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血の婚礼

大規模修繕劇団旗揚げ公演「血の婚礼」 2011年7月

作・清水邦夫、演出・蜷川幸雄。ガルシア・ロルカの「血の婚礼」にインスパイアされて書いたという戯曲で、1986年初演作の12年ぶりの再演に足を運んだ。
半年にわたるBunkamura改修中、「演劇界を修繕する」という意味も込めて井上ひさしが命名したというカンパニー。
かつては映画撮影所だった豊島区立朝日中学が廃校となり、その跡地を利用しているアートプロジェクト、にしすがも創造舎の体育館が特設会場だ。階段状にパイプ椅子を並べた後方、中央あたりの席で8000円。開演前後には校舎の前でリアル蜷川さんが関係者とおしゃべりしていて、なんだか学園祭みたいな感じ。観客は老若男女幅広いけど、かなり演劇好きの雰囲気が漂ってた。

体育館に入ると、舞台上は猥雑な路地。ネオンや時代物の自販機をバックに、うらぶれたコインランドリーとビデオショップが並び、周囲に黒い幕を垂らして開演だ。
いったん落ちた照明がほの明るくなると、舞台上にはざあざあ雨が降り注いでいる。立ち入り禁止の黄色いテープが落ちて1時間半、ほとんどが本水を浴びながらの演技。非日常感が圧巻だ。

物語は結婚式場から駆け落ちした男女の後日談であり、捨てられた花婿の復讐劇なのだけど、そういう設定の割に人間関係はあまり深刻な感じがしなかった。逃げた2人を訪ねてくる親戚たちなんか、コミカルなほど。
むしろ、社会のどん詰まりみたいな路地に降り続く雨とか、繰り返し大音響で行進する謎の鼓笛隊、通り過ぎる電車のイメージの方が強烈だ。問答無用で日常に割り込む、避けようのない災厄。
その災厄に対して、人はなんて無力なんだろう。壊れたトランシーバーを握りしめ、誰かと交信し続ける少年や、ビデオショップのマスターと腐れ縁を続けている姉さん(とその姉)は、必死にコミュニケーションを求めているけれど、どこにもつながらない。焦燥と切なさ。先日の「たいこどんどん」といい、さまざまな戯曲を今に生きる観客に提示する、このへんが蜷川マジックなのかな。

北の兄・窪塚洋介は非常に淡々としているものの、立っているだけで雰囲気がある。ただ、駆け落ちした北の女・中嶋朋子や、花婿ハルキの丸山智己、トランシーバー少年・田島優成もテンション抑えめなのがちょっと物足りない。長いモノローグがある喪服の男・青山達三と姉さん・伊藤蘭が、演劇らしく存在感があった。
それにしても、あの大量に降る水は、どういう仕掛けになっているんだろう? パンフレットによると、「水(雨)」は水功社・山本喜久雄さん、「鉄骨(プール)」はオサフネ製作所・長船浩二さんだそうです。

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