ジークフリート

ジークフリート  2017年6月

新国立2016/2017シーズンの締めくくりは、もちろん飯守泰次郎音楽監督のワーグナー愛に溢れる指揮で、楽劇「ニーベルングの指環」第2日「ジークフリート」だ。男性客が多い新国立劇場オペラハウス、1階通路から2列目、中央の絶好の席で2万4300円。なんと45分の休憩2回を挟み、6時間弱! 東京交響楽団。

2010年のトーキョーリング、2011年のMETライブビューイングから久々に、この大作シリーズにチャレンジした。やっぱり12年の中断をへて作曲されたという、3幕ラストの長大な2重唱が圧巻。やんちゃ放題のイノベーター、ジークフリートが炎を踏み越え、運命の女ブリュンヒルデと恋に落ちて、初めて世界を認識し、恐れを知る。
ハープ6台など、ピットいっぱいのオケを向こうに回し、ウィーン国立劇場2016年公演などでお馴染みのヘルデンテノール、ステファン・グールド(アメリカ)が押しまくる。それをリカルダ・メルベート(ドイツのソプラノ)が堂々と迎え撃って、息をつかせない。幕切れで槍とか鎧とか、すべてをブン投げちゃうのが爽快だ。

巨漢グールドは出だし抑え気味だったけど、きちんと調子をあげ、1幕「鍛冶の歌」は朗々。ティンパニの不穏な「悪魔の音階」から始まる2幕も、ホルン1本と弱い弦楽で始まる「森のささやき」が、自然の美しさを思わせて優美だ。
さすらい人の渋いグリア・グリムスレイ(アメリカのバスバリトン)が、1幕から惜しみなく声量を披露。ハットが似合う姿の良さもあり、袖でブリュンヒルデ登場を見届けてから、去る演出に余韻がある。3幕で地底から現れるエルダのクリスタ・マイヤー(バイロイト常連のアルト)も存在感たっぷりだ。ミーメは演技派アンドレアル・コンラッド(ベルリン宮廷歌手のキャラクター・テノール)だ。
飯守さんならではの、シリーズを通じたキャスティングは本当に充実している。森の小鳥は5羽もいて、鵜木絵里、吉原圭子、安井陽子、九嶋香奈枝+バレエ。衣装がセクシー過ぎ。

故ゲッツ・フリードリヒ演出、フィンランド国立歌劇場のプロダクションは照明暗め、かなりシンプルだけどダイナミック。1幕は斜めの2階部分と木々の縦の組み合わせ。2幕のファフナー大蛇は空気で膨らむスタイルで、何故か手がある。3幕1場は舞台いっぱいの大ゼリ、赤と黄緑の照明が深遠で印象的。火の山は勾配のある、つややかな四角い床でした。

長尺とあって、入り口外まで使って、カレーやジークフリート弁当など飲食、およびグッズの売り場を充実させており、感心。椅子もたっぷりあって工夫してました。客席には赤川次郎さんらしき姿も。

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METライブビューイング「ばらの騎士」

METライブビューイング2016-2017第10作「ばらの騎士」  2017年6月

シーズンの締めくくりは、ゲルブ総裁がオープニング紹介を担当するリヒャルト・シュトラウスの甘美な「ばらの騎士」。当代一流の顔合わせ、女王ルネ・フレミング(ソプラノ)の元帥夫人と、エリーナ・ガランチャ(ラトヴィアのメゾ)の美青年オクタヴィアンが、それぞれ役からの卒業を宣言。時の移り変わりの残酷さ、というテーマと見事にシンクロして、大人っぽく、感動的だった。上演日は5月13日、ドイツオペラのプロ、セバスティアン・ヴァイグレの指揮が手堅い。東劇中ほどで3600円、休憩2回で4時間半。

フレミングは1幕終盤のモノローグなど、成熟と諦観を示す「銀色の声」がさすがの安定感。なにしろ出てきただけで大拍手、カーテンコールは上方の客席から紙吹雪が舞う人気ぶりです。オペラから引退とも(詳細は不明)。 個人的にはクール・ビューティー、ガランチャの色気が半端なかったなあ。宝塚も真っ青、やり過ぎなほどの男っぷりで、コミカルな女装も目が離せない。
2人と比べると素朴だけど、ゾフィーのエリン・モリー(研修生出身、ソルトレイクシティのソプラノ)が、透明なコロラトゥーラと、現代的な人物造形で健闘。オクタヴィアンとひとめで恋に落ちるシーンには引き込まれた。元帥夫人が身を引く、ラストの3重唱も存分に。
オックス男爵のギュンター・グロイスベック(オーストリアのバス)は単なる道化ではなく、複雑な没落の焦りや新興成金への敵対心を滲ませる。

今回は新制作で、「ファルスタッフ」を観たことがあるカナダのロバート・カーセンが演出。舞台を20世紀初頭、ハプスブルク帝国末期に設定し、赤や金の多用や、婚礼シーンのダンスはゴージャスながら、2幕では砲台や兵士で1次大戦前夜の不穏を強調。3幕では、下世話な娼館をあけすけに表現して、びっくり。階級対立に加えて、ラストは帝国の崩壊を暗示する。凝ってるなあ。

1幕でちょっと出てくる歌手役は、ごちそうのスター・テナー、「真珠とり」で聴いたマシュー・ポレンザーニで、舞台裏の案内役も担当。主要キャストの親密さを感じさせるインタビューのほか、カツラ、美術担当の紹介がありました。
今シーズンはラインアップ半数の5作を鑑賞。オポライスの「ルサルカ」が良かったなあ。
来シーズンの予告では、ついにネトレプコ、フローレス、カウフマンが不在。一方でディドナート、オポライス、ヨンチェーヴァやグリゴーロあたりにスポットが当たり、こちらも時の移ろいを感じさせる。ラドヴァノフスキーの「ノルマ」、オポライスとグリゴーロの「トスカ」、K・オハラの「コジ・ファン・トウッテ」が注目かな。ヨンチェヴァ、ベチャワでヴェルディの珍しい演目「ルイザ・ミラー」も興味あり。

久保田利伸THE HOUSE PARTY!

久保田利伸「3周まわって素でLive!~THE HOUSE PARTY!~」  2017年6月

デビュー30周年記念で、演出を排した「素」の久保田ワールドを楽しめる、親密かつ、なんとも贅沢なライブハウスツアー。ゆったりと椅子を入れ、年齢層が高めの東京・チームスマイル・豊洲PIT。ハウスパーティーの気分で、思い思いに楽しんで、とのメッセージが素晴らしい。やや後方、中央あたりで1万3000円。2時間半。

全編ファンキーで、ご機嫌なのはいつも通り。しかも自由な感じがパワーアップ! 「出だしはコーラスとベースでリズムを刻んで…」等々、即興で進めていく。バンド、コーラス陣を含めた水準の高さを実感します。なかでも、武部聡志さん還暦イベントから続いて「Another Star」が泣けた~

セットは背景のロゴぐらい、ライティングもミラーボールなど最小限。MCは男子プロバスケ・BリーグのトーナメントCUP戦に、中継ゲストで参加したことなど。ロビーでは協賛ニッポンハムの懐かしCMも。盛り上がりました!

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髑髏城の七人 Season花

ONWARD presents劇団☆新感線「髑髏城の七人」Season花 Produced by TBS  2017年6月

東京・豊洲で3月にオープンした「IHIステージアラウンド東京」のこけら落とし公演。客席周囲360度を、ドーナッツ状にステージが取り囲み、直径33メートル、1300人を載せた客席の盆がまるごと回転して、眼前にシーンが展開していく。スクリーンの映像が連動して、間口の広いステージがさらに広がり、どでかいスケール感を存分に楽しめる。視界は最大180度とか。
オランダに次ぎ世界で2例目という、まさに遊園地の一大アトラクション体験だ。観る側も動いて、舞台の躍動とオーバーラップ。これは体感する価値あり! 女性グループが多め、お祭り気分の客席の、下手寄り後方ブロックCで、1万3000円。休憩を挟んで4時間近いけど、あっという間です。

お話は1990年初演の劇団代表作とのことで、遊園地にふさわしいシンプル、かつファンタジーなチャンバラ活劇だ。黙阿弥ばりの大仰な台詞と見得の連続、はっきりしたキャラが気持ちいい。
時は信長亡きあとの乱世。風来坊・捨之介(小栗旬)が、関東の覇権を狙う暴虐・天魔王(成河)と対決し、屈折した色里の主人・蘭兵衛(山本耕史)がからむ。捨之介に共感して、健気な沙霧(清野菜名)や気風のいい花魁・極楽太夫(りょう)、暴れん坊の兵庫(青木崇高)、ただ者でなさそうな浪人・狸穴二郎衛門(近藤芳正)、そして変人刀鍛冶・贋鉄斎(古田新太)らが結集する。
小栗が爽やかに、時に飄々と漫画チックな舞台を牽引。全員、駆け回るけど、特に小柄な清野が飛んだり跳ねたりで大活躍だ。ハスキーな声もチャーミング。高橋英樹への道を歩むかのような山本のアクの強さに、成河のキレはちょっとかすみがちか。古田が安定のギャグで沸かせる。

横長のパノラマを生かした花畑や本水の雨、河、飛び去る鳩、上下にも動くCGがインパクト大。奥行の不足を鏡で補う工夫も。蜷川さんだったら、どう使うかなあ。キャスト、演出を替えて4バージョン、1年3カ月という超ロングランだそうだ。作・中島かずき、演出・いのうえひでのりの、エンタメ設計力に舌を巻く。

2020年いっぱい、期間限定の劇場。ロビーでは木村屋の特製あんぱんなどを楽しめる。客席には藤原竜也、木梨憲武らしき姿も。

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クヒオ大佐の妻

クヒオ大佐の妻  2017年6月

映画「クヒオ大佐」(2009)の吉田大八監督による作・演出で、「紙の月」(2014)で絶賛された宮沢りえと、再びタッグを組んだ舞台。一見普通の主婦が暴走するんだけど、宮沢は全くみじめに見えず、美しい。ただ吉田さんは舞台2回目のせいか、刺激的な設定と配役の割に、説明調のセリフが多いのはもったいなかったかな~ コアな演劇ファンが集まった感じの、コンパクトな東京芸術劇場シアターウエスト最後列で7600円。休憩無しの2時間弱。

雑然とした安アパートのワンセット。洋裁仕事でミシンを踏む夏子(宮沢)の部屋に、宅配便の配達員・今井(お馴染みハイバイの岩井秀人)が訪れ、高校の同級生で憧れていた、夫の結婚詐欺師クヒオ大佐のことを聴かせろ、と上がり込む。そこへクヒオに金を貢いだという佐知江(ハイバイの川面千晶)、同じアパートに住む子供シンイチと、その父でクヒオに妻を寝取られた河端(水澤紳吾がなんと2役!)がからむ。

1970年代から90年代にかけて、米軍パイロットを自称した実在の詐欺師クヒオが題材。ただクヒオ本人は登場せず、待ち続ける夏子のなかで膨らんでいく、妄想の異様さを描く。この空疎の正体は、いったい何なのか?
プログラムなどで宮沢が着ているスカジャンが、アメリカ支配を強く示唆し、中東の紛争も話題になる。とはいえ、いまひとつ焦点を結びにくかったかなあ。はすっぱながら温かみが漂う川面は、宮沢といいバランス。水澤が怪演。

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落語「のめる」「元犬」「たちきり」「花筏」「寝床」

第43回大手町落語会~ザ・柳家!Ⅶ~  2017年6月

安定感抜群の贅沢な落語会だ。けっこう幅広い落語好きが集まった日経ホール、下手寄り最前列で4000円。中入りを挟み約3時間。

開口一番は入船亭小辰。扇辰の弟子の二つ目だ。「私なんぞは料金の外」「広くは柳家ということで(むしろ源流ですよね)」と笑わせて「のめる」。友達同士が互いの悪い口癖「つまらねえ」「一杯のめる」を封印、口にしたら罰金と約束し、沢庵とか将棋とか、他愛無い手で何とか言わせようとする。軽妙で巧い。

本編はまず柳家三三。いつものように「長いマクラ」や林家兄弟をからかってから「元犬」。1年前にやはり三三さんで聴いた滑稽噺。徹底した馬鹿馬鹿しさがいい味だ。
続いてベテラン柳家権太楼。今度新聞にインタビュー連載が載る、今日はネタを準備してきたけど、前に同じ会で出したネタ(へっつい幽霊)はできないし、季節感もあるし(花見の仇討)、と明かしてから、たっぷりと「たちきり」。鶴瓶、正蔵らで聴いた切ない恋。控えめな三味線が入る大詰め、ごくシンプルに、恋人の死を知った若旦那の悲嘆、後悔が染みて、満場が静まり返る。素晴らしい。

中入りでは10月の会の特別前売りに行列も。固定ファンがついてるなあ。後半はまず柳亭市馬。相撲の呼び出しを朗々と披露してから、「これで拍手もらうのもどうかなあ、ろ最近思ってますが」と言いつつ、前に喬太郎で聴いた「花筏」。さらっと運ぶけど、相変わらずのおおらかさ。粋ですねえ。相撲観戦を経験して、情景が目に浮かぶようになり、一段と楽しい。
トリは権太楼さんのライバル、柳家さん喬。「権太楼師匠があんなに押すとは…」と笑わせてから、洒脱に「寝床」。こちらも喬太郎、そして文珍で聴いたことがある。笑わせつつ、ちょっと聴かせる義太夫が上手。粋ですねえ。

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天の敵

イキウメ「天の敵」  2017年6月

お馴染み前川知大作・演出。アンチエイジングへの疑問を通して、「生きるに値する人生」というものを見つめるSF。喋りっぱなしの浜田伸也、それを受け止める安田順平の巧さ、切なさが、いつにも増して際立つ。東京芸術劇場シアターイーストの中央最前列で4800円。休憩無しの約2時間。

エセ科学などを追及してきたジャーナリスト寺泊(安田)は、近ごろ妻(太田緑ロランス)が心酔する謎の菜食カリスマ・橋本(浜田)にインタビューする。戦前の医師・長谷川卯太郎の孫では、と迫ると、浜田は自分こそ長谷川本人であり、122歳になると主張する。

ほぼ全編が、長い長い橋本の告白だ。食材の瓶がずらりと並ぶスタイリッシュなキッチンのワンセットに、若き日の長谷川(松澤傑)や、完全食のアイデアをもたらす時枝(森下創)、長谷川の異常な食と長寿を支え続けた先輩医師(渋い有川マコト)、それを受け継ぐ孫夫妻(盛隆二、ナイロン100℃の村岡希美)らが次々に出入りして、印象的なストロボ音を挟みながら、橋本の来し方をテンポよく見せていく。美術は土岐研一。

人体改造というグロテスクな選択をした橋本は、それゆえに、しんと孤独だ。欠食から飽食へ、健康ブームへ。戦後日本の食事情の劇的変化にも、戸惑うばかり。だからこそ、唯一の友人だったチンピラ(大窪人衛)、そして橋本のすべてを受け入れた助手(小野ゆり子)が示す、素朴な共感が、胸に迫ってくる。それこそが、100年以上生きて掴んだ真実なのか。「家庭内失踪」などの小野が健気だ。

前川は調理師免許を持ち、今回の戯曲のために3日間の絶食も試みたとか。往年の名作「ポーの一族」など、いろんなイメージを詰め込んでいて、ときに理屈っぽい気もするけれど、荒唐無稽な物語に、確かな手触りを感じさせる。
最近、黒沢清が代表作を映画化してカンヌへ出品。乗ってるなあ。

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少女ミウ

M&0playsプロデュース「少女ミウ」  2017年6月

大好きな岩松了作・演出。避難解除への違和感、被災者に無責任に共感することへの怒りを強く感じさせる、ずっしり重い戯曲だ。社会性をはらみつつ、本音の見えない男女の愛憎劇になっているのも岩松さんらしい。通路まで丸椅子ぎっしりの、ザ・スズナリ後方で5500円。休憩無しの2時間強。

ミウ(黒島結菜)と母、姉夫婦は事故責任者である父の家族として、あえて避難指定地域に住み続けたが、肝心の父は失踪。その父の不倫の娘ユーコ(金澤美穂)を招いて食事した後、衝撃の結末を選ぶ。ひとり残されたミウはユーコと共に、被災地復興を伝えるテレビシリーズに出演するようになるが、メディアは欺瞞に満ち… いわくありげなキャスター広沢(堀井新太)、少女2人の3角関係、そして父失踪を巡るミステリーが、緊迫感を高めていく。

場面は、ミウ一家がテーブルに並んだ悲劇の一日と、対照的にちゃらいテレビ制作の舞台裏とを、行きつ戻りつする。冒頭とラストでは、未来への希望を断ち切る人災の罪深さが暗示され、息苦しいほどだ。セット転換ごとに上下左右から幕が閉じ、セット中央の祭壇のようなキャンドルなどが目に残る。美術は原田愛。

「ごめんね青春!」の黒島は、持ち前の芯の強さ、暗さで存在感を発揮。対する長身の堀井も屈託を抱え、なかなかの切なさだ。ショートカットの金澤は立ち姿の良さと、しらじらしさでライバル役がはまっていた。テレビ局スタッフなどの富山えり子、新名基浩が、丸顔コンビで笑わせるのが、ちょっと救いかな。ほかにテレビ局部長などで、さいたまネクスト・シアター1期生の川口覚、ミウの姉などで岩井七世ら。

思えば私の初スズナリは2011年2月、岩松作「国民傘」だった。岩松さんはそれ以来のスズナリ登板とか。未曽有の災害を経て、私たちは何を学んだのか。いろいろなことを考えずにはいられない舞台でした。

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「八句連歌」「雲林院」

第十一回日経能楽鑑賞会  2017年6月

老夫婦ら大人が集まった感じの、国立能楽堂・正面で9000円。休憩を挟み2時間半。
まず狂言「八句(はちく)連歌」。シテ(借り手)は和泉流の最高峰、人間国宝の野村萬が生き生きと。アド(貸し手)で次男・九世野村万蔵と、互いに「萬」「万蔵」と呼び合うのが面白い。シテはアドの連歌仲間から金を借りっぱなしなので、言い訳をしておこうと家を訪ねる。大蔵流だと、アドがシテを訪ねる設定とか。今回の方が誠実で、気持ちがいいかも。
アドは当初「また借りに来たか」と、扇で顔を隠して居留守を使うけど、シテが言付けた、庭の花にちなむ発句が面白いので、急いで姿を現す。
そこから風雅な歌の応酬となって、誉めたり意見したり。歌の文句にひっかけて、借金をめぐる駆け引きもあり、最後はアドが借状を渡してチャラにしちゃう。シテはいったん固辞するものの、アドが借状をひっこめかけると、慌てて受け取って笑わせる。
いつの世も、カネの貸し借りは世知辛いものだけど、「笠碁」ばりの同好の士の関係が微笑ましい。

休憩を挟んで能観世流「雲林院」(世阿弥作)。桜の花の下、伊勢物語の2枚目・在原業平が夢に現れて、二条の后(きさき)との禁断の逃避行を物語る。実に優美で、色っぽいなあ。前シテ老人と後シテ業平の霊は、お待ちかね人間国宝の名手、梅若玄祥。あらかじめロビーで参考揺本を買ってみたら、詞章から衣装、仕舞まで、よくわかって面白かった!
前半は伊勢物語ファンのワキ芦屋公光(平安後期の歌人がモデルらしく、芦屋には公光町という地名や祠があるそうです)が、夢のお告げで京紫野の雲林院(後の大徳寺塔頭。1707年に再建、こちらも地名になっている)を訪ねる。満開の桜を手折ろうとして、現れたシテと古歌をひきつつ、やりとりした後、「花を惜しむも乞うも情あり」と合意しちゃう。優雅です。
シテが「昔男となど」と、自ら業平だと強く示唆して去り、アイ狂言へ。これは謡本とは別なんですね。
後半はワキの夢に現れた若々しい美男姿のシテが、情熱的に恋を回想する。「緋の袴」「藤袴」の鮮やかな色彩感、裾をちょっと持ち上げたり、「降るは春雨か落つるは涙か」と扇をかざしたりする仕草に、繊細な色気が漂う。大詰めは太鼓入りの序の舞で盛り上がりました~

玄祥さんは満70歳の来春、祖父らの隠居名「梅若実」を四代として襲名するとか。でもまだまだチャレンジ精神旺盛とのことで、嬉しいです。地謡で梅若紀彰も登場。

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文楽「寿柱立万歳」「菅原伝授手習鑑」「加賀見山旧錦絵」

第一九九回文楽公演  2017年5月

英大夫改め六代豊竹呂太夫襲名披露の文楽公演で、ロビーには安倍首相夫妻らの花が並んで華やかだ。人形陣はもちろん、文字久太夫、千歳太夫らが充実。
まず第一部は大正期初演、常磐津節をベースにした、めでたい「寿柱立万歳(ことぶきはしらだてまんざい)」から。江戸にやってきた三河万歳コンビが、新築時に大黒柱を祀る「柱立」を真似て、賑やかに踊る。三輪太夫ら5丁5枚で。

短い休憩後、お馴染み「菅原伝授手習鑑」を茶筅酒の段から。コミカルだけど、3兄弟の妻が持参する祝いの品が後の展開を暗示する。喧嘩の段は咲寿太夫・龍爾。松王丸(玉男)と梅王丸(幸助)が米俵まで持ち出し、アクションたっぷり。続く訴訟の段では、勘当となる松王丸の複雑な心境がきめ細やかだ。
前半のハイライト、桜丸切腹の段は、文字久太夫・藤蔵が切々と。桜丸の簑助さんは動かず静かに、若者の悲痛な覚悟を存分に。老親・白太夫(玉也)が介錯に、鉦を鳴らして成仏を助けるという、豊かな音楽性が胸に響く。桜丸の妻・千代に勘十郎、梅王丸の妻・春に一輔。

ランチ休憩の後は口上。呂勢太夫の司会で津駒太夫、清治、勘十郎が笑いを交えつつ挨拶。
短い休憩を挟んで菅原伝授の後半を、呂勢太夫・清治の賑やかな寺入りの段から。続いていよいよ襲名披露狂言、身代わり劇の王道・寺子屋の段へ。前を新・呂太夫と清介で渋く。寺子屋主人・源蔵(和生)戸浪(観壽)夫婦と松王丸(スケール感のある玉男)・千代(きめ細かな勘十郎)夫妻の、息詰まる攻防だ。
大詰めは切り場語りの咲太夫・燕三で。体調万全ではないようだけど、さすがの説得力。白装束となった松王丸夫婦の、悲しくも流麗ないろは送りで幕となりました。

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1週間後に第二部の「加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)」。享保から寛延(1716~1751)の加賀騒動を題材に、歌舞伎を取り込んで、天保5年(1824)に現在のかたちになったそうです。初めて観たけど、変化に富んで面白かった!
前半は鳥井又助(かしらは松王丸と同じ文七。幸助がパワフルに)の、得意絶頂からどん底へ、ジェットコースターのような運命を描く。幕開きはアクションシーンの筑摩川の段。主人・求馬のためと信じて、又助が増水した川で勇敢に悪者を討ち、豪快に高笑い。御簾のメリヤスが盛り上がる。
続く又助住家の段は、中を咲甫太夫・清志郎で切なく。又助が重宝を買い戻せるようにと、妻・お大(清十郎)が健気にも身を売ることを決意し、心にもない愛想尽くしを言う悲劇だ。
奥は呂勢太夫・宗助が熱演。家老・安田庄司(文昇)の言葉で、実は騙されて主君を討ってしまったと知る又助。急転直下、なんと我が子を手にかけ、さらに自ら求馬(勘彌)に討たれ、お大も自害しちゃう。一家全滅の無茶苦茶な展開なんだけど、家老の理解で求馬の帰参がかない、身分の低い者の熱意と犠牲が実を結ぶ。意外に爽快だ。

休憩を挟んで、後半は女版・忠臣蔵。前半とは独立したエピソードだ。御殿女中のいざこざがテーマとあって、歌舞伎では宿下がり時期の3月上演が定番だったとか。
草履打ちの段は、津駒太夫らを寛治の三味線が支える。鶴岡八幡宮で、武家出身の局・岩藤(珍しくワル役の玉男)が中老・尾上(和生)を激しく苛める。ここですでに、尾上は自害を決意! 続く廊下の段は明朗に咲甫太夫・團七。腰元たちの噂話の後、岩藤が尾上の召使・お初(待ってました勘十郎)まで苛めちゃう。尾上が町人のくせに出世したせいと思いきや、実は尾上が叔父弾正と岩藤のお家乗っ取り計画を記した密書を握っており、手向かいさせて追放するのが狙い。お初は図らずもこの奸計を立ち聞きする。
そしていよいよ眼目の長局の段。緊迫かつ人情あふれる会話、クドキ、激情と振り幅大きい難曲を、千歳太夫・富助が懸命に。まず私室で沈み込みながら心中を明かさない頑固な尾上を、年少でも気丈なお初が懸命に励まし、諭す。1748年初演の忠臣蔵を持ち出し、歌舞伎より文楽と言ったりして面白い。お初がまめまめしく茶を煎じる間、尾上は「江戸冷泉」の節をバックに、書き置きをしたためる。細かい動き、小道具が多くて目が離せません。団扇の柄が折れ、扇がばらばらに! ついに尾上はお初に、遺恨の草履と書き置きを実家へ届けるよう言いつける。お初は塵手水で尾上を無事を祈り、いったん出掛け、ひとり残った尾上が先立つ不孝を切々と。
ここからは大掛かりなセット転換が連続する怒涛の展開だ。辻占や烏の声に胸騒ぎを覚えて文箱を開けたお初が、慌てて取って返すものの、尾上は仏間で自害しており、後の祭り。一転、激情を爆発させ、髪を振りほどき、無念の懐剣で軒先の藤の花を切り捨て、駆け出していく。格好いいなあ。
クライマックスの奥庭の段で、お初は気丈に岩藤を討ち果たす。雨、赤貝をすり合わすというカエルの声、そして傘を使った立ち回り。ラストにまたまた安田庄司登場。お初の訴えを認めて、スカッと幕となりました。
単なる陰湿な苛め話ではなく、登場する女性それぞれ自我が強くて、智恵とプライドが激突する。現代的なお話だなあ。

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