April 20, 2009

「ハチはなぜ大量死したのか」

ミツバチの喪失は、太古から続けられてきた生活様式、産業、そして文明の礎をも脅かすことになった。
 二〇〇七年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。

「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン著(文藝春秋) ISBN: 9784163710303

食と環境に関する著書が多いライターが追う、2006年秋に米国を襲ったミツバチの大量死「CCD(蜂群崩壊症候群)」の謎。

話題の科学ルポを読んだ。現代版「沈黙の春」と呼ばれるように、養蜂家のもとからある日忽焉とハチが姿を消す、という現象は、とても不気味。著者はその原因を求めて、農薬、ダニ、ウイルスなど様々な専門家の説を検証していく。

全編にハチをめぐる「知らないこと」が盛りだくさんで、とても興味深い。何気なく口にしているナッツ類や果物の生産が、いかにハチによる受粉に依存しているか。はたまた、国際競争にさらされ高度に工業化した米国の農業で、効率的に受粉を進めるため、ハチがどんなふうに酷使され、いかにストレスを受けているか。時にハチの目線でそのハードワークぶりを描いてみせるなど、語り口も軽妙だ。

豊かで安い食べ物に慣れ、それを求め続ける消費者のライフスタイルは、口で言うほど簡単には変えられない。だから時計の針を戻して、現代農業の主流が現在の経済効率を放棄するとことは、非常に困難だろう。そういう現実は、著者も十分了解している。
しかしそのために、生態系が本来もっている「復元力」を決定的に損ねてしまったら、結局はすべてが非効率に陥るリスクがある。ハチの話題にとどまらない、示唆に富む一冊。巻末にハチの飼い方などの付録付きなのがチャーミング。中里京子訳。(2009・4)

 実りなき秋 - 書評 - ハチはなぜ大量死したのか  404 Blog Not Found

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February 22, 2009

「戦争サービス業」

民間軍事会社については責任性も監督も報告義務も透明性もなにひとつ法律で決められたものはないし、だから情報請求権もないのだ。

「戦争サービス業」ロルフ・ユッセラー著(日本経済評論社) ISBN: 9784818820166

イタリア在住のドイツ人ジャーナリストがまとめた、「新しい傭兵産業」の実態。

作家、奥泉光氏が書評で推薦していたノンフィクションを読む。おどろおどろしい陰謀ルポではなく、淡々とした論文調で、民間軍事会社の問題点を順序よく説き明かしている。

何かと効率的だといわれる民間委託が、軍事活動においては必ずしもコスト抑制になっていないこと。堂々たる上場企業やそのグループでありながら、民間軍事会社の公開情報は決して十分でなく、なにより通常の軍事力とくらべて法の統制が届かないこと。さらには、世界の様々な地域での内紛と、資源をめぐる国家や多国籍企業の思惑、そこに民間軍事企業がどういう役割を果たしているかについて、丁寧に語る。
現代の戦争というものの、複雑な構造を知る一冊。下村由一訳。(2009・2)

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December 10, 2008

「暴走する資本主義」

モノを買うときの個々の消費者の好みについては資本主義はますます反応がよくなったが、市民としての私たちみんなが望むことに対する民主主義の反応は鈍くなる一方である。

「暴走する資本主義」ロバート・B・ライシュ著(東洋経済新報社) ISBN: 9784492443514

クリントン政権で労働長官を務めた経済学者が、「スーパーキャピタリズム」が引き起こした社会状況を分析。

クルーグマンに続き、個人的に「民主党政権交代シリーズ」で読んでみた。著者の主張は明快。ひたすら利潤を追い求める企業による、巧妙なロビー活動によって、民主的な政策決定がゆがんでいるという状況を、豊富な事例で説いていく。

では、企業をそういう行動に駆り立てる原因は、どこにあるのか。グローバリズムは全く無縁ではないが、著者が目を向けるのはむしろ、一般国民自身の選択だ。消費者として安い商品を求め、また投資家として、虎の子の投信の少しでも高いリターンを願う。そういう身近な振る舞いが企業を動かし、巡り巡って自らの雇用や、近隣コミュニティーの安全などを揺るがしている。だから一人ひとりがそう認識して選択を変えれば、本来の民主主義を取り戻せるかもしれない、というわけだ。

にわかには共感できない論調もあった。企業が利益追求と両立させつつ、すすんで社会的責任を果たす試みの効果を、かなり強く否定していること。それから、企業に対し納税などの責任の免除とセットで、政治参加の権利を制限する提言などだ。
しかし、格差や非正規雇用の問題など、日本でも切実になっている様々なイシューについて、その背景、メカニズムを整理するには格好の一冊だと思う。日本において多くの福祉を担ってきた企業という存在そのものについても、考えさせられる。雨宮寛・今井章子訳。(2008・12)

 すでに脱線しているかも? ロバート・B・ライシュ「暴走する資本主義」(東洋経済新報社)   梟通信

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November 22, 2008

「格差はつくられた」

経済の問題としても、また実践的な政治課題としても、格差を是正し、再度アメリカを中産階級の国にすることは可能なはずである。そしていまこそが、それを始めるときだといえる。

「格差はつくられた」ポール・クルーグマン著(早川書房) ISBN: 9784152089311

08年ノーベル経済学賞をタイミングよく受賞した、リベラル派論客による一般向け著作。「なぜいまオバマなのか」を単刀直入に語る。

実は著者には、エコノミストであると同時に、マイケル・ムーアみたいな強烈な反ブッシュコラムニストという印象をもっていて、あまりに政治的立場が鮮明なので、ノーベル賞をとったとき、ちょっと驚いてしまった。本作の脱稿は07年夏だが、その後のオバマ当選を後押ししたと思われる「進歩派」の思考を明快に解説していて、興味深い。

以下ネタバレですが、著者は、日本でもいろいろ議論があった格差の拡大について、米国においては技術革新やグローバル化が原因なのではなく、「保守派ムーブメント」の意図的な政策が招いたものだ、と断じる。こうした政策は本来、一部の業界や富裕層を利するだけの反民主的なものなのに、人々の人種差別意識を利用した巧妙な戦略によって支持を得てきたと分析。ところが、その支持は有権者の世代交代などによって崩壊しつつあり、いまこそリベラルの強力なリーダーシップのもと、国民皆保険などの格差是正に踏み出すべき、と主張する。

米国ではオバマ当選に前後して、金融危機が勃発し高額報酬を得てきたウォール街の権威が失墜。さらに、雇用と社会保障の一角を担っているビッグスリーの経営が行き詰まる事態を迎え、ますます時代はリベラル&進歩派に傾いているように感じる。

凄く頑張った人が報われる、のではなく、普通に頑張る人が安心できる社会。しかし、その「正当さ」と「成長」との関係は、今ひとつ鮮明でないように思う。状況の違いはあれど、小泉改革の修正という、よく似た国内の政治的潮流は、いったいどこへ向かうのだろうか。考える刺激になる一冊。三上義一訳。(2008・11)

書評:クルーグマンのThe Conscience of a Liberal  On Off and BeyondConscienceは良心ではない - 書評 - 格差はつくられた  404 Blog Not Found

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November 03, 2008

「やわらかな遺伝子」

遺伝子こそが、人間の心に学習や記憶、模倣、刷り込み、文化の吸収、本能の表現をさせているのである。遺伝子は人形使いではないし、青写真でもない。さらにはただの遺伝形質の運び屋でもない。一生のあいだ活動を続け、お互いにスイッチを入れたり切ったりし、環境に対して反応しているのだ。

「やわらかな遺伝子」マット・リドレー著(紀伊國屋書店) ISBN: 9784314009614

英国のサイエンスライターが「生まれか育ちか(Nature vs Nurture)」、つまり遺伝子か環境か、という二項対立の誤りを、様々な科学分野の研究成果から解き明かす。

ちょうどヒトゲノム計画が集結した2003年の著作を、積読の山から発掘して読んでみた。最近でも米国では、個人が399ドルでDNA解析を頼めるサービスが話題となり、実際に著名起業家が自らの遺伝子変異を告白したりしている。さて、遺伝子はどのくらい人間を支配しているのか?

著者はそんな遺伝決定論にも、環境決定論にも荷担しない。原題は「生まれは育ちを通して(Nature via Nurture)」。遺伝子は実際、思った以上に人の病気や性格、嗜好、行動までもの基盤になっている。けれども、その基盤が発現する過程には、環境との相互作用があるという。

決して読みやすくないと感じた。それは科学的解説が素人にとって難しいせいだけではなく、読者に対して、一方の決定論を選ぶことで「楽になりたい」という安易な心持ちを許さないせいだろう。何かがわかってすっきりする、というより、なにやら科学に基づく人間観というものの奥深さを思わせる一冊。中村桂子、斉藤隆史訳。

マット・リドレー『やわらかな遺伝子』  mm(ミリメートル)
]マット・リドレー「やわらかな遺伝子  Close to the Wall

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September 30, 2008

「フェルマーの最終定理」

有理数だけによってこの宇宙をとらえていたピュタゴラスにとって、無理数の存在は彼の思想をゆるがすものだったのである。ヒッパソスの得た洞察についてじっくり時間をかけて議論していたならば、ピュタゴラスもこの新しい数の出現を受け入れたにちがいない。だが彼は自らの誤りを認めようとせず、かといってヒッパソスを論理的に打ち負かすこともできなかった。結局、ピュタゴラスはヒッパソスに溺死による死刑を言い渡し、後世に汚名を残すことになったのである。

「フェルマーの最終定理」サイモン・シン著(新潮文庫)  ISBN: 9784102159712

SNS「やっぱり本を読む人々。」で推薦されたのを機に、読みたかった文庫を手にとる。なにをかくそう私にとって、数学は高校ぐらいから暗記科目になっていたので、このノンフィクションで解き明かされる謎の意味を、ほとんど理解できない。それなのに面白くてわくわくして、最終盤で数学者たちの間を電子メールが飛び交うあたりでは手に汗握った。

発端は紀元前6世紀に生きたピュタゴラス。その定理にインスピレーションを得て、フェルマーがあまりに有名な「余白の走り書き」を残したのが1637年。その最終定理をまた、現代の数学者アンドリュー・ワイルズが証明するまで、じつに350年もの時が流れている。なんて壮大な、知のドラマだろう。

時代も文明もはるかに超えて、美しさを失わない「数」というものの不思議。一見、実用には役立ちそうにないのだけれど、門外漢にこの宇宙のとらえ方というものを、垣間見せてくれる。
本書に登場する天才たちは意外に人間くさくて、「数」の魅力に翻弄され、人生を狂わせたりしながら、その輝きを追い求め続ける。数式の意味は分からなくても、彼らの一途さに、なんだか爽快な気分になる。そういえば「異端の数ゼロ」も面白かったな。

1994年英BBCのドキュメンタリーをもとにした1997年の著作。2000年に刊行、2006年文庫化。青木薫訳。同著者の「暗号解読」もかなりおススメ。(2008・9)

サイモン・シン/フェルマーの最終定理 木曽のあばら屋

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May 22, 2008

「テロマネーを封鎖せよ」

そしてわたしはスタンフォード大学のキャンパスから数キロの森の中の小村にある、バックス・オブ・ウッドサイドというレストランを選んだ。このレストランはシリコンバレーのベンチャー・キャピタリストや起業家が商談や会社設立について話し合う場所として評判だった。私たちの協議は何千億ドル規模に上るだろうが、レストランの雰囲気はこうした話し合いに適していた。

「テロマネーを封鎖せよ」ジョン・B・テイラー著(日経BP社)  ISBN:9784822246235 (482224623X)

中央銀行の金利決定に関する「テイラールール」の考案で有名な経済学者が、米財務省次官として経験した国際金融外交の裏表を綴る。

著者は9・11直後の世界的なテロ資金凍結や、イラクの通貨切り替え、中国元の変動相場制移行をめぐる駆け引きなどに、八面六臂の活躍をする。映画のワンシーンのようなホワイトハウス・シチュエーションルームの戦略会議、人目をはばかる通貨マフィアたちとの秘密会合、軍輸送機で乗り込むバクダッド。歴史を動かしたエピソードの連続だ。

子供じみた感想だけれど、有力者の回顧録というのはイコール、自らの功績をめぐる自慢話の連続だと思う。かつてべーカー元国務長官の回顧録「シャトル外交 激動の4年」(新潮文庫)を読んだときも、同じようにその自負心の強さにちょっと圧倒されたのを思い出した。

とはいえ、著者のずば抜けた知性ゆえか、翻訳が巧みなのか、読んでいて嫌みな感じは受けない。もちろん米国の金融政策にはいろいろと議論があるのだろう。あるいは、著者があえて触れていない本当の裏話があって、それを知ったらまた、違う印象をもつのかもしれない。けれども、本物のエリートの仕事ぶりに、素朴に感嘆したのも確かだ。嫌みを感じさせる余地もなく、実にクリア。まず明確な目標を設定し、絶えず部下を鼓舞し、自らも勤勉に働く。信じる「正義」に対し、一切の迷いはないのだ。中谷和男訳。(2008・5)

 ジョン・B・テイラー『テロマネーを封鎖せよ』  Economics Lovers Live

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April 18, 2008

「眼の誕生」

過去に対する解釈に欠けているものがある。それは色彩である。

「眼の誕生」アンドリュー・パーカー著(草思社) ISBN:9784794214782 (4794214782)

英、豪で活躍する研究者が、カンブリア紀大進化の謎に対する答え、「光スイッチ説」を提起する。

カンブリア紀の爆発といえば、何といってもスティーブン・ジェイ・グールド著「ワンダフル・ライフ」(ハヤカワ文庫)だ。化石から再構築される摩訶不思議な生物。進化の意外性に触れた、あの興奮は忘れられない。わき上がるのは、「こんな生き物がいたのか!」という素朴な驚き。本書はその驚きの世界に、新たに「色彩」を施し、ぐっとリアルに感じさせてくれる。

やがて、そんな色をとらえる器官、「眼」の成り立ちに話は及び、「生命史上初めての眼」が見た世界を描き出す。「眼以前」と「眼以後」の格差は歴然だ。決してライトな読み物ではないし、論証されている仮説の確からしさも素人には判別できない。けれども、色とか、眼とか、「あって当たり前」のものがどこから来たのか、に思いをはせるひとときは刺激的だ。渡辺政隆・今西康子訳。(2008・4)

眼の誕生  竹蔵雑記

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February 13, 2008

「メディチ・マネー」

皮肉屋のコジモ・デ・メディチは言った。「長さ二反の赤い布があれば、名士がひとり作れる」

「メディチ・マネー」ティム・パークス著(白水社)  ISBN:9784560026236 (4560026238) 

15世紀フィレンツェで、一介の商人から支配者にのし上がったメディチ家五代。英国の作家が、その成功と苦難を数々の史料から読み解く。

高金利が背徳とみなされていた時代に、いかにして金融業が地位と権力を手にしたか。もちろん論点は違うけれども、「ファンド資本主義」とか「カジノ経済」といった、マネーに対する今日的な不信、不快感に一脈通じるテーマである。金は単なる価値のものさしに過ぎないはずだけれども、えてして「実体」を振り回す、不実な厄介者になりがちだ。

近代へのとば口で、国際的な金融グループを経営したメディチ家の男たちは、その富と「交換の技法」を駆使して権威ある教会を丸め込み、投票さえも操って政治的な地歩を固めていった。と同時に、慈善事業を「神の勘定」として誇らかに帳簿にしるし、才能ある画家のパトロンとなって自らの肖像を聖画に残した。著者は結論を急がず、こうした善と悪、本音と建て前が交錯する銀行家の横顔を丹念に、人間くさく描いている。

「金は無限の数の主人に仕えることができる。(略)価値は目立たない中立の単位に分割され、どんな杯にも流れ込み、金貨の雨はどの金庫にも降り注ぐ」ーー。そもそも金そのものには、善も悪もないのだ。文脈はやや難解だが、マネーとはこんなにも昔から怪物めいていたのかと思わせて興味深い。北代美和子訳。(2008・1)

メディチ・マネー  一冊たちブログ


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January 17, 2008

「その数学が戦略を決める」

熟したブドウは柔らかい味の(酸味の少ない)ワインを作る。濃いブドウはフルボディのワインを作る。
 オーリーは無謀にもこの理論を方程式にまでしてしまった。

ワインの質=12.145+0.00117×冬の降雨+0.0614×育成期平均気温-0.00386×収穫期降雨

「その数学が戦略を決める」イアン・エアーズ著(文藝春秋)  ISBN:9784163697703 (4163697705)

兆単位(テラバイト)のデータ集積と、データ同士の意外な相関関係を割り出す「絶対計算」が、「専門家」たちの経験と直感を凌駕。意志決定の新たな地平を描く。

エール大で経済と法律両方を研究する著者が、数多くの事例と研究者たちの横顔を通じて説く「絶対計算」の有効性。例えば航空券の「買いごろ」を教えてくれるサイトが紹介されている。大量の価格データと、燃料価格や気候やフットボールの優勝チームといった因子から値動きを予測。すぐに買うべきか、もう少し待ったら投げ売りされそうか…。さらに、それぞれの予測にどれくらい自信があるかも示して、予想が外れた場合に備えて「保険」まで売っている、というから本当にすごい。

ネット時代の大規模なデータマイニング、無作為抽出が、一見関係なさそうな要因同士の相関(因果ではない)を見つける「回帰分析」やニューラルネットワークに力を与えた。私が読んだ本でいうと、「ヤバい経済学」と「プロファイリング・ビジネス」のその先、という感じ。例の、試合データの不自然さだけから八百長がわかってしまう、とか、クレジットカードの使い方から離婚の可能性が予想できる、とかいう、あれだ。
ひょっとしたら、あなた自身が気づいていない「あなたのしそうなこと」さえ言い当てる。その威力を知るのは、読んでいてかなりエキサイティング。絶対計算を駆使すれば、情緒に流されず、失業対策などでもちゃんと効果がありそうな政策に税金を投じることができるというわけだ。回帰分析については「希望学」(玄田有史編著、中公新書ラクレ)で解説していたのを思い出した。

ただ、この本が少し恐ろしく思えてくるのは、医療や裁判への応用も、もはや止めようのない流れだ、といったあたりから。
医師がきちんと手を洗うことの効果をデータで立証でき、それで患者が助かるのなら、もちろんデータを活用すべきだろう。でも、データから再犯のリスクをはじいて、何の裁量の余地もなく犯罪者の扱いを決める、というアイデアにはどうしても抵抗を覚えてしまう。それは、かけがえのない「個」の命や生活の質や人生の可能性の判断を、統計と確率にゆだねることへの素朴な違和感だ。そういう「情緒的」な受け止め方こそを、著者は排除したいのだろうけれど。

終盤では著者もデータの限界を視野に入れ、経験や直感との補い合いに言及している。確かにデータを知らないよりは、知っている方が断然いい。問題は、そこから何について読み取り、どんなことを決めるか。実に頭を刺激される一冊。章ごとに挟んだ箇条書きのまとめが、「細切れ読書派」には便利だ。おなじみ山形浩生訳。(2008・1)

面白くて、恐ろしい「その数学が戦略を決める」  わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる


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