December 13, 2009

「新参者」

俺はまだ異動してきたばっかりで、正直いうとこのあたりのことをちっとも知らない。それでまず街を観察することから始めているわけだ。

「新参者」東野圭吾著(講談社) ISBN: 9784062157711

江戸風情を残す東京・人形町。所轄に異動してきた刑事・加賀恭一郎が、ある殺人事件の謎を解く。

巧いなあ。ひたすら観察する者、加賀の繊細さが魅力的だ。注意深くて、人の気持ちがよくわかる。だから事件関係者のささいな行動を何一つ見逃さず、こつこつと真実に近づいていく。
9章まで1章ごとに、決して大仰ではないけれど泣かせる人間ドラマがあり、それぞれ短編として十分に楽しい。そしてすべてがジグソーパズルのピースをはめるようにすっきりとつながって、最終章の謎解きに至る。初出は月刊誌での連載。今さらだけど、読みやすさと構成力は並大抵でない。

加賀が歩き回る人形町の情景が、全編を味わい深くしている。聞き込み先にいちいち、おせんべいやら人形焼きやらを手土産を持っていくのが微笑ましい。個人的には、女将が格好良い「料亭の小僧」が好みかな。

…と感嘆していたら「このミステリーがすごい!2010年版」(宝島社)で国内1位に。思えば「白夜行」があり「容疑者Xの献身」があり、なおこうして支持される本を書き続けるのはさすがだなあ。(2009・12)

「新参者」東野圭吾 しんちゃんの買い物帳
東野圭吾/「新参者」/講談社刊 ミステリ読書録

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October 08, 2009

「新しい労働社会」

 近年、少子化対策の文脈で児童手当が取り上げられることが増えましたが、それが企業の家族手当と相補的なものであり、労務提供への対償と生計費保障のはざまを埋める性格を有しているという認識はあまりないようです。しかし、この問題は賃金制度の原則と社会保障制度の設計を同時に解かなければならない連立方程式であり、年功制をやめて職務給にしていくというのであれば、それに対応する分を社会保障給付として拡大していくべき性格のものです。

「新しい労働社会」濱口桂一郎著(岩波新書)  ISBN: 9784004311942

旧労働省出身の研究者が、「現実」を見据えて説く雇用問題の処方箋。

「派遣切り」「雇い止め」…。まるで根本から間違っているかのように語られがちなニッポンの雇用も、ある時点では合理性があり、多くの普通の人が恩恵を受けていた。著者はまず冷静に、前提が変わったことを確認した上で、今足もとで何ができるのか、そして将来、どこを目指すべきなのか、を考察していく。

雇用は雇用だけで論じられる「制度」ではなく、社会保障や産業構造や、様々な意思決定システムと密接に絡まっている。その広がりの大きさを思うと、気が遠くなるほどだ。だからこそ、単に諸外国の事例などをひき写すのではなく、叡智を集めて考え抜くべきテーマなのだということを確認させてくれる一冊。(2009・10)

「新しい労働社会-雇用システムの再構築へ」濱口桂一郎著  Kyuoshoublog
[書評]新しい労働社会―雇用システムの再構築へ(濱口桂一郎) 極東ブログ
濱口桂一郎『新しい労働社会』(岩波新書) 9点  山下ゆの新書ランキング

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October 03, 2009

「夏への扉」

ドアの外に白色の不愉快きわまる代物を見つけると、(馬鹿ではなかったので)もう外へは出ようとせず、人間用のドアをあけてみせろと、ぼくにうるさくまつわりつく。
 彼は、その人間用のドアの、少なくともどれか一つが、夏に通じているという固い信念を持っていたのである。

「夏への扉」ロバート・A・ハインライン著(ハヤカワ文庫) ISBN: 9784150103453

「六週間戦争」後の1970年、南カリフォルニア。発明家ダンはビジネスパートナーと恋人から手ひどい裏切りにあい、「冷凍睡眠」で2000年の未来へと送り込まれる。

SNS「やっぱり本を読む人々。」選出の100冊文庫から、SFオールタイムベスト常連作の旧訳版を読む。

いやー、今さらですが、つくづく不勉強でした! 映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が大好きで、ユニバーサルスタジオのアトラクションに乗ったこともあるけど、こんなところに原型があったとは。米国で発表されたのが、なんと1956年。タッチの軽妙さ、我が儘な愛猫からちょっと間抜けな悪役に至るまでの魅力的なキャラクター、そして終盤の時間ぎりぎり、はらはらドキドキの冒険ーーすべて、ちっとも古く感じられないことが驚きだ。

執筆時にとっては近未来である1970年と、さらにワープした未来にあたる2000年の世界が舞台になっており、そこで描かれる生活の進化ぶりが興味深い。もちろん今となっては2000年も過去であり、荒唐無稽だなあ、と感じるんだけど、それでも豊かな作家のイマジネーションには驚かされる。
例えば企業の経営権の奪い合いのところとか、歯科医に行くシーンとか。全編を貫く、あくまで楽天的な、元気が出る雰囲気と相まって、エンタテインメントの底力を感じる。扉を探す旅は、今も続いているのだ。福島正実訳。(2009・10)

『夏への扉』ロバート・A・ハインライン Roko’s Favorite Things
時空の操り方 活字の砂漠で溺れたい

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August 21, 2009

「ゴミ分別の異常な世界」

リサイクルは、ごみを減らし、資源をムダづかいしない重要な方法である。ただし、適正なコスト負担の元に、リサイクルで効果が得られることが条件だ。

「ゴミ分別の異常な世界」杉本裕明、服部美佐子著(幻冬舎新書) ISBN: 9784344981331

環境ジャーナリストふたりが、国内各地のゴミ分別とリサイクルの現状をリポート。

一般に、環境問題への関心は高まっているし、エコバックを持ち歩いたり、総菜の容器をスーパーの回収箱に入れたりという行動はかなり広まっている。ところが実際にどんな手法がどれほど有効なのか、と聞かれたら、自信を持って答えられる人はさほど多くないのではないか。著者は一口に「エコ」「環境対策」と括られがちな施策の曖昧さを、自治体のゴミ分別を例にとって指摘する。

細かく分別すればするほどいいのか、運搬や処理のコストは効果に見合っているのか。「ごみの世界に、模範解答はない」から、常に情報の公開と冷静な検証が必要ということだろう。整理しきれない印象は否めないものの、いろいろな情報が詰め込まれている。(2009・8)

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August 04, 2009

「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」

自分に自信があったか、という項目に対して、小学校の低学年にして、ほとんどない、につけてしまう状況というのは、非常に心配で、紙を見ていると、一人一人、「この子は大丈夫なのかな、どんな子なのかな」と、思わず関わりたくなってしまいます。

「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」古荘純一著(光文社新書) ISBN: 9784334035068

児童精神科医が子供たちのQOL(生活の質)の実態を探るべく、小中学生約8000人らに対して調査を実施。その回答から浮かび上がった、彼らが感じている「幸福度」の惨憺たる状況を報告する。

普通の小学一年生が、外来を訪れて「僕は疲れているんです」とつぶやく現代ニッポン。子どもに心身の調子や学校、家庭などに対する満足度を尋ねてみると、ドイツやオランダでの同様の調査と比べて明らかに低いのだという。著者が特に注目するのが自尊感情。長所短所すべてをひっくるめて、自分のことを自分自身で考えるという感情の乏しさだ。

自尊感情が目立って低い子どもの場合は、背景に何らかの障害やいじめ、虐待などが隠れている可能性があり、QOL調査はそうした問題を早期に発見する一助となる。もっとも全体的な水準の低さの陰には、親や教育現場のゆとりの乏しさなど、広くて根深い問題が潜んでいるのではないか、と著者は危ぐする。閉塞した状況にいる子どもたちに対して、大人はどんなふうに手を差し伸べることができるのだろうか。
調査の解説にウエートがおかれており、具体的な事例の紹介や考察は一般的なものにとどまっている感じはあるものの、考えさせる1冊。(2009・7)

 古荘純一『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』(光文社新書) 7点  山下ゆの新書ランキング

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June 04, 2009

「ガリレオの苦悩」

犯人が魔法を使っているのでないかぎり、必ずどこかに痕跡が残っているはずだ。そして魔法なんてものは、この世には存在しない

「ガリレオの苦悩」東野圭吾著(文藝春秋) ISBN: 9784163276205

気鋭の物理学者、湯川が事件の謎を解く、人気のガリレオシリーズの短編集。

ずっと積んでいて、ようやく読んだ。相変わらずの物語巧者ぶり。読んでみたら、先にドラマで見てしまって結末が分かっているストーリーもあったけれど、さほどがっかりしないで、すらすらと楽しんだ。

湯川がますます格好良い。もしかしたら読む側に、福山雅治のイメージが刷り込まれてしまったせいか。特に「攪乱す」。筋違いの怨みを抱いて挑戦してくる犯人に対峙し、クールを装いながらも一歩もひかず、科学者の誇りをのぞかせる。格好良くなった分、ちょっと変人っぽさは後退した感じかも。(2009・6)

ガリレオの苦悩 Yuhiの読書日記+α
『ガリレオの苦悩』 【徒然なるままに…】
東野圭吾  ガリレオの苦悩  マロンカフェ

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January 22, 2009

「聖女の救済」

こんな犯人はいない。古今東西、どこにもいない。理論的にはありえても、現実的には考えられない。だから虚数解だといったんだ

「聖女の救済」東野圭吾著(文藝春秋)  ISBN: 9784163276106

IT企業社長が自宅で毒殺された。その驚くべき真相。

人気の探偵ガリレオシリーズの長編最新刊。380ページ近くを、二日間という、遅読の私としてはあっという間に読み終わった。やはり、この読みやすさは半端じゃない。
被害者の極端な造形とか、いつもは手堅い草薙刑事が一番の容疑者とほとんど一瞬にして恋に落ちるとか、ちょっとありえない、と感じる部分もあるのだけれど、読みやすさのあまり、気にならない。
うまいのは、そういう無理めの設定や、登場人物それぞれの思いが、いちいち謎解きにリンクしていて、最後にはすべてのピースが残さず使い切られ、すっきりと収まるところ。どちらかと言えば、こぢんまりしているけれど、きれいなジグソーパズルを完成したような心地よさだ。情念を描きつつ、描き過ぎない職人芸。

登場人物のなかでは女性刑事、内海薫の生意気加減がいいな。多くのブロガーが書いているように、主要な登場人物がドラマ、映画の配役と重なってしまってイマジネーションが制約されるけど、まあ、許容範囲です。
そういえば08年の東野さんは、映画、ドラマ2作も面白くて、出版とうまく循環し、人気作家というより「東野ビジネス」という別次元に突入した感じでした。ガリレオの短編集も読まなくっちゃ。(2009・1)

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December 25, 2008

「奇術師」

観客の目をくらましたいと思っている奇術師の願望がどれほどのものか、わかっている人間はほとんどいない。奇術師にとって、通常の法則を明らかに無視することが、生きていくうえで片時も忘れることのできないほどの強迫観念になっているのである。

「奇術師」クリストファー・プリースト著(早川書房)  ISBN: 9784150203573

あんまりやる気のない新聞記者、アンドルーはある日、自分の曾祖父の手記だという古いペーパーバックを贈られる。そこに記された奇術師二人の確執と、大技イリュージョン「瞬間移動」を巡る驚くべき秘密。

ブロガーの間で評判の幻想小説を、今さらながら読んでみる。正直、長いし、実は、今ひとつすっきりしない感じもある。私の飲み込みが悪いだけだろうけど。

でも、つくり込まれた雰囲気、道具立ての細部が魅力的だ。曾祖父の世代が生きたのは、世紀末のロンドン。どんな怪奇現象が起きてもおかしくないような、舞台設定だ。そして奇術にとりつかれた彼らの残した謎が、100年近い時をへて現代に蘇る、という豊かな物語性。
科学を信奉する新興国アメリカとの対比もうまい。エジソンのライバルだったという実在の天才発明家、テスラの人物像が、怪しさ満点だ。

そして交互に綴られる「語り」の大半は、二人の奇術師の手記の形をとり、秘密に奥行きを与えている。マジックの観客は、気持ちよく騙される喜びにカネを払うのであり、ネタを知ることを必ずしも喜ばない。奇術師もプロ同士、たとえ互いのネタの正体を察しても、やたらと口外しないのが礼儀だ。だけど彼らは本当は、上質のネタの真実を知りたがっている。仕事熱心ならなおさらだ。かくして奇術師の手記は時折、ひっそりと少部数だけ刷られ、専門家の間だけで流通する。しかも著者が騙しの天才たちだけに、書かれていることのどこまでが真実かはわからないーー。

そして終盤の地下室の光景といったら! とにかく語り出すと止まらない、二重三重、仕掛け満載の、凝ったお話です。古沢嘉通訳。(2008・12)

「奇術師」クリストファー・プリースト/古沢嘉通訳  本を読む女。改訂版

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November 15, 2008

「われらが歌う時」

「子供たちには未来の話をしましょう」唯一堪えることができる場所。
 夫がうめき声を漏らす。「どの未来?」
「私たちが見た未来」
 彼は思い出す。

「われらが歌う時」リチャード・パワーズ著(新潮社)  ISBN: 9784105058715  ISBN: 9784105058722

亡命ユダヤ人の物理学者と、声楽を学ぶ黒人女性が、あるコンサートの会場で運命的な恋に落ちた。やがて生まれた三人の子供たちと、アメリカがたどる波乱の半世紀。

とても饒舌な作家だ。上下巻1000ページにわたって言葉がぎっしりと詰まっていて、読んでも読んでも進まない気がする。でもそれは、イライラするような体験では全くない。言葉の海、イメージの海に、心地よく溺れることができる。饒舌で、とても腕力のある作家だ。

戦前から90年代までの時間軸を行ったり来たりしながら、家族の物語を綴っていく。戦争や公民権運動という時代の激動が、時に愛する家族の心を遠ざけてしまう切なさ。大きなテーマの一つになっている異人種結婚の困難がどういうものかは、にわかには実感しづらいけれど、登場人物それぞれが味わう苦い思いの細部を通じて、だんだんにその重さが伝わってくる。
ちょうど、オバマ氏が大統領に当選した時期に、この小説に出会った。彼は歴史に残る当選後初の記者会見で、新居(ホワイトハウス)での飼い犬の選定について「ミクスト(雑種)になるだろう。私のように」と発言した。冗談として報道されていたけれど、決して軽い意味合いではなかったのだろう。

登場人物のうち、長男で、天使の声をもつジョナがとても魅力的。奔放で口が悪くて、シャイな天才。なにしろ、さんざん世話になった弟に久々に電話してきて、いきなりベートーベンを歌い出すのだから。
このジョナを中心にして、小説全編に音楽が鳴り響いているのがまた、心地いい。ネットを駆使して、物語のなかで流れるバッハやらジャズやらの断片を聴きながら読み進んだ。本当に便利になったなあ。1939年の4月、ワシントンに7万5千人を集めたマリアン・アンダーソンの、伝説のコンサートのニュース映像さえ、手元のパソコンで見ることができる。たいしたもんだ。

そんなこんなで、長大な物語のラストに近づくにつれ、古今の膨大な旋律が頭の中に積み重なってくる。そこへ、一家の父が生涯追い求めた「時空の謎」が共鳴し、なにやら問答無用の感動がこみあげる。本当に、その気になれば未来は、私たちの手の中にあるのかもしれない。高吉一郎訳。(2008・11)

 われらが歌う時 瀬名秀明の時空の旅
『われらが歌う時』(リチャード・パワーズ)  書店員のオススメ読書日記

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October 01, 2008

「ツ、イ、ラ、ク」

隼子は急いでいた。どこへ行くのかわからないが、早く、どこかへ行かなくては間に合わない。なにに間に合わないのか、それもわからない。しかし、急いでいた。

「ツ、イ、ラ、ク」姫野カオルコ著(角川文庫)  ISBN: 9784041835142

閉鎖的な地方の町での、秘めた恋と、二人のその後。

恋愛小説だけれど、なんだかごちゃごちゃしている。埃っぽい体育館やら、大人びていたり幼稚だったりするクラスメート同士のすれ違いやら、大人になってから振り返ってわかる、大人たちが中学生に課す様々な足枷の理不尽やら、まあ、恋愛と関係なさそうな話が、短い場面展開の中にぎっしりと詰まっている。

ああそうか、あの頃って、こんな風にごちゃごちゃしていたんだ。そのごちゃごちゃの最たるものが、恋だったんだーー。周到な、たくらみに満ちた一冊なのかもしれない。(2008・9)

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