June 29, 2021

天離り果つる国

「かような天離る鄙の地に、まことに城など築かれているのでござろうか」

「天離り果つる国 上・下」宮本昌孝著(PHP研究所)

山深い白川郷に、かつて存在した帰雲城。非情、苛烈な戦国の世にあって、弱小ながら独立平和のユートピアを求めた内ケ嶋氏の闘いを描く。2020年に話題だった娯楽時代長編だ。

戦国なので、まあ残酷だったりお色気だったり、けっこうどろどろなエピソードがてんこ盛り。悪役は伝奇ものっぽい怪物だし、実は兄妹の禁断の恋とか、往年の大映ドラマみたい。だけど架空のヒーロー、竹中半兵衛のまな弟子・七龍太と、野性味あふれる姫・紗雪のコンビの造形が、爽やかでいい。読みながらなぜだか、長谷川博己&川口春奈のイメージが浮かんだ。

金銀の鉱山経営や、火薬の原料になる塩硝の製造など、テクノロジーが切り札になる構図が興味深い。帰雲城についての予備知識がないままだったので、大詰めの展開には愕然としたけど、ラストにまた一捻りあって、にんまり。サービス精神たっぷりです。あ、帰雲城って埋蔵金伝説なんてのもあるんですねえ。(2021・6)

April 25, 2020

なぜオスカーはおもしろいのか?

私にとってアカデミー賞は、2月だけの行事ではなく、1年の半分くらいをかけて楽しむ祭典なのです。

『なぜオスカーはおもしろいのか? 受賞予想で100倍楽しむ「アカデミー賞」』メラニー著、星海社新書

「映画会社に勤める会社員」の著者は、約20年前から趣味で受賞予想をし、ラジオに出演、ついに本まで書いてしまった。
あくまで趣味ながら、いや趣味だからこそ、その熱意は凄まじい。前哨戦である複数の映画賞の結果から、ショウビズ専門誌の記事までを分析。発表当日は有休をとって、朝8時半から同じくマニアの友人「ローリー」宅で中継に集中する。本命が作品賞や主演賞を逃したりするスクリーン外のドラマはもちろん、華やかなドレス、感動的なスピーチで一日盛り上がったのち、的中率で負けたほうが夕食をおごるという。長いな~
その的中率をけっこう左右するのが、マイナーなジャンルらしい。ドキュメンタリーとか録音とか「マイナ-賞を拾う醍醐味」あたりは、映画ファンとは一味違う、オスカー通ならではの解説だ。
熾烈なハリウッドビジネスの側面にも、さらりと触れている。「神様とスピルバーグに次いで受賞スピーチで感謝されている人」ハーヴェイ・ワインスタインの盛衰は、その最たるものだろう。
盛り込まれた情報は2019年2月の第91回まで。外国語映画が作品賞を獲得した92回の歴史的事件は反映してないけれど、投票するアカデミー協会員の多様化や社会情勢には、すでにしっかりと目配りしている。いずれ続編があるかな。(2020.4)

 

June 21, 2019

もし僕らのことばがウィスキーであったなら

このアイルランド世界には無数のパブ的正義が並立的に存在している。

「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」村上春樹著(新潮文庫)

相変わらずの村上春樹節満載の楽しい紀行。スコットランド・アイラ島と、対岸のアイルランドを旅して、ただただ飲む。1997年に「サントリークォータリー」に掲載したエッセイをもとに、1999年単行本化、2002年文庫化。
アイラ島では蒸溜所を訪ね、名高いシングルモルトをめぐり、薀蓄も語るけれど、アイルランドではそれもない。のんびりと緑あふれる美しい風景を眺め、冴えない田舎パブのカウンターにもたれて、ビールとウィスキーを味わう。ただそれだけ。
私的アイルランドシリーズの読書をしていて、ちょっとその歴史を知ると、過酷さにたじろいじゃう。でも人生には、確かな暮らしの味わいがある。アイルランドを舞台にしたジョン・フォードの名画「静かなる男」への思い入れがまた、ジンとくる。
奥さんの陽子さんの写真がまた、センスがいい。(2019・6)

 

April 29, 2018

小澤征爾さんと、音楽について話をする

僕くらいの歳になってもね、やはり変わるんです。それもね、実際の経験を通して変わっていきます。それがひょっとしたら、指揮者という職業のひとつの特徴かもしれないね。つまり現場で変化を遂げていく。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」小澤征爾、村上春樹著(新潮社)

2011年に話題になり、2012年小林秀雄賞を受けたロングインタビューを、ようやく読む。尊敬しあう才能同士の触れ合うさまが、まず読んでいてとても心地よい。

村上春樹が尋常でないクラシック好きぶりを発揮して、次々にディスクをかけながら、指揮者によって、また時期などによって、どう演奏が変わるのか、楽譜を読んで演奏を組み立てるとはどういうことなのか、を尋ねる。小澤征爾が誠実に、ときにお茶目に答えていく。
私はオペラに時々足を運ぶものの、残念ながらクラシックに全く詳しくない。動画サイトで演者や曲目を聴きながらの読書だったけど、気取りない対話のリズムを十分に楽しめた。

話の脇道で小澤征爾の記憶が呼び覚まされ、巨匠の横顔や若き日の触れ合いを披露する。カラヤン、バーンスタイン、グールド…。そしてちょいちょい混じる恋愛沙汰。偉大なアーティストたちのきらびやかな個性と、音楽に向かう真摯な情熱が、飾らない言葉で生き生きと語られて、楽しい。
シカゴでブルーズ漬けになったこと、先輩指揮者のタクトを勝手に持ち出したこと。芸術を愛し、人を愛し、受け取ったものを若者たちに渡していく。あー、コンサートに行きたいなあ! (2018・4)

June 15, 2017

チェ・ゲバラ伝

鉄道にのるのでは、踏破することにならなかった。鉄路の上を走るのでは、人びとの生活を知ることはできないのである。
 一九五一年も終ろうとする十二月二十九日に、チェとグラナドスは、それから一年近くも続く放浪の旅に出発した。

「チェ・ゲバラ伝 増補版」三好徹著(文春文庫)

新聞社出身の作家が、広範な機関紙記事や、ゆかりの人々へのインタビューをまじえてつづった評伝。400ページを超える全編に、ゲバラ愛があふれる。

なぜアルゼンチン農園主の息子で、医師となったゲバラが、キューバ革命の戦闘に身を投じたかは、若き日の南米放浪が背景になっている。反米国資本が所与の前提になっている感じで、実は思想の軌跡は、初心者にはちょっとわかりにくい。とはいえ、人物像の魅力については十分伝わってくる。物静かな読書家で、勤勉。目が澄んでいて、公平かつ清廉。爽やかな印象は、龍馬のような感じだろうか。

特に1959年夏の来日の経緯は、企業の接遇係らにも取材していて詳しい。交易拡大を求めるゲバラに対し、大国に遠慮してか、冷たくあしらった日本政府の「国際感覚の無さ」を嘆く一方、進んで広島を訪れたゲバラの感性に共感する。
革命前の自由さに比べると、やがてキューバを去るに至る経緯や、その後の足跡は息苦しい。異説を含めた丁寧な注釈、年譜付き。(2017・6)

March 13, 2017

騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編 第2部遷ろうメタファー編

「目に見えるものが好きなの。目に見えないものと同じくらい」

「騎士団長殺し 第1部顕れるイデア編 第2部遷ろうメタファー編」村上春樹著(新潮社)

今やイベントとなったハルキの書き下ろし新作は、「1Q84」からだと7年ぶりという大長編。1部、2部で1000ページを超えるが、いつもの春樹節が満載で一気読み。まずはいつもながらのリーダビリティの高さに感服する。

肖像画家である「私」は、妻に別れを切り出されたことで家を出て、小田原の山中にある屋敷に留守番として住み始める。そこで一幅の日本画「騎士団長殺し」を見つけたことで、不思議な出来事に巻き込まれていく。

道具立てはお馴染みのもので、読んでいて「ああ、この感じ」と嬉しくなる。まさにベストアルバム。孤独だけど他人を羨まない主人公の1人称語り、端正な日常、異界からの使者、気の強い美少女、謎の穴と冒険。オペラ「ドン・ジョバンニ」をはじめ、たっぷりと散りばめられた文化的薀蓄やら、気の利いた比喩の数々やらが、定番過ぎてニマニマしちゃう。

とはいえストーリーの印象は、従来とちょっと違う。性と暴力や戦争は登場するものの、「1Q84」のBOOK1、2までのような、目を背けたくなる執拗さは影をひそめた。妻と復縁した時点から振り返る、と冒頭で宣言してあるので、わりあい落ち着いて読めるし、人生の限られた時間を意識して、生きた意味をどう見出すか、というテーマは、もうすぐ70代となった作家の「枯れ」さえ感じさせる。激しい喪失の時期をへた、家族への回帰と再生が温かく、ちょっと拍子抜けするくらい現実的だ。

もちろん油断は禁物。絵画論で繰り返される、見えているものがすべてではないというイメージとか、顔のない肖像画の依頼人、2つの屋敷を隔てる谷とか、読む者を不安にさせる仕掛けには事欠かない。レコードのA面B面、イルカの左右の脳といった些細なエピソードも繋がって、虚と実、裏と表、ものごとの不確かさがひたひたと迫る。そして震災を乗り越えた後に、何を手にするのか。もしかしたら続編があるのかも。

楽しいのは、人物造形がいつにも増してくっきりとして、魅力的なこと。なにより異界から現れ、妙な話し方をする身長60センチほどの「騎士団長」が、際立ってチャーミング! こんなイデアに守られたい。
さらに主人公を翻弄する3人の人物が、徹底して謎めいているのもご機嫌だ。屋敷の主で、人嫌いだった高名な日本画家・雨田具彦は、過去にどんな闇を抱えていたのか。近くの白い豪邸にひとりで住み、見事な白髪でジャガーを駆るギャツビー風の中年男・免色渉の企みは? そして東北での放浪で出会った顔のない男は何者なのか? 例によって、すべての謎が解明されるわけではなく、このあたりにも続編への期待が高まる。(2017・3)

September 06, 2016

忠臣蔵とは何か

歌舞伎役者は赤穂の浪士に扮するときなぜ火事装束を着ることにしたのか。これはおもしろい問題だ。

「忠臣蔵とは何か」丸谷才一著(講談社文芸文庫)

言わずと知れた才人作家の、1985年発表の文芸評論を読む。野間文芸賞を受ける一方、論争にもなったという。
歴史的仮名遣いで、古今東西の書物を自在に引用しており、いかにもペダンティック。ストーリーにはけっこう強引な飛躍も多くて、結論部分で「どうも否定しにくいやうだ」といった曖昧な表現になっちゃうことも。素人目には、この茶目っ気と独特の「話芸」が、まず心地よい。

今も繰り返し上演される大作「3大狂言」には、偉い人の運命に巻き込まれる庶民の悲劇、という共通点がある。ただ、肝心の偉い人の造形において、忠臣蔵は異彩を放つ。
義経は「桜」というだけあって、問答無用の悲劇的なスター性を持っているし、道真は危機に瀕して人形を動かしちゃうほど、神がかっている。2人に比べると、赤穂の殿さまという人は、いろいろ事情はあったにせよ、いかにも短慮だ。なぜこんな浅はかな上司のために、ドラマティックな仇討が成立するのか?
この大きな謎に対し、著者は様々なアイデアを繰り出して答えていく。恨みからの災いを避けるための鎮魂、江戸期にあっては自然災害にも似た、避けがたい悪政への反発、さらには長い冬を越え、生命復活の春を祝う祭…。月並みな忠義の枠組みを、すこんと忘れちゃう姿勢が痛快です。

丸谷節の真骨頂は、リアルな事件としての討ち入りが、そもそも演劇に影響されていた、というあたりだろう。元禄年間の「曽我もの」ブームを丹念に追い、社会と物語の相互作用を語っていく。
ほかにも日本に出現した江戸という大都会を、大坂人はどう見ていたか、とか、いろいろ面白い視点がてんこ盛り。読み進めながら、このパワフルな人気戯曲を現代にどう位置づけるのか、を考えずにはいられない。文楽・歌舞伎好きにはたまらない一冊だ。(2016・9)

March 20, 2015

2045年問題-コンピュータが人類を超える日

カーツワイルの予言では技術的特異点は2045年だといいます。これからほぼ30年先の未来です。現在、私たちが当たり前のように使っているインターネットやスマートフォンなどにしても、30年前に予測できた人がいたでしょうか。30年たてば、予測もつかないことが現実になります。

「2045年問題 コンピュータが人類を超える日」松田卓也著(廣済堂新書)

コンピューターの能力が人類全体をはるかにしのぎ、未来像が非連続に変化してしまう「技術的特異点」。宇宙物理学者が綴るSFチックな未来像を、電子書籍で。

膨大なデータを分析して思いもつかない結果を導き出すなど、ITの進化はどんどん加速している。技術に人間が振り回され、セキュリティーが危機に瀕し、知的労働の雇用が奪われるといったミゼラブルな予測が大流行だ。だが著者はむしろ、積極的に脳とコンピューターを接続した、いわば「拡張人類」の出現を前向きにとらえる。
どちらがより実現しそうなのか、にわかに判断はつかない。ただいずれにしろ、未来は現在の社会の仕組みの延長線上にはなさそうだ。(2015・3)

May 14, 2014

「機械との競争」

CEOの報酬と平均的社員の報酬を比べると、一九九〇年は七〇倍だったのが、二〇〇五年には三〇〇倍に跳ね上がっている。エリックはヒーキュン・キムと行った調査で、この飛躍的な伸びはITの浸透と時を同じくしている、と指摘した。

「機械との競争」エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著(日経BP社)

技術進歩が雇用を奪う衝撃の現状と、それを認識したうえで将来を切り開く道筋について、MITスローン・スクールの経済学教授と、デジタル・ビジネス・センター主任リサーチサイエンティストが分析した。電子書籍で。

著者は数多くの先行研究をたどり、スキルの高い労働者と低い者の賃金格差が広がっていることや、スーパースターが富を独占する傾向、その背景にテクノロジーがあることなどを明らかにしていく。イエレンFRB議長の「雇用の質」議論にも通じる。
では人間は機械に隷属するのかというと、そうでもない。一九九七年にチェスの名手がIBMのコンピューター「ディープブルー」に敗れたことは、世界に衝撃をもたらしたが、現在世界最強のプレーヤーはコンピューターではなく、コンピューターを使った人間のチーム。競争に勝つ鍵はマシンを味方につけることだ、との主張だ。

そのために何が必要か。例えば教育。アメリカの教育は停滞し、中間的な労働者は最新技術についていけていない。だからこそ改善の余地があると、あくまで前向きなのがアメリカらしいところ。確かに無償公開の講義ビデオを活用して、お仕着せのカリキュラムは生徒が自宅でこなし、学校では教師と相談しながら「宿題」をする、という逆転の発想は面白い。
さらに知恵の共有。パンは食べ終わったらそれで終わり、でも本なら読み終わって友達に貸すことができる。むしろ読み終わった者同士で話し合えるから、価値が高まる。情報がIT化されれば共有も簡単。仕事を奪うのがデジタルなら、その克服を助けるのもまたデジタルなのだ。村井章子訳。解説は小峰隆夫法政大教授。(2014・5)

September 29, 2013

舟を編む

「うん。では、『しま』だったら、どう説明する」
「ストライプ、アイランド、地名の志摩、『よこしま』や『さかしま』のしま、揣摩憶測するの揣摩、仏教用語の四魔……」
 馬締が、「しま」という音から導きだされる単語の候補を次々に挙げだしたので、荒木は急いでさえぎった。
「アイランドの『島』だ」
「そうですねえ。『まわりを水に囲まれた陸地』でしょうか。いや、それだけではたりないな。江の島は一部が陸とつながっているけれど、島だ。となると」

「舟を編む」三浦しをん著(光文社)   9784334927769

新しい辞書「大渡海」の出版に情熱を傾ける、生まれついての言葉の虫・馬締。そして同僚のベテラン編集者・荒木、お調子者の西岡、ファッション誌からまさかの転属となった岸辺らが抱く、仕事への思い。

2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。鉄紺に銀の題字をあしらったカバーが美しく、そんな装丁のイメージ同様、内容も爽やかだ。

2012年の本屋大賞、キノベス第1位の作品をようやく読む。250ページ強と、意外にコンパクト。鉄紺に銀の題字のカバーが美しく、そんな装丁のイメージ通りに、内容も爽やかだ。

辞書編集という特殊な職場を舞台にしているので、収録語をどうチョイスするか、軽くてめくりやすい用紙をどう開発するか、などなど門外漢を驚かす裏話がたっぷり盛り込まれてはいる。けれど、決して蘊蓄が主体なわけではない。
物語を引っ張るのは、なんといっても馬締の独特のキャラクターだ。不器用で真摯で、とても魅力的。さらに彼と触れあうことで、周囲の西岡や岸辺が戸惑いながらも、自分なりの働きがい、頑張りがいを見つけていく姿に、ドラマがある。正統的な働く人応援小説だ。

さらにはアパートの大家、タケおばあさんや、片時も用例採集カードを手放さない辞書監修の大黒柱・松本先生ら、個性ある脇役にもしっかり目が行き届いている。特に、馬締が運命的な恋に落ちる香具矢の造形が、美女だけど料理人としてなかなか男前な性格で秀逸だ。さらっと読めて、楽しい一冊です。(2013・9)

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