォルクスオーパー「メリー・ウィドウ」  2012年5月

爽やかな週末の午後、ウィーン・フォルクスオーパーの日本公演に足を運んだ。東京文化会館1F右端のA席で3万4000円。ひときわ年配の聴衆が多い気がするのは、気楽なオペレッタだからか。元曲の3幕を2幕途中で前後に分け、25分の休憩を挟んで3時間弱。指揮はエンリコ・ドヴィコ。

とにかくF・レハールの古風でロマンチックな曲に酔いしれる。ハンナとダニロの元恋人同士が、ダンスしながらハミングする「ワルツ(終盤では「唇は黙し」)」の、甘ったるいまでの美しさが耳に残り、男性陣、女性陣が互いの扱いにくさを嘆く「女・女・女のマーチ」では、脳天気な明るさが聴衆の手拍子を誘う。
ストーリーはパリを舞台にした、富豪の未亡人ハンナを巡る恋の鞘当てだ。ひねくれた遊び人の外交官ダニロ、ハンナの財産をフランス男にとられまいとする小国ポンテヴェドロ(セルビアあたりがモデルらしい)公使のミルコ、その妻ヴァランシェンヌと浮気相手の若者カミーユらが、ドタバタを繰り広げ、ラストはハッピーエンド。馬鹿馬鹿しいのだけれど、告白を書きつけた扇子のやりとりや小部屋での入れ替わりなど、古典的な仕掛けが効果的だ。
マルコ・アルトゥーロ・マレッリの演出も洒落たもの。背の高い回転扉とその向こうに広がる華やかな都市、天井まで色とりどりの瓶が並ぶバー。宴のシーンでは民族舞踊のあと、高級クラブの踊り子たち(ウイーン国立バレエ団)が巨大なシルクハットの下でなんとフレンチカンカンを演じ、派手なレビューで楽しませる。

ハンナのアレクサンドラ・ラインプレヒト(ソプラノ)がなかなか綺麗で、「ヴィリアの歌」で拍手喝采。ダニロのモルテン・フランク・ラーセン(バリトン)も大人っぽく、「王子と王女の物語」などを聴かせた。ミルコの長身アンドレアス・ダウム(バス)、ヴァランシェンヌの細身で可愛いマルティナ・ドラーク(ソプラノ)も達者。カミーユのアジア系らしいヴィンセント・シルマッハー(テノール)が最も声が通ったかな。
カーテンコールでは狂言回しニューグシュのロベルト・マイヤーが、ピットで指揮者に扮するサービス。銀の紙吹雪が舞い、最終公演らしく「SAYONARA」「SeeYouAgain」というボードが出ました。あー、楽しかった!

文楽「傾城反魂香」「艶容女舞衣」「壇浦兜軍記」

第一七九回文楽公演第二部「傾城反魂香」「艶容女舞衣」「壇浦兜軍記」  2012年5月

5月の第二部は、人気演目の豪華リレー。国立劇場小劇場の中央やや後ろ寄りで6500円。休憩2回を挟んで4時間半弱。

まず「傾城反魂香」から土佐将監閑居の段。切でキング竹本住大夫、87歳がけっこうな長丁場で胆力を発揮する。野澤錦糸、ツレは豊澤龍爾。歌舞伎で何回か観ている演目だが、それとは違い、大詰めで浮世又平が「あいうえお」などと早口を披露する改作バージョンで、明るく愛らしい。クライマックスの仕掛けは、石面に絵がぱっと抜けて歌舞伎よりスピード感がある。人形は又平に柄の大きい吉田玉女、女房おとくに吉田文雀。

15分の休憩後は「艶容女舞衣」から酒屋の段。冒頭「酒買い」の端場で、丁稚長太に吉田玉勢さん。切はまず豊竹嶋大夫、豊澤富助が半兵衛と半七、宗岸・お園という2組の親子の情をたっぷりと聴かせる。後半は竹本源大夫。声量はやっぱり今ひとつだが、「未来は夫婦」をきめ細かく。鶴澤藤蔵はやっぱり唸りまくってましたね。近所の稽古場から聞こえるという設定の地歌「妹背川」を、もう一人の細棹が床脇のくぐり戸を開け、こっそり弾くのが面白い。地歌をベースにした義太夫節で、すぐ近くにいてうまく調子を合わせるんだそうです。人形はお園に、相変わらず可愛い吉田蓑助。クドキで後ろ振りをみせるけれど、それより小首をかしげる感じなどがいい。宗岸は桐竹文壽。

休憩30分を挟んで、ラストはいよいよ「壇浦兜軍記」から阿古屋琴責の段。平家の残党・景清を追う智将・畠山重忠が恋人の傾城阿古屋を詮議。なぜか楽器を演奏させ、節に乱れがないことから本当に行方を知らないのだと納得して、放免する。竹本津駒大夫ら5人の掛け合いに、師匠鶴澤寛治が率いる三味線陣はツレが野澤喜一朗、そして三曲を大活躍の鶴澤寛太郎くんが堂々と。琴の「奈蕗(ふき)」は三味線と合わせるのが難しそう。三味線「班女(はんじょ)」は安定感があり、胡弓の「相の山」「鶴の巣籠」が切ない。
人形は華やかな立て兵庫姿の阿古屋に、待ってました桐竹勘十郎が初役で。きらびやかな肩衣をつけ、演奏シーンを見事な呼吸で演じきる。この役で特別に左と足も出遣いになるのは、それだけ難しいということだろう。左の吉田一輔がりりしく、足は若い桐竹勘次郎。重忠は吉田和生、悪態をついていたのに、最後は胡弓を真似しちゃう滑稽な岩永左衛門は吉田玉志。面白かったです!

シダの群れ 純情巡礼編

シアターコクーン・オンレパートリー2012「シダの群れ 純情巡礼編」  2012年5月

作・演出岩松了。立ち見を前売りしていた人気の舞台だ。Bunkamuraシアターコクーン、前の方中央のいい席で9500円。徹平君効果か若い女性が多い。15分の休憩を挟み約3時間。

2010年の任侠もの「シダの群れ」のその後。前作の舞台・志波崎組は壊滅状態になっており、今回のメーンは矢縞組だ。若手の泊ジロー(初舞台の小池徹平が奮闘)は、対立する増陸組組長(石住昭彦)を襲って失敗、2つの組から追われる羽目になる。矢縞組若頭補佐の坂本(堤真一)は、落ち目だけれど信頼する志波崎組の水野(風間杜夫)、その愛人(看護師で終始ミニの市川実和子)に、ジローと妹・可奈子(倉科カナ)をかくまってもらうが、襲撃される。前作で組のため犠牲になったタカヒロの恋人として、名前だけ登場していた増陸の愛人・ヤスコ(松雪泰子)が坂本を翻弄。かつて恋人を殺した水野への遺恨を晴らそうとしているのか? ジローは可奈子を仲間の吉岡(「国民傘」の太賀が切なく)に託すが、なんと可奈子は自殺。増陸組はヤスコの帰還、組長の息子シンジ(「カスケード」の清水優)の入院を機に矢縞組と手打ちしてしまい、いよいよ水野は追いつめられていく。

志波崎組の事務所ワンセットで、ホームドラマ風だった前作に比べ、今回は組が3つも登場。岩松作品は説明がなく、はぐらかす台詞が目立つのが常とはいえ、今回は特に人間関係の把握が難しい… 前作から続くコーヒールンバにはニヤリとしたけど。
繰り返される、持ち主がわからない携帯番号のエピソードが印象的だ。台詞一つひとつが嘘をはらんでいるようで、思い合っていても通じないもどかしさが募っていく。「牛は正面のものが見えない」という台詞が、哀しく余韻を残す。

俳優陣はかなりの高水準。何といっても風間杜夫と堤真一の存在感が抜群で、大詰め2人の対決シーンは長ゼリフも危なげなく、ドスを持っての立ち回りが格好良い。水野が自ら決着をつける感じで、一回り柄が大きいかな。驚異的な細身にハイヒールの松雪さんが、色気抑えめで美しく、堤真一とのバーのキスシーンがお洒落。売れない俳優・片目の荒川良々や弁護士の吉見一豊らが笑いでアクセントをつけ、派手なドンパチも。2幕冒頭には岡本敦郎さんの「白い花の咲く頃」(田村しげる作曲、1950)にのってお約束の歌とダンスがあり、女優陣がなぜか鯉のぼりを持ってました。
セットは奥行きのある回廊風など、前作とうって変わって生活感を抑えたスタイリッシュなもので、村治佳織さんの生ギターが聴かせる。ギターとセットの雰囲気、闘牛のエピソードがスペインつながりか。トーキング・ヘッズの「サイコキラー」にのったカーテンコール、3回目で皆さん笑顔でした~

METライブビューイング「椿姫」

METライブビューイング2011-2012第11作「椿姫」 2012年5月

今シーズンの最後を飾るのは言わずとしれたヴェルディの人気作だ。ファビオ・ルイージ指揮、4月14日の上演で、1度の休憩を挟み2時間50分。新宿ピカデリーのゆったりプラチナシート5000円で、息つく暇のない名旋律の連続に身を任せた。

演出はヴィリー・デッカー。2006年ザルツブルクに登場したプロダクションで、ドイツらしく現代的かつ抽象的、スタイリッシュだった。ステージいっぱいにコロシアムのような半円の壁をめぐらし、目立つセットは歌手たちの身長ほどもある時計ぐらい。その2本の針と、終始舞台の隅にたたずむ老人(大詰めでは医師役)がヴィオレッタの残り少ない命を象徴する。ヴィオレッタは赤か白のキャミソールドレス、男性陣と合唱は黒っぽいスーツにネクタイとシンプルです。壁の上方を効果的に使っていて、群衆が手を差し出して不吉な影がさしたり、真っ赤な薔薇が咲き乱れて哀しい純愛を思わせたり。大がかりな転換がないので、幕間の舞台裏が異例に静かなのが面白い。

小さい体でだだっ広い空間を走り回る主役ナタリー・デセイ(ソプラノ)は、ちょっと気の毒だった。特に1幕は高音が外れて、辛そう。風邪で初日をキャンセルしたというから、かなり不調だったのだろう。とはいえ堂々たる気合いで押し切り、3幕に至って衰えゆく風情が真に迫っちゃうのがさすが。アルフレードのマシュー・ポレンザーニ(テノール)は甘く叙情的な声が役に合っていたけど、弱々し過ぎるかな。2010年のロイヤルオペラ来日公演「マノン」のデ・グリューさんですね。
2人に比してパパ、ジョルジョ・ジェルモンのディミトリ・ホヴォロストフスキー(バリトン)は安定感ばっちり。びりびりくるような重量感だ。アルフレードを殴ったりして、パパ怖いよ、とも思ったけど、2幕の「プロヴァンスの海と陸」では拍手が鳴りやまず、カーテンコールでも一番人気だった。

今シーズンは11作中なんと8作を制覇。「アンナ・ボレーナ」「ドン・ジョバンニ」「エルナーニ」などを堪能した。来季は何作観られるかな?

ミッション

イキウメ2012年春公演「ミッション」   2012年5月

作・前川知大、演出・小川絵梨子。世田谷パブリックシアター・シアタートラムの、中ほどの席で4200円。意外に年配客が多い。

休憩無しの2時間強だが、全く長さを感じさせず、時代の気分をうまくとらえていて、非常に面白かった。神山家の次男(渡邉亮)は優秀だが、事故で入院したのをきっかけに仕事がうまくいかなくなり、挫折した若者たちを集めて「使命」を説いている怪しげな叔父さん(安井順平)にひかれていく。劣等生だけど明るい長男(浜田信也)、町工場を経営する頑固な父(井上裕朗)はそんな次男の姿に気をもむ。一方で母(岩本幸子)は影響を受けたのか、自分の生活を変えようと思いつき、また叔父さんを養っているキャリア妻(太田緑ロランス)は応援モード。しかし町に雨が不吉に降り続くなか、叔父さんの教え子のひとり(大窪人衛)が兄の友人(片倉肇)ともめて暴力沙汰を起こし、家族の日常は暗転する。

社会を脅かすものに、私たちが無意識に荷担している、というエピソードが繰り返し出てくる。行政が手を打つべきだと言い訳して、近隣の危険な環境を放置してしまったり、気まぐれに窓から手を振ることで、他人を交通事故に巻き込んだり。それは今、多くの人にとってなにがしか身に覚えがある感覚だろう。
状況をただすためには誰かが、青臭いと知りつつ理想論を掲げなければならない。けれど同時に別の誰かが、面白みのない現実をしっかり支えていくことも必要なのだ。時には砂を噛むような思いをしながら。

理想論と現実主義とは敵対するものではなく、反発しつつも互いを気遣う兄と弟のような存在。決して声高に何かを主張してはいないけれど、そんなことを考えさせる知的な戯曲だ。2世代にわたる兄弟、彼らを取り巻く女性たちを主役にすえ、身近なホームドラマの形をとっている。やりとりはリアルでコミカル、クライマックスは往年の名ドラマ「岸辺のアルバム」のよう。

シンプルな演出がお洒落だ。全体にグレートーンで、低い段差がある舞台にテーブルや椅子を出し入れし、街角や室内を表現する。領域を区切るような細い棒を、しじゅう床に差し替える仕草が、常識の揺らぎを象徴するのだろうか。俳優陣は、特に誰かが目をひくという感じではないが、みな上手で安定していた。頼りない兄の浜田信也が切なく、太田緑ロランスは体操する姿が綺麗。ほかに入院していた女性に伊勢佳世、ホームレスは森下創。

THE BEE

NODA・MAP番外公演「THE BEE」  2012年5月

原作・筒井康隆、共同脚本・野田秀樹&Colin Leevan、演出・野田秀樹。移転した都立日本橋高校の旧校舎を使った水天宮ピット(東京舞台芸術活動支援センター)大スタジオの、やや右寄り中段で7500円。2006年ロンドン初演の話題作で、英語バージョンのワールドツアーを経た日本語バージョン。わずか250席の体育館風のスペースに、幅広い層の演劇好きがぎっしりだ。

休憩無しの1時間15分、長くはないが濃密な展開。脱獄犯に妻子のいる自宅を占拠された平凡なサラリーマンが逆上、犯人の家に立てこもって妻子を人質にとり、残虐な行為に走る。911を強く想起させる復讐と暴力の連鎖の、深い虚しさが普遍的だ。

導入部分でシンプルなゴムひもや大判の模造紙を駆使して、場面と役柄をスピーディーに転換していく手法が鮮やかだ。くせ者の近藤良平が帽子をかぶったとたん、パッと幼い息子に転じるあたり、さすがだなあ。犯人宅に散りばめられた家具や食器は、妙に日常的な感じがかえって怖い。
4人の達者な俳優陣のなかでも、犯人・小古呂の妻、宮沢りえが出色だ。ストリッパーという設定で、思い切りよく出した足の色気と、少年ぽさが同居し、凄惨な場面でも清潔な透明感を醸して無駄がない。サラリーマン・井戸は、相変わらずリズム感抜群の野田秀樹、百百山警部に安定感の池田成志。尾藤イサオの「剣の舞」がイライラと耳に残る。

自慢の息子

サンプル「自慢の息子」  2012年5月

作・演出松井周。こまばアゴラ劇場は全席自由席で、整理番号順に呼ばれて席に着くスタイルだ。左寄り中段で3000円。学生風の観客が多い。

冴えない引きこもり男性(古舘寛治)の「王国」に、子離れできない母(羽場睦子)と現実から逃げ出した兄妹(奥田洋平、野津あおい)が訪ねてくる。そこに妙に明るいガイドの男(古屋隆太)や隣の女(兵藤公美)がからむ。
生成のシーツに覆われた部屋、ごちゃごちゃ並ぶ椅子やら人形のコレクションやらが、どうしようもない幼児性、閉塞を感じさせる。小ちゃなオモチャのヘリの使い方など、もう一ひねりあってもよかったかな。

METライブビューイング「マノン」

METライブビューイング2011ー2012第10作「マノン」  2012年5月

連休だけどオペラ好きが集まった新宿ピカデリーで、マスネの「マノン」。スクリーン1の最後列で3500円。4月7日上演のもので、ファビオ・ルイージの指揮が甘いメロディーを伸び伸び聴かせます。休憩2回を挟んで5幕4時間弱。

2010年の英国ロイヤル・オペラ来日公演で観た、ロラン・ペリーの洒落た演出がMETに初登場。19世紀末ベルエポックの時代を舞台に、斜めの線で不安定さや退廃を表現。第5幕ル・アーヴル港への道の荒涼感などが記憶通り。大道具の転換シーンが面白く、前に観たとき第3幕パリ市中の背景で夕陽かと思ったのは、たぶん赤い気球だったんですね。

タイトロールもロイヤル・オペラと同じ、女王アンナ・ネトレプコ。東京文化会館を振るわせた圧倒的なソプラノが蘇る。ただ、前回は無邪気さ、愚かさが出色だったのに対し、今シーズン開幕の「アンナ・ボレーナ」の貫録を観たせいか、スリムになったとはいえ印象が違う。第2幕の「さようなら、小さなテーブルよ」も大拍手だったけど、第3幕サン・シュルピス修道院「再会と誘惑の二重唱」あたりからの、身も蓋もない強引な悪女ぶりが本領発揮だった感じ。幕間に衣装を紹介したインタビューでは、相変わらず天衣無縫全開でしたが。
騎士デ・グリューは、2011年NET来日公演「ラ・ボエーム」で観たピュートル・ベチャワ。少し線が細いテノールながら、人がよくてマノンに翻弄される役柄に爽やかな高音がぴったり。「夢の歌」「ああ、消え去れ」など、ネトレプコに劣らず拍手が大きかった。そしてラスト「永訣の二重唱」が染みた~
脇はくせ者ぞろいでしたね。従兄レスコーはミュージカル経験があるパウロ・ジョット(バリトン)、悪役ギヨーは手品や騎馬劇も手がけるクリストフ・モルターニュ(テノール)、パパ伯爵デ・グリューは格好良いデイヴィット・ピッツィンガー(バスバリトン)。

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