April 30, 2017

すべての見えない光

目を開けて、と男は最後に言う。その目が永遠に閉じてしまう前に、できるかぎりのものを見ておくんだ。そして、ピアノの音が流れ、さびしげな曲が奏でられる。ヴェルナーには、暗い川を旅していく黄金の船――ツォルフェアアインの姿を変える和音の旅路のように思える――

「すべての見えない光」アンソニー・ドーア著(新潮クレスト・ブックス)

1973年オハイオ州生まれの作家による、2015年ピュリツアー賞受賞作。昨年、大評判だった小説を読む。178もの短い断章で構成され、そのひとつひとつが美しく、しんと心に残る。500ページを超す長編が全く長く感じられず、むしろ、いつまでも読み終わりたくない。文句なしの名作だ。読みやすい訳は同志社大准教授の藤井光。

状況は過酷だ。1944年8月、ブルターニュ沿岸。要塞都市サン・マロの包囲戦で、少年と少女がめぐりあう。奇跡のような1日に至る、それぞれがたどってきた厳しい日々とその後が、交互に描かれていく。

まずもって、幼い2人が健気過ぎ。少女マリー=ロールはパリ国立自然史博物館の律儀な錠前主任の娘で、6歳で視力を失ってしまう。ナチ占領下の辛い暮らしに耐えながら、周囲の人、そして海辺のちっぽけな生物たちを愛する。
一方の少年ヴェルナーは、独エッセン州・炭鉱町の孤児。雪のように白い髪と、天性の工学の才をもつ。非人間的なナチ寄宿校や酸鼻を極める戦場を彷徨しつつ、知への憧れと純な友情を胸に灯し続ける。なんという愛おしさだろう。

2人の運命にからむ宝物のロマンとサスペンスもさることながら、物語にぐいぐい引き込んでいくのは、散りばめられたイメージの引力だ。油断して読んでいると、不意打ちのようにフレーズがきらめいて、響きあう。例えば占領下の、明かりの消えた息苦しい夜。「まるで町が、未知の言語の本がおさめられた図書館になったかのようだ」。
闇、深海を行く古典冒険小説、ヴェルディの旋律、街の模型、鍵。そして時空を超えて想いを結びつける、微かなラジオの声。人の記憶というものの、なんと切なく強靭なことか。日本版の柔らかな表紙は、ロバート・キャパの写真だそうです。(2017・4)

September 27, 2015

短編集 赤い糸

「饅頭でも食え。とは冴えないセリフの大喜利だなあ」
「殿、せめての上のご分別」
「馬鹿っ口、飛ばすぜ」

「短編集 赤い糸」出久根達郎著(三月書房)

小型愛蔵本シリーズの2冊目。文芸誌やアンソロジー収蔵の短編に、書き下ろしを追加している。

江戸や大井川の渡しを舞台にした庶民の暮らし、そしてエイプリルフールにまつわる勝海舟邸での出来事が題材だ。
いつものきめ細やかな喜怒哀楽、大人っぽいほろ苦さ。さらには、ちょっとした会話の描写が味わい深い。あまり現代では耳にしない洒落や言葉遊びに、粋なリズムが宿る。(2015・9)

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May 29, 2015

僕と演劇と夢の遊眠社

このときの教訓は、大勢の中でも自分の立場を見失ってはいけないということ。それぞれの人がたとえ良い人ではあっても、それぞれの事情があって動いている。そのそれぞれの事情に引っ張られていては、本当は自分が何をしたかったかも忘れてしまう。自分がよって立つ集団との有機的な関係を保ち続けること。失敗しても立ち直りを早くして関係回復に努めること。

「僕と演劇と夢の遊眠社」高萩宏著(日本経済新聞出版社)

ひとりの天才・野田秀樹を擁して80年代、小劇場演劇を社会現象にまでした辣腕プロデューサーが、その軌跡を振り返る。

語っているのは主に1979年、洋書の営業マンをしていた高萩が出戻りの形で劇団の制作を引き受けてから、退団する89年まで。その間に、知る人ぞ知る存在に過ぎなかった学生アマチュア出身の集団は、大躍進を遂げる。国家的イベントのつくば科学万博に参加し、代々木第一体育館で1日に2万人以上を動員する伝説のイベントをうち、さらに海外へと飛躍していくのだ。

この経緯は日本の演劇史の一断面そのものであると同時に、バブル景気という経済現象の数少ないプラスの側面とも言える。社会全体がゆとりを得たことで、新しく面白い若者文化が注目され、そこに企業が競ってカネを出した時代。過剰な昂揚感やそれゆえの歪みもあったけれど、もしかしたら江戸・元禄から続く「ジャパンクール」の、ひとつの発露だったかもしれない。

時代の証言と同時に、この本はもう一つの側面を持つ。それはひとりの職業人の体験談だ。著者はビジネスとしては前例の乏しいジャンルで、次々と危機に直面しながら、必死で仕事の技法を切り開く。
夢の遊眠社関連では、北村明子の「だから演劇は面白い!」も秀逸。こちらは俳優たちをマネジメントし、より高みへと引っ張っていくのだ、という著者の一貫した信念を感じさせた。北村と比べ、高萩の場合はすべてが手探りで、迷いも多い。
大きい会場を押さえたのにチケットがさばけない、作家・演出家としても俳優としても大黒柱である野田が公演中に事故に遭う、演出プランや収支が思うように運ばない、さらには劇団内部に隙間風が吹く…。まさに読んでいるほうが胃が痛くなるような状況の連続なのだが、だからこそ、一つひとつの窮地を乗り越えるごとに、著者が吐露する気構えがストレートに胸に響く。結局は自分の役割をどう認識し、向き合うか。もちろん劇団という特殊なタレント集団でのケースだけれど、どんな仕事にも通じるところがある。

決して達成感だけでないものも共有したであろう野田と高萩が、20年の歳月を経て、同じ東京芸術劇場の運営に関わり、2014年には「小指の思い出」や「半神」を上演したりするという成り行きが感慨深い。2007年から2008年の雑誌連載を加筆改稿。(2015・5)

April 26, 2015

酔ひもせず

『驚くことはない。俺の画は、動くんだ』
あの人は、そう言った。冗談とも、本気ともとれない物言いで。

「酔ひもせず  其角と一蝶」田牧大和著(光文社)

宝井其角と多賀朝湖(のちの英一蝶)という芸術家同士の友情を軸にした、元禄ミステリー。吉原で屏風に描かれた仔犬が動く、という噂が広がり、動くのを観た遊女たちが次々姿を消す事件が起きて、2人が解決に乗り出す。
遊女の悲恋をめぐる謎解きと並行して、狩野派風町絵師として活躍する朝湖が、何故か幇間としても働いている訳や、のちに一蝶と名乗るようになった背景を解き明かしていく。

著者にはやはり、歴史上の人物が生き生きと活躍する快作がある。遠山景元(金四郎)、水野忠邦、鳥居耀蔵が登場する「三悪人」だ。今回も期待を裏切らず、主人公たちの造形が魅力的。
朝湖がまず、格好いい。飄々とした風流人だけど、胸に反骨精神を秘めていて、相手が武士でも全く物おじしないのだ。其角と朝湖のコンビ談は、講談「浅妻船」で聴いたことがあり、その講談の設定では、朝湖は時の権力者・綱吉を痛烈に風刺したため、流罪の憂き目に遭っちゃう。そんなイメージに、本作の朝湖もしっくりくる。
そして年下の親友、其角。達観した印象の朝湖に比べ、心持ちが不安定で繊細で、いかにも芸術家らしい。蕉門第一の門弟と謳われる才能を持ちながら、周囲に馴染めず、しょっちゅう毒舌を吐いては後悔している。こちらは忠臣蔵ものの講談「大高源吾」にも登場する人気キャラだけど、未熟な感じが、いい。

2人は才能を認めあい、幇間コンビとして吉原に出入りしたり、酒を酌み交わしたりする仲だ。互いが胸に秘めている面倒くさい屈託も、十分に察しているが、親しいからといって土足で踏み込むような真似はせず、微妙な距離を保っている。このわきまえた付き合い方も、時代物の男って感じで心地いいんだなあ。(2015・4)

April 12, 2015

甘いもんでもおひとつ

「子供の頃隠れて食べたおとっつあんの柏餅の懐かしい味がしました」

「甘いもんでもおひとつ  藍千堂菓子噺」田牧大和著(文藝春秋)

売れっ子時代小説家による上菓子屋を舞台にした連作。主人公の兄弟、菓子作りに情熱と独特の閃きを持つ職人の晴太郎と、ビジネスセンスに優れるしっかり者の幸次郎の造形が爽やかだ。

親を亡くし、何故か叔父に実家の菓子司を追われてしまったものの、神田相生町の小さな店で再起。工夫と努力を重ねて、徐々に評判を獲得していく。健気な2人を、実直な職人や可愛い従妹のお糸、砂糖などを卸してくれる薬種問屋の顔役、同心らが、陰に日向に応援する。

叔父との因縁の謎解きや、幸次郎の恋のもつれをベースにしつつ、1話ごとに登場する和菓子の薀蓄が楽しい。例えば柏餅に使う葉は当時、貴重品で、シーズンになると八王子に専門の市がたっていたという。買い付けのため晴太郎は、まる1日かけて神田から八王子まで旅をする。そうしてたどり着いた市の、なんと賑やかなこと。

江戸の豊かな食文化、菓子を楽しむ精神性の一端を知ると共に、桜とか柿といった和菓子のテーマから伝わってくる季節感や美しさが、読む者の心を浮き立たせる。
1話ごとに差し挟んだ扉絵も綺麗だが、それもそのはず、谷中の老舗、菊寿堂いせ辰の千代紙を使うという懲りようだ。カバーには金鍔などの写真をあしらっており、日本橋は榮太樓総本舗の協力によるものだそうです。(2015・4)

April 05, 2015

肥満 梟雄 安禄山の生涯

「この面ではたとえ軍人になろうと、ある地位から上に昇ることは出来ません。失礼ながらこの悲しみ、漢族であるあなた様にはおわかりにならぬ事と思われます」
「禄山、世の中は動いている」

「肥満 梟雄 安禄山の生涯」東郷隆著(HI

8世紀半ば、大帝国・唐衰退の引き金を引いた逆臣の生涯。博識で知られるという作家による、豊富な史料を駆使した400ページの歴史巨編だ。

時代を全速力で駆け抜けるような、安禄山の強烈な人物像がなんとも魅力的。ウズベキスタンの古都サマルカンド出身で、父はイラン系のソグド人、母はトルコ語族・突厥(チュルク、モンゴルの一部)の巫女だった。高い鼻と青い目をもち、6カ国語を操って、若いころはしたたかな商人としてシルクロードで活躍し、富を築く。
軍人に転じてからは、古代ペルシャを起源とするゾロアスター教徒の諜報網と財力を駆使して、節度使(辺境駐在の将軍)を
3カ所兼任するまでにのし上がっていく。
戦闘では何度も、手ひどく敗退する。しかし持ち前の愛嬌、200キロの巨漢という突飛な外見で巧みに権力者の心をとらえ、けた外れの巨額賄賂も駆使して、皇帝・玄宗とその寵妃・楊貴妃に取り入ったのだ。都を支配する漢族のエリート官僚たちからは蛮族とみくだされ、ライバルを蹴落とすべく次々に罠を仕掛けられる。安禄山が彼らに張り合っていくプロセスがまた痛快だ。

そして物語の背景である、大国の歴史のスケールが実感できて強い印象を残す。日本でいえば奈良時代あたりの話だが、 旧満州からチベット、中央アジアにわたる広大なユーラシア大陸の民族、宗教の多様性と、苛烈な軋轢の連鎖がなんとも重い。
同時に宮廷の権力闘争も含めて、人の本性はいつの時代もどんな土地でも、変わらず愚かだなあ、とも思わせる。そんな蓄積こそが、のちのち国際政治でのしたたかさを磨くのかもしれない、とも。

安禄山は晩年、糖尿病がたたって失明し、猜疑心と残虐性にとらわれて蜂起。
恩人である玄宗と楊貴妃を死に追いやってしまうが、自身もあっけない最期を迎える。死後、あまりに巨体で部屋から運び出せず、そのまま宮廷の床下に埋めたというから、とことん凄まじい。
叛徒とあって正規の史書では長く、悪人と決めつけられていたけれど、地元の范陽では愛され続けたのだとか。何かにつけ過剰、極端なファクトがぎっしり詰め込まれている一方で、筆致は意外に淡々としていて、テンポよく読める。(2015・4)


March 26, 2015

本と暮らせば

読書人は、年を取らない。

「本と暮らせば」出久根達郎著(草思社)

大好きな名手のエッセイ集を読む。「日本古書通信」初出が主体で、本にまつわるテーマが多く、著者がさりげなく紹介する知識が楽しい。明治大正の出版社の重版数戦略、昭和初期にパリの日本人が通った「堀部安兵衛」の謎、日本のエイプリルフール事始め…。

内田百閒が昭和4年法政大学にできた航空部の初代会長を務め、この部の学生が羽田の公式の使いはじめとして訪欧飛行を敢行したとか、びっくりの話題が満載だ。アンソロジーを編むための調べもののこぼれ話とか、小説などの解説として執筆した文章もある。そしてさらさらと読むうちに、本というメディアの豊かさ、読書の楽しみを思う。(2015・3)

March 13, 2015

短編集 半分コ

戦争の時代ってのは、花を愛でるような人間が目ざわりなんだよ

「短編集 半分コ」出久根達郎著(三月書房)

文庫サイズで函入り、1961年から続いているという個性的な「小型愛蔵本シリーズ」の一冊。手のひらに収まるサイズと、著者自ら筆をとったパンダの装画がなんとも可愛らしい。

収録作品はみな温かく、同時にどこか苦みを含んでいる。例えば「空襲花」。大学の写真部仲間の男女が、水やりのバイトで深川へ赴く。なんてことない2階建て民家だが、ベランダから屋根にかけて見事な朝顔が生い茂っていた。ちょっと理屈っぽい口論をしていた2人は、可憐な花園から、歴史のうねりに直面した家主の秘めた反骨を知る…。

名もない庶民の暮らしの厳しさや、誰もがいつかは味わう老いの寂しさ。そんな苦みがあるからこそ、しみじみとした余韻を残すのだろう。雑誌や電子文芸誌に掲載された16編を収録。芸術選奨受賞作。(2015・3)

August 30, 2014

文芸誌編集実記

文芸誌を編集するという仕事は概してつまらないものだ。そのことにまつわる雑用や気の使い方があまりにも多いからである。

「文芸編集実記」寺田博著(河出書房新社)

吉本ばななや小川洋子ら人気作家を世に出した文芸の名伯楽が、1960年代の文芸誌編集の現場を振り返る。
著者は中途入社した河出書房新社で1962年、「文藝」の復刊に参加。のち編集長を務めた。回顧録の滑り出しでは、30そこそこの気鋭のエディターとして接した松本清張とか小林秀雄とか、大物たちの素顔を描いている。体験的文学史とでもいえそうな、行間にあふれるドキドキ感が、まず楽しい。

加えてリアルタイムで世に出る雑誌というスタイルは、どうしたって時代と切り結んでいくことになる。ヴェトナム戦争特集、江藤淳・吉本隆明対談、三島由紀夫「英霊の聲」など、いわば社会的事件との関わりを描いたくだりには、リアルな熱気がある。
もちろん編集者はプロデューサーとしての役割も担っているから、活字の大きさ、判型の選択から、1967年の会社更生法申請前後の苦難に至るまで、経営的な決断のエピソードも数多い。出版ビジネスの記録としても貴重だ。

のちに時代小説評論で知られるだけあって、著者の簡潔な筆致は、実に心地よい。淡々とした雰囲気にひたりながら読んでいて、「書き手自身の言葉や資質にそむくような借りものの文章は、結局嘘をつくことになる」といった、さらっとした一文に、はっとさせられる。
個人的に勉強不足のせいで意外だったのは、作家としての若き日の石原慎太郎、それから新聞の文芸評論の存在感が、実に大きかったのだということ。これが文壇というものだったのかなあ。著者と吉本パパとの並々ならぬ付き合いも発見だった。
巻末に87年「文藝」復刊二十五周年記念号での坂本一亀氏との対談を収録。(2014・8)

August 23, 2014

スタンフォード大学で一番人気の経済学入門 マクロ編

長期的に見てもっとも深刻なダメージをもたらしたのは、生産性上昇率の低迷です。
 生産性上昇率が1・5%下がったら、30年間でどれだけの差が出るかを考えてみましょう。
 複利効果を考慮しないで単純に30倍するだけで、45%もの損失になります。

「スタンフォード大学で一番人気の経済学入門 マクロ編」ティモシー・テイラー著(かんき出版)

米有名大の講義で、高い評価を受けているという学者による、経済学入門書を電子書籍で。経済成長、国際収支などおなじみの概念を材料に、経済学の発想で社会を観る目を示す。
特にインフレ率と失業率といった、指標のトレードオフの解説はわかりやすい。長期的な経済成長、自由貿易、財政規律など、オーソドックスな政策目標の意味あいを確認できる。各章に設けた用語解説が丁寧だ。池上彰監訳、高橋璃子訳。(2014・8)

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