市ケ尾の坂

M&Oplays プロデュース 市ケ尾の坂―伝説の虹の三兄弟―  2018年6月

大好きな岩松了作・演出。1992年(東京乾電池を離れたころでしょうか)初演作、26年ぶりの再演だ。横浜市青葉区に暮らす兄弟の、子供みたいにじゃれ合い、互いを大事に思う日常。なんだか可愛らしい家族劇で、くだらなくも、じんとする。本多劇場の中央いい席で6500円。休憩なしの2時間強。
郵便局員の長男・司(大森南朋)、三男・学(森優作)、サラリーマンの次男・隼人(三浦貴大)は、近所の画家・朝倉(岩松)の後妻で、レコード(!)の貸し借りなんかをするカオル(麻生久美子)のことが、気になってしょうがない。そんな折、朝倉家の家政婦・安藤(池津祥子)から先妻と子供の事情を聞いて…
岩松節の名セリフがふんだんだ。「自信がないから、相手との間に何かを育てるんだ」。人と人の関係は、常に揺れ動く。いつまでも捨てられない子供時代の松葉杖や、花火の夜の高揚が印象深い。
麻生がいつにも増して、気取ってないのに上品な個性で目を引きつける。舞台は3作目という三浦の醸し出す色気が、嬉しい発見だ。「三人姉妹はホントにモスクワに行きたがっているのか?」の森も、丸顔にマッシュルームカットが似合い、駄々っ子ぽさがでていて健闘。
メーンの大森は終始ハイテンションで動き回り、たっぷり笑わせて、長男らしく舞台を牽引。初演は竹中直人が演じたんですねえ。大人計画の池津のコメディエンヌぶりが巧く、岩松さんは派手な風体でインパクト大き過ぎ。
畳敷きにバーカウンターがある、不思議な木造家屋のワンセット(美術は長田佳代子)。昭和な懐かしさだ。岩松さんには珍しく、階段が隠れてるなあ、と思ったら、どっこい障子が開いて、ラストに効果的に使われました。

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フィデリオ

2017/2018シーズンオペラ 開場20周年記念特別公演 フィデリオ  2018年6月

芸術監督4年の集大成で飯守泰次郎がタクトを振り、ワーグナーのひ孫、バイロイト音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナーが演出した話題の新制作。ラストの衝撃的かつ皮肉などんでん返しに、しばらく聴衆のざわめきがおさまらない、新国立劇場としては異例の展開だ。これがムジークテアター(音楽劇)というものか。
飯守リングを並走しきったステファン・グールド(アメリカのテノール)はじめ、歌手は高水準で、いろんな意味で鮮烈な舞台でした~ オケは東京交響楽団。男性客が目立つ新国立劇場オペラハウス、中央のいい席で2万4300円。休憩1回で3時間弱。
べーとーえ「レオノーレ」序曲第3番
「レオノーレ」序曲第3番
ベートーベン唯一のオペラ「フィデリオ」は、政敵に夫フロレスタン(グールド)を不当投獄された妻レオノーレ(ドイツのソプラノリカルダ・メルベート)が、男装して看守フィデリオと名乗り、決死の救出に向かうという、力強い愛と自由の物語だ。個人的には2008年ウィーン国立歌劇場の来日、小澤征爾指揮で聴き、2幕2場前の壮大な「レオノーレ序曲第三番」に喝采した記憶がある。
ところが今回は、序曲を聴くどころじゃない。なにしろ演奏の間、刑務所長ドン・ピツァロ(新国立初登場の長身のバリトン)が再会を果たした夫妻を刺し、地下牢の入り口をブロックで塞いじゃうシーンが展開するのだもの。やられました~
歌手陣ではなんといってもグールド。2幕で「神よ、ここはなんと暗いのか」を歌い始めると、その朗々ぶりで一気に次元が切り替わる。1幕では歌わないのに、ずっと地下牢にいて、壁にレオノーレの絵を描いていたし。フィデリオに一目惚れするマルツェリーネの石橋栄実(大阪音楽大教授のソプラノ)も、高音がよく響いて存在感たっぷり。看守長ロッコにお馴染み妻屋秀和(バス)、囚人1に片寄純也(二期会のテノール)。
セットはプロセニアム(開口部)いっぱいを使った、2階建て(1部3階建て)の監獄で、さらにセット全体がせり上がって、地下牢が現れる大掛かりなもの。無機質なセメントと青銅に、マルツェリーネの周囲だけが明るい。肖像画にスポットがあたったり、踊るマルツェリーネの人影が地下牢に投影するなど、照明が登場人物の屈託を表現して巧い。光と闇を強調するのは「新バイロイト様式」だそうです。
ドラマトゥルクのダニエル・ウェーバー(バイロイト制作部長)、美術のマルク・レーラーらカタリーナ組なのかな。
入り口前に売店が充実し、ロビーには飯守監督の軌跡をたどるパネル。2014年開幕の大作「パルジファル」、洒落た演出の「イェヌーファ」、フォークトさまの「ローエングリン」… お疲れ様でした! 尾崎元規理事長の姿も。

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図書館的人生Vol.5 襲ってくるもの

イキウメ「図書館的人生Vol.5 襲ってくるもの」  2018年6月

作・演出前川知大の、書棚を眺めるように連想と飛躍を楽しめる短編シリーズ。今回は意識の底からふいに浮かんでくる衝動や記憶を描くSFだ。いつもどおり、笑いのなかにゾクッとさせる要素がたっぷり。演劇好きが集まった感じの東京芸術劇場シアターイースト、上手寄り前の方で5000円。休憩なしの約2時間。
今回は3編で、まず「箱詰めの男」の設定は2036年。病を得た脳科学者(安井純平)が身体を捨て、意識と記憶をPCに移す道を選ぶ。嗅覚を追加することで人間らしくなるものの、辛い記憶に襲われて… AIばやりの昨今、絵空事とも思えないホラーだ。妻に安定の千葉雅子、振り回される息子に盛隆二、怪しい科学者・時枝(「天の敵」にも出てきましたね)は森下創。
続いて「ミッション」の舞台は2006年。かつて衝動的に死亡事故を起こしたドライバーの山田(大窪人衛)は、衝動も巡り巡って意味をもつ、と主張して暴走し始める。ストーカーの過去を持つ同僚・佐久間、田村健太郎が飄々として巧い。
ラストの「あやつり人間」は2001年。就活生の由香里(「片鱗」「太陽」がチャーミングだった清水葉月)は、母(千葉雅子)の病気再発を契機に、すべてをリセットして納得できる道を歩もうと思い始めるが、兄(浜田信也)や恋人(田村)の強硬な反対に遭い… 1作目、2作目の断片をまぶしながら、何が本当の満足、思いやりなのかをストレートに問う。職人になった友人の小野ゆり子が、いつもながらすらりとして魅力的だ。
シンプルな美術は土岐研一。ロビーには長塚圭史さんの姿も。

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METライブビューイング「ルイザ・ミラー」

METライブビューイング2017-18第9作「ルイザ・ミラー」 2018年5月

ヴェルディの割に、馴染みがない演目に足を運んでみた。中期「リゴレット」に先立つ1849年初演とあって、過渡的な作なのか、前半は満艦飾のベルカント、幕切れは浄瑠璃ばりの怒涛の人間ドラマと、てんこ盛り過ぎ。しかしそこはさすがのスター競演で、甘いメロディーとあいまって、聴くものを酔わす贅沢な舞台でした~ 
レヴァイン降板で指揮はフランスのベルトラン・ド・ビリーが手堅く。4月14日の上演。空いている東劇で3600円、休憩2回を挟み3時間半。
ストーリーは割とシンプルな、身分違いの恋の悲劇だ。敬虔な村娘ルイザ(ブルガリアのソプラノ、ソニア・ヨンチェヴァ)がそうと知らず、領主の息子ロドルフォ(ポーランド生まれのテノール、ピョートル・ベチャワ)と相思相愛に。裕福な未亡人(若手メゾのオレシア・ペトロヴァ)との縁組を画策する悪玉領主・ヴァルター伯爵(ロシアの大型バス、アレクサンダー・ヴィノグラドフ)は、ルイザの父ミラー(プラシド・ドミンゴ)を投獄する。
ルイザは伯爵の手下ヴルム(ウクライナ生まれのバスの新星、ディミトリ・ベロセルスキー)に脅されるまま、偽りの手紙をしたため、父の釈放を確かめると、激怒したロドルフォのもった毒をすすんであおっちゃう。その真心を知ったロドルフォは父の悪事を暴露し、ヴォルムを道連れにルイザのあとを追う。
高い技巧と容姿を兼ね備えた恋人ふたりが強力だ。今シーズンの「ノルマ」がよかったヨンチェヴァは、やや暗い個性が、「椿姫」の先駆といわれる犠牲的なヒロインに合う。2幕の名曲「神様、お許しください」などで、輝く高音を披露。ベチャワも苦悩ぶりがはまっており、幕切れのロマンチックなアリア「穏やかな夜」をたっぷりと。悪役の低音2人が人間の弱さ、屈折を表現し、珍しいバス2重唱は圧巻でした。
そしてなんといっても77歳のレジェンド、ドミンゴ。テノールとしてロドルフォを得意としていたけど、今回は堂々、バリトン役に挑戦して観客も大喝采。菊五郎さながらの別格感です。
エライジャ・モシンスキーの鉄板演出は、40年近く前にドミンゴが登板した伝説のプロダクションとか。のどかなチロルの村や、重厚な伯爵邸などが古典的で落ち着いている。案内役は華奢なテノールのA・R・コスタンゾ。ドミンゴへの尊敬があふれてましたね。
若手の起用が目立った今季のライブビューイングは結局、10作中4作を鑑賞しました。来季はネトレプコの「アイーダ」、ヴェストブルック&カウフマンで「西部の娘」、ダムラウ&フローレスで新演出「椿姫」等、大物復帰の印象だ。演目ではガランチャ&アラーニャの「サムソンとデリラ」、ネトレプコがずばり女優役という「アドリアーナ・ルクヴルール」が気になるかなあ。

切られの与三

渋谷・コクーン歌舞伎第十六弾 切られの与三 2018年5月

2008年以来5度目のコクーン歌舞伎。いつもの串田和美の演出・美術に、補綴として木ノ下裕一を起用、名場面の後日談が新鮮だ。立役に挑戦した七之助の、不安定で繊細な個性が光る。幅広い観客が集まったシアターコクーン、かなり前のほう下手寄りで1万3500円。休憩を挟んで3時間。
原作は三代目瀬川如皐(じょこう)による、1853年(黒船来航のころなんですね)江戸中村座初演作「与話情浮名横櫛(よわなさけきなのよこぐし)」。2015年に玉三郎・海老蔵コンビで観て、2人の色っぽさが印象的だった演目だ。
今回は歌舞伎の名シーン「源氏店(げんやだな)」は4場でみせてしまい、その後、12場まで続く意外な構成。歌舞伎に先立つ落語などを参考にしているとか。与三郎が強請り、殺し、島送りと、どんどん転落していく。その間に運命の女・お富と何度もめぐり逢い、また別れる。正直ややダレ気味のストーリーなんだけど、俳優の魅力と演出のメリハリで飽きさせない。
島抜けしてまで執着した江戸に戻った与三郎が、都市の雑踏で感じる疎外感。刹那に生きる若者の孤独が、なんとも現代的だ。だからこそ古典のお約束、忠臣の自己犠牲で傷を癒やすというご都合主義を、あっさり覆してみせるラストが爽快。ぱあっと視界が開けて、生きてきた証のように傷を引き受けた与三郎の、七五調の名台詞が観るものを揺さぶります。木下ワールドだなあ。
ワキ陣が節目で講釈師となり、筋を解説するのがわかりやすい。上下でDr.kyOn(元ボ・ガンボス)率いるバンドが、ライトモチーフさながらピアノとウッドベースでジャズ風に演奏するのもいい疾走感だ。附打の山崎徹は完全にパーカッショニスト。
与三郎の七之助が期待通り、見た目は凄みがあっても中身は甘ったれの若旦那、という切なさを存分に。八代目團十郎が作った役なんですね。幼いころの隠れんぼのまま、ずっと坊ちゃんを探し続ける下男忠助(笹野高史)の存在が効いている。お富の梅枝も古風な佇まいのなかに若さがあり、性悪だけど、男に頼らなければ生きていけない哀しみがにじむ。「きっとあるはずだよ。お前の居場所がサ。うらやましいねェ、お前は走れるんだもの」
もちろんワキは安定。笹野は与三郎とつるむ小悪党・蝙蝠の安と2役。ほかにお富の兄・和泉屋と終盤のキーマン・久司に扇雀、木更津の親分・赤間に自由劇場の真那胡敬二、その子分と和泉屋の藤八に亀蔵。
こうだったはずの与三郎ともいえる弟・与五郎、萬太郎(梅枝の弟)は、声が通って頼もしい存在だ。その嫁・おつるは鶴松だけど、女形向きではないかな。
ロビーは和菓子などの売店が多くてウキウキ。知人に何人か遭遇。時蔵さんの姿も。

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ハングマン

PARCOプロデュース2018 ハングマン-HANGMEN-  2018年5月

昨年末の「ビューティー・クイーン・オブ・リナーン」がとてもよかったマーティン・マクドナーの2015年初演作を、小川絵梨子翻訳、長塚圭史演出で。ブラックな笑いで、正義の嘘くささ、人の身勝手さをシビアに見せつける、かなり手強い戯曲を、田中哲司はじめ手練の俳優陣がテンポよく演じて、実に面白い。芝居好きが集まった感じの世田谷パブリックシアター、中ほど前の方で8500円。休憩をはさみ3時間弱。
1965年、イングランド北西部の都市オールダム。元絞首刑執行人(ハングマン)ハリー(田中)と妻アリス(秋山菜津子)が営む冴えないパブで、地方紙記者クレッグ(長塚)がハリーに、絞首刑廃止についてインタビューし、ハリーは独善的な持論を展開する。ロンドン男ムーニー(大東駿介)が現れ、内気な娘シャーリー(「ソロモンの偽証」の富田望生が初舞台)を誘う。翌日、夫妻が帰らないシャーリーを心配しているところへ、愚鈍な助手シド(大人計画の宮崎吐夢)がやってきて、2年前に刑を執行した殺人犯が実は冤罪で、ムーニーが真犯人ではないかとにおわす。降りしきる雨のなか、不安に追い詰められたハリーは無責任な常連客たちと共に暴走し…。
オールダムの面々は実にダメダメで滑稽だ。田舎者で偏見の塊、思い込みが激しい。特にハリーはプライドが高く、強烈にライバル視している先輩ピアポイント(実在のラストハングマン、三上市朗が朗々と)も負けずに尊大。刑事のくせにパブに入り浸ってるフライ(羽場裕一)はじめ、ビール好きだち(元自由劇場の大森博史、市川しんぺー、元東京乾電池の谷川昭一朗)は金欠かつアル中気味だ。
キルケゴールとか「ベイビーシャム」(洋梨の発泡酒)とか、小ネタで吹き出しているうちに、真相はあいまいなまま破滅に至る。いったい何が公正なのか。観るものを突き放す幕切れがシャープだ。
暴走する田中を、秋山がしっかり受け止め、ワキも抜群の安定感で、憎めない造形。金髪で唯一の都会派・大東に不穏な色気があって、かなりいい。ほとんどパブのワンセットだが、アクセントをつける照明が秀逸だ。一部を回り舞台で転換。美術はお馴染み二村周作。

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ヘンリー五世

2017/2018シーズン ヘンリー五世  2018年5月

日本では馴染み薄いけれど、英国では戦意高揚の意味を持つシェイクスピア史劇(第二次大戦末期にローレンス・オリヴィエが、またフォークランド紛争直後の1989年にケネス・ブラナーが映画化)を、正統派の小田島雄志翻訳、鵜山仁演出で。アクションと笑いの中にリーダーの責任や、戦争の連鎖という重いテーマもにじむ。ヘンリー五世は純白の衣装がどんどん血糊で汚れていくし、ラストには後方に赤く染まった巨大な英国旗が掲げられて、「ヘンリー六世」(こちらも2010年蜷川版で観ました)のジャンヌダルクの蜂起と薔薇戦争の泥沼を予感させて、シビアだ。ウラケンファンの女性グループが目立つ新国立劇場中劇場、中央あたりの見やすい席で8640円。休憩を挟み3時間弱。
「ヘンリー四世」(2013年蜷川版がとてもよかった)のやんちゃなハル王子=ヘンリー五世(浦井健治)が、颯爽たる主人公。1415年、25歳の若さでフランスへ攻め込み、1万2000の兵で5万の敵と対峙したアジンコートの戦いに勝利する。「聖クリスピンの祭日の演説」、そして自信満々のフランス軍を無骨勇猛なイングランド軍がやっつけるところがクライマックスだ。
ヘンリー五世は裏切りを許さない苛烈さと同時に、内省的な面をもつ造形。戦いの前夜には変装して野営地を回って、兵士をからかう温かみを見せ、さらに孤独に父王の王位簒奪を懺悔する。終盤に征服者なっがら、「一目惚れです」と臆面なくフランス王女キャサリン(中嶋朋子)を口説いちゃうのはコミカルだけど、和解への知恵にも思える。
単なる英雄譚に終わらないのは、大義を相対化してみせるワキの存在が大きい。複数の説明役のほか、格好いいけどやや求心力不足の浦井に対し、ピストルの岡本健一と騎士フルーエリンの横田栄司のアクの強さが際立つ。
王の悪友だった岡本は、革ジャン・短パンという場末のパンク風で、怪しさ満載。カネ目当てで戦地に赴き、野卑に戦争の無残を象徴する。一方の横田はウエールズ訛りで帽子にネギを刺し、愛嬌たっぷり。下手の池に繰り返しはまるベタなギャグはステロタイプな道化役ながら、アイルランドの騎士マックモリス(太っちょの文学座の太っちょ櫻井章喜)らと共に、寄せ集め軍の田舎っぽさを象徴。軍議の合間に手鏡をのぞいちゃう、気取ったフランス宮廷との差異をくっきりさせる。
透明感で突出する中嶋が、敵の英語を学ぼうと苦労するのも、辺境たるイギリスを思わせる。だらしなくリクライニングした椅子に座るフランス王シャルル六世は演劇集団円の立川三貴。ほかに反逆者ケンブリッジ伯などで下総源太朗、フランス軍司令官に文学座の鍛冶直人ら。
奥行きのある半円のステージで、左右に櫓、手前に小ゼリというシンプルなセット(美術は島次郎)。旗を多用し、視覚で英仏などを表すのが効果的だ。終わらない戦争。2003年ロンドンナショナルシアターでの上演では、イラク戦の大義を問うたという見方もある戯曲。ヘンリー五世が34歳で急逝せず、もう少し長生きしていたら歴史はどうなったんだろうと思わずにはいられない…
公演後はウラケンファンが長蛇の列。目撃した知人によると一人ひとり握手して、プレゼントを受け取るのだそうです。スターだなあ。

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METライブビューイング「コジ・ファン・トゥッテ」

METライブビューイング2017-18第8作「コジ・ファン・トゥッテ」  2018年5月
2008年にウィーン国立歌劇場の来日公演(ムーティ+フリットリ)で聴いたモーツァルトの恋愛喜劇。デスピーナにミュージカルスターのケリー・オハラ(オクラホマ出身のソプラノ)を迎え、設定を1950年代コニーアイランドに置き換えたイギリス人フェリム・アクダーモットの新演出がなんともキッチュ。
イングリッシュ・ナショナル・オペラとの共同制作
サンタモニカ生まれのデイヴィッド・ロバートソンは古典的な指揮。3月31日上演。イングリッシュ・ナショナル・オペラとの共同制作だそうです。東劇で3600円、休憩1回で3時間半。
恋人を試そうと、男2人が変装して互いのパートナーを口説くという、ありえないシチュエーション。それだけに、蛇使いなどちょっと気味悪い大道芸人らが活躍したり、カラフルなコーヒーカップや気球が躍動したり、カラフルな嘘くささがはまってる。
悪戯を仕掛けるフェルランドに長身で甘い美声のベン・プリス(アメリカのテノール)、グリエルモに野性的で表情豊かなアダム・ペラヘトカ(チェエコのバス・バリトン)、そしてお茶目な妹ドラベッラに色っぽいセレーナ・マルフィ(イタリアのメゾ)と、若手が健闘。堅物の姉フィオルディリージ、ひょろっとしたアマンダ・マジェスキー(シカゴのソプラノ)はやや影が薄かったか。
皮肉な策士ドン・アルフォンソで演技派クリストファー・モルトマン(イギリスのバリトン)、さらにモーテルの清掃係のオハラが加わって、モーツァルト節の多様なアンサンブルが心地よく響く。ダンスも盛りだくさんで、他愛ないハッピーエンドで幕となりました。
イングリッシュ・ナショナル・オペラとの共同制作。
イングリッシュ・ナショナル・オペラとの共同制作。
イングリッシュ・ナショナル・オペラとの共同制作。
案内役はシーズン開幕の「トスカ」がよかったディドナートで、主要キャストや大道芸人、次作に登場するヨンチェヴァにインタビュー。さらにゲルブ総裁が新音楽監督のヤニック・ネゼ=セガンと対談した特典映像も。3月の衝撃的なレヴァイン解雇で繰り上げ就任となったけれど、そんなことには引きずられず、1975年モントリオール生まれの若きマエストロは前向きでした~

文楽「本朝廿四孝」「義経千本桜」

第203回文楽公演 第一部  2018年5月

4月の大阪に続いて、五代目吉田玉助襲名披露公演、東京での初日に駆けつけた。4月と同じ演目だけど、口上での仕草や、「本朝廿四孝」の豪快なクライマックスがよりパワーアップ! 名人・竹本住太夫死去の報もあいまって、新世代への期待が満ちる熱気ある舞台でした。国立劇場小劇場、中央前の方のいい席で7000円。休憩を3回で4時間半。
人形陣ばかりで固めた口上から、芝居っけ十分。そして「本朝廿四孝」は先月観たばかりなので、複雑なストーリーも大丈夫。新・玉助の横蔵が豪快だ。鳥が騒いでただならない雰囲気、さらに降り積もった雪を蹴散らす立ち回りと、よくできた演出なんだなあ。清治さんの三味線が相変わらず切れ味鋭く、呂勢太夫も明朗。
ロビーにずらり並んだ花や、知人が多い客席も一段と華やか。道行を舞台後方で語った咲太夫さんの衰えや、文字久太夫さんの大怪我休演は気になったけれど、それを吹き飛ばすウキウキでした。

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談春「お札はがし」「らくだ」

立川談春独演会2018  2018年5月

昨年は郭噺の会だった、三社祭前の浅草公会堂。今年は意外にシュール気味のネタ2席だ。上手寄りやや前の方で4320円。
前座なしで師匠が登場し、「気が早いけど夏の着物です」「毎年やっている人がいますが、違った感じになると思う」と前置きして、牡丹燈籠から「お札はがし」。毎年やっている、とは、言わずと知れた8月の志の輔らくごのことですね。
この日はお馴染み「カランコロン」から、幽霊より怖い伴蔵・お峰夫妻の悪事のくだり。前半は笑いたっぷりで、大詰めでぞくっとさせる。
中入り後は「らくだ」。なんだか「怖い」つながりだけど、なぜこのチョイスか、という説明はなし。立場逆転で、紙くず屋が半次をやり込めちゃうところまで、約1時間の大ネタです。兄貴分の、強面のくせに妙に人がいい造形が、いい。この演目は、個人的にどうしても鶴瓶のイメージが強いんだけど、さすがにキャラの個性、特に酒を呑んでからの変貌ぶりがくっきりしていて吹き出す。充実でした。

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