September 26, 2021

最後通牒ゲームの謎

理屈をいくら説明されても気持ちのうえではどうにも納得がいかないと、多くの学生さんにそんな顔をされるほとんど唯一といっていいものが、この最後通牒ゲームです。

「最後通牒ゲームの謎」小林佳世子著(日本評論社)

あなたは被験者です。1000円を、もうひとりの被験者と分ける、いくら渡すかは自由だけど、相手が受け取りを拒否したら全額没収です。さていくら渡す? いくらだったら受け取る?
経済学の1分野、ゲーム理論の研究できわめてポピュラーだという「最後通牒ゲーム」は、しごくシンプルでありながら、「模範解答」を聞かされてもなかなか納得しづらい「謎」のモデルだ。人はなぜ、納得しづらいのか?

著者はたった一つの問いを徹底して吟味し、考えるための枠組みを求めて、実験経済学から神経経済学、脳科学、進化心理学へと突き進んでいく。見えてくるのは人の行動を左右するキーワード、すなわち共感、協調、裏切りへの反発、ゴシップ好き…。不合理にみえても、それぞれのキーワードには、壮大な人類生き残りの知恵が詰まっているのだ。ほお。

終始とぼけた筆致だし、繰り出される知見が面白くて、すいすい読める。しかし広範な先行研究を読み解き、組み立てていく知的運動量は並大抵でない。
これって経済学なの?と突っ込みつつ、ラストではちゃんと経済学の問題意識に帰ってくるあたりが爽快だ。それは「社会に生きるヒト」という存在が、どう意思決定するのか、そのクセを解明して、幸せな社会のシステムを作るっていうこと。

副題は「進化心理学からみた行動ゲーム理論入門」。入門というだけあって、素人は本文だけを、ちゃんと勉強したい人は「コラム」「補足」を、さらに興味があれば大量に紹介している参考文献をどうぞ、という構成が親切だ。第1版はちょこちょこ誤植があるのが、玉にキズだけど。(2021・9)

 

September 13, 2021

「中国」の形成

清朝なかりせば、東アジアの多元勢力をとりまとめ、平和と繁栄をもたらす事業はかなわなかった。しかし歴史というのは、常に冷酷である。非力なりに最善を尽くしたはずの清朝は、「革命」の声の中で亡んでいった。

「『中国』の形成 現代への展望」岡本隆司著(岩波新書)

「シリーズ中国の歴史」の第5巻を読む。
「マンジュ」が興した清朝が、モンゴル、チベット、ウイグルを「藩部」として緩やかに取り込み、周辺国(属国)や海外諸国(互市)と結びついて反映したさまを、著者はリアリズムに徹したと分析。東アジアに平和をもたらし栄華を謳歌した功績は大きいものの、多元を一元に転化させるほどの力量はなかったとみる。

そして日清戦争が分水嶺となって、情勢は変貌。帝国主義列強の外圧「瓜分(かぶん)」の恐怖はもとより、明治日本の急伸を目の当たりにして、それまで多元的で緩やかだった清は、体制変革、「国民国家」の大義へと駆り立てられていく。
果たしてその「夢」は、どこへ向かっていくのだろうか。んー、まだまだ勉強が必要だ。(2021・9)


June 13, 2021

令和の国防

アメリカは、一体、インド太平洋地域のどこまでを軍事力を使って守るだろうかというリアリティチェックが必要です。米国の国力は無限ではありません。

「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮選書)

外交官で、2014年新設の国家安全保障局で次長も務めた兼原信克氏が舞台回しを務めた、陸海空の元自衛隊幹部による座談会。2020年6月収録なので、バイデン米大統領の誕生前だし、コロナ禍もまだ半ばではあるが、台湾有事をめぐる危機感など、その後の議論を先取りする部分も多い。

まず歴史と国際情勢を学び、現実を直視して、冷静に分析すべし。そして責任ある立場の者が、責任ある場で逃げずに議論すべし、という論調には、多くの示唆がある。一方で、具体的な人員とか予算とかに話題が及ぶと、自らの組織第一の意識が見え隠れしてきて、胸がざわざわするのは否めない。こういう組織の論理が結局、国家の道を誤らせることになるのでは、と。

巻末には具体的な提言も。まずはこの意味を広く議論できるリテラシーの普及が必要、あまり時間は残されていないのでは、と思えてならない。(2021.6)

April 11, 2021

新作らくごの舞台裏

演者のキャラと作品とがぴったり合ってしまって「これ以上工夫する余地がない」と判断されると、手を出す人がなく、演者が亡くなるとともに忘れられてしまうことになる。

「新作らくごの舞台裏」小佐田定雄著(ちくま新書)

枝雀一門、米朝一門をはじめ260席を超える新作を書いてきた落語作家が、創作の経緯を明かす。時系列に40席を選んで、1席5~8ページほどで、粗筋と工夫のポイントをテンポよく解説。もしかすると定番の古典も、こうして生まれてきたのかな、という発見の数々とともに、噺家はもちろん、ミュージシャンやSF作家まで、ゆかりの人々の横顔も垣間見えて楽しい。
「緊張の緩和」等々、枝雀直伝の笑いのツボを惜しげもなく披露。パフォーミングアートならではの丁々発止もあって、注文した演者のイメージをあえて裏切る噺をぶつけたり、演者が高座で手を加えてさらに面白く成長したり。作家として、いっとき笑いをとるだけでなく、繰り返し演じられ、残っていってナンボ、という気概がいい。ファンにとっても、噺家によって、また同じ噺家でも時とともに演出が変わるのは、落語を聴く大きな楽しみだし。
江戸落語の上方化や、明治期の記録からの復活も数多く手掛ける。当たり前なんだろうけど、東西古今の落語にとどまらない、すさまじい勉強量に驚く。例えば上方では独特の「ハメモノ」=下座音楽の豊かさが楽しいわけだが、これを使いこなすには邦楽の知識が必須だ。落語から発展して、狂言、歌舞伎なども書いているのは、ジャンルの壁が低い上方ならではか。江戸期の文楽と歌舞伎のように、ジャンルを超える担い手の力量とチャレンジ精神が、可能性を広げていくんだろうなあ。巻末に初演年表付き。(2021・4)

March 07, 2021

全世界史

これだけ愚かな人間が、これだけの愚行を繰り返してきたにもかかわらず、人類は今日現在、この地球で生きているのです。それはいつの時代にも人類のたった一つの歴史、つまり五〇〇〇年史から少しは学んだ人がいたからではないでしょうか。今、人類が生きているというこの絶対的な事実からして、僕は人間の社会は信頼に足ると確信しています。

「全世界史 上・下」出口治明著(新潮文庫)

博覧強記の読書家で知られる著者が、文字(史料)誕生から2000年までの5000年史を、1000ページ弱で駆け抜ける。走り書きを元に十数回のレクチャーで組み立てたという。巻末の参考文献の迫力たるや、全体像をつかもうとする知的体力が凄まじい。米中対立とパンデミックという歴史の転換点に立つ今こそ、こうした歴史に学ぶべきという思いを深くする。

紀元前700年代、漢字の力が中華思想を生んだとか、九世紀イスラム黄金時代にバグダードを中心にギリシャ・ローマ古典の大翻訳運動が起こったとか(知識を求めよ、たとえ中国のことであろうともbyムハンマド、人類の二大翻訳のひとつ)、人類を先導した文明というものの重みに恐れ入る。
もちろん人智を超えた事象は多々あって、14世紀の地球寒冷化(食うに困らない温暖化のボーナスが消える)や大陸を渡った疫病などが歴史を大きく動かす。それを踏まえた上で著者は、人類の知恵であるグローバリズムの合理性、貿易とダイバーシティに信をおいていて、これが全編の背骨になっている。
14世紀・明の鎖国や知識人弾圧(朱子学と朱元璋)を痛烈に批判する一方、13世紀モンゴル帝国を率いたクビライの銀の大循環(ユーラシア規模の楽市楽座)を高く評価。魚の塩漬けという発明がハンザ同盟を躍進させるといった発明の成功談は痛快だし、クビライをライバル視していた15世紀・永楽帝の「鄭和の大船団」こそが、大航海と呼ぶにふさわしいといった視点は雄大だ。

グローバル大国が出現した中国やイスラムに比べ、欧州はフランスを軸に、入り組んだ縁戚関係にある王室同士が争いに明け暮れていて、その覇権は19世紀と、ごく最近のことに思える。近代に入ってからは、世界のGDPシェアの比較がわかりやすい。
同時に不毛な闘いの歴史が、敵の敵は味方といった戦略眼を養い、欧州を大人にしたと言えるのかも。大人という点では、ルーズベルトが二次大戦参戦前から明確に、民主主義と戦後世界をリードする意思をもっていたことは特筆すべきだろう。(2021・2)


January 30, 2021

松緑芸話

その時にあの六代目が涙をポロポロこぼして、「お前まずくってもいいから、ともかく行儀よくやれよ」と言ってくれました。

「松緑芸話」尾上松緑著(講談社文庫)

大正・昭和の名優二代目松緑の語りおろし。国立劇場の名プロデューサー、織田紘二による聞き取りならではの、貴重な逸話が満載だ。古本で。
前半部分、ちょっとべらんめえの愛らしい口調で明かす、名前だけを知っている綺羅星のような俳優たちの人物像が、まず楽しい。3人息子をなんと団十郎、幸四郎、松緑に育てた七世松本幸四郎の偉大さ。成田屋の大看板なのに「藤間家の長男」を通した団十郎の問答無用。松緑家の掛け軸を見て「こりゃいいや」と名前を決めちゃう「中の兄貴」の軽妙さ。なくてはならない脇役陣の思い出。
なにより師匠・六代目菊五郎のスターぶりが痛快だ。わがまま、高慢、そして芝居を面白くすることに命をかけた。喧嘩ばかりしていた初世吉右衛門が最高の相棒だったこと…
後半は代表演目の役の解釈などを解説。三大戯曲はもちろん、「熊谷陣屋」にこめた戦争体験などが深い。
個人的には「髪結新三」など、木阿弥の世話物の話に引き込まれた。仕草やセリフ回しはもちろん、六代目から受け継いだ道具などの細々したこと、すべてが江戸っ子の粋に通じる。ストーリーどうこうより、舞台に空気が漂うさまが、目に浮かぶようだ。この空気を、これから一体誰が受け継いでいけるんだろう…
死去直前の平成元年刊行、平成四年に単行本化。上演年表付き。(2021年1月)

January 11, 2021

「井上ひさし」を読む

井上構想によれば、まず劇場の前に飲み屋街を作る。そして、そこで五〇人の未亡人を雇う。(略)芝居を観終わった後は、未亡人たちが経営するその五〇軒の飲み屋さんで必ず飲むようにするーー。今は「未亡人」ではなく、「寡婦」と言いますね。

「『井上ひさし』をよむ 人生を肯定するまなざし」小森陽一、成田龍一編著(集英社新書)

2010年急逝した作家・劇作家の作品と「趣向」を読み解く座談会6編。誰もが井上ひさしが生きていたら、と思った2011年から、「すばる」で断続的に掲載したものだ。
個人的な井上ひさし体験は、そう豊富ではないのだけれど、震災の年に観た「たいこどんどん」や2018年の「夢の裂け目」に、感銘を受けてきた。その背景を知りたくて、手にとった。

日本近代文学、近現代日本史の研究者2人がホストとなり、大江健三郎や西武劇場オーナーとしての辻井喬ら、豪華メンバーが参加。それぞれが思い入れたっぷりに井上ひさしの魅力を語る。これだけの人物たちを引きつけてやまないことが、まず圧倒的だ。
その魅力の中身というと、実に広範囲。歴史をとらえるシビアな姿勢から、愚かな人間への温かい視線、猥雑で目の前の人を喜ばさずにはいられないサービス精神まで、企みに満ちている。情報量が多くて、まあ、一筋縄ではいかないということが、よくわかりました…

井上ひさし初心者として新鮮だったのは、平田オリザを招いた鼎談。新書化にあたって2019年、語りおろしたという。1993年の日本劇作家協会設立時に、新劇でもアングラでもない井上を初代会長に引っ張り出した経緯だとか、井上が生前語っていた劇場の公共性、「広場」の役割に関する構想とか、いわば社会と劇作家の接点に触れている。
遅筆のあまり、舞台現場に大変な苦労をさせたことで知られる井上。それでも晩年、戯曲が上演されて生き続けることに力を入れていた、という逸話も印象的だ。浅草で鍛えられた、一期一会の創造性。巻末には「組曲虐殺」初演時の2009年、作家自ら参加した座談会も収録。井上ひさしの作品世界、まだまだ勉強したいです。(2021.1)

November 30, 2020

安閑園の食卓

私は、何時に来たお客にもさっと食事が出るという暮らしを、ごく当たり前のように思っていた。

「安閑園の食卓 私の台南物語」辛永清著(集英社文庫)

台湾の上流階級で育った著者による、古き良き暮らしを綴る名エッセイを、友人の勧めで読む。各章の終わりに、豪快な仔豚丸焼きから精進料理までのレシピ付き。電子書籍で。

「吃飽嗎(ツーパオマ)?ご飯は済みましたか?」は単なる挨拶なんだけど、著者の生家では本当に来客があればいつでも食事を勧め、使用人が一通りの品数を供したという。著者は台所で調理の過程を見ているのが好きな子供で、やがて日本に渡ってシングルマザーとなった折、料理を教えて生計を立てることになる。

様々な風習、決まりごとがあるけれど、いわゆる丁寧な暮らしというより、万事おおらかで豊かなのが痛快だ。一家の主婦たるもの、車夫か運転手をお伴に毎日、市場に買い出しに行き、夕食の調理はコック任せでも、最後の味見には責任をもつ。鶏をツブして調理できなければ嫁に出せないと、娘を厳しく躾ける、などなど。

冒頭に登場する宝石売りのおばあさんが、まず面白い。何故か必ず上天気の日に現れ、母や兄嫁たちと2、3時間もおしゃべりに興じる。豪華な宝石の品定め、値段の駆け引き、地域の噂話。そして年頃の男女の釣書を持参していて、縁組をまとめちゃう。セピア色の記憶の愛おしさ。

1986年に文藝春秋から出版、林真理子の絶賛がきっかけで2010年に文庫化。著者は1933年生まれだから、歴史の激動も経験したのだろうけど、そのあたりは深入りしていない。残念ながら2002年に亡くなったそうです。(2020.11)

November 19, 2020

歴史の教訓

日本が誤った根本にして最大の原因は、憲法体制の脆弱さ、特に「国務と統帥の断絶」である。

「歴史の教訓 『失敗の本質』と国家戦略」兼原信克著(新潮選書)

安倍政権の中枢で、国家安全保障会議や経済班の創設に関わった元外務官僚が、シビリアン・コントロールの要諦を語る。言葉の力を見抜ける人間こそが、本当の大局を見抜ける、という著者の文章は全編、確信に満ちている。

関心は昭和前期の日本がなぜ、道を誤ったか。強い相手と衝突したら、何を譲ってもでも一歩下がり(押しても駄目なら引いてみる)、国家と国民の生存を確保する以外の判断はありえないのに。世界の思想の流れを踏まえ、開戦への歴史を丹念にたどり、シビリアン・コントロールの自壊、そして自由民主という価値で国際社会を味方につける外交戦略の欠如を、容赦なく断罪していく。

もちろん軍事と外交についてはリアリストだ。外交は常に連立方程式であり、世界を敵味方に分けて長期のバランスを構想すべきというくだりが印象深い。また貿易立国とエネルギー安保のため、イデオロギーを排して軍事力による海運の維持を議論せよとも指摘。日露戦争後の第一次帝国国防方針を紹介して、体系的、合理的な安保戦略の必要性も強調する。

今後の方向性については、アジアに自由主義的な国際秩序を創造することこそ日本の国益とし、「自由で開かれたアジア太平洋構想」をあとづける。「全ての勤勉な国民は、いつか必ず産業化に成功して、国力を飛躍的に増大させる」「勃興するアジア諸国の若人は、自分たちの力に誇りをもって気づきつつある。彼らの民主主義と、よりよい生活への渇望は本物である」という展望は、オーソドックスで力強い。

大きな障害となりそうな中国について、中国人は賢明であり、いつか民主化し得ると分析。現時点ではちょっと信じがたいけれども、これが著者ならではの歴史観だろう。その日まで粘り強く外交を展開すべき、なぜなら「核兵器の登場した今日、米中全面戦争や第三次世界大戦はあり得ない。これは政治思想を巡る競争なのである」という言葉は、後輩への激励なのかもしれない。(2020.11)

October 31, 2020

君、それはおもしろい はやくやりたまえ

一生懸命やる気も湧いてこないだろう。しかし君が全力を尽くして頑張る場所は、まさに今、君がいる病院である。

「君、それはおもしろい はやくやりたまえ」龍野勝彦著(日経BP社)

薫陶を受けた医師が著した、心臓外科医・榊原仟(しげる、1910〜79)の語録。知人とのつながりもあって読んでみた。1949年の現・東京女子医大を振り出しに、人工心肺など先端医学を切り開き、初代の筑波大副学長などを経て、晩年に榊原記念病院を開院した人物。
心酔する著者の絶賛は当然として、素人には医師や指導者としての評価は正直、はかりかねる。かなり個性的で、合わない人とは徹底的に合わなかったろう、と推測するけれども、信念に基づく様々な挑戦の逸話は痛快だ。例えば、病院設立にあたってホンダの技術リームを招いて、ワークフローとレイアウトを効率的にしちゃう。医学の専門性に閉じこもらない、自在で合理的な発想。
毎週金曜の早朝に集会を開いて、若い医師の拙いアイデアもどんどん評価。その日の夕方には早速「あれはどうなりましたか」と聞いたりして、その気にさせたという。
ユニークなチャレンジを応援したのは、当時の財界の大物たち。しかもアポをとると、1回目は面白い話だけして、佳境に入ったところで辞去してしまい、2回めで続きを話して、寄付を依頼したとか。それだけ人を引きつけるコンテンツを持っていたわけで、見習いたいものです。(2020・10)

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