January 04, 2026

「紀国の徳人」と「布衣の農相」

前田は答えた。「国家は自分だよ」
高橋が驚いた。「自分って……」

「『紀国の徳人』と『布衣の農相』」出久根達郎著(藤吾堂出版)

坂本龍馬、勝海舟、渋沢栄一… 私たちは大河ドラマなどで、明治日本を作り上げたヒーローに触れてきた。しかし決して華やかでなくても、社会の礎となった多くの人物がいる。時代小説やエッセーの名手が濱口梧陵、そして前田正名に焦点をあてた評伝だ。

梧陵は安政大地震で津波の襲来を察知し、田に火を放って人々を避難させた逸話「稲むらの火」で知られ、小泉八雲の著作に登場する。本家は紀州で、銚子ヤマサ醤油の7代目。富豪で志が高く、海舟や医師・関寛ら若者を支援したり、種痘所(東大医学部の源流)開設時に寄付したりした。
郵便事業を立案した前島密がイギリスに派遣された際、梧陵が初代の「駅逓頭」に起用されるが、わずか3週間で帰国した前島にとってかわられてしまう。著者は梧陵が飛脚のイメージを捨てきれず、前島のように西洋の文明を学んで発想を転換する必要を痛感したのでは、と推測する。なんと60歳を過ぎて世界一周の旅に出、ニューヨークで客死。

生真面目、高潔な梧陵の印象と対照的に、前田正名は破天荒でちょっとコミカル。薩摩藩士で、龍馬の命で薩長の秘密交渉に関わったりし、20歳そこそこでフランスに留学。そこで殖産興業を「百年の仕事」と思い定め、大久保利通に1878年パリ万博への参加と農産物の育種場開設を進言して許可される。その会談場所がなんと、西郷隆盛の挙兵で京都に置かれた大本営だったというから凄まじい。大久保利通には冷徹な官僚の権化のイメージをもっていたけれど、さすが慧眼だったんだなあ。
前田は農商務省で「真に国家のために計るとすれば、まず人民の暮らしを豊かにする策を立てるべきだ」と唱え、猛烈に働く。ところが猛烈すぎて反発を食い、山梨県知事に就くなど紆余曲折の末、42歳で野に下る羽目に。それでへこたれる正名ではなく、お得意の脚絆に草鞋、行李を背負って全国を行脚し、茶・生糸や陶器など工芸品の生産者を組織して輸出を促進。とにかくパワフルで、72年の生涯で欧米を8回視察した。

エピソード満載なんだけど、なかでも偉人たちの洋書への向き合い方が印象的だ。海舟は持ち主が寝ている夜間、半年通って兵法書を書き写した。諭吉も寝ずに築城書を写し、緒方洪庵に贈って入門を果たした。正名は海外渡航の資金を捻出すべく、仲間と日本初の活字英辞書「薩摩辞書」を出版…
これが筆者の、膨大な読書量と響きあう。先行する研究の類いはもとより、「薩摩辞書」やパリ万博時に前田が作・演出した戯曲に至るまでくまなく読破。実は正名の直筆書簡を数通持っているけれど、字が個性的で読めないとか。だから関連する話題はくめど尽きず、徳冨蘆花やら陸奥宗光やらが続々登場、その人物像がまたいちいち面白過ぎる。特に前田の盟友となった高橋是清! 大河ドラマが何本作れるやら。
全国市長会の機関誌「市政」での連載をまとめた。(2026.1)

September 21, 2025

音を聴く 深く観る 歌舞伎音楽事始

格の高い俳優さんや重要な役ほど、唄や鳴物が入ったり、それまでの曲とは変えたりして、強調します。ただ、具体的にどの曲をどこに使うかというのは、実地の経験次第です。

「音を聴く 深く観る 歌舞伎音楽事始」土田牧子著(NHK出版)

日本音楽史を専門とする研究者が、歌舞伎の音楽をイチから解説。文楽、歌舞伎を観たり、古曲の一中節を聴いたりしていながら、実はわかっていないことが多くて、ためになる一冊だ。
舞踊音楽としての長唄、はたまた語り物としての竹本や、豊後系浄瑠璃の常磐津、清元という位置づけ。浄瑠璃が興隆した元禄にはじまり、長唄が成立した享保、清元が人気を博した化政期…といった歴史。順を追った丁寧な記述は、時に真面目すぎると思えるほどだ。そもそも三味線の調弦は唄や語りの声に合わせるので、ピアノのように一定ではなく、よく聞く「本調子」「二上り」「三下り」は三本の弦どうしの音程の幅のこと、とか、今更ながら納得しちゃう。

後半、お馴染み「勧進帳」「寺子屋」など、特に上演の多い七演目の粗筋を、音楽から読み解くくだりになると、筆致がぐっと生き生きしてくる。松羽目もので、明るい長唄のなかに荘重な能楽を取り入れる工夫とか、竹本で人物の登場シーンにドラマをこめているとか、聴きどころ満載で面白い。
あとがきを読むと、著者は小学6年生だった1988年、歌舞伎座100周年公演ではまって以来、歌舞伎に通い続けたという筋金入り。並行してオペラ、ミュージカルにも親しみ、ついに藝大楽理科に進んだという。どうりで舞台愛が半端ないわけです。

特に興味深いのは歌舞伎ならではの黒御簾音楽(下座、陰囃子)の解説だ。役者の台詞や仕草を描写したり、舞台転換のつなぎや雨風などの効果音を担ったり、あくまで舞台を進行させるBGMで、単独では曲として成立しない。黒御簾独自、あるいは長唄や浄瑠璃、小唄、端唄、祭囃子などから借りてきたフレーズのストックが、ゆうに1000以上あって、これを自在に組み合わせて演奏する。その組み合わせは、たいてい演目やシーンで決まっているけれど、中心になる役者が音羽屋とか松嶋屋とか、大物か花形かとかで違いもある。だから上演ごとに、「付師」と呼ばれる三味線方が音楽監督となって提示する。
巻末近くに現役の太夫、三味線方のインタビューを収録。「付師ばかりは一朝一夕にはできないもので、二十年、三十年かけて覚えていかないといけません」という言葉が重い。

いざ観劇となると役者に気をとられて、黒御簾まで気が回らない気がする。でも少しでも知識を得て、長く重層的に楽しみたいと思わせてくれる本だ。(2025.9)

May 25, 2025

名画を見る眼

フィチーノやアグリッパの著作は、今ではかぎられた専門家以外はほとんど読まなくなってしまったが、デューラーの版画は今でもなお強く人を魅惑する力を持っている。

「名画を見る眼Ⅰ」「名画を見る眼Ⅱ」高階秀爾著(岩波新書)

国立西洋美術館長や大原美術館長などを歴任した著者が、1969年、71年に岩波新書青版の1冊として発行、累計90万部超の大定番となった西洋美術入門書。2023年にカラー化した新版で、油彩が誕生した15世紀のファン・アイクから20世紀のモンドリアンまで、29点を解説している。いろんな美術展に足を運んできて、実際に観たことがある絵もけっこうあり、時系列に読むと改めて、それぞれの美術史のなかの位置づけがよくわかる。

名画は、なぜ名画なのか。ベラスケス「宮廷の侍女たち」の王女を核とする構図の妙、印象派を200年も先取りしたフェルメール「絵画芸術」の静謐な光、ルネサンス以来の写実を超えて二次元表現へと踏みだし、浮世絵の影響を感じさせるマネ「オランピア」。そしてお馴染みのモネ、ゴッホ、ゴーギャンからルソー、マティス、ピカソへ。技巧のポイントとともに、その技巧に至る時代背景、画家個人の足跡も紹介していて、情報量が豊富だ。

古い書物を読んで、文化や思想を知るのは骨が折れる。それに比べると、絵画は一目観た者に、実に多くを語りかける。芸術家が私たちを取り巻く世界、そして人間存在そのものをどうとらえてきたのか。オランダ出身のモンドリアンは、70歳を目前にして二次大戦の戦火を逃れ、ニューヨークに移った。巻末の1作「ブロードウェイ・ブギウギ」からは、画家が魅せられた摩天楼そびえる都市がもつ勢いとともに、軽快なジャズのリズムが響いてくる。抽象画は音楽になったのだ。(2025/5)

January 09, 2025

戦争と外交の世界史

マリア・テレジアの画期的な外交戦術を冷静に分析し、自国の利益が新大陸で拡大することのみを目的として、七年戦争に参加したグレートブリテンの、国際情勢と自国の利益との関係を見極める賢明さを記憶に留めたいと思います。

「戦争と外交の世界史」出口治明著(日経ビジネス人文庫)

人類の脳は1万2000年前のドメティケーション、すなわち定住して農業・牧畜・冶金を始めた頃から進化していない。それからずっと人間は誰かが誰かをポカリと殴り、相手は殴り返す、を繰り返してきたし、これからも繰り返すーー。博覧強記の著者が450ページ近くにわたり、古代エジプトから二次大戦まで古今東西の様々な条約、そこに至る同盟と戦争の構図を読み解く。繰り返される愚かさは、今こそ、多くの人が知るべき歴史だ。

例えば18世紀。オーストリア・ハプスブルク家のマリア・テレジアはプロイセンから領土を奪還するため、ルイ15世の愛妾ポンパドゥール夫人を通じて犬猿の仲だったフランスと結び、全ヨーロッパをあっと言わせた。マリー・アントワネットの結婚という華やかさもあいまって外交革命と呼ばれ、さらにロシアの女帝エリザヴェータとも組む。「敵の敵は味方」という普遍の真理がここにある。
しかしエリザヴェータ急死などもあり、思うような成果は上がらず、実は一連の経緯で最も得をしたのはグレート・ブリテンだった。マリア・テレジアを側面支援すると称して、新大陸やインドでフランスと闘い、広大な植民地を手にしちゃう。魑魅魍魎を生き抜く大英帝国のしたたかさ。著者の歴史を見る目はあくまで冷徹だ。

現代のアメリカという国のかたちが、せいぜい19世紀にナポレオンからの買収や対メキシコ戦の勝利でできあがったという史実は、トランプの時代に改めて、心すべきことかもしれない。その後の南北戦争は、軽工業育成のため関税による保護貿易をとりたい北部と、豊かな農産物を輸出したい自由貿易派の南部という経済政策の戦いだった。奴隷解放宣言などは世界に向けて、北部は人道的だと正当性をアピールするマニューバ(作戦行動)の一部と見るべき… このあたり、リアリストたる著者の面目躍如だろう。

そんな著者が評価するのは、情勢を分析して敵味方と渡り合う外交力、そして争いの中にあっても高次元の体制を描く構想力。前者でいえば、例えばアヘン禍と銀流出に直面し、大英帝国に理路整然と抗議した清朝の林則徐。あるいはナポレオンがヨーロッパ中をさんざん荒らし回ったのに、ウィーン会議に乗り込んで「正当主義」の理念を主張、平たく言えばすべてをフランス革命のせいにして領土も失わず賠償金も払わず、国益を守りきった外相タレーラン。
後者では、宋が兄となりキタイが弟となるODA型「澶淵(せんえん)の盟」で300年の平和を築いた宰相・寇準(こうじゅん)。はたまた二次大戦中に国連、IMF世銀を準備したフランクリン・ルーズベルト。余談ながら、こうした外交の英雄たちが、毀誉褒貶あったり、晩年必ずしも幸せに見えなかったり、どうも憧れの存在にみえないのは皮肉であり、だからこそ深い人間ドラマでもある。

よく語られることだけれど、伊藤博文が卓越した外交センスを発揮して日露戦争を停戦に持ち込んだのに、戦力・戦費が底をついた実情やアメリカの貢献をきちんと開示しなかったために、国民に誤った自信や嫌米感情を生んでしまったという記述は、その後、二次大戦までの多大な犠牲を考えれば、苦すぎる教訓だ。国家の岐路にあって、国民の間にいかに大局観を醸成するか、そもそも、国民の賢さとはいったい何なのか。メディアの責任と困難を思わずにいられない。

詰め込まれた数々のエピソードは、文学やオペラの名作に多々、インスピレーションを与えてきたもの。総司令官ヴァレンシュタインに嫉妬するフェルナンド二世を、義経・頼朝関係に例えるなど、散りばめられた教養もお楽しみ。
2018年出版で、2022年の文庫化にあたり「はじめに」でロシアのウクライナ侵攻にも触れている。著者は2021年に脳出血で倒れたものの、不屈の姿勢でリハビリに取り組み、2023年にAPU学長を退任した後も活発に執筆を続けている。時代はますます不穏。明晰かつ明朗な精神で知恵を授けてほしいと願う。(2025・1)

December 29, 2024

一千字のまがな隙がな

着る物をすべて売り尽くし、夏、赤い水着だけで生活した。そこに突然の来客である。仕方なく、その恰好で応対した。むきだしの膝小僧にタオルをかけ、縁側で挨拶、客は出版社の編集者であった。『放浪記』の出版が決まったのである。芙美子は客が帰ったあと、水着姿で座敷中を飛びまわった。

「一千字のまがな隙がな」出久根達郎著

名手の文学案内シリーズで、2015~16年分をまとめた最終巻。8年に及ぶ連載で内外398人の作家をとりあげ、別の雑誌に掲載した2人を併載して計400人としている。個性豊かな作家たちの横顔を、短い文章で伝える筆が冴え渡る。

24歳の樋口一葉は傑作『たけくらべ』が大御所の森鴎外と幸田露伴に激賞され、同人仲間たちが狂喜しても、自分が若い女性だから世間が注目するのだろう、と冷静だった。貧乏のイメージが強い林芙美子は、『放浪記』がベストセラーになったあと、単身渡欧して1年あまりを過ごし、帰途、魯迅に会っている。なんだか痛快だ。
一方で「銭形平次」の野村胡堂は石川啄木の中学時代の先輩だが、よほどの確執があったとみえ、後年は交際が絶えてしまう。70代になってから故郷の歌碑の前に同じような学友が集って、「絶交解消式」を挙げた。啄木の性格の難しさからいろいろあったけれども、とどのつまり憎めない男だったと。

シリーズおなじみ、作家同士の響き合いのエピソードは、ときに海を渡る。例えば漱石の門弟、エリセーエフ。ロシア人留学生で帰国後、革命で投獄され、獄屋で大好きな漱石を読んで気を紛らした。国外脱出し、昭和になって米ハーバード大の東洋語学を教え、教え子のひとりがのちの駐日大使ライシャワーだという。
また、岩波文庫で魯迅選集を編む際、作家がこれだけは収録してほしいと要望したのは、仙台留学の思い出を綴った短編で、恩師に再会したかったから。しかし恩師がそのことを知ったのは、魯迅が56歳で亡くなった直後だった。その魯迅が足繁く通い、国民党政権から逮捕状が出たとき匿われたのは、元製薬メーカーの駐在員・内山完造が上海に開いた本屋だった。かと思えば、徳冨蘆花はトルストイに心酔し、片言の英語を頼りにはるばる田舎家まで訪ねていき、ともに川で泳ぐほど親しくなったという。強烈な自意識の共鳴。
ハイジ、フランダースの犬、小公子… 誰もが書名を知っているけれど作家名となると?という名作の数々と、それを日本に広めた訳者の逸話の数々も面白い。

ラストで五味康祐が描く時代小説のヒーロー像について、ダイナミックで淡泊な色気があって、と綴り、「私は作品より、作者その人に心酔しているのかも知れない」と締めている。これぞ読書の醍醐味というものか。(2024.12)

October 17, 2024

イラク水滸伝

仁義に篤すぎて、新に知り合った人は、必ず「その前に昼飯をご馳走しよう」となるし、招かれれば半日が過ぎてしまうのが難点である。

「イラク水滸伝」高野秀行著(文藝春秋)

2014年「謎の独立国家ソマリランド」が面白かったノンフィクション作家の、またも強烈な冒険談。とにかくアフリカだのミャンマーだの、普通の人は行かないところへ行き、しないことをする人で、今度は南イラクの湿地帯アフワールだ。中東というと砂漠のイメージで、湿地とは意外だったけれど、考えてみればティグリス=ユーフラテス文明の故郷だものなあ。
一帯は迷路のように入り組んだ水路を小舟で移動するしかなく、昔から戦争に負けた者や迫害されたマイノリティ、山賊や犯罪者が逃げ込む場所だった。はみ出し者の梁山泊、いわば元祖・水滸伝。まだISと政府軍の攻防が熾烈を極める2017年、著者は「これほど魅力的でありつつ、これほど行きにくい世界遺産は他にない」と確信。「舟でアフワールを旅するぞ!」と決意しちゃう。いやはや。

当然、困難とハプニングの連続だ。そして困れば困るほど愉快そうなオフビートぶりが、この著者の魅力。湿地帯の案内人にコンタクトをとろうとするが、誰もがまず食事をおごろうとする土地柄。「会食湿地」にはまって、なかなか目的にたどり着けない。舟作りを発注したら、現地の船大工の板材の切り方がアバウト過ぎて、見ていて背筋がむずむずするけれど、できあがりはなんら問題無し。これはシュメール文明から「5000年来の雑さ」なのだ、と納得する。
個性的でオフビートな人物が続々登場。その勝手なあだ名がまた愉快だ。ずばり水滸伝のジャーシム宋江、アヤド呉用、風貌が思い浮かぶアリー松方弘樹少佐や白熊マーヘル…

決して無茶に行動しているわけではない。様々な文献、調査への言及もふんだん。水牛と浮島のライフスタイルは、紀元前2300年ごろのアッカド王朝まで遡れそうだと、悠久の歴史を語ったかと思えば、水量データを示しつつ戦乱や開発による湿地の危機を嘆く。アガサ・クリスティがコレクションしていたという工芸品、マーシュアラブ布の起源を探求し、ユダヤ人との接点に驚いたりもする。
もちろん戦争、武器・麻薬の密輸、宗教差別といった厳しい現実も。小学生のとき子供百人以上がバスでイラン・イラク戦争の前線に連れて行かれ、「子供は強くならなきゃいけないから、戦争を見て覚えなさい」と言われた。東京での事前調査で知り合ったイラク人の、そんな証言は衝撃だ。

情報は時にとりとめないけれど、生半可に整理しすぎない。「ゲッサ・ブ・ゲッサ(取り替えっこ)」結婚とか、にわかに理解できない慣習はどうしたって理解できない。それがノンフィクションの醍醐味かも。なんたって水滸伝、一筋縄ではいきません。
そうして情熱と体験、自分なりの考察を重ねて、湿地民は反米、反イランながら戦う人ではなく、文明や国家を他人事として突き放している、と思い至る。終盤で著者が見上げる、ギラギラと空自体が落ちてきそうな「すさまじい星空」が心に残る。
2019年、2023年「オール讀物」掲載を加筆・修正。(2024.10)

September 30, 2024

献灯使

脳味噌から脳味噌に目に見えない信号が飛び、それが無意識のうちに特定の人々によって同意され、同意した者の口座には自動的に儲けが振り込まれるという新しい世界経済の仕組みがとっくに成立している。今のところ生物学者も経済学者もこの新しい汚職メカニズムの存在をうまく実証することができないが、なんとなくそういうことではないかと感じている人間は特に詩人たちの中にはたくさんいる。

「献灯使」多和田葉子著(講談社)

ノーベル文学賞の季節になるといつも名前があがる作家の代表作のひとつを、初めて読む。うねりつつ、どんどん走る文体。淡々と軽快に描かれるディストピアの不気味さに、シュルリアリズムの絵画を観るようで今ひとつ入り込めないまま、読み進んだ。どこかつながりがある中短編5作で構成。

表題作に登場する小説家の義郎は、100歳を超えていっこうに死なない。一方で、面倒を見ている曾孫の無名は、美しいけどひどく虚弱だ。食べることも歩くことも満足にできない。殺伐とした「仮設住宅」暮らしで、ネットも車もない。
都心は住むと健康に害がある地域となっていて、ゴーストタウン化。世界の多くの国は鎖国し、民営化された日本政府は機能しているのかしていないのか。すべてが宙づりで曖昧で、ゆっくりと静かに崩壊している。
こ難しい説明はないけれど、どうやら背景に巨大地震と深刻な原発事故があるようで、不自由な鎖国の様子は、今読めばコロナ禍も連想される。突飛なディストピアも他人事ではなく、細部が妙に身にしみて、背筋が寒くなる。

視点はあくまで普通の個人。大変な災厄のなかにあって、何が原因でどこへ向かっているのか、しかとはわからない。わからないながらも、生きていくしかなく、いっそ清明でみずみずしくさえある。外来語が禁じられてジョギングを「駆け落ち」と呼ぶとか、そこここに脱力するようなユーモアが漂うのも凄い。秘密結社から密航する子供に選ばれた無名の運命が気になるけど…

2014年に単行本出版、2018年に英訳版出版。2018年全米図書賞翻訳部門受賞。(2024/9)

 

September 25, 2024

一千字のあとや先

 百閒の第一創作集にはページが無かった。読者が途中でやめて、あとで読む時、前の続きから読んでほしくない、という理由からだった。
 芸術院会員に選ばれた際、断った。「イヤナモノハ イヤ」だから、と。

「一千字のあとや先」出久根達郎著

古今東西の作家を紹介した連載の私家版第二集、2019年から2年分を収録。古代ギリシャのアリストパネースやら、近松やら、戦後の庄野潤三やら、相変わらずの縦横無尽だ。

名作の紹介はもちろん、作家をめぐるエピソードの情報量が圧巻。なかでも作家同士のつながりが楽しい。「雪」の詩人、三好達治が余命いくばくもない梶井基次郎の作品集を出すべく奔走した。長塚節が「土」を東京朝日新聞に連載したのは、夏目漱石の推薦だった。北條民雄の原稿を「文学界」に推薦したのは川端康成だった。かと思えば、ヨーロッパ留学から帰国した直後、27歳の森鴎外がハイネの詩集を訳し(「於母影」)、その巻頭詩の原作はイギリスのバイロンで…。豊かな文学の響き合い。

読書の喜びに触れたくだりがまた、著者を彷彿とさせて印象的だ。風俗小説の元祖、のち文藝春秋社を興し、芥川賞・直木賞を創設する菊池寛は、高松の中学時代、図書館に毎日通って二万冊読み、上京した翌日に上野図書館に行って「そこに在る小説という小説は、大抵読んだ」とか。凄すぎ。(2024/9)

May 22, 2024

一千字の表うら

唯一の自慢は、すべて自分が目を通した作品のみを使ったことである。『チボー家の人々』も『大菩薩峠』も、何ヶ月もかかって読了した上で用いた。

「一千字の表うら」出久根達郎著

博覧強記の著者による「読んでためになる」文学案内。ただの粗筋ではなく、作中の印象的なシーンから著者の来歴まで、ぎゅっと一千字に詰め込んだのだから、面白くないわけがない。公明新聞での足かけ8年にわたった連載をまとめた、貴重な私家版の1冊。

李白やバルザック、井上靖…にまじって、聞いたこともない作家、作品も次々登場する。13世紀ペルシア文学を代表するサアディーの詩集なんて、どこから見つけてくるのか。
驚いたのは、あの楽劇王ワーグナーの小説「ベートーヴェンまいり」。熱烈なベートーヴェンファンによる架空の会見記だとか。知らなかったなあ。まあ、あの長大なオペラ台本をほとんど、ひとりで書いたのだから、言われてみれば小説があっても頷ける。次項ではその「ベートーヴェンまいり」を含む小説集の翻訳者、高木卓が1940年になんと芥川賞を辞退しちゃった、前代未聞の事件を紹介。
黙阿弥の項では、死後に「弁天小僧」が無断上演され、娘が訴えて大審院(最高裁)まで争った歴史的著作権裁判を取り上げ、坪内逍遙が弁護した縁で長女に婿養子を世話したとき、永井荷風も候補のひとりだった、とか、もうそれだけで小説になる楽しいエピソードが満載だ。

ジョイスの項によると、著者は古書店員だった10代の頃、世界文学事典収録の作家を片っ端から1作ずつ読むという「野望」を抱き、短編、特に自伝的なものを選んで毎日、何年か続けたという。サラッと書いているけれど、凄い蓄積。この名エッセイストが清少納言の項を、「これぞ随筆。」と結んでいるのがまた、感慨深い。(2024/5)

December 10, 2023

第三のチンパンジー

ヒトを人間にした鍵となるほんのわずかな中身とは何だったのでしょうか?

「第三のチンパンジー 上下」ジャレド・ダイヤモンド著(日経ビジネス人文庫)

1998年ピューリッツァー賞の「銃・病原菌・鉄」が話題だった、UCLAの進化生物学・生物地理学者の初期の著作を読んでみた。遺伝子ではチンパンジーと1.6%しか違わない人間が、言語によってユニークさを獲得していく過程をたどる。
読んでいくと人間、なかでも地球上を席巻した欧州人が、決して特別に優秀な存在ではなく、素晴らしい技術も芸術も、逆に救いがたいジェノサイドも環境破壊も、すべては猿から地続きのものだと思えてくる。分野をまたぐ論考なので正直、どうも展開が大雑把な印象はぬぐえないんだけど、たまたま居住地域に機動力があって飼いやすい動物=馬がいた民族が、戦争する能力と躍進を手に入れた、という解説は面白かった。

後半は当初の問いよりも、自らの存在を脅かすジェノサイドと環境破壊に警鐘を鳴らすことに力点がおかれている感じ。問題の所在ややるべきことは明らかで、実際動き出してもいるのだから、皆が理解すれば破滅は止められると、結論もちょっと大雑把に明るい。
行動生態学の長谷川真理子、寿一夫妻の訳で1993年出版、その後の研究の進展を訳注に追加して、2023年に文庫化。原著ペーパーバック版の補遺も収録した完全版とのことです。(2023/12)

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