May 28, 2017

老人と海

「そりゃ、人間は殺されるかもしれない、けれど負けはしないんだぞ」

「老人と海」ヘミングウェイ著(新潮文庫)

2017年のテーマ、キューバ本の第一弾として、1954年ノーベル文学賞受賞を決定づけたという代表作を。意外に読んだことがありませんでした。

マッチョなアメリカ文化のアイコン、という感じが伝わってくる。圧倒的なメキシコ湾流の自然、貧しい漁師サンチャゴが巨大カジキマグロに抱く尊敬の念は愛らしく、また、ひとりつぶやく素朴な言葉の数々には、不屈の哲学が漂う。そしてラストの一行が雄大。ロマンチックだなあ。

でもヘミングウェイとキューバの関係は、私にとってまだまだ謎です… 保守派の論客だった福田恆存訳。(2017・5)

April 30, 2017

すべての見えない光

目を開けて、と男は最後に言う。その目が永遠に閉じてしまう前に、できるかぎりのものを見ておくんだ。そして、ピアノの音が流れ、さびしげな曲が奏でられる。ヴェルナーには、暗い川を旅していく黄金の船――ツォルフェアアインの姿を変える和音の旅路のように思える――

「すべての見えない光」アンソニー・ドーア著(新潮クレスト・ブックス)

1973年オハイオ州生まれの作家による、2015年ピュリツアー賞受賞作。昨年、大評判だった小説を読む。178もの短い断章で構成され、そのひとつひとつが美しく、しんと心に残る。500ページを超す長編が全く長く感じられず、むしろ、いつまでも読み終わりたくない。文句なしの名作だ。読みやすい訳は同志社大准教授の藤井光。

状況は過酷だ。1944年8月、ブルターニュ沿岸。要塞都市サン・マロの包囲戦で、少年と少女がめぐりあう。奇跡のような1日に至る、それぞれがたどってきた厳しい日々とその後が、交互に描かれていく。

まずもって、幼い2人が健気過ぎ。少女マリー=ロールはパリ国立自然史博物館の律儀な錠前主任の娘で、6歳で視力を失ってしまう。ナチ占領下の辛い暮らしに耐えながら、周囲の人、そして海辺のちっぽけな生物たちを愛する。
一方の少年ヴェルナーは、独エッセン州・炭鉱町の孤児。雪のように白い髪と、天性の工学の才をもつ。非人間的なナチ寄宿校や酸鼻を極める戦場を彷徨しつつ、知への憧れと純な友情を胸に灯し続ける。なんという愛おしさだろう。

2人の運命にからむ宝物のロマンとサスペンスもさることながら、物語にぐいぐい引き込んでいくのは、散りばめられたイメージの引力だ。油断して読んでいると、不意打ちのようにフレーズがきらめいて、響きあう。例えば占領下の、明かりの消えた息苦しい夜。「まるで町が、未知の言語の本がおさめられた図書館になったかのようだ」。
闇、深海を行く古典冒険小説、ヴェルディの旋律、街の模型、鍵。そして時空を超えて想いを結びつける、微かなラジオの声。人の記憶というものの、なんと切なく強靭なことか。日本版の柔らかな表紙は、ロバート・キャパの写真だそうです。

日本翻訳大賞を受賞。第7回Twitter文学賞海外部門1位とあわせて2冠達成。(2017・4)

February 11, 2017

彼女が家に帰るまで

おれはきみをいつまでもここに住まわせるわけにはいかない。もうここは安全じゃない

「彼女が家に帰るまで」ローリー・ロイ著(集英社文庫)

1958年のデトロイト。若い白人女性が忽然と姿を消した。近隣をあげての捜索の2週間。

本書の魅力は、ライターの温水ゆかりが解説でほぼ書き尽くしちゃっている感じがある。サスペンスだけど、眼目はいわば、ご近所主婦もの。新興住宅地のマイホーム、ご近所付き合いと子育てという、専業主婦3人のささやかな日常が、事件をきっかけに歪んでいく。
夫に対する疑念、重大な秘密、過去の深い傷、狭いコミュニティでの息苦しさ。事件の謎とともに、登場人物それぞれが隠し持つ真実も明かされていく。日本のテレビドラマでも、2クールに1本はありそうな道具立てだが、女性の著者とあって、抑えた筆致と細やかな心理描写で読ませる。

加えていま気になるのは、舞台である町の設定だ。地域を支える工場に不況の影が迫り、雇用も不安。加えて人種対立や治安の悪化が、人々の心をささくれ立たせている。毎晩、何者かが道にまき散らしていくガラス片や、割られる窓。均質なはずの中流社会が直面する、崩壊の予感。
豊かな消費を象徴するT型フォードのお膝元は、やがて犯罪都市と呼ばれ、2013年ついに財政破綻に至るけれど、それにはまだまだ間がある。本作はその2013年発刊というから、のちのトランプ政権誕生を踏まえているわけでもない。それでも、時代の気分を感じさせる1冊だ。翻訳ミステリー大賞シンジケート発起人のひとり田口俊樹と、不二淑子の訳。(2017・2)

January 30, 2016

アメリカン・ゴッズ

「ご親切にどうも」
 飛行機はまた停止していたが、エンジンは飛びたくてうずうずしているかのように振動している。
「親切なものか」白っぽいスーツの男はいった。「きみに仕事を用意したよ、シャドウ」

「アメリカン・ゴッズ」ニール・ゲイマン著(角川書店)

上下巻で約900ページ。買ったまま、7年ほども積んでいたファンタジーをようやく読了した。模範囚シャドウが出所直後に、運行予定変更で偶然乗りこんだ飛行機。自分を知るはずもない隣席の老人ウェンズデイから、突然親しげに仕事を持ちかけられる。そこから始まる、不思議世界。

移民の国アメリカにはかつて、世界各地から人々が連れてきた神が息づいていた。いつしか忘れさられ、滅亡の危機に瀕した彼らが生き残りをかけ、テレビ、携帯といった物質文明の神に最終決戦を挑む…。というのがファンタジーパートのメーンテーマだ。
自分で買っておいてなんだけど、こういう独自のルールで展開していくファンタジーは苦手かなぁ、と敬遠していた。ところが読み始めると、現実パートがよくできたロードムービーを観るようで、すいすい読めた。

主人公は待ち望んだ出所寸前に、最愛の妻が自動車事故で死んだ、と知らされる。しかも親友と浮気していたという。いいしれない孤独に現実感があり、それが時代遅れになってしまった神々の寂寥と重なっていく。
帰るべき家をなくしたシャドウは、謎の老人ウェンズデイについて全米を旅することになる。ケチな詐欺を手伝ったり、湖畔の田舎町に身を隠して、おずおずと近隣の住民と触れ合ったり。このあたりの軽妙さ、温かさが巧い。
シャドウの道行は、いわば成り行きに身を任せたもの。しかし終盤では、抱いてきた社会への違和感の訳や、自身の父親探し、さらには田舎町で発生した失踪事件の謎解きに至る。この道具立てはロス・マクか、ジョン・ハートか?

ファンタジーパートのほうは正直、読み流しぎみだったけど、巻末まで進んだら登場する神や妖精の懇切丁寧な解説を発見。北欧神話、ギリシャ神話、古代エジプトやペルシア、インド、アメリカ先住民、お馴染み「リング」の世界も。それぞれにひと癖あって、個性いっぱいの面々です。知識とイメージがぎっしり詰め込まれてたんだなあ、と納得。金原瑞人、野沢佳織訳。(2016・1)

August 16, 2015

クララ先生、さようなら

こんなことが起きるなんて、ぜったいだめだ。それも、自分のよく知っている、大好きな人に起きるなんて……。

「クララ先生、さようなら」ラヘル・ファン・コーイ著(徳間書店)

小学校中高学年向けの児童書だが、読みごたえがある。オーストリアの4年生、ユリウスとクラスメートたちは、大好きな担任のクララ先生が病に倒れて、死が近いと知らされる。衝撃を受けながらも、子供たちが選んだ最後の、最高のプレゼントとは。

親しい人の死という避けようのない、難しいテーマを、ごく日常のシーンから多角的に描いている。辛い思い出を抱えている母、別居中の父、老いをひししと実感している祖父、偶然出会った葬儀参列好きのおばあさん、そしてもちろん子供たちに愛され、苦しみながら子供たちのことを思いやるクララ先生……。それぞれ死というものと、ユリウスたちのとるべき行動に関する考えは違う。それを宗教的な解釈に走らず、丁寧に描いている。
何より、自分の頭で考え、行動しようとする子供たちが素晴らしい。大詰め、悲しみのなかで並木道を駆け下りるシーンが秀逸。
石川素子訳、いちかわなつこ絵。産経児童出版文化賞翻訳作品賞を受賞。(2015・8)

August 09, 2015

窓から逃げた100歳老人

 

アラン・カールソンはじっくり考えてから行動するというタイプではなかった。
 だから頭の中で考えが固まるよりも早く、この老人はマルムショーピングの老人ホーム1階の部屋の窓を開け放つや、外の花壇に出ていた。
 この軽業はいささか努力を要した。というのもまさにこの日、アランは100歳になったのである。

「窓から逃げた100歳老人」ヨナス・ヨナソン著(西村書店)

スウェーデン人作家のデビュー作。訳知り顔の連中に誕生日を祝われるなんて、まっぴら御免と、老人ホームを抜け出した1905年生まれのアランは、とんだ食わせ者。偶然出会ったチンピラがからんで、警察、メディアを騒がせながら無計画にスウェーデン中を逃げ回る。

ドタバタユーモア小説だけど、それだけではない。現在(2005年)の逃走劇と交互に、アランの来し方が綴られていくのだが、これがまた徹底的にハチャメチャな現代史のパロディになっている。
ノーベルの故郷だけに、アランは独学で爆弾の専門家となり、成り行き任せに世界を放浪。内戦下のフランコ将軍を救い、オッペンハイマーに重要なヒントを授け、トルーマンと意気投合する。チャーチルとニアミスし、スターリンを激怒させ、金日成をだまそうとして絶体絶命になったところを毛沢東に救われちゃう。バリ島でしばしのんびりした後、スハルト登場を機に欧州に舞い戻り、結果的に東西デタントに一役かう…

名のある指導者とその決断を、軒並み徹底的に笑いのめしているのだ。もちろん荒唐無稽で、展開は荒っぽいのだが、だんだんにアランが生きた100年とは、人類がたどった「戦争の世紀」そのものだと気づく。
原爆開発競争など、日本人にとっては正直、軽々に笑えないシーンも多々ある。しかしそういう点も含めて、大国の選択に対するシニカルな視線が、北欧というバックグラウンドならではなのかな、と思わせて興味深い。
駄洒落も含む難しい翻訳は、「ダブリナーズ」を読んだことがある柳瀬尚紀。(2015・8)

February 19, 2015

フラニーとズーイ

「そうだよ。僕は潰瘍持ちだ。実に。今はカリユガなんだ。鉄器時代なんだ。十六歳以上で潰瘍持ちじゃないやつなんて全員スパイだ」

「フラニーとズーイ」J.D.サリンジャー著(新潮文庫)

華やかで都会的な若者の憂鬱を、長大な会話で描き、1961年に単行本となったサリンジャーの青春小説を、2014年の村上春樹による文庫向け新訳で読む。

グラス家7人兄弟の末娘フラニーは、周囲がどうしようもなく俗物でくだらなく思えて、ある日ついに、名門大学に通う恋人とのデートを台無しにしてしまう。自宅でふさぎ込む妹を、俳優の兄ズーイが才気あふれる言葉を尽くして救い出す。
若者たちが吐露する悩みは、なんだか贅沢にも思える。両親は芸能人で、兄弟は幼いころ順にラジオ番組に出演し、軽妙なやりとりで神童ともてはやされていた。今は大都会ニューヨークに暮らし、見た目も美しく知的だ。深い思索、宗教への言及は正直、ぴんとこないところもあるほど。
それでも300ページ弱の薄い文庫に、普遍的な青春の感覚が、ぎっしり詰まっていることは間違いない。社会にうまく溶け込めない焦り、持て余すほどのエゴとプライド、大切に思う人への繊細な気遣い。雑然とした室内の長い描写と、無造作に置かれた細い葉巻など、ディテールの描写が映画的で美しい。

著者が「まえがき」「あとがき」を禁じていたため、「投げ込み」形式で、訳者の特別エッセイが付いているのが、ちょっとお洒落だ。(2015・2)

February 06, 2015

その女アレックス

人は本当の意味で自分自身に向き合うとき、涙を流さずにはいられない。

「その女アレックス」ピエール・ルメートル著(文春文庫)

2011年にフランスで刊行し、イギリス推理作家協会賞を受賞。さらに翻訳が2014年のミステリーランキング海外部門を総なめにした話題の犯罪小説を、電子書籍で。

とにかくテンポが速い。思わず振り返るような30歳の美女、アレックスがパリの路上でいきなり拉致されるところから始まって、壮絶な暴力描写が畳みかけられる。目を覆うばかりのシーンが続くのだけれど、同時に謎の女の正体、事件の様相そのものが二転三転していくので、感情をぶんぶん振り回されて読むのを止められない。何はともあれ、サスペンスや警察ものなど異質なミステリー要素を1作に盛り込み、ぐいぐい引っ張る筆力は並大抵でない。

人物の造形も強烈。なんといっても幼く、几帳面で、悲壮なタイトロールの存在が異彩を放つ。ずっと持ち歩いている思い出のガラクタとか、細部が鮮やかだ。
一方、アレックスを追うカミーユ警部のキャラも独創的で、身長145センチの小柄な体に刑事魂と反骨がみなぎる一方、過去経験した悲劇によって心に傷を抱えている。そんなカミーユの深い孤独が、姿なきアレックスと共鳴していく展開がなんとも切ない。
けれどもカミーユはアレックスとは違う。皮肉で気難しいたちなのに、彼に負けず劣らず個性的な仲間たちが理解し、見守っていて、それは殺伐とした小説の中で一筋の救いになっている。

ショッキングな描写のあざとさや、一人称語りによる矛盾、破綻など、難点を指摘する声もあるらしい。確かにお世辞にも爽快とは言えないし、肝心なところが理屈に合わない気もするけれど、強引なまでに読者を引っ張るパワーを持つことは間違いない。橘明美訳。(2015・1)

November 28, 2014

「HHhH プラハ、1942年」

この場面も、その前の場面も、いかにもそれらしいが、まったくのフィクションだ。ずっと前に死んでしまって、もう自己弁護もできない人を操り人形のように動かすことほど破廉恥なことがあるだろうか!

「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ著(東京創元社)

個人的にチェコ、ドイツを旅した2014年の締めくくりに、本屋大賞翻訳部門の1位を周回遅れで読んだ。歴史小説を書くということ、それ自体を小説にした異色作だ。

描くのは、ナチ高官でチェコ総督代理だったハイドリヒの暗殺事件。暗号のようなHが並ぶタイトルは、「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」の略だ。
「第三帝国で最も危険な男」「金髪の野獣」と呼ばれた人物が、いかにしてできあがったか、チェコ亡命政府のパラシュート部隊員たちは、どのようにこの男の暗殺計画を実行したか。そして市井の支援者たちが、どれほど悲惨な目にあったか。
1972年パリ生まれの著者は、兵役でスロヴァキアに赴任した経験を持つ。チェコの人々や文化へのシンパシーを胸に、現場に足を運んだり史料をコピーしたりして、丹念に史実を掘り起こしていく。

面白いのは歴史の再構成のあいま、ところどころ著者本人が登場して、饒舌に語り出しちゃうこと。恋人に原稿を読ませて欠点を指摘され、大反省したり、登場する車の色といったディテールの真偽にこだわって、イライラしたり。
読者は一緒に事件をたどっていくうちに、著者と一体化する。やがて襲撃が決行されたプラハの曲がり角に連れていかれて、誰もが歴史の「目撃者」となるのだ。終盤、決行シーンの緊迫感が、なんと圧倒的なことか。

380ページの大部が全く苦にならず、力技と評されるのがよくわかる。ゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。高橋啓訳。(2014・11)

September 13, 2014

ゼバスチアンからの電話

ゼバスチアンにわたしを連れもどしてほしいとは思わなかった。自分でも不思議だった。だけど、ほんとうに、連れもどしてほしいとは思っていなかった。

「ゼバスチアンからの電話」イリーナ・コルシュノフ著(白水社)

ザビーネは17歳。ボーイフレンドと喧嘩し、芸術家肌の彼に振り回されていた日々に区切りをつける。おりしも家族は父の独断で、ミュンヒェンから田舎町に引っ越すことになり、夫の言いなりだった穏やかな母にも変化が訪れる。

西ドイツの作家が若者向けに描いた青春小説。絶版になっていた翻訳の復刊で、原著の出版は1981年だ。女性の自立や環境保護など、テーマには70年代の香りが濃い。しかし少女から大人への最後の1年という設定には、時代と国を超えて共感できるみずみずしさがある。
進路の選択をめぐる悩み、枠にはめようとする親や教師への反発。そんな思いを友と共有できないもどかしさと、共有できたときの喜び。自分を大切にして、だからこそ周りの人々を大切にできる。日常をたどっていく1人称の語り口は、饒舌過ぎず、知的だ。雪の描写が美しい。石川素子、吉原高志訳。(2014・9)


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