歌舞伎「お国と五平」「怪談乳房榎」
八月納涼大歌舞伎 09年8月
歌舞伎座さよなら公演の8月第三部に行った。夏恒例、若い観客向けの短時間興行で6時開演。席は初めての1Fの花道すぐ横で、大迫力! 1万3000円。
平日だけど幅広い観客で賑やか。かつてニッパチの8月は歌謡ショーやレビューを上演していたが、ちょうど20年前に花形・勘九郎(当時)らの情熱で「納涼歌舞伎」を始めた、その節目の年だという。歌舞伎人気を感じますね。
演目はまず「お国と五平」。これには驚きました。谷崎潤一郎作で、舞台一面、那須の寂しいススキの原が広がり、歌舞伎らしからぬ薄暗い照明。後段、背後にかかる赤い月があやしい。セリフ回しも現代風です。
登場人物は劣等感のかたまりのような武士の池田友之丞、夫の仇として友之丞を追うお国、その供で若党の五平という3人だけの、静かな会話劇。しかし3人の人間関係が、やりとりが進むにつれ2転3転して緊迫感がある。仇と追われる友之丞が、逆にストーカーと化してお国を追いかけていたり、理想的な主従のはずのお国と五平が許されない恋に落ちていたり。誰もが抱える身勝手さやずるさが、残酷に浮かび上がる。
お国の中村扇雀さんに色気があった。友之丞は三津五郎、五平は健闘の勘太郎さん。
30分の休憩を挟んで、お待ちかね、これぞ納涼という演目「怪談乳房榎」。絵師・菱川重信殺人事件をめぐる怪談で、幽霊が出てくるとはいえ、ケレンたっぷりの理屈抜きに楽しい舞台です。
とにかく勘三郎さんが、4役早変わりでたっぷり見せる。特に観客の目の前、花道の上で入れ替わる技は、すごく前に猿之助さんで観たことがあったけど、今回もどういう仕掛けか全くわかりませんでしたぁ。2幕目、料亭花屋の階段のところでのあっという間の変わり方も見事。
とはいえ途中、客席にいても花道の下あたりをどたばた役者が走るような音が聞こえたし、「大詰角筈十二社大滝の場」の本水を撒き散らすド派手な立ち回りでは、入れ替わるのがよく見えるし、なんと勢い余ってカツラがとれちゃうし! まるで手品のような「十二夜」菊之助さんの早変わりぶりに比べると、勘三郎さんは必死な感じで、でも、そこがとても良いんだなぁ。芸術家、実直な下男、やくざ者という、まるで性格の違う男を続けざまに演じて、しっかり演じ分ける役者魂に拍手。
中村福助さんが上品なお関。弟の橋之助さんが色悪の磯貝浪江で、存在感たっぷり。いつものメンバーで息もぴったりというところでしょうか。
最後に勘三郎さんがさらなるサービス精神を発揮、原作者で明治の名人落語家・円朝に扮し、にぎにぎしく挨拶して〆となりました。花道に残った水足跡が感激! あー、面白かった。
怪異の世界#59…八月納涼大歌舞伎「怪談乳房榎」(歌舞伎座) 飾釦
横山泰子『江戸歌舞伎の怪談と化け物』を読む 六条亭の東屋