「ラ・ボエーム」
トリノ王立歌劇場「ラ・ボエーム」 2010年7月
ジャナンドレア・ノセダ指揮。初演100年記念(1996年)のジュゼッペ・パトローニ・グリッフィの演出を、ヴィットリオ・ボレッリが復元。東京文化会館大ホールの、1階中央ちょっと左寄りでした。満員で、早めにいったのにプログラムが売り切れていたのが残念だったけど、この顔ぶれで3万9000円はお得かも。
あまりに有名な演目で、この演目を元にしたミュージカル「レント」を観たこともあり、以前から観たかった「ラ・ボエーム」。しかも初演の劇場の引っ越し公演とあって、楽しみにしていた。実際、プッチーニ節とでも呼びたい王道の美しい旋律はもちろんのこと、普遍的なストーリーそのものに引き込まれた。
ボヘミアンの若者たちの、いかにも気があっている感じ、馬鹿馬鹿しいやりとり、貧しいながら将来への夢をもつ暮らしが愛おしい。第1幕の、舞台裏でカフェに向かう哲学者コッリーネが階段を踏み外したり、第2幕で皆がむしゃむしゃ料理を食べたり、第4幕ではふざけて水を掛け合ったり。
誰でも覚えがある未熟で生き生きした日々が、コミカルだけど大げさでない演技で描かれるから、その後の展開、決定的な青春の終焉が、余計に切ない。「冷たい手」の伏線も効いている。手堅いオーケストラと、パリ・カルチェラタンを表現したシンプルで洒落た装置や衣装が、現代的なストーリーを支えていた。第3幕の雪景色も美しい。
歌手陣は何といっても、お目当てのバルバラ・フリットリのお針子ミミが期待通り。鼓膜を振るわす豊かな声量と、表現の滑らかさ、きめ細かさ。詩人ロドルフォとの出会いのシーンで、自分で蝋燭を吹き消すのはミミのアイデアだそうです。個人的には、これまで観た妖艶な「コシ」や、貫禄の「ドン・カルロ」に比べて、持ち前のオーラが余り気味という気はしたけれど。
ロドルフォのマルセロ・アルバレスも素晴らしく、張りのある高音で拍手を浴びてました。アルゼンチン出身で、ちょっと野性的な外見。ポスト3大テノールの一角に挙げられることもあるとか。
この布陣に入ると、歌手ムゼッタの森麻希さんはちょっと迫力不足だったかな。魅力的な役だし、頑張って演技していたけれど。画家マルチェッロは安定感のあるガブリエーレ・ヴィヴィアーニ、哲学者コッリーネがニクラ・ウリヴィエーリ、音楽家ショナールはフリットリの旦那さま、ナターレ・デ・カローリスという顔ぶれ。カローリスは以前のウイーンの「コシ」でも、フリットリと一緒でしたね。仲いいな。2幕で杉並児童合唱団が登場してました。
1幕、2幕続けて60分、シャンパンの休憩を挟んで3幕30分、コーヒータイムのあと4幕30分で計3時間弱。なんだかあっという間でしたね。
1幕ラストで早めに拍手した人がいて周囲にたしなめられていたけど、全体に客席は温かい雰囲気で、指揮者や歌手が何度もカーテンコールに応じ、最後はオケが足を踏み鳴らしてました。豊かな音楽と演劇の要素。また新しいオペラの楽しみを見つけた感じかな。