May 08, 2020

郝景芳短篇集

宇宙エレベーターは空の見えない高みに伸びていた。底部の微弱な揺れが曲線の浮動と化し、空中にねじれた龍の姿を描いた。

「郝景芳(ハオ・ジンファン)短篇集」(郝景芳著)白水社エクス・リブリス

2016年ヒューゴー賞受賞の「北京 折りたたみの都市」を含む、中国人作家によるSF短篇集。視覚的なイメージが独創的、かつスケールが大きくて、読む者をとらえる。
特に「折りたたみの都市」の舞台装置が、強烈で意表を突く。なにしろ首都を三層に分けて日々ローテーションで活動させ、活動していないエリアは物理的に折りたたんんじゃうのだから。映画にこんな特殊効果シーンがあった気がするけど、その上を行く。個人的には「弦の調べ」のほうが好みかな。キリマンジャロの麓に鳴り響くブラームスの調べ、天空に伸びる「5千メートルの竪琴」が共鳴し、やがて制御不能になっていく…。なんと雄大で美しくて、絶望的なことか。

物語には現代社会の不安や矛盾を思わせる設定が多い。格差、技術革新による人間疎外、SNS依存。「弦の調べ」の、謎の「鋼鉄人」が支配する社会の息苦しさなんて、体制ににらまれそうな気がするけど、著者が問答無用のエリートだから許されるのかな。
ハオは1984年天津生まれで、清華大大学院で天体物理学を専攻、博士課程では経済学に転じ、マクロ経済研究のかたわら執筆しているという。才女過ぎ。さりげない引用も、中国のシェイクスピア・湯顕祖の「牡丹亭」、ドイツの思想家ヘルダーリンから、ヘミングウェイまで知的です。

ただ、読後感は意外にロマンティック。頭でっかちな社会問題への怒りというよりも、ありふれた愛情が実は本人も気づかないほど深く、死をも超越していく、といったドラマが心に残る。若い学生がただただ論文の〆切に追い詰められるという、「先延ばし症候群」のような茶目っ気も。及川茜訳。(2020・5)

April 22, 2020

掃除婦のための手引書

クーはバークレーのゴミ捨て場に似ていた。あのゴミ捨て場に行くバスがあればいいのに。ニューメキシコが恋しくなると、二人でよくあそこに行った。殺風景で吹きっさらしで、カモメが砂漠のヨタカみたいに舞っている。どっちを向いても、上を見ても、空がある。

「掃除婦のための手引書ーールシア・ベルリン作品集」ルシア・ベルリン著(講談社)

2019年の話題本をようやく。訳者の岸本佐知子さんが熱烈に惚れ込んでいることは聞きかじっていたけれど、それくらいの予備知識のまま、無防備に引き込まれた。
死後十数年たった2015年にヒットした短編集を底本に、24篇を収録。一つひとつは日常の一コマなんだけど、波乱万丈の実人生を反映して、状況は多彩かつ濃密だ。鉱山町を転々とする流浪の少女時代、暴力と閉塞のテキサス、チリでの裕福な暮らし、4人の子供を抱えたブルカラーのシングルマザー、アル中の泥沼、末期がんの妹と思い出を語り合うメキシコ…
さりげなく繰り出される比喩に、イメージが飛翔して、不意を突かれる。しかも相当悲惨な状況でも、なにやら潔いというか、ドライな手触りが漂うのが新鮮だ。「今までの人生で、”正面ポーチ”でなく”裏のポーチ”にいたことが、はたして何度あっただろう?」と悔いておいて、「無意味な問だ」と切って捨てる。それが人生。
たくさんの間違いを引き受けていくこと。ヘビーでタフな、アメリカ。電子書籍で。(2020.4)  

January 05, 2020

世界史としての日本史

日中戦争も含めて大東亜戦争という名前で括って、日本を主人公にした物語にしてしまっているけど、そうではなくて、第二次世界大戦という大きな舞台のなかの太平洋部門なんです。そういう見方をしたときに、真珠湾攻撃はどう解釈されるのか

「世界史としての日本史」半藤一利、出口治明著(小学館)

卓越した歴史の語り手である半藤氏と、『「全世界史」講義』などの教養人、出口氏による魅力的な対談録。タイミングは2016年の春ごろだそうだ。
明治維新から対ISまで、様々な事象の背景を、欧米の事情やら相対的な力関係やら、リアルな「国際的立ち位置」から読み解いていく。博覧強記はもちろんのこと、半藤氏からは編集者時代の吉田茂インタビューの逸話なども飛び出して、刺激的。

「世界史のなかの日本を知るためのブックガイド」の章では、「白水社、上下巻」とか「草思社、3巻」とか、まあ歯ごたえありそうな文献が後から後から。半藤氏が「非常な大作で、しかも古本でしか全巻は手に入らないので、ちょっと読者の皆さんにすすめるのはどうかと」とためらえば、出口氏がすかさず「本気で勉強しようと思ったら、これぐらいは読んでほしい」と突っ込む。

国の進路を誤らないためには、広く知恵、教養が必須だ、だから手間ひまかけて発信しているのだ、という強い危機感が伝わってくる。メディアが数字・ファクト・ロジックで全体像を丁寧に語るべき、という指摘も切実だ。電子書籍で。(2020・1)

June 01, 2019

マスカレード・イブ

あたしがあの映画が好きなのは、そんな人生のごった煮みたいなものを、毎日変わらず受け入れているホテルっていう場所に憧れを抱くからなんです

「マスカレード・イブ」東野圭吾著(集英社文庫)

2011年に単行本が出た「マスカレード・ホテル」の前日談だ。入社4年ながら優秀なフロントクラーク・山岸尚美、そしてやはり新米の刑事・新田浩介をそれぞれ主人公とする短編3作に、表題となっている書き下ろし中編を加えて2014年に文庫化。表題作では新田の殺人事件捜査に、はからずも尚美が協力することになる。もっとも今作では互いに名前も知らないまま。のちに新田が偶然ホテルに潜入して出会う、というわけ。心憎いなあ。
どれも謎解きは楽しいのだが、特に「仮面と覆面」が凝っている。人気覆面作家が新作のため、ホテルに缶詰になる設定で、「ホテルの客はみな仮面をつけている」というシリーズのコンセプトを、さらに2重にした。オタクのファンが、作家にひと目会おうと押しかけてくるあたり、もしかして著者の身の回りの出来事かな、と想像するのも一興だ。
キャラクターでは、所轄生活安全課の穂積理沙が魅力的。学生に聞き込みして、「年下のボーイフレンドってのも悪くないな」とのたまったりして、とってもマイペース。切れ者で、ちょっといけすかない新田を、見事にあきれさせちゃう。
シリーズは2019年に、木村拓哉主演で映画化。未見だけど、新田のイメージはもうちょっと若くて、シャープな杉野遥亮とかかなあ。(2019・6)

 

May 25, 2019

平成の終焉

ともに膝をつき、一人ひとりに向かって語りかける「平成流」と呼ばれるスタイルは、美智子妃が主導する形で、昭和期の行啓のなかにすでに芽生えていたのです。

「平成の終焉ーー退位と天皇・皇后」原武史著(岩波新書)

新元号や退位・即位のイベントで、なんだか明るい気分になっている2019年。そのことにケチをつける気は毛頭ないんだけど、ちょっと冷静になってみると… 毎日出版文化賞の「大正天皇」、司馬遼太郎賞の「昭和天皇」などで知られる研究者が、「平成」の意味を問う話題作だ。

まず2016年に、天皇みずから退位の意向を、一般に向かって直接語った「おことば」を分析。それがいかに異例なものだったか、ということ、さらに、実は誰もよくわかっていなさそうな「象徴」をどう定義しているか、を読み取っていく。
祈り=宮中祭祀と並んで、重要な務めと自認していたのは「行幸」だと喝破。そこから皇太子時代の地方訪問について、平成につながる要素を解き明かしていく。
なにしろ公式資料が十分でないので、地方紙の報道を丹念に追って、一回一回の訪問の内容を掘り起こしていく。その労作から導かれる「人々に近づき、語りかける」スタイルがすでに昭和期からみられ、背景に美智子妃のカトリックの教養がありそうだ、という分析には驚かされる。

天皇は恋愛結婚という選択に始まり、天皇家の家族観を革新。憧れと同時にバッシングに遭ったり、右派の揺り戻し「提灯奉迎」を受けたりしながらも、直実に独自の「象徴」を形作ってきた。粘り強さに改めて感嘆するし、それほどに、過去の天皇の苦悩が深かったのかもしれない、と思う。また、行幸での触れ合いがたとえ何ら目の前の問題を解決しなくても、忘れられがちな人々に対して、ただ「忘れていないよ」というメッセージを届けるのなら、それはまさに、統合の象徴という仕事であり、この分断の時代に、貴重な意味をもつように感じる。

そのうえでやはり、こうした象徴の定義は本来、主権者一人ひとり、あるいはその代行者である国会が議論すべきもの、という指摘には、うなずかずにいられない。盛り上がる令和お祝いムードに、全く罪はないのだけど、ムードから「政治利用」への距離は、本当にほんの一歩だ。代替わりによる皇室のキャラクターの変化も、未知数、かつ不可避なのだろうから。(2019・5)

December 28, 2018

1964東京五輪聖火空輸作戦

今日びの殺伐とした状況を考えると、「たかが火一本」を運んでくることに大勢の人々が一喜一憂し、持ち込む側も特別な意図を持たず、迎える国々も諸手を挙げて大歓迎するという光景は、まことに驚くべきことに思える。

「1964東京五輪聖火空輸作戦」夫馬信一著(原書房)
2020年の東京五輪までいよいよ1年半。前の五輪を振り返る良書は数あれど、聖火の空輸のみに絞ったノンフィクションというのは異色ではないだろうか。物流関連の業界紙記者といった経歴をもつ著者ならではの、マニアな内容だ。実際、読んでみると、知らなかったエピソードがたくさん。なによりメールもネットも無い時代に、ギリシャを発って約20日間、12都市に立ち寄り、いちいち歓迎式典やリレーを実施しつつ極東へ至るという、国外リレーの構想自体がなんとも気宇壮大だ。
2008年北京オリンピックで、5大陸130日間のリレーが各地で抗議行動を引き起こし、IOCが主催国外でのリレーを禁じたということも、初めて知った。敗戦から20年もたたない国が、戦後一気に発達した航空という手段を駆使して、ユーラシアでのリレーを敢行した事実が、今振り返ってもいかに画期的だったか。
当事者はもう亡くなっているかたが多いから、著者は当時の新聞記事や社内報や議事録などを丹念に掘り起こし、わからないことはわからないと率直に綴っている。遺族の協力で、私物の写真やら晩餐会の招待状やら貴重な資料の写真もぎっしり。図版は330点以上、いやー、近頃の紙の本は重いです。
そうして描き出されるプロジェクトの過程は、まさに紆余曲折だ。50数年前の国際情勢や、日本が置かれた位置というものを思い知らされる。
1961年には日産自動車のバックアップで、陸路踏査という無茶なプロジェクトが敢行されたが、ソ連の受け入れ拒否だの、ガンジス川氾濫だの、反政府ゲリラだのに直面する。空路以外にない、との結論に至ってからも、機種選定などが難航。暗黙のうちに、日本航空界の復活を象徴する初の国産中型機YS-11への期待が高まり、開発の遅れでいったん国外での起用は消滅したものの、ぎりぎりラストスパートで国内リレーに滑り込む。まさにドラマです。
本番の「国外ゴール」「国内スタート」は、復帰10年前の沖縄。米国統治下でも日本体育協会に加盟していたんですね。その展開がまた、ハラハラドキドキと同時に、何か複雑な思いを抱かせる。米国との調整など苦労を重ねて準備したのに、直前の香港を台風が直撃し、沖縄でのリレー実施が危ぶまれる事態となるのだ。史上初のアジア、しかも敗戦国日本で開催する五輪がはらんでいた、現代史の重み。
五輪ではリレー空輸だけとっても、今では無名といっていい、大勢の関係者が奮闘した。空輸派遣団の中心人物が、過労から本番中に左目を失明するという衝撃の事実も。いくらでも大仰な感動物語にできそうだけど、著者はむしろ淡々と、しかし温かい目線で描いている。個性的なつわものたちと、地道な現場力。ありがちなBGMを鳴らさず、装飾を抑制したマニアっぽい筆致が好ましい。
五輪というイベントが内外の政治や紛争や、巨額のマネーが動くビジネスに彩られていることを、誰もが知っている。ただ感動してはいられない。それでも何故か、希望を感じさせる。不思議だなあ。航空技術監修は東大教授の鈴木真二。(2018・12)

September 01, 2018

おれは非情勤

おまえたちは、もっとスケールの大きいことを考えろ。

「おれは非情勤」東野圭吾著(集英社文庫)
積読消化の続き。当代随一のヒットメーカーが、「秘密」(1998年)で大ブレイク前に、小学生向け雑誌に連載した学園ものだ。軽いタッチだけど、決して子供だましではないのがさすが。
主人公はミステリ作家を目指し、食い扶持のため非常勤講師をしている「おれ」。小学校を渡り歩きつつ、遭遇する事件の謎を解いていく。ごくクールで西部劇風なキャラ設定ながら、ラストで悩みを抱える生徒に一言、先生らしいことを言ったりするのが心憎い。
ミステリとしては暗号をキーにしていて、安定感があります。小5の「竜太」が主人公の2編を加えた8連作。(2018・8)

August 07, 2018

この落語家を聴け!

「落語ブーム」という言葉には、もう用は無い。落語は常にそこにある。ただ「客が呼べる噺家がいるかどうか」だけの問題だ。

「この落語家を聴け!」広瀬和生著(アスペクト)
自宅の積読の山から、2008年の話題本を今更ながら。この時点の「いま、観ておきたい噺家51人」の紹介なので、立川談志、柳家喜多八が登場するのがなんとも切ない。しかし2007年「ほぼ日寄席」の立川志の輔あたりから落語を面白いと思い、談春、市馬、喬太郎…と聴いてきた軽めのファンとしては、いわば歴史の証言を面白く読んだ。
先日の落語会で、後ろの席の観客が前方に金髪の男性を見つけ、噂していたのがまさに著者。本業はハードロック・ヘビメタ雑誌の編集長だけど、落語評論家としても本書でブレイク、今や落語会のプロデュースも手がけているという。ほぼ毎日高座に接し、DVDなども細かくチェックしているらしく、そのマニアックな知識量に圧倒される。とはいえ落語を今の時代に生きる、開かれたエンタテインメントとする主張には、多くの人が共感するはずだ。
本書では演者一人ひとりの持つキャラクター、技術、何よりギャグや演出の工夫による独自性を高く評価し、熱く語っている。登場する噺家たちが、その後も着実に進化し続け、さらには一之輔ら新たな真打、二つ目にも人気者が現れている落語シーン。本書の予言がしっかり実現しているといえそう。
個人的は、未体験の噺家さんや演目も盛りだくさん。お楽しみはこれからだ。(2018・8)

March 24, 2018

世界をまどわせた地図

最終的にこの島が存在しないことが確認されたのは2012年11月で、最初の「目撃」から実に136年もの時間が経っていた(グーグルマップの登場から数えても丸7年が経っていた)。

「世界をまどわせた地図」エドワード・ブルック=ヒッチング著(日経ナショナルジオグラフィック社)

ネット書店から届いてみて、重さにびっくり。上質な紙を使い、B5判250ページに、数世紀にわたる美しい地図の図版が、ぎっしり詰め込まれている。それが揃いも揃って、誤解と幻想が生んだデタラメな地形なのだから、面白くないわけがない。

著者はロンドンの古地図愛好家。聞いただけで、いかにも凝り性な印象だ。期待に違わず、博覧強記ぶりがもの凄い。かつて堂々と地図に記されたものの、今は存在しないとわかっている島やら海峡やら山脈やらを、1項目2~4ページのハイスピードでどんどん紹介していく。
しかもABC順なので、年代や場所はランダムだ。実は本物の地形に詳しくない地域が少なくなく、時として解説は物足りないけれど、次々現れる虚偽の地図を眺めるうち、人間の夢見る力と愚かさとに圧倒される。

初めてお目にかかる「幻島」という単語が、頻繁に登場。大航海時代、西欧の船乗りたちが不確かな島かげの情報をもたらし、後続の冒険航海を引き起こしていく。それは利権と名声を求め、次の航海の資金集めを目論んだ、たちの悪いフェイクだったこともある。あるいは何日も何日も大海原をいく辛い旅程のなかで、陸地を見たいという切実な願いがもたらした、蜃気楼だったこともある。
真実が明らかになってしまえば、荒唐無稽としかいいようがない。だが未知の世界を思い描く人の営みは、今も変わらず、テクノロジーや社会を動かしているはずだ。「発見」した土地で先住民をひどい目に遭わせたといった、負の歴史も語られている。古地図から見えてくる物語の、なんと分厚いことか。

慣用句「リヴィングストン博士でいらっしゃいますか?(Dr. Livingstone, I presume?)」の語源など、ドラマチックなネタが満載。労作の訳は関谷冬華、日本語版監修は地理教育が専門の井田仁康筑波大教授。(2018・3)

August 01, 2017

リアル・キューバ音楽

キューバのミュージシャンは、経済が苦しくて食事が十分でなくても、次の仕事が詰まっていても、明日の朝が早くても、演奏するとなったら技術も体力も、持っているものを全身全霊ですべて出し切って余力を残しません。

「リアル・キューバ音楽」ペドロ・バージェ、大金とおる著(ヤマハミュージックメディア)

1955年ハバマ生まれのサックス奏者ペドロ・アントニオ・バージェ・モレリオが、自らのミュージシャンとしての半生と、キューバ音楽の聴きどころ、音楽界事情を語りおろす。楽天的な気質と、音楽に対する情熱が溢れ、行間からリズムが響いてくるかのようだ。

ペドロは本書の訳者、吉野ゆき子と結婚して、1999年から日本で活動している。1994年に初来日したときは渋谷の雑踏を観て「フィデルが毎日、演説しているのか?」と驚いたとか、天真爛漫なエピソードがたっぷり。
一方で音楽に関する語りは深い。社会主義のキューバではミュージシャンはたいてい、音楽学校でクラシックの基礎を学んでいる。そのうえでアフリカ文化、ラテン文化、ジャズが入り混じった独特の音楽を作り出す。聴衆も音楽のジャンルには全くこだわらないけれど、演奏の実力、なにより「サポール(深い味わい)」の有無については、厳しい耳を持つという。
キューバ音楽のぐいぐい前進するリズム、盛り上がる曲の構成は、ニューヨークあたりのラテン音楽はもちろん、プエルト・リコやドミニカとも違う、と力説。ブラジルのサンバなどとキューバのソンやサルサのリズムの違いまで、譜面を示して解説している。世界でも珍しい、貧しくも豊かな国を作ってきた原動力は、「楽しむ」感覚であり、その象徴の一つが街に溢れる音楽とダンスなのだ、という言葉が印象的だ。

インタビュアーの大金も都内のライブハウスなどで演奏するミュージシャン。2009年の単行本の文庫化。(2017・8)

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