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たいこどんどん

シアターコクーン・オンレパートリー2011 井上ひさし追悼ファイナルBunkamuraシリーズ 「たいこどんどん」 2011年5月

井上ひさし作、蜷川幸雄演出、音楽は伊藤ヨタロウ。コクーンの2階中央、前の方でS席1万円。蜷川さんプラス古田新太人気か、客層は幅広い。

プログラムによれば蜷川さんは、セリフもト書きも全くカットしないのだそうで、休憩20分を挟んで3時間半という長丁場です。ストーリーはいわばロードムービーで、若々しい印象。大店の脳天気な若旦那(中村橋之助)とたいこもち(古田新太)のコンビが、船遊びをしていて波にさらわれる。博打と女(鈴木京香が何役も兼ねて翻弄する)に目がない旦那のせいで、2人は行く先々で同じパターンの失敗を繰り返し、釜石から新潟へ、なんと9年にわたって放浪する羽目に。特にたいこはさんざんな目に遭うのだけど、何故か友情は壊れない。

お馴染みのお下品な歌や踊りが満載だけど、さほど毒はなく、むしろ土地土地の美人や文化が登場して、明るいお国自慢の雰囲気。蜷川さん定番の鏡を背景に、書き割り風のシンプルなセットが次々入れ替わり、役者の出入りも小走りでテンポがいい。
さらに井上ひさしさんらしく、たいこが早口で繰り出す駄洒落が徹底してナンセンス。歌のくだりは字幕で読ませる。初演は1975年というから、マンガ世代のギャグを伝統芸で見返す心意気だったのだろうか。

大詰め、ようやく2人が日本橋に帰り着いてみれば、明治維新で人も景色も一変していた。苦労して求め続けた江戸は失われたのか、いや、そんなお上の都合に振り回されてなるものか、というなけなしの反骨が披露される。
戯曲のメッセージはここまでなのかもしれないけれど、蜷川演出ではさらに、今日的な意味をかぶせる。「何もかもなくなってしまった」という言葉に、大波の書き割り。役者が勢揃いして、頭を下げる鎮魂のラストシーンが胸をつく。節目節目に流れる大らかな民謡調の歌や、「アメイジング・グレース」が感動的。やられました。井上さんだし、東北が舞台だし、特別な感慨に結びつくのは避けようがない。

古田新太は長ぜりふや三味線で奮闘、アドリブでは鈴木京香や六平直政をからかって笑わせるサービスも。とはいえ橋之助さんの声、所作が醸し出す柄の大きさ、色気にはかないません。勘三郎さん休養中の穴を埋め、カーテンコールではまず哀しい表情で泣かせて、再び幕があがると晴れ晴れとした笑顔をみせる。役者だなあ~

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