September 18, 2022

日本の絵本100年100人100冊

ページをめくると、幼い読者とひとつになって歌い、踊り、弾けて笑う絵本たち。色、形、音、感情などが分化する前の赤ん坊の共感覚にシンクロするのではないだろうか。

「日本の絵本100年100人100冊」広松由希子著(玉川大学出版部)

ずっしり大判、7700円にちょっとひるんだけど、その価値は十二分にある。1912年から2014年まで、日本の絵本作家100人の珠玉の1冊を紹介。楽しく引き込まれて、ずずいと奥の深い絵本宇宙を堪能する。

それぞれの表紙や見開きのビジュアルが、なにより魅力的だ。文字のフォント、レイアウトや装丁まで、絵本という芸術がなんと多彩で、パワフルなことか。
それを分析・表現する著者の力量も圧巻。竹久夢二「どんたく繪本1」(1923)では「素朴な造りの16ページのサイレントブックを開いては「子どもも大人も作者自身も、マッチ売りのような夢を繰り返し灯したことだろう」。酒井駒子「金曜日の砂糖ちゃん」(2003)では「懐かしく、さびしく、恐ろしく、あたたかく、官能的な黒が、見る人それぞれの思いを吸収する」。うなるしかない。

1冊ごとの短い解説のなかで、作家の軌跡や時代背景もさらりと伝えている。戦後の焼け野原で栄養失調で亡くなった作家がいたこと、1956年創刊「こどものとも」の初代編集長・松居直が開いた地平、「ガロ」でデビューし「朝日ジャーナル」で連載してい佐々木マキが「やっぱりおおかみ」(1973)で吐いた鮮烈な「け」、美しい谷内こうたや社会性が強烈な長谷川集平らによって70年代に絵本ブームがあったこと、やがて商業デザイナーがCGを導入し、日本の作家が海外で評価を得て逆輸入され始めたこと。

登場する作家たちはまさに、きら星のごとくだ。茂田井武、柳原良平、木村(山脇)百合子「ぐりとくら」、宇野亜喜良、岩崎(いわさき)ちひろ、谷川俊太郎文の「かがくのとも」、安野光雅、和田誠、五味太郎、網野善彦文の「歴史を旅する絵本」、佐野洋子「うまれてきた子ども」、大竹伸朗、100%ORANGE、荒井良二…。世代を超えてインスピレーションが受け継がれていくのも感慨深い。夭折の異端画家・山中春雄から長新太へ、アートディレクター堀内誠一からスズキコージへ、長新太から荒井良二へ。

驚くのは、著者の本棚をもとに選書しているという点だ。だから1冊1冊に、自分の子ども時代、娘さんの子ども時代の実感がこもって説得力をもつ。東君平「びりびり」(1964)では小学生のとき隣に住んでいた祖父がくれた新聞の切り抜きに、「切り絵のカットと合わせて、そのささやかでユーモラスな童話を読むと、あたたかかくてさびしい、笑いたいのか泣きたいのか、心もとない気持ちになったことを思い出す」。スズキコージ「サルビルサ」(1991)では「娘のファーストブック(最初の愛読書)が、スズキコージの『エンソくん きかんしゃにのる』だったことに、私は少なからずショックを受けた。興奮してカボチャの離乳食を羊の駅弁のページになすりつけたこともあり、読んでいるのか食べているのか、絵本だか自分だか見境ないような没入ぶり」。ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)2017で日本人初の国際審査委員長を務めたというのも、むべなるかな。感服。(2022.9)

 

 

June 26, 2022

自衛隊最高幹部が語る台湾有事

東シナ海のような半閉鎖海で紛争が起きれば、必ず沿岸国を巻き込むのである。

「自衛隊最高幹部が語る台湾有事」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮新書)

シリーズ3冊目は武居・元海上幕僚長がホストとなり、前半でシナリオ別シミュレーションを収録。研究者や議員らが参加して、2021年8月に実施したというが、2022年になって起きたウクライナ侵攻によって、残念ながら、より懸念を呼ぶタイムリーなテーマとなったしまった。
後半はお馴染み、武居のほか岩田・元陸上幕僚長、尾上・元航空自衛隊補給本部長、兼原・元国家安全保障局次長による座談会だ。台湾との連絡経路やサイバー防衛、邦人移送の難しさなど、ずいぶんネタばらしに思えるけれど、その分野ではいずれも常識の範囲なのだろう。
いたずらに危機をあおらず、冷静で前向きな対話の姿勢が重要なのは、いうまでもない。そのうえで、米軍のミサイル持ち込みなど、微妙なところを一部の専門家任せでなく、広く議論しておける土壌が求められる気がする。(2022.6)

 

June 05, 2022

歴史探偵 忘れ残りの記

例によって社の五階から下の通りを行き交う人を眺めていて、女性がぐんぐん美しくなったのに気づいたのも、この二十八年の冬ぐらいから。とくに、このみゆき通りから戦後日本の美人が生まれたのではないか、と身贔屓でなくそう思っている。

「歴史探偵 忘れ残りの記」半藤一利著(文春新書)

2021年に90歳で死去した「昭和史」著者が、その直前に上梓したエッセイ集。初出は文春の書店向けパンフレットを中心に、銀座のPR誌、新聞ほかで、掲載誌・掲載年不明のものが混じっている。内容も肩のこらないつれづれなんだけど、そこは名編集者でもあった著者のこと。古今の蘊蓄やら、和歌・俳句やら、明治の文豪から戦後の駄洒落まで縦横無尽の引用が、尽きない教養、「調べ魔」ぶりを感じさせて楽しい。

なかでも昭和初期、向島での幼少期の思い出は味わい深い。火鉢の「埋火(うずめび)」と少女の哀しみ、北十間川と大空襲の記憶…。そして戦後、花の銀座で過ごした駆け出し編集者の日常が痛快だ。仮採用の身で訳もわからず、坂口安吾の自宅に1週間泊まっちゃった武勇伝など、のちの大物ぶりを彷彿とさせる。(2022.6)

May 22, 2022

日米戦争と戦後日本

過去に対する糾明はぼかし得ても,未来についての方向づけは避けて通れない。結局のところ、事態からの反省と学習のほどは、新日本の建設をめぐって示されるだろう。

「日米戦争と戦後日本」五百旗頭真著(講談社学術文庫)

政治史の泰斗が一般向けに著した、米国の日本占領政策と戦後日本の形成。著者の代表的業績である、米国が壮絶な太平洋戦争を闘う一方で、着々と戦後日本の見取り図を描いていた、という歴史的事実に、改めて感嘆する。その過程では知日派研究者が「原案起草権」を握ったことが、のちの日本の運命に影響していた。

米当局内の知日派による「積極誘導論」(天皇制存続)と「介入変革論」による激しい綱引き。一個人の対日理解、具体的な日本人との交流の記憶が、ぎりぎりのところで歴史を動かしていく。特に日米友好の再建をライフワークと思い定めて、天皇制擁護論を展開したジョセフ・グルー元中日大使。ヤルタ秘密協定と原爆開発という重要機密の存在がまた、とっくに引退していておかしくない老外交官を突き動かす。
そして日本側。8月14日御前会議で天皇が自ら発した「自分はいかになろうとも」の一節が、戦後の天皇制存続につながっていく皮肉。そこに至るまでの、ローズベルトが蒋介石に琉球諸島の領有を勧めたり、硫黄島激戦(死傷者比率1:1)の「コスト」がプラグマティストたる米国の判断を揺るがしたり、といった経緯も実にスリリングだ。

後半の戦後に入ると、壮大な占領計画をベースにしつつ、「抵抗なくできること」から片付けていく日米双方の「実務」が前面に出て、また面白い。吉田茂らは非軍事化、民主化という強制を積極的に受け入れて実を得ようとする。著者はこれを「官僚的対応」だけれども、官僚は時代の覇者に仕えつつ覇者よりも長く生きる、と喝破する。
もちろん土台には、小津映画の「もう戦争はいかんよ」という台詞が象徴する強制を歓迎する気分、そして「敗者のマナーとしての協力姿勢」があった。著者はこうした柔軟な自己変革を、日本という国家の伝統とみる。今また国際環境の激変に直面して、歴史を踏まえつつ、どういう思考が必要なのだろうか。

1987年の連続講義をベースに1989年に出版、2005年に文庫化。もとより膨大な一次史料の探索と、当事者へのインタビューに裏うちされた難しい学術研究なのだけど、著者独特のユーモアをふんだんに含んだ、伸びやかな筆致が魅力的だ。(2022/5)

April 17, 2022

核兵器について、本音で話そう

戦後、核兵器を巡る議論は欧州を中心に展開した。英仏の核武装、ドイツを始めとしたアメリカの同盟国の安全保障、アジアでの米国の同盟網創設、NPT(核兵器不拡散条約)体制の発足など、戦後の主要な外交、安全保障問題にはほとんど核問題が絡んでいた。
 日本は、半世紀近く続いた冷戦の期間中、陸上国境で強大なソ連軍と接していた欧州ほどの軍事的緊張感をついぞ抱かなかった。

「核兵器について、本音で話そう」太田昌克、兼原信克、高見澤將林、番匠幸一郎著(新潮選書)

「令和の国防」に続き、外務官僚で元国家安全保障局次長の兼原信克氏がホストを務める座談会だ。2021年9月の収録だが、刊行が2022年2月となり、ロシアがウクライナの原発を一時占拠する事態が発生。タイムリーな論考となった。
国家安全保障局次長を経てジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使を務める元防衛官僚、元陸将、そして長年核問題をカバーしてきた元共同通信論説委員という顔ぶれ。台湾、北朝鮮やロシアの現状、サイバー・宇宙防衛との関係などを論点に、歴史的な経緯やドイツとの比較、近年のアジアにおける急激な情勢変化を確認していく。
「核シェアリング」とNPT(核兵器不拡散条約)との関係等、議論は必ずしも収束しない。だからこそ、幅広いリテラシーの深化が必要だと、強く思わせる1冊だ。(2022.5)

 

October 30, 2021

バッタを倒しにアフリカへ

研究対象となるサバクトビバッタは砂漠に生息しており、野外生態をじっくりと観察するためにはサハラ砂漠で野宿しなくてはならない。どう考えても、雪国・秋田出身者には暑そうだし、おまけに東北訛りは通用しない。などなど、億千万の心配事から目を背け、前だけ見据えて単身アフリカに旅立った。
 その結果、自然現象に進路を委ねる人生設計がいかに危険なことかを思い知らされた。

「バッタを倒しにアフリカへ」前野ウルド浩太郎著(光文社新書)

深刻な飢饉をひきおこし、「神の罰」と呼ばれるバッタを研究するため、日本人が13人しか住んでいないという西アフリカ・モーリタニアに乗り込んだ、31歳ポスドクの爆笑体験記。
過酷な自然や習慣はもちろん(早々に山羊の丸煮込みが登場!)、待ち合わせから1時間遅れは当たり前、郵便局で荷物の受け取りに袖の下を要求される、フィールドワークに出た砂漠には地雷が埋まっている等々、相当にヘビーな日々を、軽妙に語っていく。
実際、ちょっとやそっとのトラブルでめげる前野氏ではない。子供のころファーブル昆虫記に熱中して以来の、異常なほどにあふれる昆虫愛があるからだ。好きなバッタに没頭して生きていくためには、実績となる論文をものにし、研究職を獲得することが至上命題。
ところが自然は思うようにならないもの。研究するはずのバッタ大発生の知らせは、なかなか届かない。「さしものバッタも私に恐れをなし、身を潜めたに違いない」などと強がってみても、時間と資力ははなはだ心許なく、不安が募る。
なんとか収入を得ようと京大に乗り込んでいくシーンの、とんでもない行動には抱腹絶倒。しかし最終面接で松本紘総長(当時)が語りかける言葉、そしてついに成虫の大群が襲来するクライマックスは大感動だ。
ちなみにウルドとは、籍を置いた国立サバクトビバッタ防除センターの所長から親しみと尊敬をこめて送られたミドルネームだ。新書大賞受賞。(2021.10)

September 26, 2021

最後通牒ゲームの謎

理屈をいくら説明されても気持ちのうえではどうにも納得がいかないと、多くの学生さんにそんな顔をされるほとんど唯一といっていいものが、この最後通牒ゲームです。

「最後通牒ゲームの謎」小林佳世子著(日本評論社)

あなたは被験者です。1000円を、もうひとりの被験者と分ける、いくら渡すかは自由だけど、相手が受け取りを拒否したら全額没収です。さていくら渡す? いくらだったら受け取る?
経済学の1分野、ゲーム理論の研究できわめてポピュラーだという「最後通牒ゲーム」は、しごくシンプルでありながら、「模範解答」を聞かされてもなかなか納得しづらい「謎」のモデルだ。人はなぜ、納得しづらいのか?

著者はたった一つの問いを徹底して吟味し、考えるための枠組みを求めて、実験経済学から神経経済学、脳科学、進化心理学へと突き進んでいく。見えてくるのは人の行動を左右するキーワード、すなわち共感、協調、裏切りへの反発、ゴシップ好き…。不合理にみえても、それぞれのキーワードには、壮大な人類生き残りの知恵が詰まっているのだ。ほお。

終始とぼけた筆致だし、繰り出される知見が面白くて、すいすい読める。しかし広範な先行研究を読み解き、組み立てていく知的運動量は並大抵でない。
これって経済学なの?と突っ込みつつ、ラストではちゃんと経済学の問題意識に帰ってくるあたりが爽快だ。それは「社会に生きるヒト」という存在が、どう意思決定するのか、そのクセを解明して、幸せな社会のシステムを作るっていうこと。

副題は「進化心理学からみた行動ゲーム理論入門」。入門というだけあって、素人は本文だけを、ちゃんと勉強したい人は「コラム」「補足」を、さらに興味があれば大量に紹介している参考文献をどうぞ、という構成が親切だ。第1版はちょこちょこ誤植があるのが、玉にキズだけど。(2021・9)

 

September 13, 2021

「中国」の形成

清朝なかりせば、東アジアの多元勢力をとりまとめ、平和と繁栄をもたらす事業はかなわなかった。しかし歴史というのは、常に冷酷である。非力なりに最善を尽くしたはずの清朝は、「革命」の声の中で亡んでいった。

「『中国』の形成 現代への展望」岡本隆司著(岩波新書)

「シリーズ中国の歴史」の第5巻を読む。
「マンジュ」が興した清朝が、モンゴル、チベット、ウイグルを「藩部」として緩やかに取り込み、周辺国(属国)や海外諸国(互市)と結びついて反映したさまを、著者はリアリズムに徹したと分析。東アジアに平和をもたらし栄華を謳歌した功績は大きいものの、多元を一元に転化させるほどの力量はなかったとみる。

そして日清戦争が分水嶺となって、情勢は変貌。帝国主義列強の外圧「瓜分(かぶん)」の恐怖はもとより、明治日本の急伸を目の当たりにして、それまで多元的で緩やかだった清は、体制変革、「国民国家」の大義へと駆り立てられていく。
果たしてその「夢」は、どこへ向かっていくのだろうか。んー、まだまだ勉強が必要だ。(2021・9)


June 13, 2021

令和の国防

アメリカは、一体、インド太平洋地域のどこまでを軍事力を使って守るだろうかというリアリティチェックが必要です。米国の国力は無限ではありません。

「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮選書)

外交官で、2014年新設の国家安全保障局で次長も務めた兼原信克氏が舞台回しを務めた、陸海空の元自衛隊幹部による座談会。2020年6月収録なので、バイデン米大統領の誕生前だし、コロナ禍もまだ半ばではあるが、台湾有事をめぐる危機感など、その後の議論を先取りする部分も多い。

まず歴史と国際情勢を学び、現実を直視して、冷静に分析すべし。そして責任ある立場の者が、責任ある場で逃げずに議論すべし、という論調には、多くの示唆がある。一方で、具体的な人員とか予算とかに話題が及ぶと、自らの組織第一の意識が見え隠れしてきて、胸がざわざわするのは否めない。こういう組織の論理が結局、国家の道を誤らせることになるのでは、と。

巻末には具体的な提言も。まずはこの意味を広く議論できるリテラシーの普及が必要、あまり時間は残されていないのでは、と思えてならない。(2021.6)

April 11, 2021

新作らくごの舞台裏

演者のキャラと作品とがぴったり合ってしまって「これ以上工夫する余地がない」と判断されると、手を出す人がなく、演者が亡くなるとともに忘れられてしまうことになる。

「新作らくごの舞台裏」小佐田定雄著(ちくま新書)

枝雀一門、米朝一門をはじめ260席を超える新作を書いてきた落語作家が、創作の経緯を明かす。時系列に40席を選んで、1席5~8ページほどで、粗筋と工夫のポイントをテンポよく解説。もしかすると定番の古典も、こうして生まれてきたのかな、という発見の数々とともに、噺家はもちろん、ミュージシャンやSF作家まで、ゆかりの人々の横顔も垣間見えて楽しい。
「緊張の緩和」等々、枝雀直伝の笑いのツボを惜しげもなく披露。パフォーミングアートならではの丁々発止もあって、注文した演者のイメージをあえて裏切る噺をぶつけたり、演者が高座で手を加えてさらに面白く成長したり。作家として、いっとき笑いをとるだけでなく、繰り返し演じられ、残っていってナンボ、という気概がいい。ファンにとっても、噺家によって、また同じ噺家でも時とともに演出が変わるのは、落語を聴く大きな楽しみだし。
江戸落語の上方化や、明治期の記録からの復活も数多く手掛ける。当たり前なんだろうけど、東西古今の落語にとどまらない、すさまじい勉強量に驚く。例えば上方では独特の「ハメモノ」=下座音楽の豊かさが楽しいわけだが、これを使いこなすには邦楽の知識が必須だ。落語から発展して、狂言、歌舞伎なども書いているのは、ジャンルの壁が低い上方ならではか。江戸期の文楽と歌舞伎のように、ジャンルを超える担い手の力量とチャレンジ精神が、可能性を広げていくんだろうなあ。巻末に初演年表付き。(2021・4)

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