August 01, 2017

リアル・キューバ音楽

キューバのミュージシャンは、経済が苦しくて食事が十分でなくても、次の仕事が詰まっていても、明日の朝が早くても、演奏するとなったら技術も体力も、持っているものを全身全霊ですべて出し切って余力を残しません。

「リアル・キューバ音楽」ペドロ・バージェ、大金とおる著(ヤマハミュージックメディア)

1955年ハバマ生まれのサックス奏者ペドロ・アントニオ・バージェ・モレリオが、自らのミュージシャンとしての半生と、キューバ音楽の聴きどころ、音楽界事情を語りおろす。楽天的な気質と、音楽に対する情熱が溢れ、行間からリズムが響いてくるかのようだ。

ペドロは本書の訳者、吉野ゆき子と結婚して、1999年から日本で活動している。1994年に初来日したときは渋谷の雑踏を観て「フィデルが毎日、演説しているのか?」と驚いたとか、天真爛漫なエピソードがたっぷり。
一方で音楽に関する語りは深い。社会主義のキューバではミュージシャンはたいてい、音楽学校でクラシックの基礎を学んでいる。そのうえでアフリカ文化、ラテン文化、ジャズが入り混じった独特の音楽を作り出す。聴衆も音楽のジャンルには全くこだわらないけれど、演奏の実力、なにより「サポール(深い味わい)」の有無については、厳しい耳を持つという。
キューバ音楽のぐいぐい前進するリズム、盛り上がる曲の構成は、ニューヨークあたりのラテン音楽はもちろん、プエルト・リコやドミニカとも違う、と力説。ブラジルのサンバなどとキューバのソンやサルサのリズムの違いまで、譜面を示して解説している。世界でも珍しい、貧しくも豊かな国を作ってきた原動力は、「楽しむ」感覚であり、その象徴の一つが街に溢れる音楽とダンスなのだ、という言葉が印象的だ。

インタビュアーの大金も都内のライブハウスなどで演奏するミュージシャン。2009年の単行本の文庫化。(2017・8)

May 28, 2017

老人と海

「そりゃ、人間は殺されるかもしれない、けれど負けはしないんだぞ」

「老人と海」ヘミングウェイ著(新潮文庫)

2017年のテーマ、キューバ本の第一弾として、1954年ノーベル文学賞受賞を決定づけたという代表作を。意外に読んだことがありませんでした。

マッチョなアメリカ文化のアイコン、という感じが伝わってくる。圧倒的なメキシコ湾流の自然、貧しい漁師サンチャゴが巨大カジキマグロに抱く尊敬の念は愛らしく、また、ひとりつぶやく素朴な言葉の数々には、不屈の哲学が漂う。そしてラストの一行が雄大。ロマンチックだなあ。

でもヘミングウェイとキューバの関係は、私にとってまだまだ謎です… 保守派の論客だった福田恆存訳。(2017・5)

July 31, 2016

インドで考えたこと

この土地で、この自然に対抗して、人間のあかしを立て、存在を証明するためにうちたてられた無類の思想が、極東の島に住む、われわれの祖先の人間のあかし、存在証明の手伝いをしてくれたのである。

「インドで考えたこと」堀田善衛著(岩波新書)

この夏のインドシリーズの仕上げとして、1957年第1刷発行、いわば古典的インド紀行を読んでみた。1918年生まれの作家が、「アジア作家会議」の事務局メンバーとして56年末から2カ月ほど滞在。その間の見聞や感じたことを綴っていく。

もちろんまだソ連が存在し、南北ベトナムの対立にも言及しているから、時代状況は今とずいぶん違っていて、読みながら奇妙な感じさえする。遅れた国々が独立し、発展を目指すうえで、共産主義に接近することに、強い希望が漂う。
とはいえ著者が現地の人々や、会議に集まってきた各国の作家たちとの交流を通じて、日本のよって立つところを探る真摯な言葉には、一定の普遍性がありそうだ。「デリーにいて、私は自分の視線がぐいぐいと伸びて行くのを感じた。」と著者は書く。

日本はアジアの一員、というのが大前提。といっても、ごくごく片隅の存在であることが、まず強烈に意識される。広大な中国があり、東南アジア、ソ連の一部だった中央アジアの国々があり、中東を経てトルコへ至る。そう思うと今さらながら、いかに文化、宗教の振り幅が大きいことか。現代の日本文化もいくばくかは、そんな悠久のアジア精神に根っこがあるはずだ。
一方で、日本が経験してきた明治維新から戦後に至る欧米文化の受容とか、経済発展とかは、いかにも非連続。アジアと一口に括るには、どこか異質だ。これは単に融通無碍の民族性というべきか、見えないふりをしているけれど、大きな矛盾というべきなのか?

すっきりした結論や主張というのではないけれど、様々な思考を引き出すのが、インドという国の魅力なのか。文化的、社会的混沌が、なにやら深く豊かなものに思えてくる。(2016・7)

February 11, 2016

流(りゅう)

人間ってのはけっきょく、そうやってだれかに守られたり、守ったりして生きていくもんさ

「流」東山彰良著(講談社)

2015年上半期の直木賞受賞作にして、話題の長編を読んだ。北方謙三が「20年に1度の傑作」と評したのもうなずける、スケールの大きい、そして切ない冒険ミステリーだ。傑作。

台北に住む葉秋生(イエ・チョウシェン)が17歳だった1975年、愛すべき祖父・尊麟(ヅゥンリン)が衝撃的に殺害される。成長した秋生はひとり謎を追い、ついには祖父のルーツ中国山東省へ足を踏み入れていく。
「祖父にとって、あの戦争はまだ終わっていなかったのだ。だからこそ後生大事にあのモーゼルを磨きつづけていた。(略)大陸を出たときに止まってしまった祖父の時計は、大陸にガツンと一発お見舞いしてやらないかぎり、ずっと止まったままだったのだ」。賊徒集団と抗日戦争、凄惨な国共内戦、台湾への逃走と本省人との軋轢、言論統制。すぐ近くにあるのに、よくわかっていないアジアの現代史が、骨太に全編を貫く。

そんな歴史を踏まえた謎解きと並行して、台湾版「パッチギ!」と呼びたいような葉秋生のやんちゃな青春が語られ、疾走感いっぱいで、実に魅力的だ。
1960年代から80年代にかけての成長と混沌。悪ガキたちの友情や笑っちゃうほど無鉄砲な喧嘩沙汰、そして幼馴染で気が強い毛毛(マオマオ)との淡い恋がきらきらと眩しい。
まるで少年ジャンプ路線のはちゃめちゃを楽しむうちに、一族を貫く任侠スピリッツが胸に染みてくる。「人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようなのだ」。アイデンティティの不安があるからこそ、圧倒的熱量が説得力を持つ。

印象的なフレーズがたくさんある。若い恋人同士の「わたしと毛毛を包んでいた透明でふわふわの膜がパチンとはじけ、喧騒がどっと流れこんでくる。わたしたちは火傷したみたいに、おたがいの手をふり払った」。危険を冒して中国に渡った際の「わたしは理解しはじめていた。この国は、大きいものはとてつもなく大きく、小さいものはあきれるくらい卑小なのだと」。隣国から観た日本の変遷も興味深い。(2016・2)

January 17, 2015

絶叫

「自分ら、捨てられてんねん。表から見えんようにされ、いないことにされとる、見えざる棄民やねん」

「絶叫」葉真中顕著(光文社)

住宅街の単身者用マンションで、女性の遺体が見つかる。刑事・奥貫綾乃は孤独死した鈴木陽子の人生をたどるうち、驚くべき事実に行きあたる。日本ミステリー文学大賞新人賞作家の受賞後第1作を電子書籍で。

家族離散、ワーキングプアとブラック企業、そして生活保護ビジネス。1973年生まれ、団塊ジュニア世代の平凡な女がどう転落していったのか。社会のひずみを容赦ない筆致で描いていて、迫力がある。
一つひとつは3面記事でよく目にする様相の事件だけれど、罠に落ち込む人には落ち込むなりの経緯があって、たいていの悲惨な事件は、被害者、加害者の境遇が絶望的につながりあっている。特にネット右翼の心理あたりが強烈だ。鈴木陽子の人生の折々に差し挟まれる当時のニュースや流行歌が、リアルさを引き立てる。

と、そんな社会派の側面に気を取られていたら、終盤、ミステリー要素に一気に足をすくわれる。鈴木陽子の人生をたどるうち、共鳴していく奥貫の語り手としての存在が、実に巧妙な仕掛けになっていて、見事だ。
すぐ隣にいるかもしれない人物が抱える、深い闇と哀しい覚悟。正邪が混沌とする社会観と、「6本指の男」など鮮やかに映像が浮かぶエンタメ性とのブレンドは、ちょっと桐野夏生を思わせる。(2015・1)

January 13, 2015

マスカレード・ホテル

「私たちはお客様の幸福を祈っています。でも自分たちが無力であることもわかっています。だからこそ、御出発のお客様には、こう声をおかけするのです。お気をつけて行ってらっしゃいませ、と」

「マスカレード・ホテル」東野圭吾著(集英社文庫)

2011年に単行本が出版された新シリーズの1作目。都内で謎に包まれた連続殺人が勃発。次の犯行現場とわかったのは、一流ホテルのコルテシア東京だった。事件を食い止めるため、新田浩介は刑事らしからぬ、すらっとした外見と英語力をかわれてホテルマンに扮し、現場に潜入する。偽装工作の指導役となったのは、責任感の強い優秀なフロントクラーク、山岸尚美だった。

ホテルが舞台だけど、単なるオムニバスのグランドホテル形式ではない。次々に訪れるいわくありげな客たちの様々なアクシデントと人間模様が、メーンの事件の謎解きに繋がっていく緻密な展開だ。相変わらずのリーダビリティの高さで、短い旅行の間に一気読み。

ミステリーというだけでなく、職場の舞台裏を覗き見るお仕事小説の色彩もある。高級バーやパーティー会場など、ホテルは華やかで大人っぽい場所だけれど、スタッフには利用客のどんな我儘も受け止めるといった、苦労も多い。ホテルでは客は仮面をつけている。彼らの事情を受け止めつつ、どうさばくか。
当初は山岸が説く「サービスの本質」に反発する新田も、徐々にその真意を理解していく。価値観の違う若い主役2人が、仕事を通して互いのプライドを認め合う展開は爽やかだ。

映像化も楽しみ。山岸役は水川あさみ、とかかなあ。(2015・1)

November 28, 2014

「HHhH プラハ、1942年」

この場面も、その前の場面も、いかにもそれらしいが、まったくのフィクションだ。ずっと前に死んでしまって、もう自己弁護もできない人を操り人形のように動かすことほど破廉恥なことがあるだろうか!

「HHhH プラハ、1942年」ローラン・ビネ著(東京創元社)

個人的にチェコ、ドイツを旅した2014年の締めくくりに、本屋大賞翻訳部門の1位を周回遅れで読んだ。歴史小説を書くということ、それ自体を小説にした異色作だ。

描くのは、ナチ高官でチェコ総督代理だったハイドリヒの暗殺事件。暗号のようなHが並ぶタイトルは、「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」の略だ。
「第三帝国で最も危険な男」「金髪の野獣」と呼ばれた人物が、いかにしてできあがったか、チェコ亡命政府のパラシュート部隊員たちは、どのようにこの男の暗殺計画を実行したか。そして市井の支援者たちが、どれほど悲惨な目にあったか。
1972年パリ生まれの著者は、兵役でスロヴァキアに赴任した経験を持つ。チェコの人々や文化へのシンパシーを胸に、現場に足を運んだり史料をコピーしたりして、丹念に史実を掘り起こしていく。

面白いのは歴史の再構成のあいま、ところどころ著者本人が登場して、饒舌に語り出しちゃうこと。恋人に原稿を読ませて欠点を指摘され、大反省したり、登場する車の色といったディテールの真偽にこだわって、イライラしたり。
読者は一緒に事件をたどっていくうちに、著者と一体化する。やがて襲撃が決行されたプラハの曲がり角に連れていかれて、誰もが歴史の「目撃者」となるのだ。終盤、決行シーンの緊迫感が、なんと圧倒的なことか。

380ページの大部が全く苦にならず、力技と評されるのがよくわかる。ゴンクール賞最優秀新人賞受賞作。高橋啓訳。(2014・11)

November 20, 2014

この世で一番おもしろいミクロ経済学

21世紀に入っても、ミクロ経済学の大問題は未だに大問題のままだ。個人にとっての最適化の結果が、集団全体にとってもよい結果になるのはどんな場合?

「この世で一番おもしろいミクロ経済学」ヨラム・バウマン著、グレディ・クライン・イラスト(ダイヤモンド社)

「経済学コメディアン」を自認するワシントン大講師による一般向け解説書。全編いかにもアメリカっぽい漫画なので、お洒落で読みやすい。とはいえ決しておちゃらけではなく、経済学教科書の大定番、マンキューの「10大原理」をカバーしているそうです。
需要・供給曲線から始めるのではなく、意思決定から入って、ゲーム理論の解説をたっぷり、という展開が今っぽい。市場の意味、「多人数の相互作用の総和」というポイントがすっと頭に入る感じだ。お馴染み山形浩生訳。(2014・11)

July 17, 2014

歴史の見方が分かる世界史入門

ウィーン体制の崩壊によって、自由主義とナショナリズムを妨げるものはなくなりました。ヨーロッパ大陸はその実現に向かいます。中でも、新たな国家として自立したのがイタリアとドイツでした。

「歴史の見方がわかる世界史入門」福村国春著(ベレ出版)

大学受験塾で世界史を教える著者が、ルネサンス以降の世界秩序の変遷を平易に紐解く。副題は「いまにつながるヨーロッパ近現代史」。初ドイツ観光のベースとして読んでみた。
ところどころコラム的に「歴史の見方」をはさんで、主要国の国民性や、独裁を生む条件とかを、ざっくり解説。著者がいうように、ヨーロッパは戦争の歴史だということ、人類自体がそうだということがよくわかる。そして性懲りもなく、様々な平和の方策を発明し希求する。それもまた人間なのだろう。(2014・7)

May 14, 2014

「機械との競争」

CEOの報酬と平均的社員の報酬を比べると、一九九〇年は七〇倍だったのが、二〇〇五年には三〇〇倍に跳ね上がっている。エリックはヒーキュン・キムと行った調査で、この飛躍的な伸びはITの浸透と時を同じくしている、と指摘した。

「機械との競争」エリック・ブリニョルフソン、アンドリュー・マカフィー著(日経BP社)

技術進歩が雇用を奪う衝撃の現状と、それを認識したうえで将来を切り開く道筋について、MITスローン・スクールの経済学教授と、デジタル・ビジネス・センター主任リサーチサイエンティストが分析した。電子書籍で。

著者は数多くの先行研究をたどり、スキルの高い労働者と低い者の賃金格差が広がっていることや、スーパースターが富を独占する傾向、その背景にテクノロジーがあることなどを明らかにしていく。イエレンFRB議長の「雇用の質」議論にも通じる。
では人間は機械に隷属するのかというと、そうでもない。一九九七年にチェスの名手がIBMのコンピューター「ディープブルー」に敗れたことは、世界に衝撃をもたらしたが、現在世界最強のプレーヤーはコンピューターではなく、コンピューターを使った人間のチーム。競争に勝つ鍵はマシンを味方につけることだ、との主張だ。

そのために何が必要か。例えば教育。アメリカの教育は停滞し、中間的な労働者は最新技術についていけていない。だからこそ改善の余地があると、あくまで前向きなのがアメリカらしいところ。確かに無償公開の講義ビデオを活用して、お仕着せのカリキュラムは生徒が自宅でこなし、学校では教師と相談しながら「宿題」をする、という逆転の発想は面白い。
さらに知恵の共有。パンは食べ終わったらそれで終わり、でも本なら読み終わって友達に貸すことができる。むしろ読み終わった者同士で話し合えるから、価値が高まる。情報がIT化されれば共有も簡単。仕事を奪うのがデジタルなら、その克服を助けるのもまたデジタルなのだ。村井章子訳。解説は小峰隆夫法政大教授。(2014・5)

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