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神々の黄昏

楽劇「ニーベルングの指環」第3日 神々の黄昏 2010年3月

新国立劇場オペラパレス。1階前方左寄りで、S席2万3625円。キース・ウォーナー演出、ダン・エッティンガー指揮、東京フィル。

2年がかりでトーキョーリングがついに完結! 45分の休憩を2回挟んで3幕6時間半と、また長尺の舞台ですが、いまや全然ひるみませんよ。館内のレストランはすぐ満席になっちゃったけど、ホワイエにけっこうテーブルをしつらえてくれていたので、休憩時間もゆっくりできた。

舞台は先月の「ジークフリート」のキッチュで情報満載の装置に比べ、横移動中心のシンプルな装置に照明の変化が映え、スタイリッシュでした。後方の巨大な羊の頭の映像が、微妙にぶれたり。リング全編で初めて登場した合唱の、白やピンクの衣装もおしゃれ。
そしていまや耳慣れてきた様々なメロディが、これでもかと繰り返されるので、憎しみの集積の愚かさみたいなものが頭の中に反響し、特に大詰め「葬送行進曲」から幕切れまでは圧倒されっぱなしでした。

時になまめかしく重層的な物語を、わずかな人数で演じきる歌手陣は凄い。なんといってもブリュンヒルデのイレーネ・テオリン! 張りつめた声はこれぞライブ。ジークフリートに裏切られて怒りに震える中盤、そして決然と破壊による終結を選ぶ幕切れの「自己犠牲」では、出し惜しみ無し、怒濤のハイテンションだ。まさに鋼鉄の声。ジークフリートのクリスティアン・フランツも、よく対抗してましたね。
二人に比べるとハーゲンのダニエル・スメギは悪役としては抑えめだけど、屈折がよく出ていたと思う。第2幕冒頭の父アルベリヒを死に追いやる演出は衝撃。すらっとしたグンターのアレクサンダー・マルコ=ブルメスターも、一歩下がった感じながらうまい。アインシュタインみたいな髪のルノンと、三段腹衣装のラインの娘たちはかなり戯画化された造形でちょっと気の毒だったかな。

いろんな見方ができる作品なのだろうけど、個人的には自らの意思で溌剌と道を切り開いてきたジークフリートが、愚かな錯誤によって破滅してしまうのがなんともやりきれなかった。自らの過ちに気づかずにいることの、なんという罪の深さ。

カーテンコールでは指揮に対してかなりブーイングがあった。リング初演では途中でN響に交代した因縁の演目らしいし、オケは悔しかったのでは。面白かったのはブーイングが出れば出るほど、ブラヴォーの声も負けずに対抗していたこと。賛否いずれにしても聴衆が熱い! ワーグナーならではの反応なのかもしれないけど、新国立も真剣勝負で、なかなかいいよねー。連休でわざわざ遠くから足を運んだ人もいただろうし。エッティンガーも舞台上でしっかり受け止めてました。
まだまだ比較する知識もないですが、私としてはラストでずっと通奏低音としてあった記録映像の上映シーンを目にしたとき、一緒に物語を見届けた、という達成感が沸いてきて、十分楽しめました!

余談ですが、あとからイレーネ・テオリンが異例に遅咲きの歌手と知ってびっくり。16歳で結婚して、25歳までに3児をもうけてから音大に進んでオペラの道に足を踏み入れたんだそうです。才能がある人っているんですねえ。

ワーグナー「神々の黄昏」@新国立劇場 Tokyo Classic&旅のアルバム

ヘンリー六世

彩の国シェイクスピア・シリーズ第22弾「ヘンリー六世」 2010年3月

さいたま芸術劇場第ホール。蜷川幸雄演出。1階のなかばやや右で、S席通し券1万9000円。

観ましたよ、15世紀の百年戦争、薔薇戦争を題材にした大長尺の歴史劇。松岡和子訳、河合祥一郎構成で、前後編を15分休憩2回、60分休憩1回を挟み8時間半、一気上演です。

装置は後方の階段に客席を設けているものの、白を基調にしていてシンプル。蜷川演出の妙は、シーンに合わせて、王位をめぐり泥沼の闘いを続けるランカスター家の赤薔薇、ヨーク家の白薔薇、それにフランス王室の百合を、一定のゆっくりしたテンポで降らせたことでしょう。何も降っていないかのように芝居が続くだけに、無為に降る花が観る側をいらいらさせ、また場面展開のたびにゴールド・シアターの女優陣らが淡々と花を片づけるのも、いつの時代も変わらない権力闘争の愚かさを象徴するかのようでした。

物語は裏切りに次ぐ裏切りで、まあ観る方がぐったりするくらいですから、テンションを保つ俳優陣は凄いです。特に前編でジャンヌ・ダルク、後編で王妃マーガレットを演じて、ほぼ出ずっぱりの大竹しのぶ。カリスマから悪女まで、さすがの振幅の大きさです。それに比べると、ヘンリー六世の上川隆也は引き気味の演技。以前に観た「その男」や「蛙合戦」のような華は封印していた。煮え切らないけど、一貫して唯一の「呪わない人」であり続ける役どころだから当然か。弱いだけでもなく、虚しさを知り抜いた最期は泣けた。
アクの強いヨークの吉田鋼太郎がさすがの存在感。ジャンヌ処刑シーンで縄がほどけたり、罪状を書いた札が落ちたりというハプニングがあったけど、落ち着いて突っ込んでましたね。後編から登場するリチャードの高岡蒼甫が、屈折がいまひとつながら意外に頑張っていた。

それから見違えちゃったのが池内博之さん。色黒の不良っぽい俳優さんというイメージがあったけど、いきなりマーガレットと恋に落ちちゃうサフォーク伯爵と、敵味方の間で揺れ動くヨーク兄弟のジョージの2役を演じていて、野心家ながらたたずまいが繊細な感じ。フランス皇太子シャルル、ヨークの長男エドワードの長谷川博己や、若手ではサマセット公爵の星智也が長身で目立ってた。とにかくお疲れさまっ!

 ヘンリー六世 シターゴアのつぶやき

御名残三月大歌舞伎「筆法伝授」「弁天娘女男白浪」「道明寺」「石橋」

歌舞伎座さよなら公演 2010年3月

歌舞伎座もいよいよあと2か月。思い切って第2部・第3部の通しに挑戦。休憩を入れて7時間近い長丁場ですが、「家の芸」の連続で、さすがに見応えがある。1F中央付近で1万5000円。

2部、3部の「菅原伝授手習鑑」初段の切と2段目の切で、当代仁左右衛門が丞相を演じる。有名な「寺子屋」と比べあまり上演されない幕らしいが、知識がない私にとっては「寺子屋」の悲劇の背景となる道真の高潔さ、偉人ぶりがよくわかって面白かった。特に2段目「道明寺」は13代目片岡仁左右衛門17回忌追善と銘打たれ、先代が「神品」と言われた役どころというから、気合いが入ります。

仁左右衛門さんはさすが、上品でしたねえ。2部の「筆法伝授」で舞台が回り、学問所でおもむろに御簾があがって登場したときの威厳といったら。先月の「じいさんばあさん」と同じ役者とは思えません。白木作りに梅をあしらった襖も美しい。動きが少ない主役に対し、丞相を尊敬して一子・菅秀才を救い出す梅玉さんの武部源蔵、歌昇さんの梅王丸が若々しく一途。憎まれ役の左中弁は、東蔵さんが大げさなくらいコミカルに演じていて、めりはりがありました。
3部の「道明寺」では、仁左右衛門さんが動く木像の奇跡を端正に、苦悩を込めて演じます。もう神の領域ですから、誰でもできるってわけじゃないなあと納得。盟友・玉三郎さんは「三婆」の一つという初役・覚寿で、女傑ぶりを発揮してました。道真暗殺計画のため娘を手にかけた宿禰太郎に斬りつけ、階段を上りながら、使者に応じるトンデモシーンにはのけぞりましたぁ。

このほか2部は「弁天娘女男白浪」で、お待ちかね菊五郎さんが弁天小僧です。ぽとり、と簪が落ちてから怒濤の啖呵が退廃的で理屈抜きに気持ちいい。力丸が吉右衛門、日本駄右衛門が幸四郎と配役も豪華。浜松屋のせがれでちらりと出ていた菊之助さんの声の良さが印象的でしたね。

3部のラスト「石橋」は松羽目ものの舞踏劇だけど、新曲・新演出ということで変化に富んだ構成。まず80歳の富十郎が獅子の精、70歳で授かった息子・鷹之資が文殊菩薩という配役が文句なく微笑ましい。途中では錦之助、松緑の達者な狂言あり、長唄三味線のソロあり。終盤は派手なとんぼも連発され、とっても楽しめました!

KANJURO人形の世界「知盛」「関寺小町」「鷺娘」

桐竹勘十郎プロデュース KANJURO人形の世界 2010年2月

人形遣い勘十郎さんがトークを交えて2時間、人形の魅力を伝えるイベント。日経ホールの中央やや左で6000円。客席にはベテラン俳優さんの顔もありました。

開幕そうそう、舞台右には呂勢大夫さんと鶴澤燕三さん。中央の屏風が開いて、派手な白装束の知盛が登場する。勘十郎さんは黒頭巾をつけ、悲劇の武将を格好よく遣う。終わると、頭巾姿のまま再登場して「忠信役が多いから知盛はやったことないんです」と。なるほど。人形についてひとしきり解説した後、「菅原伝授手習鑑」の一節を人形二体の足だけで見せるという面白い試み。これは普段わかりづらい足の演技、リズム感とかがよくわかってとても面白い。隣の席の女性も楽しそうでした。

休憩を挟み、録音のチェロ独奏曲をバックに「関寺小町」。ススキを持ったりしながら老女の哀愁を切々と。さらにソプラノ歌手・中丸三千絵さんとのトークを挟み、最後は「鷺娘」。舞台右には呂勢大夫、咲甫大夫、燕三、清志郎、寛太郎がずらり。傘を持った鷺の化身が降りしきる雪のなか、ときに色っぽく、ときに激しく踊る。勘十郎さんの才気が感じられる、楽しい舞台でした。ちょっと見下ろす角度だったのが残念でしたけど。

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