僕には鳥の言葉がわかる
”動物はしゃべらない”という二千年以上にわたる史上最大の誤解を解き、井の中の蛙化した人類を救うため、僕は立ち上がったのだった。
「僕には鳥の言葉がわかる」鈴木俊貴著(小学館)
現場をもつ研究者のエッセイは楽しい。「微生物ハンター深海を行く」とか「バッタを倒しにアフリカへ」とか、好きなテーマに打ち込む喜びと、凡人の想像を超える日々の格闘に引き込まれる。
2025年に話題となった本書はひときわ斬新、爽快だ。なにしろ著者は1983年練馬区生まれの東大准教授で、初めて動物が言葉を話すことを突き止め、動物言語学を開拓して様々な賞を受けている。しかも語り口が軽妙このうえなく、全編、研究対象であるシジュウカラへの愛に満ちている。
過程は地道そのものだ。毎年、半年以上もひとり軽井沢の森にこもり、朝から晩まで巣箱を観察する日々。シジュウカラが危険な森で生き残るため、タカをみれば「ヒヒヒ」、ヘビをみれば「ジャージャー」と鳴くのは、当然タカやヘビという「名詞」だと思っていた。ところがある日、大学図書館の専門書で「言語を持つのは人間だけ」との記述をみつけて、がぜん奮起する。
調べてみるとダーウィンも紀元前のアリストテレスも、動物の鳴き声は意味ある言葉ではなく、快・不快など感情の表現に過ぎないと思い込んでいた。このままでは人類は井の中の蛙だ、僕はカエルが好きなので人類が蛙でも問題ないけれど、井の中なのは大問題、井戸にいてよいのはオタマジャクシまで! そこからシンプルな双眼鏡とレコーダー、なにより独自のアイデアを武器に観察、論証を積み重ねていく。
論文は一流学術誌の審査員が「エレガント!!」と絶賛、こんなに誉められたのは初めてで、それからしばらく「エレガント鈴木」と名乗っていたとか。その後も20以上の単語を組み合わせて文を作っている等々、驚きの成果をあげている。
同じ場所に住んでいるなら、ほかの種類の動物の言葉を認め、生きていくのが動物として自然なこと。シジュウカラが「ヒヒヒ」と鳴けば周りのコガラやヤマガラも、リスまでも薮に逃げる。人類の祖先も鳥の言葉を理解していたのに、いつしか自然を支配する特別な存在だと自認して動物たちの言葉を理解できなくなったのでは…という思索は示唆に富む。
研究すること、研究者であることをめぐるエピソードも愉快だ。博士になったころ、周りからおしゃべり好きな点などがシジュウカラに似ていると言われると嬉しく、年々、よりシジュウカラっぽく変化していると自覚。そこから先輩の話になり、コウモリ研究者のスギタさんは暗闇でパソコンに向かうと落ち着くそうで、その「生態」はコウモリそのものだとか、笑っちゃう。
電子書籍の本文中にリンクを埋め込み、「ツツピー」といったさえずりを聴かせる仕掛けが秀逸だ。紙版は二次元コードで、同様に実際の声を聞ける。著者による本文中の可愛いイラスト、図解も達者。装丁は名久井直子、青を基調にした装画は100%ORANGE。河合隼雄学芸賞など受賞。(2026.6)