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竹本住大夫 素浄瑠璃の会「仮名手本忠臣蔵」

竹本住大夫 素浄瑠璃の会 2010年9月

楽しみにしていた住大夫さんの素浄瑠璃の会。日経ホールの中ほど少し左寄りの席で、6500円。

幕が上がると壇上むかって左に住大夫さん、右に錦糸さんが並んでいて、いきなりスタート。演目はお馴染み「仮名手本忠臣蔵・六段目・早野勘平腹切の段」。歌舞伎では勘平役が若い勘太郎さん、それから大御所菊五郎さんの2バージョンを観たことがある。展開が頭に入っているせいか、時間が短く感じた。

住大夫さんは昨年あたりに比べると、元気を取り戻した感じで、声がよく通り、さすがの演技だ。あれよあれよという間に勘平が切腹してしまう意外感、そして真相に気づいて母が泣き叫ぶところで拍手が起きる。まっすぐ前を向いて弾き続ける錦糸さんも、ある時は緊迫感あるリズムセクション、ある時は切なさあふれる音楽と、メリハリが伝わってきた。

また今回は、パンフレットに床本のほか、高木浩志さんの解説が付いていて、人物の造形から節回しの工夫まで、順を追って言及。細部は良く意味が分からないながら、なかなか面白かった。

休憩を挟んで、後半はドナルド・キーンさんとの対談。88歳のキーンさんは、けっこう勝手にしゃべっていて、天衣無縫のおちゃめぶり。かつて舞台を観ないまま近松の研究を始めたことやら、会うなり鰻を注文して食べ始めた三島さんの思い出話やら。一方、86歳の師匠が、30年ほども前に新幹線車内でキーンさんと出会った話をふったりして、気を遣っている様子が微笑ましかった。

あいにくの雨でしたが、客席には財界人の顔もちらほら。楽しかったです!

椿姫

英国ロイヤル・オペラ ヴェルディ作曲「椿姫」 2010年9月

NHKホールの2階右寄り、A席47000円。マノンと同様、パッパーノ指揮。リチャード・エア演出。

いやー、波乱の展開でした。当初発表のタイトロール、アンジェラ・ゲオルギューが来日前に降板。開幕前にディレクターが登場して、代役エルモネラ・ヤオを紹介した。ところが第1幕「ヴィオレッタの家のサロン」を歌ったものの、複雑な心理を描く聴かせどころの「花から花へ」で声が出ず、高音をだいぶ省略してはらはらさせる。ヴィオレッタと劇的な恋に落ちるアルフレード役、ジェームズ・ヴァレンティも長身で悪くはないけれど、線が細い印象。

30分の休憩後、再びディレクターが登場して、パッパーノの判断で、という理由でアイリーン・ペレスへの交代を告げる。ヤオの不調ぶりからすれば、やっぱりとは思うものの、さすがに初日に続いて2度目の交代。ロイヤル・オペラたるもの、というがっかり感はあるから、会場からはブーイングが。通訳の女性がしどもどして、ちょっと気の毒だったな。

というわけで第2幕「パリ近郊の家」からは、サイモン・キーンリサイドが一身に舞台を支える感じになった。妹の縁談を引き合いに出して別れを迫るパパ、ジョルジョ・ジェルモンの役で、「天使のように清らかな娘を」、「プロヴァンスの海と陸」がなかなか聞かせる。場面転換の後「フローラの家のサロン」では、「ジプシーの歌」「闘牛士の歌」が楽しい。幕切れの八重唱あたりからペレスも健闘。

25分の休憩を挟み、なんとか第3幕「ヴィオレッタの寝室」へ。深い絶望を漂わせる「さようなら、過ぎ去った日よ」は、なかなかのもの。ついに駆け付けたアルフレードと再会し、パパも過去の仕打ちを悔いるけれど、悲しく息を引き取る。

言うまでもなく音楽は素晴らしいし、演出がとてもお洒落だった。第1幕の茶系インテリアのサロンに、金箔が降り注ぐ享楽的なシーン、第2幕第1場の横から差し込む陽光の陰影、第2場の立体的で大胆な背景。そして第3幕の、巨大な窓に謝肉祭の行列がシルエットで浮かび、その楽しさと室内の悲劇がくっきりと対照をなすところなど。

とはいえマノンと同様、この演目はやっぱりタイトロールが与える印象の比重が大き過ぎる。舞台は生もの、ということを、改めて実感しました~。カーテンコールでは急な登板をこなしたペレスに温かい拍手が。英国大使館関係者らしき一団も熱心に手を叩いてましたね。ちなみに最終日は、なんと中1日でネトレプコが代役を務めたそうです。んー、さすがのプロ根性。

文楽第二部 「勢州阿漕浦」「桂川連理柵」

文楽九月公演 第二部 2010年9月

また国立劇場小劇場。第一部とほとんど同じ、右寄り中ほどの1等席6200円。

第二部は古典で重厚。まず能から着想を得たという「勢州阿漕浦(せいしゅうあこぎがうら)」は、26年ぶりの上演だそうです。発端となる阿漕浦の段は、吉田玉女さんがつかう平治が禁じられた漁に踏みきり、十握(とつか)の剣を引きあげる。やがて玉也さんの治郎蔵と揉み合って笠を落とすことになり、人形の動きが激しくて目を離せない。

続く平治住家の段は、お待ちかね竹本住大夫さん、野澤錦糸さん登場。この演目は本公演では初めてだとか。冒頭で女房お春(春姫)と姑が互いを思いやる様子が、細やかに描かれる。それだけに、捕まる覚悟をきめた平治との葛藤が哀切だ。さすがに盛り上がりますねえ。さらに治郎蔵が正体を現すモドリ、平治の身代わりを申し出る急展開が鮮やか。吉田玉佳さんのコミカルな庄屋彦作がいいアクセントだ。

25分の休憩を挟んで「桂川連理柵(かつらがわれんりのしがらみ)」。まず、お半と長右衛門が過ちをおかす、けっこう強引な石部宿屋の段。三味線は鶴澤清志郎さん、寛太郎くん。吉田蓑助さんがつかう14歳のお半が、さすがの愛らしさだ。続く六角堂の段では、桐竹紋壽さんの女房お絹がしっかり者ぶりを発揮する。

10分の休憩後、見どころ帯屋の段では豊竹嶋大夫さん、鶴澤清友さんが熱演。嶋大夫さん、大勢の演じ分けをものともせず、ときどき伸び上がったり、手を振ったり。継母おとせと弟儀兵衛が、隣の丁稚長吉まで巻き込んで、あの手この手の意地悪を仕掛ける。滑稽やら憎らしいやらで、すっかり引き込まれた。軽みのあるチャリ場だけれど、名前の符合を利用した痛快な逆転劇であり、その点は「阿漕浦」にも通じていて、知的な面白さだ。
後半の竹本千歳大夫さん、鶴澤清介さんもいい。繁斎、お絹の切々としたクドキも虚しく、追いつめられた長右衛門がお半との心中を決意する。ここまで我慢の演技の桐竹勘十郎さんが哀愁たっぷり。とはいえ脇差を盗まれた件もからみ、38歳のくせしてなんとも情けない奴、という感じはぬぐえないなあ。

大詰め道行朧の桂川は大夫5人の掛け合い。三味線5人を率いる鶴澤寛治さんが貫禄でした。背負われていくお半の幼さが切ない。たっぷり4時間、堪能しました。

マノン

英国ロイヤル・オペラ シュール・マスネ作曲「マノン」 2010年9月

東京文化会館の左中ほどで、A席4万7000円。アントニオ・パッパーノの軽やかな指揮。ロラン・ペリー演出で、時代設定を19世紀末に移し、6月に本国でお披露目したばかりの新制作だ。

楽しみにしていた演目とキャスト。なんといってもマノン・レスコー役のアンナ・ネトレプコが圧巻でした! 第1幕アミアンの宿場の中庭での登場シーン、「わたしはまだ夢見心地で」のスキップせんばかりの無邪気さ。わずか15歳で、たちまちマシュー・ポレンザーニの騎士デ・グリューを虜にする役をこなせるのは、この人しかいません。
場面転換をはさみ、第2幕パリのアパルトマンの1室では、なんとシャツだけを羽織った姿で現れ、美しい「手紙の二重唱」。階段を使った垂直方向の動きで、デ・グリューを連れ去る計略の緊張感や、マノンの心の揺れを表現する装置も効果的だ。

25分の休憩を挟み、第3幕はパリの散歩道クール・ラ・レーヌ。真っ赤な夕陽(?)を背景に、淡いピンクと白いフリルの衣装をなびかせたガヴォット「どこの道を歩いても」あたりから、伸びやかな声が会場いっぱいに響きわたって、素晴らしい。マノンに目が釘付けになる合唱団の動きがコミカル。ギ・ド・メイ演じる恋敵ギヨーが、マノンの気をひくために呼び寄せたバレエのシーンもあるが、こちらはあえて抑えめの印象。
場面転換があり、いよいよサン・シュルピス修道院。神父として尊敬されているデ・グリューに対して、マノンは白いドレスで「あなたが握る手は、私の手じゃないの?」と歌い、迫る。無茶な誘惑ぶりだが、ささやくような声から絶唱まで、思わず納得させられちゃうドラマティックさだ。オーケストラの盛り上がりもあって圧巻。

再び25分の休憩後、第4幕オテル・ド・トランシルヴァニ賭博場。マノンはローズのドレスをまとって妖艶だけれど、悲しい愚かさが前面に出てくる。坂を組み合わせた舞台と、壁に映る人影が不安をかき立てる。いかさまの不信を唱える合唱が二人を追いつめ、結局、ニコラ・クルジャル演じるパパ伯爵の裁定で引き離されてしまう。
場面が変わり、第5幕はル・アーヴルへ向かう道。暗闇にぽつぽつと続く街灯と、省略された遠景の建物がなんとも寂しい。流刑地に護送されていくマノンは、ひとときデ・グリューと再会するものの、もう弱り果てている。「死別の二重唱」からエンディングにかけては、ただただはかない。

男性陣もよかったと思うけれど、ネトレプコの前にかすみ気味なのはしょうがないでしょう。カーテンコールでのネトレプコのはしゃぎっぷり、終演後の出待ちの人だかりもスターの貫禄でした。いやー、満足しました。初日とあってか、客席には元首相の小泉さん、谷垣さんらの顔も見えました。

「表に出ろいっ!」

NODA・MAP番外公演「表に出ろいっ!」 2010年9月

作・演出野田秀樹。とても小ぢんまりした東京芸術劇場小ホール1の左中段の席で7500円。

中村勘三郎の夫、野田秀樹の妻、オーディションによる黒木華の娘の家族3人が暮らす居間。愛犬が今にも仔を産みそうで留守番が必要なのに、それぞれどうしても今夜、出かけたい理由があって、激しい駆け引きを繰り広げる。

ポップな装置と衣装の非日常な空間。手が届くような距離で、ともに55歳の大物二人が汗をかく、何とも贅沢な舞台だ。75分ぶっ通しで、階段を転げ落ちたり、喚いたりして圧巻。客席に突き出た部屋の角に、格闘技のリングのような柱があるのも、むべなるかな。
野田秀樹の女形ぶり&リズム感が圧倒的だけど、小劇場初という勘三郎さんのテンションも全然負けてません。激しいセリフの応酬で、野田秀樹がたまらず吹いてましたね。若い黒木さんもみずみずしい。

終盤、鎖に囚われて動きが静まってからは、自らが信じるものの歪みに追いつめられていく感じで、息苦しくなる。外の暑さ、前半の激しい動きもあって、勘三郎さんが訴える喉の渇きが、もの凄くリアル。ラストに差す光が、脱力するような希望を感じさせる。

爆笑の後に残るもの、そして創作のエネルギー、面白いものに挑戦し続ける姿勢に感服。ちらっと声で出演の笹野高史さんが、客席中央あたりで観てらっしゃいましたね。

文楽第一部「良弁杉由来」「鰯売恋曳網」

文楽九月公演 第一部 2010年9月

いつもの国立劇場小劇場の初日です。右寄りやや後ろで、1等席6500円。

比較的わかりやすい演目が並んだ。「南都二月堂良弁杉由来(ろうべんすぎのゆらい)」はまず「志賀の里の段」。幼い光丸が鷲にさらわれるスペクタクルだ。吉田文雀さんの渚の方。龍爾さんが、珍しい八雲琴を弾いた。
続けて「桜宮物狂いの段」では、明るい花見シーンの冒頭、吹玉屋役で吉田幸助さんが登場。シャボン玉がお客さんに大受けで、思わず得意そうな顔をしたのが微笑ましい。その後、雰囲気が一転してぼろをまとい、我が子を探し続けた哀れな渚の方が、最後の望みをかけ乗り合い船で南都へ向かう。舞踏の要素のある一段を豊竹咲甫大夫さんらの掛け合いで。

25分の休憩を挟み、「東大寺の段」では、渚の方のために懐紙を書いてやる桐竹勘壽さんの雲弥坊が、ユーモラスで温かい。
そして大詰め「二月堂の段」。珍しく斜めに仕切った遠近感のある背景画で、迫力がある。供の奴が毛槍を投げかわすシーンも派手。そしていよいよ吉田和生さんの良弁僧正が厳かに登場し、親子の涙の対面となる。竹本綱大夫さんが、さすがの渋い語りだ。三味線は鶴澤清二郎さん。このあと綱大夫さんは体調を崩されたとかで、心配です。

10分の短い休憩後、2演目目は話題の「鰯売恋曳網(いわしうりこいのひきあみ)」。没後40年になる三島由紀夫の新作歌舞伎を、ゆかりの織田紘二が今回、文楽バージョンに改めたもの。豊竹咲大夫、鶴澤燕三作曲、藤間勘十郎が初の文楽振付。
三島ならではの文章の流麗さからくるものか、古典の作品より節回しが派手な印象だ。勘十郎さんの猿源氏、豊松清十郎さんの傾城蛍火の間のメルヘンチックな恋物語だが、互いの立場が二転三転する作劇の妙が際立つ。

導入の「五条橋の段」は、豊竹咲甫大夫さんが朗々と。情けない猿源氏の背を押す父親、吉田玉女さんの海老名なあみだぶつがユーモラスだ。
「五条東洞院の段」で咲大夫さん、鶴澤燕三さんが登場。冒頭、傾城たちの貝あわせから、後段につながる知的な遊び心が漂う。続いて軍物語を求められた猿源氏が、咄嗟に魚の名前を織り込んで語り、楽しませる。そういえば「義経千本桜」の歌舞伎版でも「魚づくし」というセリフがあったなあ。
さらに寝ぼけた猿源氏は鰯売りの呼び声を口走ってしまい、和歌の文句だとごまかす。「伊勢の国に阿漕ケ浦の猿源氏が鰯かうえい」という朗らかな呼び声は、二部の演目の舞台ともつながっていてお洒落だ。いっときは蛍火の自害騒ぎまであって仰天の展開だが、二人が実は相思相愛だったと分かった後は、すべてが都合良く運ぶ。文楽には珍しく大らかなハッピーエンド。脳天気でテンポがいいところは、まるで往年のアメリカンコメディで面白かった。

この日が新作の初日ということで、皆さん緊張していただろうし、何か手違いがあったりしたのかもしれないけれど、素人目には全く不安なく、楽しめました~。語りが主役ということか、切まで人形遣いが頭巾をかぶっていたのが、ちょっと物足りなかったかな。

イン・ザ・ハイツ

ブロードウェイミュージカル「イン・ザ・ハイツ」 2010年8月

東京国際フォーラム・ホールC。左側のかなり前の方で、S席1万2000円。客層はちょっと若め。

マンハッタン北部にあるヒスパニック移民の街、ワシントン・ハイツを舞台にした3世代群像劇。作詞作曲リン-マニュエル・ミランダ、脚本キアーラ・アレグリア・ウデス、演出トーマス・カイル。

歌を聴かせるミュージカルで、予想よりずっと良かった。もとは学内公演のための作品だったせいか、セットは主人公の若者、ウスナビが経営する食糧雑貨店やとタクシー会社、美容室の店舗が並ぶ街角だけ。アメリカンドリ-ムの挫折、許されない恋というストーリーも、そうひねったものではない。

けれど、ヒップホップやサルサ、サンバを散りばめた音楽、ジョセフ・モラレス、アリエル・ジェイコブスらの歌唱が、独特の熱気をはらんで説得力がある。ストリート風のポイントを絞ったダンスも、派手ではないけど効果的。
このままずうっと行くのかと思っていたら、1幕ラストでニューヨーク大停電の夜空に花火があがって、突然ぐっときた。2幕はもう一気です。ドミニカへの帰郷を夢見ていたおばあちゃんの死、昔なじみは櫛の歯が抜けるように店をたたんでいく。生きていくのはなかなか楽じゃないが、家族とか街に対する誇りが、一抹の希望として胸に残る。巧いなあ。

暑すぎる夏、という設定も、なんか今年の日本にあってましたね。2008年のトニー賞最優秀作品賞受賞。

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