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ローエングリン

バイエルン国立歌劇場「ローエングリン」 2011年10月

キャンセル続きの来日オペララッシュの締めくくり、タイトロールが当初予定の人気者カウフマンからヨハン・ボータに変更になった演目だ。しかしNHKホールは大入り。開演前からロビーでファンファーレが演奏され、雰囲気を盛り上げる。
キャストの変更はあったけど、パンフレットは普通に1冊3000円で売ってたし、開幕前の「総裁挨拶」も無し、となかなか強気。まあ、挨拶無しは、初めから幕が開いている演出のせいかもしれないけど。ケント・ナガノ指揮、35分ずつの休憩2回を挟んで3幕5時間弱。2F右寄りの席でA席5万円。終わってみれば伝統の力なのか、バイエルンのワーグナー、十分に楽しめました。

歌手陣の実力派が、その実力を発揮。とにかく白鳥の騎士を演じるボータが、ヘルデン・テノールの前評判通り大変な迫力だ。3幕大詰めの、すわったまま素性をとうとうと語るシー ン(グラール語り)の強弱も強靱で、ちっともだれない。ヒロイン・公女エルザのエミリー・マギーと共に、体型が見事にころっころの重量級なので(白鳥が小さく見えます)、見た目の神秘性はゼロなんだけど、そこは声の力でねじ伏せます。
2幕以降は、エルザを陥れるオルトルートのワルトラウト・マイヤーが、ベテランらしく堂々の悪女ぶり。妖艶な歌で人間味もあり、 ボータと並んでカーテンコールの拍手が大きかったですね~。この2人と比べるとマギー、それからオルトルートの夫フリードリヒのエフゲニー・ニキーチン(よく動く)はやや弱かったけど、頑張ってた。
演奏は、1幕こそバランスが今ひとつで、歌手の声が客席に届かなかったりしたものの、2幕以降は安定。舞台上方の足場に合唱が並んだり、右サイドのオルガン前や客席通路に金管が立ったりして、分厚く立体的に聴かせる。精妙な弦の1幕序曲、2幕の「大聖堂への入場」、3幕の勇壮な序曲から「結婚行進曲」へと、期待通りのワーグナー節炸裂。演出の流れを意識してか、オケの客席への挨拶は3幕序曲だけだった。
合唱陣にアジア人らしき風貌が目立ったのは、助っ人だったのかな。ラストで帰還するエルザの弟(王子)役の少年は、ドイツ人っぽかったけど。

ワーグナーの演目ではお約束の、ひねった演出はリチャード・ジョーンズ。舞台上で安手の新居ができあがっていく、妙に現実的な趣向だ。序曲では舞台中央でエルザが設計図を描いており、1幕はお姫様らしからぬ作業着姿になって、自ら土台のレンガを積んじゃう。2幕では作業員たちが巨大な外壁を組み立て、3幕で憧れの騎士との結婚が実現すると同時に、ついに内装が仕上がる。小市民的な幸せ願望(三つ編みが幼い)と、その挫折という示唆だろうか。
エルザが騎士に禁じられた疑問を投げつけたことで結婚は破綻、騎士がベビーベッドに火を放って、幸せは崩れさる。騎士の超自然的な力を浮き上がらせる、照明の変化がお洒落。休憩中、早めに幕をあげてセットを組み立てる作業を見せ、そのまま演技につなげるのも面白かった。

お話自体は、「夕鶴」みたいな民話的要素と聖杯伝説を結びつけ、愛の力と愚かさを描くロマンティックなもの。けれど、10世紀のブラバント(ベルギー・オランダ)でハンガリーへの出征兵を募るという設定のためか、戦意高揚の色が濃く、ルートヴィヒ2世やヒットラーが好んだという逸話がある。それだけに演出のヒネリは欠かせないのだろう。色彩が上品で、今年のバイロイトの中継でみた「ネズミ王国」より断然良かったのでは。
それにしても、少しでも疑念を持たれると立ち去ってしまう英雄って、何者だよって思う。合唱の群衆が、何かに操られるように揃って一方向を向いて、伝令や騎士の声を聴く姿が印象的だった。

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