August 07, 2018

この落語家を聴け!

「落語ブーム」という言葉には、もう用は無い。落語は常にそこにある。ただ「客が呼べる噺家がいるかどうか」だけの問題だ。

「この落語家を聴け!」広瀬和生著(アスペクト)
自宅の積読の山から、2008年の話題本を今更ながら。この時点の「いま、観ておきたい噺家51人」の紹介なので、立川談志、柳家喜多八が登場するのがなんとも切ない。しかし2007年「ほぼ日寄席」の立川志の輔あたりから落語を面白いと思い、談春、市馬、喬太郎…と聴いてきた軽めのファンとしては、いわば歴史の証言を面白く読んだ。
先日の落語会で、後ろの席の観客が前方に金髪の男性を見つけ、噂していたのがまさに著者。本業はハードロック・ヘビメタ雑誌の編集長だけど、落語評論家としても本書でブレイク、今や落語会のプロデュースも手がけているという。ほぼ毎日高座に接し、DVDなども細かくチェックしているらしく、そのマニアックな知識量に圧倒される。とはいえ落語を今の時代に生きる、開かれたエンタテインメントとする主張には、多くの人が共感するはずだ。
本書では演者一人ひとりの持つキャラクター、技術、何よりギャグや演出の工夫による独自性を高く評価し、熱く語っている。登場する噺家たちが、その後も着実に進化し続け、さらには一之輔ら新たな真打、二つ目にも人気者が現れている落語シーン。本書の予言がしっかり実現しているといえそう。
個人的は、未体験の噺家さんや演目も盛りだくさん。お楽しみはこれからだ。(2018・8)

July 21, 2018

2020狂騒の東京オリンピック

日本のスポーツ界は位相がずれている。経済合理性では割り切れない不思議な世界だ。

「2020狂騒の東京オリンピック」吉野次郎著(日経BP社)
2020年7月24日の東京五輪開会式まで、あと2年というタイミングで、日本スポール界に疑問を投げかけるノンフィクションを読んでみた。2015年7月の新国立競技場建設計画見直しの背景を中心に取材し、その年の11月に発刊したものだ。
きっかけは時事性が強いものの、問題意識は普遍的だ。すなわち著者は、日本のスポーツ界はアマチュア精神を金科玉条とするがゆえに、競技団体も、競技場を建設する自治体も、割に合わない運営や投資を続けている、と指摘。無為に補助金や税金がつぎこまれる構図をえぐり出す。
テーマを掘り下げるための素材は豊富だ。米国に飛び、プロスポーツやスタジアムを運営するためのアイデアや、優れたビジネス感覚を具体的に明らかにする。あるいは関係者にヒヤリングして、アマチュア精神を日本に持ち込んだ明治のお雇い外国人の存在や、軍国主義時代の体力向上政策の歴史を掘り起こしていく。
日本にも工夫がないわけではなく、特にトライアスロンのマーケティング戦略はなかなか興味深い。国家的イベントである五輪を超えて、スポーツはどう成熟していくのだろうか。(2018・7)

July 15, 2018

ゼロからわかる!図解落語入門

落語のネタには、泥棒の噺とケチの噺がよく出てくる。なぜかといえば、泥棒とケチの噺だけは一切苦情が来ないからだ。
「ゼロからわかる!図解落語入門」稲田和浩著(世界文化社)
今更ながら、超初心者向けの落語ガイドを読んでみた。寄席のチケットの買い方、マクラとは、古典とは、など、ごく入り口から始まって、噺に出てくる長屋の配置、噺家が名乗る代表的な亭号の解説まで、本当に親切で行き届いている。
中には日本文化の歴史に関わる薀蓄も。例えば、明治政府が国会を開設した折、速記者が圓朝の噺を速記して練習したことから、落語や講談の速記本ブームが起こり、これが二葉亭四迷ら言文一致に影響したそうです。一貫して、お説教臭くない語り口で読みやすい。著者は1960年生まれの大衆芸能脚本家。
巻末のデータも充実していて、定期的な落語会や噺家一覧は手がかかっている。柔らかいタッチのイラストは小野寺美恵。(2018・7)

May 12, 2018

安井かずみがいた時代

背伸びは大切なことだけれど、どんなに背伸びしたって安井さんに敵うはずもないんだもの。
「安井かずみがいた時代」島崎今日子著(集英社文庫)
「危険なふたり」「古い日記」「よろしく哀愁」…。1970年代歌謡曲黄金期のヒット作詞家、安井かずみ。その伝説を、彼女を知る26人の証言で綴る。アバンギャルドなクリエーターから、センス抜群のセレブ妻へ、語り手によって違って見える素顔。女性の人物ものでは定評がある著者が、単なる評伝ではなく、「時代が安井に求めたもの」を描きだす。
若かりし頃のプロフィールはあまりにまばゆい。1939年生まれ、フェリス女学院、文化学院卒。フランス語ができて、「キャンティ」に入り浸り、ニューヨークやパリや、プール付きの「川口アパートメント」に住む。若い女性が伸び伸びと、その感性を発揮し始めたころ。加賀まりこ、コシノジュンコ、森瑤子、かまやつひろし…と、交友もなんとも華やかだ。なんと林真理子が、遠くから眩しく見ていたというから凄い。
1977年に8歳年下のトノバンこと加藤和彦と再婚してからは一転、夫婦連れ立って世界のグルメやリゾートを満喫し、ゆとりと豊かさの象徴に。どこか無理をしているような影を抱えつつ、1994年、肺がんにより55歳で死去。献身的に安井を看病した加藤は、早すぎる再々婚、離婚で周囲を驚かせたのち、2009年に自ら死を選んでしまう。
時代の先端を走る、たとえ辛くても、走らずにはいられない才能というものがある。「今となってはすべてがいい思い出。うん、とても素敵な人達でしたよ」。安井をはじめ、多くのアーティストの庇護者であった渡邉美佐の言葉が、胸に響く。
2010年から2012年に「婦人画報」で連載、2013年単行本化にあたり加筆された。(2018・5)

April 29, 2018

小澤征爾さんと、音楽について話をする

僕くらいの歳になってもね、やはり変わるんです。それもね、実際の経験を通して変わっていきます。それがひょっとしたら、指揮者という職業のひとつの特徴かもしれないね。つまり現場で変化を遂げていく。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾、村上春樹著(新潮社)

2011年に話題になり、2012年小林秀雄賞を受けたロングインタビューを、ようやく読む。尊敬しあう才能同士の触れ合うさまが、まず読んでいてとても心地よい。

村上春樹が尋常でないクラシック好きぶりを発揮して、次々にディスクをかけながら、指揮者によって、また時期などによって、どう演奏が変わるのか、楽譜を読んで演奏を組み立てるとはどういうことなのか、を尋ねる。小澤征爾が誠実に、ときにお茶目に答えていく。
私はオペラに時々足を運ぶものの、残念ながらクラシックに全く詳しくない。動画サイトで演者や曲目を聴きながらの読書だったけど、気取りない対話のリズムを十分に楽しめた。

話の脇道で小澤征爾の記憶が呼び覚まされ、巨匠の横顔や若き日の触れ合いを披露する。カラヤン、バーンスタイン、グールド…。そしてちょいちょい混じる恋愛沙汰。偉大なアーティストたちのきらびやかな個性と、音楽に向かう真摯な情熱が、飾らない言葉で生き生きと語られて、楽しい。
シカゴでブルーズ漬けになったこと、先輩指揮者のタクトを勝手に持ち出したこと。芸術を愛し、人を愛し、受け取ったものを若者たちに渡していく。あー、コンサートに行きたいなあ! (2018・4)

April 14, 2018

火山で読み解く古事記の謎

古事記における大きな謎のひとつは、九州南部と出雲の二か所が神話の舞台として繰り返し登場することです。その謎をとく鍵は、九州南部と出雲が日本列島で有数の火山エリアであるというシンプルな事実から見出されるのではないかとおもいます。

「火山で読み解く古事記の謎」蒲池明弘著(文春新書)

古事記の物語は、縄文時代に日本を襲った巨大噴火の恐怖を伝えているのではないか。天皇家の行事には稲作に根付くものが目立つけれど、そもそもは荒ぶる大地をなんとか鎮める役割を担っていたのではないか? 独立系出版社を営む著者が、多数の文献や各地のジオパーク取材などを通じ、そんな仮説を検証していく。
古事記と噴火のつながりについては、小説「死都日本」を読んで、強く印象に残っていた。このため個人的にそれほど意外感はなかったものの、本書では寺田寅彦など豊富な文献を紹介し、カルデラ地形の分布や、製鉄の発祥など文明史にも触れていて、情報に厚みがある。
綴られている解釈に、どの程度妥当性があるのか、判断するほどの知識を持ち合わせていないのだけど、著者は新聞記者出身とあって、安易に断定しない筆致に好感がもてる。ちょっと自信なさそうな印象、とも言えるのだけれど。(2018・4)

October 08, 2017

チェ・ゲバラ

チェは長らく「生」の中の「死」を生きていた。これからは永遠に変わらない三九歳の若い革命家として生き続けることになる。

「チェ・ゲバラ 旅、キューバ革命、ボリビア」(伊高浩昭著)中公新書

2017年キューバシリーズの仕上げに、写真展の解説を書いていた元共同通信特派員のゲバラ伝を読む。伝説の革命家に敬意を払いつつもクールヘッドをもって、苛烈な武力闘争への傾斜や、自らも認めていたというコミュニケーション力の不足など、その実像に迫っていく。

約250ページのうち、若い日の南米放浪やキューバ革命の勝利など、ロマンチックなのは約80ページまで。その後は容赦ない処刑の実行や、ソ連との距離をめぐる同志との確執、そして「ラテンアメリカ革命」の挫折と、息苦しいエピソードが続く。知的なチェが膨大な記録を残したがゆえに、細部のリアルさが切ない。
フィデルによる「別れの手紙」改竄説など、今なお真偽が見極めがたい部分も残る。それも含めて、神話というものなのだろう。

June 15, 2017

チェ・ゲバラ伝

鉄道にのるのでは、踏破することにならなかった。鉄路の上を走るのでは、人びとの生活を知ることはできないのである。
 一九五一年も終ろうとする十二月二十九日に、チェとグラナドスは、それから一年近くも続く放浪の旅に出発した。

「チェ・ゲバラ伝 増補版」三好徹著(文春文庫)

新聞社出身の作家が、広範な機関紙記事や、ゆかりの人々へのインタビューをまじえてつづった評伝。400ページを超える全編に、ゲバラ愛があふれる。

なぜアルゼンチン農園主の息子で、医師となったゲバラが、キューバ革命の戦闘に身を投じたかは、若き日の南米放浪が背景になっている。反米国資本が所与の前提になっている感じで、実は思想の軌跡は、初心者にはちょっとわかりにくい。とはいえ、人物像の魅力については十分伝わってくる。物静かな読書家で、勤勉。目が澄んでいて、公平かつ清廉。爽やかな印象は、龍馬のような感じだろうか。

特に1959年夏の来日の経緯は、企業の接遇係らにも取材していて詳しい。交易拡大を求めるゲバラに対し、大国に遠慮してか、冷たくあしらった日本政府の「国際感覚の無さ」を嘆く一方、進んで広島を訪れたゲバラの感性に共感する。
革命前の自由さに比べると、やがてキューバを去るに至る経緯や、その後の足跡は息苦しい。異説を含めた丁寧な注釈、年譜付き。(2017・6)

January 05, 2017

住友銀行秘史

 「もし」という仮定は不毛だが、今でも考えることがある。
 あのとき、住友銀行がイトマンの会社更生法を申し立てていたとしたら。その後の日本の金融史は大きく変わり、改革が早まって、「失われた10年」もなかったのではなかろうかと。

「住友銀行秘史」國重惇史著(講談社)

世界銀行が毎年公表している「doing business index(ビジネス環境ランキング)2017」で、日本は32位にとどまっている。起業のしやすさ、資金調達などで遅れをとっているためだが、実は世界2位を誇る項目もある。「破綻処理」だ。この評価に至るきっかけのひとつが、もしかしたらイトマン事件だったのかもしれない。
本書は1990年から91年にかけて表面化した歴史的経済事件について、当時メーンバンクの部長で、監督官庁やメディアに内部告発を送った著者が、関係者の実名入りで舞台裏を記し、2016年に話題となったノンフィクションだ。

舞台は大阪の中堅商社イトマンから、収益が見込めない不動産開発や美術品取引を通じて、巨額の資金が闇社会に流れた背任事件。バブル崩壊の象徴のひとつであるとともに、経済団体副会長などを歴任した大物銀行トップの転落が衝撃だった。
本書では事件の構造、特に引き出された資金が一体どこに流れたのか、などの大きな謎は明らかにしていない。まあ、これは先行する著作があるのだろう。むしろ焦点は、経営を揺るがす損失と不正の存在を認識したあとの、銀行内部の暗闘にある。

メーンは当時、著者が手帳につけていたというメモの再録。記憶に頼って補足しており、改めて裏付けをとったわけではなさそうで、ところどころ曖昧な印象がある。検察の動きなど、著者が把握していなかったキーファクターも多い。しかしエリート銀行マンたちの言動の記述がなんとも赤裸々で、異様な迫力を示す。
誰がいつ、どう責任をとり、誰が生き残るのか。そのために誰と誰が、いつどこで会い、何を話したか。著者が銀行幹部はもちろん、有力OBから秘書、社用車の運転手たちまで、ネットワークを駆使して同僚の動きを探るさまはすさまじい。

結局イトマンは、ドラスチックに膿を出す更生法には至らなかった。背景には、金融システム維持を優先する行政の意向があったという。あれから20年以上。膨大なコストをかけて、日本のメーンバンクや企業救済の姿がかなり変わってきた点は、感慨深い。では、危機に瀕した組織の、保身の構図は変わっているのだろうか。読み終わって、なんだか空疎な気持ちが残る1冊だ。(2017・1)

December 23, 2016

戦争まで

歴史上で実際に起こったことについて、起こる可能性が高かったから起こったと単純には言えない、との厳粛な思いに打たれざるをえない。

「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗」加藤陽子著(朝日出版社)

栄光学園での講義録「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」の東大教授が、今度はジュンク堂書店池袋本店のイベントで、公募の中高校生を相手に太平洋戦争前史を語る。取り上げるのは3つのターニングポイント、すなわち1932年のリットン報告書、1940年の日独伊3国同盟、そして1941年の日米交渉。なぜ別の道をとれなかったのか、あえて歴史のイフを問うていく。

材料は、きれいに整理された加工品ではない。議事録や講演記録など、できるだけ当時の、そして当事者の肉声をたどる、手間のかかる作業だ。まるでジャック・フィニイ「ふりだしに戻る」のよう。中高校生向けとはいえ、決して易しい内容ではない。
丁寧に記録を付き合わせていくからこそ、見過ごせない情報の非対称や誤解が浮かんでくるのだろう。例えば閣僚と軍部の間で、どのくらい正確に戦争遂行力の判断が共有されていたのか。また外交交渉の前線と本国とで、相手の出方をどう読んでいたか。豊富な情報を深く分析し、考えに考え抜いた意思決定だったのか? ガラス細工のような、重大な国家の岐路。

本書のベースになった連続講義は2015年。冷静な語り口ながら、著者は一定の立場から、安保法制や憲法改正論議の流れに強い危機感を示す。そして2016年、世界はどんどんキナ臭くなっているように思える。今こそ知るべき歴史なのかもしれない。(2016・12)

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