January 04, 2026

「紀国の徳人」と「布衣の農相」

前田は答えた。「国家は自分だよ」
高橋が驚いた。「自分って……」

「『紀国の徳人』と『布衣の農相』」出久根達郎著(藤吾堂出版)

坂本龍馬、勝海舟、渋沢栄一… 私たちは大河ドラマなどで、明治日本を作り上げたヒーローに触れてきた。しかし決して華やかでなくても、社会の礎となった多くの人物がいる。時代小説やエッセーの名手が濱口梧陵、そして前田正名に焦点をあてた評伝だ。

梧陵は安政大地震で津波の襲来を察知し、田に火を放って人々を避難させた逸話「稲むらの火」で知られ、小泉八雲の著作に登場する。本家は紀州で、銚子ヤマサ醤油の7代目。富豪で志が高く、海舟や医師・関寛ら若者を支援したり、種痘所(東大医学部の源流)開設時に寄付したりした。
郵便事業を立案した前島密がイギリスに派遣された際、梧陵が初代の「駅逓頭」に起用されるが、わずか3週間で帰国した前島にとってかわられてしまう。著者は梧陵が飛脚のイメージを捨てきれず、前島のように西洋の文明を学んで発想を転換する必要を痛感したのでは、と推測する。なんと60歳を過ぎて世界一周の旅に出、ニューヨークで客死。

生真面目、高潔な梧陵の印象と対照的に、前田正名は破天荒でちょっとコミカル。薩摩藩士で、龍馬の命で薩長の秘密交渉に関わったりし、20歳そこそこでフランスに留学。そこで殖産興業を「百年の仕事」と思い定め、大久保利通に1878年パリ万博への参加と農産物の育種場開設を進言して許可される。その会談場所がなんと、西郷隆盛の挙兵で京都に置かれた大本営だったというから凄まじい。大久保利通には冷徹な官僚の権化のイメージをもっていたけれど、さすが慧眼だったんだなあ。
前田は農商務省で「真に国家のために計るとすれば、まず人民の暮らしを豊かにする策を立てるべきだ」と唱え、猛烈に働く。ところが猛烈すぎて反発を食い、山梨県知事に就くなど紆余曲折の末、42歳で野に下る羽目に。それでへこたれる正名ではなく、お得意の脚絆に草鞋、行李を背負って全国を行脚し、茶・生糸や陶器など工芸品の生産者を組織して輸出を促進。とにかくパワフルで、72年の生涯で欧米を8回視察した。

エピソード満載なんだけど、なかでも偉人たちの洋書への向き合い方が印象的だ。海舟は持ち主が寝ている夜間、半年通って兵法書を書き写した。諭吉も寝ずに築城書を写し、緒方洪庵に贈って入門を果たした。正名は海外渡航の資金を捻出すべく、仲間と日本初の活字英辞書「薩摩辞書」を出版…
これが筆者の、膨大な読書量と響きあう。先行する研究の類いはもとより、「薩摩辞書」やパリ万博時に前田が作・演出した戯曲に至るまでくまなく読破。実は正名の直筆書簡を数通持っているけれど、字が個性的で読めないとか。だから関連する話題はくめど尽きず、徳冨蘆花やら陸奥宗光やらが続々登場、その人物像がまたいちいち面白過ぎる。特に前田の盟友となった高橋是清! 大河ドラマが何本作れるやら。
全国市長会の機関誌「市政」での連載をまとめた。(2026.1)

October 26, 2025

川崎家の系譜

この芸術精神が小虎の生き様をとおして、長男の鈴彦、次男の春彦、そして孫の麻児はもとより、娘婿の魁夷にまで継承されたことこそ類い希なる類いまれなる日本画の名門たる証といえる。

「川崎家の系譜」石田久美子編著(東京美術)

市川市東山魁夷記念館の学芸員である著者が、リベラコレクションを中心とした2021年特別展の図録を兼ねて出版。東山魁夷や川崎麻児さんの作品に触れてはいたけれど、改めて一家の画壇での存在感、そして、それぞれの画風の幅広さがわかって興味深い。

始まりは天保年間生まれの川崎千虎だ。有職故実に通じた大和絵系歴史絵の大家であり、明治に入って岡倉天心とともに東京美術学校(東京芸大)や日本美術院で研究と後進の指導にあたる。その孫、小虎は大正から昭和にかけて帝国美術学校(武蔵野美大)で教えながら創作。メルヘンチックな「春の訪れ」、コミカルな「ひよこ」や「猿」から「雪静か」の静謐まで、清々しさが漂う。
その長男、鈴彦のライフワークである奥の細道の写生は、緑が香ってくるような誠実さ。一方の次男の春彦はうってかわって、「春曙」「夜明けの潮」などダイナミックで、鮮やかな色彩に目を奪われる。1959年に杉並で生まれた春彦の長女、麻児になると「訪問者」「足音」など非常にモダン、静謐、幻想的で、独自の感性が際立つと同時に、小品に描いた動物や置物には小虎の愛らしさも彷彿をさせる。

魁夷の足跡をたどる解説によると、復員後に四ヶ月ほど、川崎家の疎開先である山梨に身を寄せ、小虎、鈴彦、春彦とともに写生の日々を過ごしたという。のちに日本を代表する画家にまでなるとは知らない頃、世相もまた混沌としていた。不安と創造の衝動を共有した一家の時間を、想像せずにはいられない。(2025.10)

October 19, 2025

可視化される差別

集団的接触のメタ分析が繰り返し行われているが、接触の量と質はどちらも一般的にいって人々の態度を好意的にすることがわかっている

「可視化される差別」五十嵐彰著(新泉社)

気鋭の社会学者が膨大な内外の研究成果から、移民・エスニックマイノリティなどへの差別をめぐる論点を語り尽くす。参考文献は細かい字でなんと60ページ! しかし詳細な議論はほぼ2ページごとにつけた注に譲り、本編370ページは縦書きの平易な語り口に徹して、読者を遠ざけない。増加する外国人への対応が政策テーマに浮上した現在、注目されるべき意欲作だ。

差別を「特定の人種や国籍の人を不利に扱う行為」と定義し、「差別はそれを経験した人に害をもたらすから悪いのだ」と態度は明快。そのうえで採用や賃貸での差別の存在を、あくまで淡々と、丁寧に測定していく。手法はさまざま。統計、アンケートに加え、役者を使った実験の紹介が興味深い。バス停でムスリムが買い物袋からオレンジを落としたら、並んでいるドイツ人は拾ってあげるかどうか。オレンジを落とす前に携帯で会話して、外見はムスリムでもドイツ人が共感できる価値観を主張していたらどうか。
そして数字に基づいて、差別が所得や健康に与える影響や、差別を生む原因を解き明かしていく。集団的接触が差別を緩和することは、直感的によく言われるけれど、終盤で研究成果として示されると、なんだか希望がわく。日本人Aさんの友人Bさんに、中国人Cさんの友人がいると、Aさんが中国人全体に対して好意的になる、つまりは友だちの友だちはみな友だち。リアルでなくても登場人物が外国人に対して好意的に振る舞うエンタメに接するだけでも、一定の効果がある… もちろん、集団的接触は万能ではない。全編を通して、学術的に分からない点は分かっていないと、端的に記していて好感がもてる。

差別研究は2000年代に入って進展した、新しい分野。紹介する研究をジャンル分けすると、社会学だけでなく政治学、心理学、経済学と多岐にわたるし、昨今話題のSNSの分析も発展途上だ。ときに学問の限界を認めつつ、世の中を少しでも良くしていく方向へ社会科学がいかに貢献するか、期待を抱かせる。(2025.10)

September 21, 2025

音を聴く 深く観る 歌舞伎音楽事始

格の高い俳優さんや重要な役ほど、唄や鳴物が入ったり、それまでの曲とは変えたりして、強調します。ただ、具体的にどの曲をどこに使うかというのは、実地の経験次第です。

「音を聴く 深く観る 歌舞伎音楽事始」土田牧子著(NHK出版)

日本音楽史を専門とする研究者が、歌舞伎の音楽をイチから解説。文楽、歌舞伎を観たり、古曲の一中節を聴いたりしていながら、実はわかっていないことが多くて、ためになる一冊だ。
舞踊音楽としての長唄、はたまた語り物としての竹本や、豊後系浄瑠璃の常磐津、清元という位置づけ。浄瑠璃が興隆した元禄にはじまり、長唄が成立した享保、清元が人気を博した化政期…といった歴史。順を追った丁寧な記述は、時に真面目すぎると思えるほどだ。そもそも三味線の調弦は唄や語りの声に合わせるので、ピアノのように一定ではなく、よく聞く「本調子」「二上り」「三下り」は三本の弦どうしの音程の幅のこと、とか、今更ながら納得しちゃう。

後半、お馴染み「勧進帳」「寺子屋」など、特に上演の多い七演目の粗筋を、音楽から読み解くくだりになると、筆致がぐっと生き生きしてくる。松羽目もので、明るい長唄のなかに荘重な能楽を取り入れる工夫とか、竹本で人物の登場シーンにドラマをこめているとか、聴きどころ満載で面白い。
あとがきを読むと、著者は小学6年生だった1988年、歌舞伎座100周年公演ではまって以来、歌舞伎に通い続けたという筋金入り。並行してオペラ、ミュージカルにも親しみ、ついに藝大楽理科に進んだという。どうりで舞台愛が半端ないわけです。

特に興味深いのは歌舞伎ならではの黒御簾音楽(下座、陰囃子)の解説だ。役者の台詞や仕草を描写したり、舞台転換のつなぎや雨風などの効果音を担ったり、あくまで舞台を進行させるBGMで、単独では曲として成立しない。黒御簾独自、あるいは長唄や浄瑠璃、小唄、端唄、祭囃子などから借りてきたフレーズのストックが、ゆうに1000以上あって、これを自在に組み合わせて演奏する。その組み合わせは、たいてい演目やシーンで決まっているけれど、中心になる役者が音羽屋とか松嶋屋とか、大物か花形かとかで違いもある。だから上演ごとに、「付師」と呼ばれる三味線方が音楽監督となって提示する。
巻末近くに現役の太夫、三味線方のインタビューを収録。「付師ばかりは一朝一夕にはできないもので、二十年、三十年かけて覚えていかないといけません」という言葉が重い。

いざ観劇となると役者に気をとられて、黒御簾まで気が回らない気がする。でも少しでも知識を得て、長く重層的に楽しみたいと思わせてくれる本だ。(2025.9)

August 15, 2025

教養として学んでおきたい神社

ない宗教としての神道とある宗教としての仏教とは相性がいいとも言える。

「教養として学んでおきたい神社」島田裕巳著(マイナビ新書)

自宅本棚にあったごく簡単な新書を読んでみた。誰もが近所の散歩でも観光でもよく訪れ、スピリチュアルを持ち出さなくても、訪れれば自然に手を合わせる場所。そんな施設としての神社の成り立ちを、宗教学者が整理する。考え方の一部は伊勢や高千穂を訪れた際にも触れていて、断片的な知識がちょっとつながって面白い。

神道の神とは本居宣長が喝破したように、善良であっても、人に祟りをもたらす邪悪であってもおかまいなく、尋常でない、凄い存在ならすべて神だ、という概念にまずびっくり。だから古来の神話に登場する神に加えて、八幡神など神話以外の神、さらには菅原道真ら人間だった神と、どんどん増殖してきた。なるほど。
古典や絵巻物から、立派な建物としての「社殿」の起源を探るくだりは、研究者ならではだろう。いわく13世紀、鎌倉時代あたり、社殿の前に建つ「拝殿」になると14世紀と、意外に新しい。もっと時代をさかのぼると、ルーツは巨石=「磐座」に注連縄という自然信仰なのだという。こういう信仰のかたちは、アイルランドでもペルーでも見かけた世界共通のものではないか。8世紀ぐらいまでの沖ノ島では定まった建物どころか、祭礼をとりおこなう岩場や使う道具は一回限りで、終わったらそのまま放置していたという。

日本独特のようで、さらに面白いのは江戸期まで当たり前だった神仏習合だ。ヨーロッパでは土着の宗教がキリスト教にすっかり取り込まれた。例えば新約聖書にはキリストの誕生日の記述がなく、季節さえはっきりしない。土着の冬至の祭りを取り入れて12月25日にしたのだという。
ところが日本では国家が仏教を統治の基盤にしたにもかかわらず、神道もしっかり生き残った。すなわち本地垂迹説で、神の本当の姿(御正体)は仏、としちゃった。先日展覧会で観た平安時代の春日宮曼荼羅は、まさに本地垂迹を図解したもの。驚くべき融通無碍!
神道が明確な教祖や教義をもたない、「ない」宗教だからこその芸当で、そこに至るには8世紀、八幡神が国家的プロジェクトの大仏建立を助けて、菩薩号を与えられたことが大きかった、とか、三社祭でお馴染み浅草神社の三人の祭神は、なんと隅田川で浅草寺の本尊を発見した漁師ら3人のことだ、とか、トリビアが満載だ。
明治維新の神仏分離で、後付けで神道にも教派や社格の概念が導入され、さらに戦後、国家と神社が切り離されて伊勢神宮を本宗とする体制が整備されたと。ずいぶん最近のことなんだな~

全く意識していなくても、日本に生まれたら自動的に全員、神道の信者、という解説を聞いたことがある。世界の分断をみるまでもなく古来、宗教観は良くも悪くも、国家や民族の基盤のひとつ。考えだすと面倒も多いけれど、今更ながら重要な知識ではあると思い直した次第。(2025.8)

August 09, 2025

Yes,Noh

舞台では面と装束で自己を閉じ込め、只々型を無心に行っているだけです。

「Yes,Noh」関直美著(KuLaScip)

ちょっとご縁があった宝生流シテ方の女流能楽師が綴った、ジェットコースターのような半生を読む。振り出しは帯広。裏千家教授の娘として育つものの、与えられた境遇を飛び出してニューヨークに留学。人種のるつぼで夢をつかみ、いよいよ心理学修士を取得しようという目前になって母が病に倒れてしまう。急きょ帰国し茶道の社中を継ぐが、1998年、33歳でさらに大きな転機が訪れる。
気分転換のつもりで鑑賞した能舞台に衝撃を受け、一念発起してなんと芸大に入学。以降、大変な努力を重ねて能楽師の道を歩みながら、現在は伝統芸能の普及団体も主宰している。

人生を変えた舞台が衝撃だ。金春流79世宗家・金春信高氏が喜寿の祝いで、一子相伝の秘曲「関寺小町」を41年ぶりに舞う。2年もかけて準備した舞台で倒れたこともショッキングだけど、そのあとこそが凄まじい。能舞台は曲の途中で止めることができない。後見の金春晃實が朦朧とする信高氏を後方へ引きづっていき、固く握った指を開いて扇を受け取って、舞い納めたという。
長男である金春安明氏との対談が収録されている。当日、安明氏は地謡を務めており、シテの面倒をみるのは後見の役割。「父が倒れた時、何を思ったかと言うと、『あぁ、僕は地謡でよかったな』なのです。これも親不孝なものですよね」「僕達地謡は余計な事を考えず、とにかく謡い続けました」「それがプロとしてのこちらの仕事だと思っています。ですから謡い続けました」… 信高氏は重症ではなかったものの、この不本意な舞台を最後に結局、シテを辞めることになる。なんという厳しさ。
「関寺小町」とは小野小町百歳の、衰えを嘆きつつものんびりした一日を描く演目だ。安明氏はいう。「百歳の小野小町の役をやると言う事は、何か訳がわからない役をやると言う事なのですね」「父の著書に『動かぬ故に能という』があるのですが、この事がやはりただ事ではないのです。これはいい加減な人ではできません」

そもそも、シテは面をかけているため極端に視界が狭く、10キロ近い装束をまとっているので手足の自由もそうきかない。舞台に立つときには結界のように自己を閉じ込める、と著者は記す。例えば「シオリ」という悲しみを表現する型でも、悲しい気持ちを伴うのではなく淡々と、型を忠実に再現するだけ。だからこそ、人生をかけて積み重ねた人となりが現われる、と。
お能はそれほど観ていないのだけれど、さまざまな古典芸能につながるものだし、もう少し理解したいかも、と思わせる一冊。いや、老後の楽しみが増えちゃうな。(2025.8)

July 13, 2025

古代インカ・アンデス不思議大全

こんな面白い文化のこと、メディアもそうだし、学校とか教育機関なんかは、どうしてちゃんと教えてくれないの!

「古代インカ・アンデス不思議大全」芝崎みゆき著(草思社)

中南米の遺跡、古代文明に憑かれた著者が、イラストと手書き文字で、長大な歴史をたどる。ぱっと見は漫画、突っ込みセリフ満載のふざけた筆致。南米旅行の予習として、とっつきやすいかな、と思って手に取ったけれど、どうしてどうして内容は重厚だ。
それもそのはず、巻末にはレファレンスとして英語版を含め大量の文献、サイトが網羅され、作図でも出典として博物館や展覧会の図録を明記していて、その精緻さに頭がさがる。有名過ぎるナスカの地上絵をはじめ、様々な史実について決してひとつの見解に飛びつかない。特にオーパーツ、オカルト的な説には一貫して距離をおいていて、その冷静さに好感が持てる。

インカ帝国の歴史を中心にすえつつ、前半にはインカに先立つ「プレインカ」文明の解説もたっぷり。ユニークな土器の造形など、確かに魅力いっぱいだ。互酬文化や石積みといった高度な技術にも触れていて、興味は尽きない。
一方で生贄をはじめとする古来の風習や、16世紀にスペイン人が現われてからのインカ対スペイン、スペイン同士、インカ同士それぞれの闘争は、時に凄惨過ぎて目を覆いたくなる。これもまた人間というもの。誰が英雄で誰が悪という、偏った決めつけはない。

とにかく大変な労力をかけた著書で、それだけインカ・アンデスの不思議が著者をとらえて離さなかったということか。深いです。アンデス考古学が専門の文化人類学者、加藤泰建氏が目を通したとか。巻末の索引も充実していて、耳慣れない地名、人物名が大量に出てくるだけに有難い。(2025・7)

May 25, 2025

名画を見る眼

フィチーノやアグリッパの著作は、今ではかぎられた専門家以外はほとんど読まなくなってしまったが、デューラーの版画は今でもなお強く人を魅惑する力を持っている。

「名画を見る眼Ⅰ」「名画を見る眼Ⅱ」高階秀爾著(岩波新書)

国立西洋美術館長や大原美術館長などを歴任した著者が、1969年、71年に岩波新書青版の1冊として発行、累計90万部超の大定番となった西洋美術入門書。2023年にカラー化した新版で、油彩が誕生した15世紀のファン・アイクから20世紀のモンドリアンまで、29点を解説している。いろんな美術展に足を運んできて、実際に観たことがある絵もけっこうあり、時系列に読むと改めて、それぞれの美術史のなかの位置づけがよくわかる。

名画は、なぜ名画なのか。ベラスケス「宮廷の侍女たち」の王女を核とする構図の妙、印象派を200年も先取りしたフェルメール「絵画芸術」の静謐な光、ルネサンス以来の写実を超えて二次元表現へと踏みだし、浮世絵の影響を感じさせるマネ「オランピア」。そしてお馴染みのモネ、ゴッホ、ゴーギャンからルソー、マティス、ピカソへ。技巧のポイントとともに、その技巧に至る時代背景、画家個人の足跡も紹介していて、情報量が豊富だ。

古い書物を読んで、文化や思想を知るのは骨が折れる。それに比べると、絵画は一目観た者に、実に多くを語りかける。芸術家が私たちを取り巻く世界、そして人間存在そのものをどうとらえてきたのか。オランダ出身のモンドリアンは、70歳を目前にして二次大戦の戦火を逃れ、ニューヨークに移った。巻末の1作「ブロードウェイ・ブギウギ」からは、画家が魅せられた摩天楼そびえる都市がもつ勢いとともに、軽快なジャズのリズムが響いてくる。抽象画は音楽になったのだ。(2025/5)

May 04, 2025

アーティスト伝説

お言葉ですが、これからは日本にもシンガーソングライターの時代がやってきます。

「アーティスト伝説」新田和長著(新潮社)

昨年、映画「トノバン」を観た流れで、トークショーも聴いた新田和長さんの著書を読む。70年代ニューミュージックの立役者で、伝説のプロデューサーによる貴重な証言だ。懐かしい、けれど今も古びない才能あるミュージシャンたち、そして名も無きファンたちが音楽のかたち、音楽ビジネスを変えていくさまは、なんともドラマティック。

とりわけ入社3年ほどの間にヒットを連発しちゃうあたり、時代の勢いがあふれて痛快だ。個性とプライドのぶつかり合いは、時にひりひりした緊張を生む。名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」のレコーディングでは、北山修と加藤和彦が言い争い、「花嫁」ではフォークの神様、岡林信康の一言が窮地を救う。ロックとフォークが縄張り争いしていた頃、皆に恐れられていた内田裕也から六本木のパブに呼び出され、意気投合する。
1973年のサディスティック・ミカ・バンドあたりから話は派手になる。PA運搬用のトラックをあつらえ、EMIのレーベル・マネジャーを日本に招待して「黒船」の英国発売を実現する。やがてビートルズのプロデューサー、ジョージ・マーティンに弟子入りしちゃう。格好良いなあ。

曲ごとのアレンジやミキシングの解説に触れていて、創作現場の熱気を感じさせる。寺尾聰、平原綾香、小田和正ら、次々登場するアーティストの素顔は、気難しさや面倒なトラブルも含めて興味深い。偶然エレベーターに乗り合わせたユーミンがふと、デビューから半世紀近く経って、当時の現場宣伝マンのことを気遣うシーンは感動的。(2025.5)

April 16, 2025

ラグビー知的観戦のすすめ

密集ができたときに、その外側の人数や、そこから起き上がってくる選手たちに注目すると、これまでとは違った見方でラグビーを楽しめるようになる。

「ラグビー知的観戦のすすめ」廣瀬俊朗著(角川新書)

元日本代表主将による観戦ガイド。2019年のワールドカップ日本開催に向けた出版なので、各国代表の紹介などは古くなっているものの、基礎的な内容はためになる。「親分にするなら第三列」といったポジションの役割、「ボールを持った選手が常にチームの先頭」といったルール、パスやキックを選択する意味…。相変らずルールや反則は難しいけれど、大事なのは自分の足で立っていること、そして組み合ったら手でボールに触れないこと、と言われるとわかりやすい。
歴史的背景も面白い。フットボールのルーツはイングランドの、何でもありの村祭りで、スポーツとなってからも学校ごとにルールがばらばらだった。1863年にルール統一を話し合い、席を立ったラグビー校式のグループがラグビーに、残った手を使わない派のグループがサッカーになった。ラグビーのアマチュアリズムの伝統は、中上流階級の子弟が名誉のために闘っていたから、そして代表資格が所属協会主義なのは植民地経営のエリートが参加した名残。なるほど。
著者はラグビー振興に情熱をもっていて、その魅力を語りたくて仕方がない。品位や規律という精神論だけでは正直、優等生過ぎるけれど、自身が代表キャプテンを下ろされた屈辱も率直に明かし、それを乗り越えた過程もまたラグビーの魅力だと語っていて、好感がもてる。(2025.4)

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