オーランドー

KAAT×パルコプロデュース「オーランドー」  2017年10月

英バージニア・ウルフによる1928年発表のファンタジーを、シカゴ出身のサラ・ルールが翻案、1998年に初演した戯曲。おもちゃ箱をひっくり返したよう。演出の白井晃が、2016年の名作「ディスグレイスト」直後の小日向文世に新幹線で乗り合わせ、その場で構想をプレゼンして実現した公演だとか。小田島恒志・則子の翻訳で、KAAT神奈川芸術劇場大ホールの、中段やや下手寄りで8500円。休憩を挟み2時間半。

16世紀から18世紀に至る、イングランド貴族オーランドー(多部未華子)の荒唐無稽な冒険談。前半は美青年、後半はなんと女性に転じつつ、エリザベス1世(小日向文世)をはじめ、時代も性別も超えて恋愛遍歴を繰り広げる。原作はジェンダー論として研究されてるらしいけど、理屈っぽくない人生賛歌という感じかな~

ウルフの同性愛の相手がモデルだというタイトロールを、多部がほぼ出ずっぱりで、しなやかに。派手派手の小日向も楽しそう。メーン2人に加えて、達者な野間口徹、池田鉄洋、戸次重幸、そしてバレエ経験のある小芝風花が、目まぐるしい衣装替えで20以上の役とコーラス(ナレーション風)をこなし、笑いもたっぷりと。キャスティング贅沢過ぎです。
広い空間を、巨大な樫の木など限られたセットで、華麗に見せる(美術は松井るみ)。音楽の林正樹が下手でピアノを弾き、上手でマルチリード(複数の管楽器)とパーカッション。俳優はマイク使用。
客席の渡辺えりさんが目立ってました~

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関数ドミノ

関数ドミノ  2017年10月

2014年の再々演がよかった前川知大の不穏かつ緻密なSFを、「お勢登場」の寺十吾(じつなし・さとる)が演出。駄々っ子のような瀬戸康史に焦点を絞った印象で、イキウメ独特の浮遊感は少なく、瀬戸の発散する歪みがリアルだ。ちょっとイライラするほどだけど、その分、大詰めで勝村政信が噛んで含めるメッセージが、希望の余韻を残す。今回は2009年版がベースだそうだ。
ワタナベエンターテインメント主催。女性ファンが集まった本多劇場の、中段上手寄りで7500円。休憩無しの約2時間。

ある町で、不可解な交通事故が起きる。車が大破したのに、ぶつかったはずの田宮(池岡亮介)は無傷。保険調査員の横道(勝村)が田宮の連れの作家・森魚(柄本時生)、目撃者の真壁(瀬戸)、秋山(小島藤子)に事情を聞くと、真壁は森魚について奇妙な「ドミノ仮説」を唱えだし、さらにはカウンセリングで知り合った土呂(長身の山田悠介)を巻き込んで「証明」に乗り出す。

後半、無意識に体をかきむしる瀬戸の演技が、不公平感、ひがみに凝り固まった苦しい内面を映し出して、鬼気迫る。「マーキュリー・ファー」の俳優さんだもんなあ。対峙する柄本の普通さが強靭で、いかにもなセリフの間合いも絶妙だ。また柄本にジェラシーを抱く池岡に、なかなか陰影があり、何故か瀬戸を支え続けるショートボブの小島は、透明感が印象的。
楽しみな若手それぞれの奮闘が、勝村の登場で見事に連携しだすのに、また目を見張る。常に一歩ひいて舞台を俯瞰しており、セットの不自然さを逆手にとって、しつこく笑いをとるあたりも、さすが! いつもレジ袋をぶら下げているし。大人だなあ。瀬戸を気にかけるカウンセラー、大野の千葉雅子も安定。

陰影の濃いステージ。後方左右に段差のあるボックスを置き、暗転と最小限の家具の出し入れでシーンをつなぐ。ラスト、上方で回る小さい風車は、時の流れの象徴なのか。美術は「薄い桃色のかたまり」に続いて原田愛。

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薪能「二人袴」「大般若」

第十五回飛鳥山薪能  2017年10月

天候に恵まれ、中秋の名月を愛でつつ、野外の薪能に足を運んだ。4月の夜桜能に続き、季節感+伝統芸能で心が豊かになる。思いがけずド派手な演目で、得した気分。
JR王子駅にほど近い飛鳥山公園内野外舞台、前方中央のSS席で8500円。恒例行事とあって団体客も。寒かったけど、落語「王子の狐」を思わせる幸寿司のお稲荷さんを売っていたり、携帯カイロを配ってくれたり、地元あげての手作り感が嬉しい。休憩を挟み約2時間。

まず中村雅之・横浜能楽堂館長の解説、八木光重・王子神社神主のお祓い、花川與惣太・北区長らの火入れ式があって、狂言「二人袴」。若い内藤連(万作の弟子がきびきびと)の聟が挨拶のため、野村万作(人間国宝)の舅を訪ねるが、気恥ずかしいと言って兄・野村萬斎に付き添ってもらう。兄は門前で待つが、太郎冠者に見つかってしまい、祝儀の長袴は1枚しかないので、聟と交互につけて誤魔化す。ついに2人同時に招き入れられ、なんと袴を半分ずつ着けて盃を受けるものの、ひとさし舞えと言われて…
現代的な、めちゃ頼りない聟、招かれて大らかに「迷惑だあ」と叫ぶ兄に爆笑。袴を裂いちゃうアクションも派手だ。4月にも観た86歳の万作さん、礼儀とか言いながら、自分が呑みたいだけでは、と思わせる、飄々とした雰囲気がいい。

休憩後は再び中村館長の解説後、能「大般若」。意外にも一大スペクタクルで、びっくりするやら、面白いやら。
タイトルは三蔵法師が求めたお経のことだ。若い三蔵法師(ワキ、御厨誠吾)が天竺へ向かう道中の流沙河(りゅうさが)で、怪男(前シテ、松木千俊)に出会う。男は「お前は前世で大願かなわず、ここで7度命を落とした。自分は川に住む深沙大王だ。今度は経を与えよう」と語る。
大王ノ眷属(うそぶきの面が面白い)の間狂言を挟み、いよいよ後半、まずしずしずと一畳台が置かれ、華やかな朱の衣装をまとった飛天2人が舞う。長い袖を翻し、三蔵法師を支えて難所を越える。なんと頭に龍の絵(龍戴)を載せた龍神2人が礼拝すると、ひときわ巨大な龍(大龍戴)を載せ、7つの髑髏を首にかけた大王(後シテ)が登場! 恐ろしい真蛇の面で威圧感が凄い。笈(おい)から経を取り出して授け、共に高々と読み上げる。大詰めは1列になった神たちが順に回り、台に乗った大王の神通力で、「十戒」のように河が割れるさまを表現。意気揚々と行く三蔵法師が一度振り返ると、大王が羽団扇で見送る。
お馴染み「西遊記」に先立つ物語で、1983年に梅若玄祥さんが復曲したんですね。大王を祀っているのが深大寺で、西遊記ではカッパの沙悟浄となったとか。あの首飾りはそういう意味だったのか…

今回の舞台は屋根は無く、後方はリアルな松。虫の音、時折都電の音も聞こえる大らかなシチュエーションだ。拍手が早いのもご愛敬。また飛鳥山は江戸の桜の名所、行楽地であり、明治になってからは王子製紙を興した渋沢栄一が住んだんですね。いろいろと勉強になりました~

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バイエルン「少年の不思議な角笛」「ワルキューレ」

第15回記念NHK音楽祭2017 バイエルン国立管弦楽団  2017年10月

ワーグナーのお膝元バイエルン国立管弦楽団を引き連れ、音楽総監督キリル・ペトレンコが初来日。1972年ロシア生まれ、2019年からベルリン・フィルの首席指揮者就任が決まっている。しかも美声のクラウス・フロリアン・フォークト(ドイツのテノール)が登場し、圧巻のドラマを満喫した。
この座組のオペラ公演はなんと平日昼間だったため、なんとか1日限りのコンサートに駆けつけた次第。おひとり様ワグネリアンが目立つNHKホール、1F後ろのほうA席で2万円。休憩を挟んで3時間弱。

まずマティアス・ゲルネ(ドイツのバリトン)が登場し、マーラーの歌曲集「少年の不思議な角笛」から7曲を。軽妙な恋の歌などをへて、少年鼓手の死に至る。打楽器が活躍。
休憩後、いよいよワーグナー楽劇「ワルキューレ」第1幕。ピュアなジークムントにフォークト、双子の妹ながら運命の恋に落ちる情熱的なジークリンデに、エレーナ・パンクラトヴァ(堂々たるロシアのソプラノ)。それぞれの身の上話(クドキですね)をしっかり聴かせ、幕切れの愛の2重唱へと、ぐんぐん盛り上がる。夫フンディングのゲオルク・ツェッペンフェルト(ドイツのバス)もドレスデン国立歌劇場の宮廷歌手とあって、豊かな表現だ。
小柄なペトレンコは激しいアクションで、きめ細かく起伏を表現。演奏会形式だけに演出に気を取られず、声の魅力を存分に楽しめて、贅沢な時間でした~
ホワイエでは知人のエコノミストらに遭遇。

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薄い桃色のかたまり

さいたまゴールド・シアター第7回公演「薄い桃色のかたまり」  2017年9月

故蜷川幸雄が育てた平均年齢78歳のシニア劇団を、2007年第1回公演以来、久々に。その第1回を書き下ろした、大好きな岩松了の作・演出で。演出助手には井上尊晶の名も。休憩を挟んで3時間強。
会場は演劇好きが集まった感じの、彩の国さいたま芸術劇場の「インサイド・シアター」。整理番号をもらい、大ホールの裏階段を降りていくスタイルで、非日常感が強い。黒幕をめぐらせた、だだっ広い空間にコの字の客席を据え、客席の間の急な階段も使って展開する。

物語は6月に観た「少女ミウ」に続き、未曽有の震災から6年たった被災者と、復興の欺瞞を描いていて、メッセージ性が強い。添田(宇畑稔)の自宅は避難中にすっかり荒れ、野生の猪が徘徊している。帰還を目指し、隣人たちと流された線路の復旧に汗をかくが、親切な「復興本社」のハタヤマ(堅山隼太)、妻(上村正子)、世話焼きの道子(田内一子)らの間に不穏な空気が流れる。そこへ小高い丘に立つ若い男(内田健司)、都会から行方不明の恋人を探しにきたミドリ(佐藤蛍)の物語が重なって…

「視界から色を失う」ほどの不条理、獣が象徴する人間の無力さ、そして加害者・被害者が抱えるねじれ。「うらむことはやめようと決めた」という老人のセリフが重い。それでもこの土地には若い恋人同士の、春になったら会うという断ち切られた約束が、確かにあったのだ。蜷川演出へのオマージュのような桜と未来につながる線路の、鮮烈なラストシーンが胸を締め付ける。美術は「少女ミウ」に続き原田愛。

ゴールド、ネクストの俳優の組み合わせによって、現在と過去が交錯する、幻想的で企みに満ちた構成。いつもながら緻密な戯曲が、高齢の俳優によって時々乱されちゃうのが新鮮だ。同時に、お年寄りが発散する色気が不思議な愛嬌となって、舞台に軽みを醸し出す。傘をもった群舞も素敵。いつものようにサイン入り戯曲本を買いました!

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羅生門

百鬼オペラ「羅生門」  2017年9月

2013年「100万回生きたねこ」が素晴らしかったイスラエルのインバル・ピント&アブシャロム・ポラックが、演出・振付・美術・衣装を手掛ける、コンテンポラリーダンス中心の舞台。柄本佑と満島ひかりの透明感が印象的だ。お洒落な女性らダンスファンが集まった感じの、Bunkamuraシアターコクーン、上手やや後方寄りで1万800円。休憩を挟み2時間半。

がらんとした空間に、江戸川萬時らダンサー8人と、シンプルなセットで幻想的なイメージを展開。冒頭からグレーの全身タイツのダンサーたちが、固まって泥のようにのたくったり、大詰めでは落命した女の後ろに、リフレインのように列になってうずくまる造形が目を引く。床のそこここに空いた大小の穴から、めまぐるしく俳優、ダンサーが出入りするのも面白い。ごく静かなフライングも多用。石、髪、ランプ、ろくろ首の母など妖怪の要素は、着ぐるみ風でどこか童話的だ。

若手の吉沢亮のほか、田口浩正、小松和重、銀粉蝶という俳優陣は、達者に歌やフォーメーションをこなす。長田育恵の脚本は、芥川龍之介の「藪の中」「羅生門」の設定をベースに、「鼻」「蜘蛛の糸」のエピソード等で構成。「ねこ」に比べるとストーリー性は薄く、やや散漫な印象は否めないかな。

作曲・音楽監督は蜷川幸雄「海辺のカフカ」などの阿部海太郎。藤田貴大とも組んできた青葉市子ら、ミュージシャン6人も舞台を出入りして、アコーディオン、マンドリン、歌などでシーンの重要なパーツになる。ノコギリ、ウォッシュボードなど面白い楽器も駆使。

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談春「棒鱈」「三軒長屋」

立川談春独演会  2017年9月

全国ツアー中の人気噺家さん、なぜか急な開催で、わずか10日ほど前の売り出しだったけど、さすがの満席です。2つ目披露をしたという思い入れある有楽町朝日ホール。後方の中央あたりで4320円。「9時には出なくちゃならない」とあって、中入りを挟み2時間。

前座無しで談春が登場。マクラはいつものように屈折しながらも、どこか吹っ切れたような風情だ。最近テレビ番組で志らくが志の輔、談春を斬りまくったことに触れ、仲がいいとか悪いとか、責任とかについて、ひとしきりブツブツ。始まってるよ、と笑わせながら、まず「棒鱈」。さん喬さんでも聴いた噺だ。田舎侍の不思議ソングが滑稽で、江戸っ子といい対照となって、気持ちよく笑える。
続いて「三軒長屋」の上。鳶頭の家での、喧嘩の手打のはずがまた喧嘩になっちゃう騒動をたっぷりと。剣術道場とに挟まれた家に住む妾が、あまりの騒がしさに音を上げ、旦那の質屋が、家質(かじち、抵当)になっているからいずれ両隣を追い出す、となだめるところまで。

中入り後に下。道場主と鳶頭が質屋を相手に一芝居うつ。面倒をカネでしのぐ質屋の、世知にたけた対応を筆頭に、登場人物それぞれが相手によって口調、態度をがらりと変える。その呼吸がなんとも巧い。痛快なオチまで、テンポも上々だ。
2012年暮れに、同じホールで聴いた演目。談春さんとしてはさらっとした部類だけど、獅子舞のエピソードとか、笑いもたっぷり。面白かったです。

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浄瑠璃「阿古屋」

床だけコンサートⅡ  2017年9月

文楽の音楽を愉しむと題した、鶴澤燕三が中心の太夫・三味線のコンサートに行ってみた。年配ファンが多い大田区民プラザ、前の方中央で5000円。休憩を挟み2時間。

序章は雛壇前方に、燕三ら三味線陣7人が並んで演奏。文楽のいい節回しをつなぎ合わせて聴かせる趣向だ。
続いて全員でトーク。明るい豊竹呂勢太夫が司会の才能を発揮し、三味線陣では竹澤宗助、中堅の鶴澤清志郎、ダイエットに成功した清馗、若手の寛太郎、清公、そして燕三さん期待の燕二郎、さらに太夫陣で豊竹睦太夫、靖太夫に、テンポよく話を振っていく。大役の思い出、胡弓の弦が切れちゃったハプニングや、師匠のクセなどをコミカルに紹介して、親しみがわく。

休憩後は、まず短く「今昔時移流(いまはむかしうつりゆくとき)」。時をテーマに浄瑠璃を編曲したものだ。
そして素浄瑠璃「壇ノ浦兜軍記 阿古屋琴責の段」を1時間。呂勢太夫が筆頭で熱演し、睦太夫も聴きやすい。
そして燕三、宗助のリードで、燕二郎が重責の三曲を披露。冒頭の琴はちょっとバタバタしていたけれど、三味線になって落ち着き、大詰めの胡弓は滑らかな音色で、かなり達者でした!

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謎の変奏曲

謎の変奏曲  2017年9月

セクシーでシニカルで、ニヤリとさせる大人っぽい愛の物語。フランスの劇作家エリック=エマニュエル・シュミットによる1996年初演の2人芝居を、岩切正一郎が翻訳、円の森新太郎演出、橋爪功と井上芳雄で。井上ファンが中心ながら、けっこう年配客も目立つ世田谷パブリックシアター、中ほど下手端で8800円。休憩を挟んで2時間半。

ノルウエーの島で孤独に暮らすノーベル賞作家アベル・ズノルコ(橋爪)の元へ、地方紙記者エリック・ラルセン(井上)がインタビューに訪れる。人間嫌いで知られるのに、独占取材を受けたのは何故? 男女の往復書簡のかたちをとったズノルコの最新恋愛小説に、実在のモデルはいるのか? そもそもこの小説を今、出版した動機は? ラルセンの狙いは?
心理ミステリーとも呼びたい多くの謎と、舞台には登場しない魅惑的な女エレーヌをめぐって、男2人の関係性が2転3転していく。愛のかたちは、なんて多様なのか。愛しあっていても、人の心はいかにわからないものか。解釈を観る者にゆだねる、寸止めの演出が心憎い。

76歳になったばかりの橋爪が、とにかく秀逸。膨大なセリフから、知的で傲慢で、色っぽくチャーミングな人物が立ち上がる。なにしろ乱暴な銃声が、コミュニケーションの手段なんだもんなあ。設定はもっと若いのだろうけど、2013年の三谷版「ドレッサー」(大泉洋とのやはり2人芝居)より溌剌とした印象だ。
対する井上は、純情にみえて実はなかなか曲者。ちょっと中性的なイメージが効いている。パリ初演ではズノルコをアラン・ドロンが演じて話題となり、日本では1998年に仲代達矢・風間杜夫、2004年に杉浦直樹・沢田研二で上演したそうです。スターのための戯曲ですねえ。

上手寄りに天井までの本棚とピアノがある、作家の居間のワンセット(美術はまたまた伊藤雅子)。下手寄り奥の広い掃き出し窓が、一面の澄んだ白夜から、ほのかな茜色、そして夕闇へと移り変わるのが鮮やかだ。室内の照明も微妙に変化。北極圏独特の、長い昼から長い夜への移行は、ゆったりと、しかし確実に移り行く時を感じさせる。「威風堂々」の英作曲家、エドワード・エルガーによる「エニグマ変奏曲」がタイトルのモチーフ。洒落てました~

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文楽「生写朝顔話」「玉藻前曦袂」

第二〇〇回文楽公演 2017年9月

昼夜で勘十郎さんが大活躍する9月公演。まず第一部は観る者をイライラさせる男女のすれ違い劇「生写朝顔話(しょううつしあさがおばなし)」。ヒロイン深雪の運命が見事なジェットコースターぶりだし、三味線や琴の音がキーになるのも洒落ていて、けっこう現代的に楽しめる。初日から盛況の国立劇場小劇場、上手寄り後ろの方で7000円。休憩2回をはさみ4時間半。

戯曲は天保3年初演、読本→歌舞伎→浄瑠璃と練り上げられたロマンスのようです。
宮城阿曽次郎(珍しく2枚目の吉田玉男)と深雪(吉田一輔)が恋に落ちる、発端の宇治川蛍狩りの段は、竹本小住太夫が朗々。楽しみだなあ。芸州(広島)の家老のお嬢様、深雪が大胆に押しまくり、阿曽次郎の格好良さを印象づける。確かに、女扇にさらさらと「朝顔の歌」(物語のテーマソング)を書きつけるやら、酔いどれ浪人をやっつけちゃうやら、わかりやすい王子様ぶりだ。
続く明石浦船別れの段は、安定の竹本津駒太夫、鶴澤寛治、琴で鶴澤燕二郎。月の夜、風待ちの船上で2人が再会、深雪の猛攻に阿曽次郎がこたえる。船頭の桐竹勘介が小芝居。しかし突然の大風で船が動き、再び離れ離れに。阿曽次郎の手に、深雪が投げた朝顔の扇だけが残るラストが切ない。

ランチ休憩の後、浜松小屋の段は、存在感を増す豊竹呂勢太夫を鶴澤清治が支える。阿曽次郎会いたさに家出した深雪は、浜松の街道筋で、なんと盲目の三味線弾きに落ちぶれている。この段だけ登場の御年84歳・吉田蓑助が、深雪の色気と哀れを表現して絶品だ。乳母・浅香(人間国宝になった吉田和生)と再会したのも束の間、浅香は悪漢と刺し違え、伏線となる守り刀を託して息絶える。

短い休憩の後はお楽しみ、チャリ場の嶋田宿笑い薬の段だ。豊竹咲太夫、鶴澤燕三という切場並みコンビが、体調十分とは言えないものの、技巧を発揮する。舞台は大井川岸の旅館。駒沢次郎左衛門(改名した阿曽次郎)を狙う悪臣の一味・萩の祐仙(桐竹勘十郎)が、しびれ薬を仕込むものの、宿の主人・徳右衛門(桐竹勘壽)の機転で逆に笑い薬を飲まされちゃう。その名も祐仙という、愛嬌たっぷりのカシラ(一つしかないそうです)で、丁寧に茶をたてる動きがまず楽しい。笑いが止まらなくなってからの悶絶は、右へ左への大騒ぎだ。
続く宿屋の段が本来のクライマックス。渋く豊竹呂太夫、竹澤團七、琴で鶴澤清公。細やかだけど、切なさは今ひとつか。宿の庭先で通称・朝顔、実は深雪(かわって豊松清十郎がなかなかの熱演)が、思い出の朝顔の歌を奏でる。後ろの座敷で、愛しい次郎左衛門がじっと見守っているのに気づかない。あー、なんてこと! 次郎左衛門は役目を優先し、主人に扇と目薬を託して出立しちゃう。
大詰め大井川の段は、次郎左衛門を追いかける深雪が、髪振り乱して激しいアクション。体を捻じったり、杭にすがりついたり。またまた一足遅れで川止めに遭い、絶望からあわや身投げ、というところで、実は浅香の父・徳右衛門の犠牲によって深雪の目が治り、先行きに希望が射して幕となりました~

後日、足を運んだ第二部は「玉藻前曦袂(たまものまえあさひのたもと)」。「いがみの権太」ばりの自己犠牲談、プラス猿之助風のケレンがたっぷりという、サービス精神満載の演目だ。中ほどのいい席で同じく7000円、休憩3回を挟み5時間弱。
能「殺生石」にもなった金毛九尾の妖狐伝説を、読本をもとに近松梅枝軒らが人形浄瑠璃に仕立て、1806年に初演。昭和49年に淡路人形座の曲も参考にしつつ復活し(玉藻前は初代玉男)、一昨年には大の狐好きの勘十郎さんが、大阪で演じて大当たりをとり、楽しみにしていた東京上演です。

導入の清水寺の段は掛け合い。明るい清水舞台を背景に、悪人・薄雲皇子(吉田玉也)の謀反の企てや、可憐な右大臣の娘・桂姫(吉田蓑二郎)と格好いい采女之助(うねめのすけ、吉田幸助)の恋を紹介する。
続く道春館の段が大曲で、奥は竹本千歳太夫・豊澤富助が張り切る。いい声だけど大詰めの絶叫が気になるかな。お話は、皇子の手先・鷲塚金藤次(こちらははまり役の吉田玉男が大きく)が、皇子を振った桂姫の首を出せと迫り、切髪の後室・萩の方(吉田和生、今度は拍手あり)が双六勝負で、実子の妹・初花姫(吉田文昇)を身代わりにしようとする。左右対称に位置する姉妹がお揃いで、華やかな赤い打掛から死を覚悟した白い打掛に着替えるのが、目に鮮やか。バックギャモンのような双六の、サイコロを振る仕草も面白い。
母、娘のクドキ、そして金藤次が桂姫を討ち、実は実父だったと告白するびっくりのモドリ。「こりゃ娘、父(てて)じゃわい」で拍手~

30分の休憩後はスペクタクルに転じ、神泉苑の段を、豊竹咲寿太夫・龍爾改め鶴澤友之助、奥は朗々と豊竹咲甫太夫・鶴澤清介。初花姫が玉藻前と名を改め(桐竹勘十郎)、帝の寵愛を独占しているが、妖狐に乗り移られ、皇子と結託して、なんと日本を魔界にしようと企てる。
この作品だけで使う特殊なかしら2種類が登場して、拍手。長い髪をさばくと同時に180度回転して、娘と狐が入れ替わる「両面」、そして娘の顔の前に、鬘の下から狐を出す「双面」だ。
続く廊下の段で玉藻前が全身から光を放ち、妖力を露わにする。タイトルの元になったシーンを照明とスモークで演出。

短い休憩があり、訴訟の段はチャリがかって、いい加減な皇子の無茶ぶりで、なんと裁判を任されちゃった傾城亀菊(吉田勘彌)が、借金の揉め事やら色恋沙汰やらを下世話、かつけっこう賢く裁いて笑わせる。
物語大詰めの祈りの段は、竹本文字久太夫・竹澤宗助。亀菊が自らを犠牲にして、神器・八咫(やた)の鏡を采女之助に渡し、皇子の謀反はあっけなく頓挫。玉藻前は最大の弱点・獅子王の剣を突きつけられて正体を現し、那須野が原へ飛び去る。勘十郎さん、見事な宙乗り!

ラストは宝塚のレビュー風に、ストーリーと関係ない舞踊となり、「七化け」で勘十郎さんが早替りを演じる。なんと左と足が5組控えていて、入れかわり立ちかわり支えるそうです。
退治されて石になった妖狐が、夜な夜な化けて出るという趣向。座頭、在所娘、雷、いなせな男、夜鷹、女郎、奴、狐とめまぐるしく人形をかえながら、それぞれの仕草を器用に演じ分ける。雲や草のセットをうまく使った素早い転換が目に楽しく、客席は沸きに沸く! 床も咲甫太夫ら5丁5枚で、鶴澤藤蔵さんら三味線も大暴れでした。地方に伝わる大衆性と、現代的なスピードの融合。あー、面白かった。

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