「井上ひさし」を読む
井上構想によれば、まず劇場の前に飲み屋街を作る。そして、そこで五〇人の未亡人を雇う。(略)芝居を観終わった後は、未亡人たちが経営するその五〇軒の飲み屋さんで必ず飲むようにするーー。今は「未亡人」ではなく、「寡婦」と言いますね。
「『井上ひさし』をよむ 人生を肯定するまなざし」小森陽一、成田龍一編著(集英社新書)
2010年急逝した作家・劇作家の作品と「趣向」を読み解く座談会6編。誰もが井上ひさしが生きていたら、と思った2011年から、「すばる」で断続的に掲載したものだ。
個人的な井上ひさし体験は、そう豊富ではないのだけれど、震災の年に観た「たいこどんどん」や2018年の「夢の裂け目」に、感銘を受けてきた。その背景を知りたくて、手にとった。
日本近代文学、近現代日本史の研究者2人がホストとなり、大江健三郎や西武劇場オーナーとしての辻井喬ら、豪華メンバーが参加。それぞれが思い入れたっぷりに井上ひさしの魅力を語る。これだけの人物たちを引きつけてやまないことが、まず圧倒的だ。
その魅力の中身というと、実に広範囲。歴史をとらえるシビアな姿勢から、愚かな人間への温かい視線、猥雑で目の前の人を喜ばさずにはいられないサービス精神まで、企みに満ちている。情報量が多くて、まあ、一筋縄ではいかないということが、よくわかりました…
井上ひさし初心者として新鮮だったのは、平田オリザを招いた鼎談。新書化にあたって2019年、語りおろしたという。1993年の日本劇作家協会設立時に、新劇でもアングラでもない井上を初代会長に引っ張り出した経緯だとか、井上が生前語っていた劇場の公共性、「広場」の役割に関する構想とか、いわば社会と劇作家の接点に触れている。
遅筆のあまり、舞台現場に大変な苦労をさせたことで知られる井上。それでも晩年、戯曲が上演されて生き続けることに力を入れていた、という逸話も印象的だ。浅草で鍛えられた、一期一会の創造性。巻末には「組曲虐殺」初演時の2009年、作家自ら参加した座談会も収録。井上ひさしの作品世界、まだまだ勉強したいです。(2021.1)