ラ・ボエーム 2025年10月
新国立劇場2025/2026シーズンの幕開けは、鉄板プッチーニ。とろけるような美しい旋律で、気持ちよく泣く。明朗テノールのルチアーノ・ガンチ(ローマ出身)はじめ、歌手は粒ぞろいで息もピッタリ。7月にお話を聴いた粟國淳さんのプロダクションも、なんと上演8回目という大定番で、私が観るのは2020年コロナ直前以来。照明の変化などが端正で、わちゃわちゃする若者の微笑ましさと、悲恋のドラマが際立つ。
指揮はイタリアオペラを知り尽くしたと言われるパオロ・オルミがじっくりと。オケは東フィル。オペラハウスの下手中段で、解説会・プログラム込み28000円。1幕ほぼ30分とテンポよく、休憩2回で3時間。
詩人ロドルフォのガンチは期待通り、まさに今が旬。第一声からガツンとハリがあり、甘く輝かしく、コロンとした体型とあいまって、これぞテノールだ。2026年も来日予定がありそうで楽しみ。対するグリゼット(お針子)ミミのマリーナ・コスタ=ジャクソン(ラスベガス出身)はドラマティックな歌声、派手な顔だちで存在感がある。注目のソプラノで、3姉妹みなオペラ歌手とか。親友の画家マルチェッロはマッシモ・カヴァレッティ(ルッカ出身のバリトン)。大柄&髭、安定感抜群で演技もきめ細かい。2013年スカラ座引っ越し公演のファルスタッフで、フォードを演じた人なんですねえ。その恋人ムゼッタの伊藤晴(いとう・はれ、「夢遊病の女」で聴いた藤原歌劇団のソプラノ)も堂々、2幕ははすっぱに弾けて、4幕は優しくしっとり。
哲学者コッリーネは痩身アンドレア・ペレグリーニ(パルマのバス)で、「古い外套よ」が泣けた~ ほかにいずれもバリトンで、音楽家ショナールは駒田敏章、大家ベノアは志村文彦、パトロンの議員アルチンドロは晴雅彦。新国の合唱団と世田谷ジュニア合唱団が2幕に活躍し、指導は冨平恭平。
それにしても1896年初演、19世紀パリの青春物語は不朽の名作だと再確認。貧しくても夢がある若者たちの未熟さ、仲の良さと、別れの悲しみのコントラストにもっていかれる。トランペットが印象的な「カフェ・モミュス」などの動機や、名アリア「冷たい手を」「私の名はミミ」「私が街を歩くと」の旋律がそこここに。
そして演出が曲の魅力を存分に引き出す。イブのカルチェラタンの賑わいでは、粟国さんが「機械仕掛けより味わいがある」と言っていたように人力でセットを移動。アンフェール関門に降りしきる雪は、オケもしんしんと凍えそう。余談だけど後ろの席に初オペラらしい学生たちがいて、1・2幕後は「予想の3倍の長さだ」と音を上げかかっていたのが、ラストには「面白かった」と。よかったよかった。
また今回、事前にグリゼットの解説があり、勉強になった。いわく地方出身で独り暮らしする若い女性労働者全般を指し、やがてキャバレーの踊り子にもなった、1905年初演「メリー・ウィドウ」には貴族の奥方たちがキャバレー「マキシム」でグリゼットに扮して騒ぐシーンがある、その源氏名はドドとかジュジュとか同じ音を重ねる習慣があった、と。それでミミなんだ!と今更ながら納得。プッチーニとほぼ同時代のルノワールは母、妻がお針子で、よくグリゼットを描き、プルーストが「ルノワールの女性たち」と呼んだ、代表作「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」は当時の風俗を描いていて、ボヘミアンやグリゼットが集まる2幕に通じる、とも。なるほどー
カーテンコールではガンチがまさかの動画自撮り! お楽しみ終演後の懇親会は、なんとマエストロと主要キャストが勢揃いで、びっくり。皆さん仲がよさそうで、しゃべって呑んで食べて、めちゃくちゃ楽しかったです~
