August 11, 2023

永遠と横道世之介

この世で一番カッコいいのはリラックスしてる人ですよ。

「永遠と横道世之介」吉田修一著(毎日新聞出版)

あの世之介シリーズの完結編。2007年、もう40手前のフリーカメラマンになってる世之介と、取り巻く人々の1年を描く。完結しちゃうのが残念だ。

世之介は吉祥寺郊外で、下宿を営むあけみちゃんと暮らしている。下宿人たちと転がり込んできた引きこもり男子とで、季節季節の食卓を囲む。決して押しつけがましくなく、淡々とした日常の温かさがまず、いい。
世之介の言動が、いちいち拍子抜けするような脱力系なのは相変わらず。そして、けっこうモテるのも相変わらずで、かつて湘南の寺で出会い、早世した運命の恋人・二千花との思い出が繰り返される。切なくて哀しくて、しみじみと美しい。
ちなみに付き合っていたヤンママはどうなったのか、と思うと、息子の亮太もちゃんと登場します。

2021年末から23年の始めと、コロナ下での新聞連載。いつになく、生死が意識されるのはそのせいもあるのだろうか。あけみちゃんの祖母と父の経緯や、二千花の両親の思いや、後輩カメラマン・エバちゃんとその娘…。どんなに平凡にみえる人にも、生きていれば辛い出会いや別れがある。そうして人は、今日みたいな日があれば人生満足と思える一日「満足日」を抱いて、どうにか生きていくのだ。大丈夫、絶対に大丈夫だから、とつぶやきながら。

読者は小説のなかの1年のすぐ後に、世之介自身が突然、亡くなってしまったことを知っている。読みすすむうちに、すっかり世之介の知り合いのひとりになって、しみじみ思い出すような思いにこたえるラストがまた、染みる。(2023.8)

 

July 02, 2023

おかえり横道世之介

「だな。おまえは急いでない感じするよ」
「でしょ?」
「だからかな、なんか、こんな話、したくなるんだろうな」

「おかえり横道世之介」吉田修一著(中公文庫)

あの愛すべき脳天気野郎が帰ってきた。バイトとパチンコで暮らすダメダメな24歳の、しょうもなく、心温まる1年。

2009年刊行の第一作でバブル期の大学生だった世之介は、売り手市場に乗り遅れてしまった典型的ロスジェネになっている。でも、焦っているようにはみえない。だらだらと冴えない日々、でも、ずるくないし、ごく自然に誰にでも親切。
そんな世之介だから、周囲が心を許す。証券会社の仕事に挫折した旧友、女だてらに鮨職人を目指すパチンコ友達… ひょんなことから恋人になった元ヤンキーのシングルマザーとは、世之介らしい成り行きで家族ぐるみの付き合いとなり、父と兄が営む整備工場にいり浸っちゃう。恋人のひとり息子にかける言葉が、泣けます。人を思いやれる強い人間は少ない、お母さんはおまえをそんな人間にしたいんだ。

前作同様、中盤からは彼を取り巻いていた人々の「現在」が挟まって、感慨が深まる。2019年2月刊行「続 横道世之介」の文庫化なので、作中の「現在」では東京オリンピックが有観客の設定なんだけど、気にならない。ふとしたことで思い出す、彼らの胸の奥に世之介が残した小さな明かり。しみるなあ。
巻末に2013年の映画「横道世之介」の監督・沖田修一と主演・高良健吾の対談を収録。(2023年7月)

March 18, 2022

利休にたずねよ

欲が深いといえば、あの男ほど欲の深い者もあるまい。
美をむさぼることに於いて、その執着の凄まじさといったら、信長や秀吉の天下取りへの執着よりはるかに壮絶ではないか。

「利休にたずねよ」山本兼一著(文春文庫)

天正19(1591)年の切腹の日から遡って、千利休を取り巻く多様な人物の一人称で、佗茶のカリスマの原点に迫っていく連作。
富と名声をきわめた生を投げ出してでも、意地を通してしまった利休。その胸底にはずっと、堺の不良少年時代の決定的な挫折を秘めていた、という大胆な設定でうならせる。前半は、尊大だけれど抜群の美的センスをもつ利休と対比して、権力者・秀吉の俗物ぶり、横暴ぶりが際立つ。ところが全編の半ばあたりから、実はとことん理想の美を追究していく利休こそ、欲の塊なんだと見えてきて、面白い。

秀吉以外にも、家康、三成、信長…と、お馴染みの語り手が続々登場。特に軍師・官兵衛が秀吉の命を受け、隙の無い利休をなんとかぎゃふんと言わせようと、茶席でいたずらを仕掛けるシーンが、歴史上よく知られたキャラが生きていて、愉快だ。戦国随一ともいわれる智将と、冷静沈着な芸術家との、無言の駆け引きの緊張感。

当然ながら、茶道にまつわる専門用語がたくさん出てくる。知識がないので、いちいちネットで調べつつ読むわけだが、日本文化の深みの一端に触れる感じで、楽しい。作家が執筆にあたってかなり取材したにしても、京都の国文文学者の息子さんで、新潟の僧侶の家系ならではの教養なのかな。
巻末に浅田次郎との対談を収録。直木賞受賞。(2022/3)

August 28, 2019

国宝

何かを見ているわけでもなく、何かを考えているわけでもないからっぽの体。しかしそのからっぽの底が、そんじょそこらのからっぽの底とは違い、恐ろしく深いことが誰の目にも明らかなのでございます。

「国宝  上・青春篇 下・花道篇」吉田修一著(朝日新聞出版)

「悪人」「路」などの稀代のストーリーテラーによる、歌舞伎役者の一代記。高度成長期を背景に、まるで昭和任侠映画を観ているような、大時代な波乱万丈がたまらない。

喜久雄は長崎の極道の家に生まれながら、上方歌舞伎に入門し、やがて東京へ進出、類まれな美貌で立女形へと上り詰めていく。「なのでございます」という講談調の地の文からして、小説世界がまるで歌舞伎。なにしろ幕開けから、雪の料亭で美少年が踊る「関戸」、血なまぐさいヤクザの大立ち回りと、ドラマチックで「絵」が目に浮かぶ。

次々襲いくる病魔や事故を上回る迫力なのは、登場人物の情念だ。宿命のライバルとなる御曹司・俊介をはじめ、取り巻く女たち、親と子、梨園や興行界の人々が、激しい愛憎劇を繰り広げていく。例えば俊介の母が口にする「うちは意地汚い役者の女房で、母親で、お師匠はんや。こうなったら、もうどんな泥水でも飲んだるわ」というセリフ。凄まじいなあ。
誰ひとり、すくすくと平穏には生きられない。「芸」にとりつかれた存在の執念と哀しさ、だからこその輝き。スターというのはえてして、健全というより過剰やアンバランスを感じさせるように思うけど、その「危うさ」が行間からたちのぼって、なんとも魅力的だ。

「二人道成寺」から「隅田川」「沓手鳥孤城落月」「阿古屋」まで、歌舞伎演目がストーリーとシンクロして面白い。映画やテレビ、お笑いの世界やゴシップマスコミ、鉄輪温泉の芝居小屋といった道具立ても凝っている。2017年から18年の新聞連載を単行本化。(2019・8)

 

April 28, 2019

図説アイルランドの歴史

アイルランドの場合、ブリテン島内とは異なって、中世以来の「植民地」だという意識がイングランド人に抜きがたくあった

「図説アイルランドの歴史」山本正著(河出書房新社)

アイルランドの勉強第2弾は「ふくろうの本」シリーズの1冊。古代から2008年経済危機、イギリスのEU離脱までの実に数千年を、猛スピードで語っていく。解釈、感情を差し挟む余裕が乏しいだけに、イギリスの為政者に振り回され続け、ほっとする間がないさまが強く印象づけられて、読んでいて悲しくなってくる。ここには「妖精の国」なんていうロマンチックな要素はないのです。

発端は12世紀、ローマ教皇がヘンリ2世にアイルランド領有を許したこと。16世紀テューダー朝には植民が進み、開化を促すという「上から目線」を押し付けつつ、その実、落下傘地主たち(イングランド人、17世紀スチュアート朝にはスコットランド人も)は強欲に走る。一方的に土地を奪われたゲール系アイルランド人の間には、怨嗟が募っていく。もちろんクロムウェルらの容赦ない武力制圧もある。
これは世界中の植民地に共通の構図なのだろう。アメリカ独立戦争やフランス革命の時代にも、アイルランドの独立をめざす蜂起は挫折し、ついに1801年に王国に併合。このときお馴染みのユニオン・フラッグが、イングランド、スコットランド、アイルランドの3種の十字を重ねて誕生したとは、初めて知った。

「植民」のベースにあるのは、なんといっても経済の基盤たる土地だ。イングランド王の過酷な地代取り立て、被支配層内のエリート誕生による分断、戦費を提供した「投機者」への見返りとしての土地収奪と分配、18世紀からは畜産や毛織物、通貨といった貿易政策も… 18世紀には借地権をめぐる闘争「土地戦争」が勃発。このころ不在地主の管理人ボイコット大佐が地域住民から徹底的に無視されたのが、ボイコットの語源、なんていうミニ知識も盛り込まれている。
経済といえば、アイルランドに産業革命が起こらず、むしろイングランド経済への従属が強まったのは何故かと、疑問に思っていたけれど、それについて本書では通説の石炭不足だけでなく、工業よりもイングランドへの農産物輸出がアイルランドにとって相対的に有利だったから、と解説している(北部アルスター=北アイルランドではリネン工業やタイタニックで知られるベルファストの造船業も生まれたのだが)。19世紀には貧しい小作農の糧であるジャガイモが悲惨な飢饉に見舞われ、実に人口の1割強、100万人が亡くなり、同じ1割強が食い詰めて海を渡る、という過酷な経験もしている。

20世紀初頭以降の歴史は、覇権国イギリスの政治・軍事情勢の変遷に、アイルランド内のカトリック・ナショナリスト、プロテスタント・ユニオニストの対立が重なって、勢力図が複雑に揺れ動く。ねじれにねじれて、一読しただけではとうてい把握できません。しかし当時を源流とする私兵組織の活動が、ごく最近の悲惨なテロリズムにつながるとすれば、あまりに根深い、ということだけは、強く印象に残る。
1916年イースター蜂起、1920年ダブリンの血の日曜日、内戦をへて1937年エール憲法でようやく主権国に、そして中立を貫いた2次大戦後の1949年、ついに共和国となり、コモンウェルス(英連邦)からの離脱に至る。その過程では、外交官レスターが国際連盟の舞台で小国の顔となり、1946年に1日限りの事務総長に就いた、といった逸話もある。弱者の知恵。感慨深いなあ。
長い歴史を通じて戦って独立、といったスカッとしたドラマがない分、キューバのような全滅もない。負けても負けを認めなければ勝ちも同然というような、しぶとさも感じさせ、なんだか日本の民族性にも一脈通じるような。

「ケルトの虎」と呼ばれた1990年代の高度成長の後にも、文化的にはびっくりの解説が残っていた。例えば離婚は、1994年の国民投票でようやく合法化された。しかも0.56%の僅差。16世紀にヘンリー8世が離婚したさにカトリックに決別したイングランドとの違いが、胸に染みます。
そして巻末に至ってダメ押し的に重いのは、北アイルランドの悲劇が決して終わっていない、という厳然たる事実。1972年血の日曜日事件、1981年のハンストなどをへて、過激な闘争で知られるPIRAの武装解除が完了したのがやっと2005年のこと。分断の象徴「平和の壁」は今も残るという。そこへまた、イギリスがEU離脱で揺さぶりをかけるとは、なんと愚かなことか、と言いたくなっちゃう。平成の最後に、なかなかヘビーな180ページでした。(2019.4)

 

July 21, 2018

2020狂騒の東京オリンピック

日本のスポーツ界は位相がずれている。経済合理性では割り切れない不思議な世界だ。

「2020狂騒の東京オリンピック」吉野次郎著(日経BP社)
2020年7月24日の東京五輪開会式まで、あと2年というタイミングで、日本スポール界に疑問を投げかけるノンフィクションを読んでみた。2015年7月の新国立競技場建設計画見直しの背景を中心に取材し、その年の11月に発刊したものだ。
きっかけは時事性が強いものの、問題意識は普遍的だ。すなわち著者は、日本のスポーツ界はアマチュア精神を金科玉条とするがゆえに、競技団体も、競技場を建設する自治体も、割に合わない運営や投資を続けている、と指摘。無為に補助金や税金がつぎこまれる構図をえぐり出す。
テーマを掘り下げるための素材は豊富だ。米国に飛び、プロスポーツやスタジアムを運営するためのアイデアや、優れたビジネス感覚を具体的に明らかにする。あるいは関係者にヒヤリングして、アマチュア精神を日本に持ち込んだ明治のお雇い外国人の存在や、軍国主義時代の体力向上政策の歴史を掘り起こしていく。
日本にも工夫がないわけではなく、特にトライアスロンのマーケティング戦略はなかなか興味深い。国家的イベントである五輪を超えて、スポーツはどう成熟していくのだろうか。(2018・7)

October 31, 2016

王とサーカス

「もう一度言うが、私はお前を責めようとしているのではない。お前の後ろにいる、刺激的な最新情報を待っている人々の望みを叶えたくないだけだ」

「王とサーカス」米澤穂信著(東京創元社)

旅行情報の仕事の下調べで、ネパールを訪れたフリーラータ―大刀洗万智は、王族殺害という大事件に遭遇、現地ルポに乗り出す。ところが取材相手が死体で発見され、事情聴取を受けることに…

2016年「このミス」1位作。2007年の「インシテミル」で本格のイメージをもってたけど、青春ものがメーンの作家だったんですね~ 本作はその派生シリーズで、馴染みの薄い国での歴史的事件という設定が、まず異色。
市民と警官隊の衝突、一転して外出禁止令で静まり返る首都、さらに殺人事件の謎解きへ。とはいえ犯人捜しのインパクトは薄めで、ヒロイン大刀洗が、フリーの物書きとして覚悟を定めていく過程が印象的だ。

遠い国で起きた歴史的事件のニュースに接して、ただ何らかの刺激を消費していく私たち。その陰にある個人の思い、民族の思いをどれほど感じられるのか。悩んでも、伝え続けるしかない。そこに出来事がある限り。(2016・10)

August 09, 2015

窓から逃げた100歳老人

 

アラン・カールソンはじっくり考えてから行動するというタイプではなかった。
 だから頭の中で考えが固まるよりも早く、この老人はマルムショーピングの老人ホーム1階の部屋の窓を開け放つや、外の花壇に出ていた。
 この軽業はいささか努力を要した。というのもまさにこの日、アランは100歳になったのである。

「窓から逃げた100歳老人」ヨナス・ヨナソン著(西村書店)

スウェーデン人作家のデビュー作。訳知り顔の連中に誕生日を祝われるなんて、まっぴら御免と、老人ホームを抜け出した1905年生まれのアランは、とんだ食わせ者。偶然出会ったチンピラがからんで、警察、メディアを騒がせながら無計画にスウェーデン中を逃げ回る。

ドタバタユーモア小説だけど、それだけではない。現在(2005年)の逃走劇と交互に、アランの来し方が綴られていくのだが、これがまた徹底的にハチャメチャな現代史のパロディになっている。
ノーベルの故郷だけに、アランは独学で爆弾の専門家となり、成り行き任せに世界を放浪。内戦下のフランコ将軍を救い、オッペンハイマーに重要なヒントを授け、トルーマンと意気投合する。チャーチルとニアミスし、スターリンを激怒させ、金日成をだまそうとして絶体絶命になったところを毛沢東に救われちゃう。バリ島でしばしのんびりした後、スハルト登場を機に欧州に舞い戻り、結果的に東西デタントに一役かう…

名のある指導者とその決断を、軒並み徹底的に笑いのめしているのだ。もちろん荒唐無稽で、展開は荒っぽいのだが、だんだんにアランが生きた100年とは、人類がたどった「戦争の世紀」そのものだと気づく。
原爆開発競争など、日本人にとっては正直、軽々に笑えないシーンも多々ある。しかしそういう点も含めて、大国の選択に対するシニカルな視線が、北欧というバックグラウンドならではなのかな、と思わせて興味深い。
駄洒落も含む難しい翻訳は、「ダブリナーズ」を読んだことがある柳瀬尚紀。(2015・8)

September 08, 2013

路(ルウ)

春香は、「やっぱりきれいだ」と小さく呟き、男の子の頭を撫でた。「何が見える?」と男の子が訊いてくる。春香は、「全部」と応えて、またそのチクチクする頭を撫でた。

「路」吉田修一著(文藝春秋) ISBN 9784163817903

1999年、台湾高速鉄道の建設を日本企業連合が受注する。それから2007年開業までの、日本、台湾に生きる市井の人々の思いとつながり。

数年前に台湾を旅して台湾高速鉄道に乗ったとき、噂には聞いていたけれど、何もかもが日本の新幹線にそっくりなので、こそばゆい気がしたものだ。ミステリーから青春小説まで、1作ごとに全く違うテイストで楽しませてくれる著者。今回の題材はかつての「プロジェクトX」ばりだが、ベタな感動物語は一切ない。
総合商社入社4年目で台湾新幹線プロジェクトに派遣され、いきいきと働くヒロイン春香と、学生時代の台湾旅行でつかの間出会った若者・人豪との淡い恋を軸に、妻と軋轢を抱える上司、終戦まで台湾で育ち、ある後悔を忘れずにいる元エンジニア、整備工場に夢を託す台湾青年らを描く群像劇。人の心の支えとは何なのかが、しみじみと胸にしみて、450ページ近い厚みが全く気にならない。巧いなあ。

人間ドラマはもちろんだが、細やかに描き込まれた台湾の風土の美しさが、全編の空気を形づくっている。春香が台北の屋台でふと、街角の活気を目に焼き付けるシーンが印象的。そして南国らしいグァバ畑の緑、激しいスコール、何より人々の精神の伸びやかさ。人豪の謙虚ではあるが謙虚すぎない、相手に重荷を感じさせない自然な親しさがその象徴だろう。正しい距離、というものを考えさせる。もちろん、共同プロジェクトの過程では「予定は予定であって決定ではない」という大らかさに、几帳面な日本人がイライラして胃を痛くするシーンなんかもあるわけだが。

風土と精神という視点については、司馬遼太郎「台湾紀行」を思い出すところもあった。魅力的というだけでなく、複雑な国際関係(章ごとに挟まる新幹線報道のほとんどが産経新聞なのは偶然ではないだろう)や、日本、台湾を襲った未曾有の震災といった試練にも触れている。やっぱり気になる作家さんです。(2013・9)

July 20, 2013

百年法

長く生きてるとさ、いろんな事に疲れてきて、それが態度や顔つきに出てくる。あたしの周りには、そんなのがいっぱいいる。

「百年法 上・下」山田宗樹著(角川書店) ISBN 9784041101483 ISBN 9784041101919

壊滅的な敗戦の後、不老技術「HAVI」と、不老となっても世代交代を担保する生存制限法、通称百年法を導入した日本。西暦2048年に百年の期限が近づき、死の選択を突きつけられて社会は動揺する。

2012年に話題になったSF大作を電子書籍で。登場人物が多いので、確認のための検索機能が存分に威力を発揮した。
不老技術の開発という設定は荒唐無稽だけど、抑えた筆致でぐいぐい読ませる、なかなか骨太のエンタテインメント。特に下巻に入って、アメリカドラマのような国家の陰謀や、謎のテロリストをめぐるアクションが加速し、ミステリーの要素も加わって飽きさせない。
何より超高齢化に突入した国家の姿が、まんざら他人事とも思えないのだ。仕事や家族関係はどうなるのか、経済の停滞は防げるのか? 長い長い人生を生き抜き、後の世代のためを考えて道を選ぶとはどういうことか。読む者のイマジネーションが広がっていく。
映画「ターミネーター」を思い出させる、強い母とカリスマ性を備えた息子というヒーローの人物像はチャーミングで、ヒーロー同士の丁々発止がわくわくさせる。大詰めでは官僚がやや格好良すぎる気もするけれど。年代がややこしくて追い切れないとはいえ、伏線も緻密な印象。(2013・7)