日本の絵本100年100人100冊
ページをめくると、幼い読者とひとつになって歌い、踊り、弾けて笑う絵本たち。色、形、音、感情などが分化する前の赤ん坊の共感覚にシンクロするのではないだろうか。
「日本の絵本100年100人100冊」広松由希子著(玉川大学出版部)
ずっしり大判、7700円にちょっとひるんだけど、その価値は十二分にある。1912年から2014年まで、日本の絵本作家100人の珠玉の1冊を紹介。楽しく引き込まれて、ずずいと奥の深い絵本宇宙を堪能する。
それぞれの表紙や見開きのビジュアルが、なにより魅力的だ。文字のフォント、レイアウトや装丁まで、絵本という芸術がなんと多彩で、パワフルなことか。
それを分析・表現する著者の力量も圧巻。竹久夢二「どんたく繪本1」(1923)では「素朴な造りの16ページのサイレントブックを開いては「子どもも大人も作者自身も、マッチ売りのような夢を繰り返し灯したことだろう」。酒井駒子「金曜日の砂糖ちゃん」(2003)では「懐かしく、さびしく、恐ろしく、あたたかく、官能的な黒が、見る人それぞれの思いを吸収する」。うなるしかない。
1冊ごとの短い解説のなかで、作家の軌跡や時代背景もさらりと伝えている。戦後の焼け野原で栄養失調で亡くなった作家がいたこと、1956年創刊「こどものとも」の初代編集長・松居直が開いた地平、「ガロ」でデビューし「朝日ジャーナル」で連載してい佐々木マキが「やっぱりおおかみ」(1973)で吐いた鮮烈な「け」、美しい谷内こうたや社会性が強烈な長谷川集平らによって70年代に絵本ブームがあったこと、やがて商業デザイナーがCGを導入し、日本の作家が海外で評価を得て逆輸入され始めたこと。
登場する作家たちはまさに、きら星のごとくだ。茂田井武、柳原良平、木村(山脇)百合子「ぐりとくら」、宇野亜喜良、岩崎(いわさき)ちひろ、谷川俊太郎文の「かがくのとも」、安野光雅、和田誠、五味太郎、網野善彦文の「歴史を旅する絵本」、佐野洋子「うまれてきた子ども」、大竹伸朗、100%ORANGE、荒井良二…。世代を超えてインスピレーションが受け継がれていくのも感慨深い。夭折の異端画家・山中春雄から長新太へ、アートディレクター堀内誠一からスズキコージへ、長新太から荒井良二へ。
驚くのは、著者の本棚をもとに選書しているという点だ。だから1冊1冊に、自分の子ども時代、娘さんの子ども時代の実感がこもって説得力をもつ。東君平「びりびり」(1964)では小学生のとき隣に住んでいた祖父がくれた新聞の切り抜きに、「切り絵のカットと合わせて、そのささやかでユーモラスな童話を読むと、あたたかかくてさびしい、笑いたいのか泣きたいのか、心もとない気持ちになったことを思い出す」。スズキコージ「サルビルサ」(1991)では「娘のファーストブック(最初の愛読書)が、スズキコージの『エンソくん きかんしゃにのる』だったことに、私は少なからずショックを受けた。興奮してカボチャの離乳食を羊の駅弁のページになすりつけたこともあり、読んでいるのか食べているのか、絵本だか自分だか見境ないような没入ぶり」。ブラチスラバ世界絵本原画展(BIB)2017で日本人初の国際審査委員長を務めたというのも、むべなるかな。感服。(2022.9)