May 06, 2023

官邸官僚が本音で語る権力の使い方

経済再生担当大臣だった甘利明さんは、内閣官房の幹部が何人かで出向いたときに、「俺は役人を使いまくる」と言いました。「おまえらを徹底的に使うぞ」と言われて、役人はその言葉に奮い立ったんです。

「官邸官僚が本音で語る権力の使い方」兼原信克、佐々木豊成、蘇我豪、髙見澤將林著(新潮選書)

お馴染み兼原氏の座談会シリーズをさらっと。今回は「官邸一強」と言われた第二次安倍政権で、内閣官房副長官補を務めた財務省、外務省、防衛省の3人と、朝日新聞の政治記者が、官僚が強い総理にどう仕え、どう政策目的を達成するか、を語りあう。2023年3月発刊だけど、座談会を開いたのは2022年7月6日、元総理襲撃の2日前とのこと。
素材は安倍政権に限らず、実際に語り手たちが関わったり、先輩から見聞したりした意思決定のシーンで、危機管理、予算編成、通商交渉など多岐にわたる。官僚は職位の高低ではなく、最高権力者=総理との「距離」がパワーであり、パワーの衝突が仕事を滞らせたりする、といった解説がリアルだ。政治家たちの人物評のほか、あるべき体制についても安全保障局との規模とか、内閣官房と内閣府の切り分けとか、具体的に論じる。
まあ、後半はいつも通り、兼原氏、髙見澤氏が安保を語りまくるわけだけど。なかでもインテリジェンスに力が入っているのが印象的。(2023.5)

September 25, 2022

気候で読み解く人物列伝 日本史編

名君として誉れ高い吉宗の人生に一点の影を落としたのは、梅雨前線による大気の流れに乗って大陸から渡って来るわずか5ミリ以下の小さな虫であった。

「気候で読み解く人物列伝 日本史編」田家康著(日本経済新聞出版)

最近ニュースで耳にして、2011年「世界史を変えた異常気象」で興味深かった独ソ戦と気象の関係を思い出した。同じ著者(副業・気象予報士)による最新刊。今回は日本史上の英傑たち個人に焦点を当て、その運命を左右した気象を読み解く。どれほど怜悧、果断の傑物でも、自然災害や疫病は人知を超えていく。

そもそも1000年以上も前の天気をどうやって知るのか、が興味津々だ。例えば寺社仏閣に残る古文書で、長雨や日照りに際して捧げた祈祷の記録をたどっていくあたり、途方もなく粘り強い探偵のよう。また疫病や飢饉に直面し、国家が食料などを緊急放出(振給)した記録には、いつの時代も為政者に期待されるものは変わらないのだなあ、と思わせる。

本書のもうひとつの柱はもちろん、歴史の解説だ。奈良時代、戦国、江戸とさまざまな時代をとりあげて、その転機を詳しく記述。巻末に並んだ参考文献が、並大抵でない勉強量を思わせる。(2022.9)

July 10, 2022

彩は匂へど

その一門に、面白いお人がおいでとか。聞いた話では、お前様と馬が合いそうな気がいたしんす。

「彩は匂へど」田牧大和著(光文社文庫)

講談などで知られた絵師の暁雲、後の英一蝶と、芭蕉一番弟子の其角との友情を描くシリーズ2冊目。今回は出会いのエピソードで、二人が協力して、深川・芭蕉庵での投げ文騒動を解明する時代ミステリーだ。
琉球の悲劇という主題はひどく悲しく、いつになく全編が沈んでいる。琉歌と俳句を織り交ぜた謎かけも、ちょっと複雑過ぎるかな。とはいえ、才気煥発、失礼千万な若い其角と、その面白さをおおらかに受け止める一蝶の関係性は微笑ましい。(2022.7)

June 26, 2022

自衛隊最高幹部が語る台湾有事

東シナ海のような半閉鎖海で紛争が起きれば、必ず沿岸国を巻き込むのである。

「自衛隊最高幹部が語る台湾有事」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮新書)

シリーズ3冊目は武居・元海上幕僚長がホストとなり、前半でシナリオ別シミュレーションを収録。研究者や議員らが参加して、2021年8月に実施したというが、2022年になって起きたウクライナ侵攻によって、残念ながら、より懸念を呼ぶタイムリーなテーマとなったしまった。
後半はお馴染み、武居のほか岩田・元陸上幕僚長、尾上・元航空自衛隊補給本部長、兼原・元国家安全保障局次長による座談会だ。台湾との連絡経路やサイバー防衛、邦人移送の難しさなど、ずいぶんネタばらしに思えるけれど、その分野ではいずれも常識の範囲なのだろう。
いたずらに危機をあおらず、冷静で前向きな対話の姿勢が重要なのは、いうまでもない。そのうえで、米軍のミサイル持ち込みなど、微妙なところを一部の専門家任せでなく、広く議論しておける土壌が求められる気がする。(2022.6)

 

April 17, 2022

核兵器について、本音で話そう

戦後、核兵器を巡る議論は欧州を中心に展開した。英仏の核武装、ドイツを始めとしたアメリカの同盟国の安全保障、アジアでの米国の同盟網創設、NPT(核兵器不拡散条約)体制の発足など、戦後の主要な外交、安全保障問題にはほとんど核問題が絡んでいた。
 日本は、半世紀近く続いた冷戦の期間中、陸上国境で強大なソ連軍と接していた欧州ほどの軍事的緊張感をついぞ抱かなかった。

「核兵器について、本音で話そう」太田昌克、兼原信克、高見澤將林、番匠幸一郎著(新潮新書)

「令和の国防」に続き、外務官僚で元国家安全保障局次長の兼原信克氏がホストを務める座談会だ。2021年9月の収録だが、刊行が2022年2月となり、ロシアがウクライナの原発を一時占拠する事態が発生。タイムリーな論考となった。
国家安全保障局次長を経てジュネーブ軍縮会議日本政府代表部大使を務める元防衛官僚、元陸将、そして長年核問題をカバーしてきた元共同通信論説委員という顔ぶれ。台湾、北朝鮮やロシアの現状、サイバー・宇宙防衛との関係などを論点に、歴史的な経緯やドイツとの比較、近年のアジアにおける急激な情勢変化を確認していく。
「核シェアリング」とNPT(核兵器不拡散条約)との関係等、議論は必ずしも収束しない。だからこそ、幅広いリテラシーの深化が必要だと、強く思わせる1冊だ。(2022.5)

 

June 13, 2021

令和の国防

アメリカは、一体、インド太平洋地域のどこまでを軍事力を使って守るだろうかというリアリティチェックが必要です。米国の国力は無限ではありません。

「自衛隊最高幹部が語る 令和の国防」岩田清文、武居智久、尾上定正、兼原信克著(新潮選書)

外交官で、2014年新設の国家安全保障局で次長も務めた兼原信克氏が舞台回しを務めた、陸海空の元自衛隊幹部による座談会。2020年6月収録なので、バイデン米大統領の誕生前だし、コロナ禍もまだ半ばではあるが、台湾有事をめぐる危機感など、その後の議論を先取りする部分も多い。

まず歴史と国際情勢を学び、現実を直視して、冷静に分析すべし。そして責任ある立場の者が、責任ある場で逃げずに議論すべし、という論調には、多くの示唆がある。一方で、具体的な人員とか予算とかに話題が及ぶと、自らの組織第一の意識が見え隠れしてきて、胸がざわざわするのは否めない。こういう組織の論理が結局、国家の道を誤らせることになるのでは、と。

巻末には具体的な提言も。まずはこの意味を広く議論できるリテラシーの普及が必要、あまり時間は残されていないのでは、と思えてならない。(2021.6)

March 07, 2021

全世界史

これだけ愚かな人間が、これだけの愚行を繰り返してきたにもかかわらず、人類は今日現在、この地球で生きているのです。それはいつの時代にも人類のたった一つの歴史、つまり五〇〇〇年史から少しは学んだ人がいたからではないでしょうか。今、人類が生きているというこの絶対的な事実からして、僕は人間の社会は信頼に足ると確信しています。

「全世界史 上・下」出口治明著(新潮文庫)

博覧強記の読書家で知られる著者が、文字(史料)誕生から2000年までの5000年史を、1000ページ弱で駆け抜ける。走り書きを元に十数回のレクチャーで組み立てたという。巻末の参考文献の迫力たるや、全体像をつかもうとする知的体力が凄まじい。米中対立とパンデミックという歴史の転換点に立つ今こそ、こうした歴史に学ぶべきという思いを深くする。

紀元前700年代、漢字の力が中華思想を生んだとか、九世紀イスラム黄金時代にバグダードを中心にギリシャ・ローマ古典の大翻訳運動が起こったとか(知識を求めよ、たとえ中国のことであろうともbyムハンマド、人類の二大翻訳のひとつ)、人類を先導した文明というものの重みに恐れ入る。
もちろん人智を超えた事象は多々あって、14世紀の地球寒冷化(食うに困らない温暖化のボーナスが消える)や大陸を渡った疫病などが歴史を大きく動かす。それを踏まえた上で著者は、人類の知恵であるグローバリズムの合理性、貿易とダイバーシティに信をおいていて、これが全編の背骨になっている。
14世紀・明の鎖国や知識人弾圧(朱子学と朱元璋)を痛烈に批判する一方、13世紀モンゴル帝国を率いたクビライの銀の大循環(ユーラシア規模の楽市楽座)を高く評価。魚の塩漬けという発明がハンザ同盟を躍進させるといった発明の成功談は痛快だし、クビライをライバル視していた15世紀・永楽帝の「鄭和の大船団」こそが、大航海と呼ぶにふさわしいといった視点は雄大だ。

グローバル大国が出現した中国やイスラムに比べ、欧州はフランスを軸に、入り組んだ縁戚関係にある王室同士が争いに明け暮れていて、その覇権は19世紀と、ごく最近のことに思える。近代に入ってからは、世界のGDPシェアの比較がわかりやすい。
同時に不毛な闘いの歴史が、敵の敵は味方といった戦略眼を養い、欧州を大人にしたと言えるのかも。大人という点では、ルーズベルトが二次大戦参戦前から明確に、民主主義と戦後世界をリードする意思をもっていたことは特筆すべきだろう。(2021・2)


October 31, 2020

君、それはおもしろい はやくやりたまえ

一生懸命やる気も湧いてこないだろう。しかし君が全力を尽くして頑張る場所は、まさに今、君がいる病院である。

「君、それはおもしろい はやくやりたまえ」龍野勝彦著(日経BP社)

薫陶を受けた医師が著した、心臓外科医・榊原仟(しげる、1910〜79)の語録。知人とのつながりもあって読んでみた。1949年の現・東京女子医大を振り出しに、人工心肺など先端医学を切り開き、初代の筑波大副学長などを経て、晩年に榊原記念病院を開院した人物。
心酔する著者の絶賛は当然として、素人には医師や指導者としての評価は正直、はかりかねる。かなり個性的で、合わない人とは徹底的に合わなかったろう、と推測するけれども、信念に基づく様々な挑戦の逸話は痛快だ。例えば、病院設立にあたってホンダの技術リームを招いて、ワークフローとレイアウトを効率的にしちゃう。医学の専門性に閉じこもらない、自在で合理的な発想。
毎週金曜の早朝に集会を開いて、若い医師の拙いアイデアもどんどん評価。その日の夕方には早速「あれはどうなりましたか」と聞いたりして、その気にさせたという。
ユニークなチャレンジを応援したのは、当時の財界の大物たち。しかもアポをとると、1回目は面白い話だけして、佳境に入ったところで辞去してしまい、2回めで続きを話して、寄付を依頼したとか。それだけ人を引きつけるコンテンツを持っていたわけで、見習いたいものです。(2020・10)

January 05, 2020

世界史としての日本史

日中戦争も含めて大東亜戦争という名前で括って、日本を主人公にした物語にしてしまっているけど、そうではなくて、第二次世界大戦という大きな舞台のなかの太平洋部門なんです。そういう見方をしたときに、真珠湾攻撃はどう解釈されるのか

「世界史としての日本史」半藤一利、出口治明著(小学館)

卓越した歴史の語り手である半藤氏と、『「全世界史」講義』などの教養人、出口氏による魅力的な対談録。タイミングは2016年の春ごろだそうだ。
明治維新から対ISまで、様々な事象の背景を、欧米の事情やら相対的な力関係やら、リアルな「国際的立ち位置」から読み解いていく。博覧強記はもちろんのこと、半藤氏からは編集者時代の吉田茂インタビューの逸話なども飛び出して、刺激的。

「世界史のなかの日本を知るためのブックガイド」の章では、「白水社、上下巻」とか「草思社、3巻」とか、まあ歯ごたえありそうな文献が後から後から。半藤氏が「非常な大作で、しかも古本でしか全巻は手に入らないので、ちょっと読者の皆さんにすすめるのはどうかと」とためらえば、出口氏がすかさず「本気で勉強しようと思ったら、これぐらいは読んでほしい」と突っ込む。

国の進路を誤らないためには、広く知恵、教養が必須だ、だから手間ひまかけて発信しているのだ、という強い危機感が伝わってくる。メディアが数字・ファクト・ロジックで全体像を丁寧に語るべき、という指摘も切実だ。電子書籍で。(2020・1)

August 17, 2019

ケルト 再生の思想

「生と死」や「あの世とこの世」、「光と闇」は二項対立なのではなく、常緑の「循環」する生命のサーキュレーションとしてあることを、「サウィン」というケルトの伝統は、教えてくれる。

「ケルト 再生の思想ーーハロウィンからの生命循環」鶴岡真弓著(ちくま新書)

2019年のアイルランドシリーズの仕上げは、ケルトの解説。かつて東欧に発して、欧州を席巻したケルト文化は世界をどう見ていたのか。近年すっかり渋谷の騒ぎが有名になってしまった「ハロウィン」の起源、「サウィン(万霊節)」から説き起こし、4つの祭日を通して綴っていく。
繰り返されるのは厳しい自然の受容や、農耕牧畜を営むうえでの知恵、そして生命の循環というイメージ。四季に生き、心に八百万の神をもつ日本人にとっては、理屈抜きに馴染める感覚だ。
著者はケルト芸術文化史・美術文明史の研究者だけど、極めて情緒豊かに、その普遍性を説いている。強靭ななキリスト教や、理性に立脚する近代思想が主流となっても、ケルトの思想はそれらと融合しつつ、通奏低音をなしている、という見方だ。ハイライトは終盤に触れている「ケルズの書」。9世紀初頭、アイルランド北東部の修道院で完成した福音書写本は、豊かな色彩と文様で、生き生きと再生のパワーを伝えているという。んー、まだまだ奥が深そうです… (2019・8)

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