December 08, 2009

「中学受験 SAPIXの授業」

彼らはできるから勉強する。解ける(と思っている)から解くんです。

「中学受験 SAPIXの授業」杉山由美子著(学研新書) ISBN: 9784054043114

有名中学受験塾の、授業参観ルポ。

ゆとり教育やいじめといった公立不信から、首都圏では5人に1人が経験するといわれる中学受験。数年前には受験塾の前に、ずらりと迎えの自家用車が並ぶといった過熱ぶりが伝えられた記憶があるけれども、今や社会は少子化だ。少しでも早く生徒を確保したい大学付属の新設などを背景に、中学も選り好みしなければ「全入」の状況だという。

その全入時代に、伝統的アプローチともいえる有名私立を目指す子供たち、親たちは、どんなことをしているのか。もちろん同じ子供を取り巻く現状には、「子どもの貧困」(阿部彩著)という事態があり、また「日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか」(古荘純一著)という問題提起もある。その振れ幅も含めて、子供の今を考えさせる一冊ではないだろうか。(2009・12)

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October 31, 2009

「司法官僚」

司法行政職への任用の基準と制度があきらかにされないまま、特定の職業裁判官集団が司法官僚機構を構成し、司法行政を「専有」するならば、司法の「閉鎖性」をたかめてしまうことになろう。司法官僚の経歴や行動に注目せねばならないゆえんである。

「司法官僚」新藤宗幸著(岩波新書) ISBN: 9784004312000

行政学の研究者が、司法の中枢に位置する官僚組織の仕組みを探る。

考えてみればどんな組織にも、人事や予算はあり、それを統括する部署がある。行政組織、民間企業はもちろん、ある程度の規模ならNPOだってそうだろう。日本の裁判所の場合、そ れは最高裁判所の事務総局というところだ。そして人事や予算(人件費)のコントロールを源泉として、事務総局は全国の裁判所に対して一定の影響力を持つ。

著者はこのあまり世間で話題にならない、いわば顔の見えない事務総局のメンバーが一体どのように選抜・育成されているのか、といった疑問をもち、彼らの経歴など数少ない公開資料を丹念に追っていく。この分野に疎いので、いちいち「へえ~」と思いながら読んだ。

裁判員制度など一連の司法改革で、裁判所はここ数年、ずいぶん大胆に変わったという印象がある。けれどおそらく変わらない部分もあり、そこにはあらゆる組織が抱える自己防衛本能のようなものが感じられて、興味深い。市民の立場にたてばまだ改革の余地がある、というのが著者の視点だ。(2009・10)

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September 10, 2009

「廃墟に乞う」

 山本は苦しげに息を吐いてから言った。
「そうだ。はずみだ」
仙道は、不意に自分の肩が重くなったことを意識した。巨人が肩に両の手を置いたかのようだ。どうだ、おれの重さに耐えられるかと、そう問うているように。

「廃墟に乞う」佐々木譲著(文藝春秋)  ISBN: 9784163283302

ある事件がもとでPTSDを患い、休職中となっている道警刑事、仙道が、「個人的に」相談を受け、様々な事件に関わっていく連作短編集。

かねて気になっていた作家を初読み。大評判だった「警官の血」はうっかり先にテレビドラマで観てしまい、ほかのシリーズ物も面白そうだけれど、順に読んでいくと時間がかかると思って、まずは最近出た短編集を手にとった。

謎解きも、事件を取り巻く人間関係も淡々と描かれている。はじめのうちは、その読みやすい筆致と相まって、なんだかあっけない印象を受けた。けれど読み進むうち、味わいが深まっていく。自らも心に傷を抱える仙道は、人の罪、人の愚かさに対してとても敏感だ。一見クールにふるまっているけれど、その陰には刑事という仕事につきながら、あたかも罪の直視を避けるような、震える思いが潜んでいる。

1作ごとに、舞台は北海道の各地を転々とする。観光地、炭坑跡、漁港、牧場…。経済の閉塞を背景にしているのだろう、モノクロの、どこか殺伐とした風景が通奏低音となっていて、余韻を残す。(2009・9)

 書評「廃墟に乞う」 佐々木譲  身勝手な書評たち

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August 21, 2009

「ゴミ分別の異常な世界」

リサイクルは、ごみを減らし、資源をムダづかいしない重要な方法である。ただし、適正なコスト負担の元に、リサイクルで効果が得られることが条件だ。

「ゴミ分別の異常な世界」杉本裕明、服部美佐子著(幻冬舎新書) ISBN: 9784344981331

環境ジャーナリストふたりが、国内各地のゴミ分別とリサイクルの現状をリポート。

一般に、環境問題への関心は高まっているし、エコバックを持ち歩いたり、総菜の容器をスーパーの回収箱に入れたりという行動はかなり広まっている。ところが実際にどんな手法がどれほど有効なのか、と聞かれたら、自信を持って答えられる人はさほど多くないのではないか。著者は一口に「エコ」「環境対策」と括られがちな施策の曖昧さを、自治体のゴミ分別を例にとって指摘する。

細かく分別すればするほどいいのか、運搬や処理のコストは効果に見合っているのか。「ごみの世界に、模範解答はない」から、常に情報の公開と冷静な検証が必要ということだろう。整理しきれない印象は否めないものの、いろいろな情報が詰め込まれている。(2009・8)

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August 13, 2009

「怪談牡丹灯籠」

静におしなせえ、隣はないが名主のない村じゃアないよ、お前さんがそう哮り立って鯉口を切り、私の鬢たを打切る剣幕を恐れて、ハイさようならとお金を出すような人間と思うのは間違えだ、私なんぞは首が三ツあっても足りねえ身体だ

「怪談牡丹灯籠」三遊亭円朝作(岩波文庫) ISBN: 9784003100318

旗本・飯島家の娘、お露の悲恋と、飯島家に仕える草履取り・孝助の数奇な運命。

夏といえば怪談、というわけで、SNS読書会の課題本となった円朝の名作を読んでみた。いきなり坪内逍遙の「序」があって、古文なんて高校以来だし、難しそうだなぁと身構えた。けれど、本題の落語に入ると話し言葉で、笑いもまじえた名調子。案外すいすい読んだ。

初めて出版されたのは明治17年。「口演速記」という、当時新しかったメディアのスタイルが人気を呼び、のちの文学や演劇に大きな影響を与えた、というのが興味深い。

ストーリーについては、幽霊なのに足があるお露がカランコロンと下駄を鳴らし、夜道を恋しい男のもとへと通ってくる、というのが有名な怪談部分で、これは比較的前半で終わってしまう。「四谷怪談」「皿屋敷」と並ぶお化けの定番だから、さぞゾッとするかと思ったら、そうでもない。むしろ後半、孝助を取り巻く生きた人間たちの、むき出しの欲のほうがよっぽど怖い。なんと愚かで、罪深いのか。複雑にこんがらがった、ワイドショー的な人間模様が秀逸だ。

今や日常では失われてしまった言葉が、たくさん出てくる。悪党が開き直ってまくしたてる啖呵や、客の迎え方、見送り方…。庶民がかつて持っていた日本語の豊かさをかいま見る気分だ。解説・奥野信太郎、注・横山泰子、わかりやすい地図付きの改版。(2009・8)

 シネマ歌舞伎 怪談 牡丹燈籠  速映画批評

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July 19, 2009

「ダブリナーズ」

玄関ホールにじっと立ち、その声の歌う旋律を聞き取ろうとしながら、妻を見上げる。その姿勢には優雅と神秘があり、妻はあたかもなにかの象徴であるかのようだ。

「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス著(新潮文庫) ISBN: 9784102092033

20世紀初頭の都市ダブリンに生きる市井の生活を切り取った短編集。柳瀬尚紀氏の新訳。

読書会の課題本でチャレンジした。新訳のせいか、おそれていたよりも読みやすかった。言葉遊びやリズムの生かし方といった、本来の翻訳の妙を感じとれるほどの知識をまったく持ち合わせていないのが残念でしたが。

それぞれの短編に登場する人物は、大人だったり子どもだったり、男だったり女だったり、実にさまざまだけれど、一様になにかに当惑している感じがした。読み進むうちに、それは人物それぞれというより、移りゆく「社会」の当惑なのかなあ、などと思えてくる。

ごく短い短編が続くが、最後の「死せるものたち」だけはやや長めの80ページほどあって、老姉妹が催す公現祭のダンスパーティーが描かれる。招かれた甥ゲイブリエルが、辞去しようとして階段にたたずむ妻を見上げるシーンが印象的だ。ネットで検索してみると87年にジョン・ヒューストンが映画化しており、「You tube」でこのシーンを観て、背景で歌われる民謡「オーグリムの乙女」も聞くことができる。ゲイブリエルは、成功とか知識とかを身にまとった男。しかし妻はこのとき、古い歌に触発されて過ぎ去った恋と悲しい死に思いを馳せている。微妙なすれ違いが、なんだか切ない。(2009・7)

 「ダブリナーズ」ジェイムズ・ジョイス 夷洲斎日乗 天才読者の読書日記

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July 09, 2009

「差別と日本人」

差別は、古い制度が残っているからあるのではない。

「差別と日本人」野中広務、辛淑玉著(角川oneテーマ21) ISBN: 9784047101937

対談だけれど、どちらかというと辛さんが野中さんに詰め寄っていく感じ。あの事件が勃発したとき、野中という政治家はどう感じたのか、はたまた、あの問題が国会で取り上げられているとき、どう決断したのか。そして一つひとつの事件、政治課題について辛さんが解説を加えていく。

野中さんはたぶん、そう簡単に舞台裏を明かしてはいない。長く保守政治家として生きて、「落としどころ」を探り「ことを収める」技術の、ある意味で最高峰を極めた人といえるだろう。それでもできる限り、真摯に答えようとしている感じはある。

知らないこと、気づかないことが沢山ある。それはある面、致し方ない。けれどやっぱり、ややこしいからと言って知らずにいること、気づかずにいることは罪。そう思えるかどうかが第一歩だという気がする。この対談の終盤はきっと涙なくしては読めない。だが、泣いている場合はない。(2009・7)

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April 24, 2009

「シズコさん」

母さんがごめんなさいとありがとうを云わなかった様に、私も母さんにごめんなさいとありがとうを云わなかった。今気が付く、私は母さん以外の人には過剰に「ごめん、ごめん」と連発し「ありがと、ありがと」を云い、その度に「母さんを反面教師」として、それを湯水の様に使った。でも母さんには云わなかったのだ。

「シズコさん」佐野洋子著(新潮社) ISBN: 9784103068419

老いて認知症を患った母を見守りながら、初めて振り返る長き愛憎の日々。

本好きブロガーの間で評判のエッセイを読んだ。「100万回生きたねこ」の作家が、半世紀にわたる家族の足跡を背景に、その時々、自分が母や家族のことをどう思ってきたか、直裁な筆致で綴っている。中国から引き揚げ、貧しさの中で相次ぐ幼い兄弟の不幸な死。父はエリートだっただけに終戦で挫折し、やがて若くして亡くなってしまう。個人史にはそのまま、日本の戦後の縮図がうつしこまれている。

長女である著者は、なぜか母親と気が合わなかった。母の性質のなかにどうしても自分と相容れない部分があり、それを嫌って折にふれ辛辣な言葉を投げつけ、母を遠ざけてきた。けれど、心の底ではずっと、罪悪感を覚えていた。激動の時代を生き抜き、最後には老いて子どものようになってしまった母の姿に対峙して初めて、母の思い、自分自身の母への思いに気付くのだ。

歯切れが良く赤裸々な文章はとても厳しく、そして切ない。母と娘との関係に限らず、家族というものはなんと厄介で、愛おしいものだろう。(2009・4)

『シズコさん』 つれづれな日々の繰り言

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April 20, 2009

「ハチはなぜ大量死したのか」

ミツバチの喪失は、太古から続けられてきた生活様式、産業、そして文明の礎をも脅かすことになった。
 二〇〇七年の春までに、実に北半球のミツバチの四分の一が失踪したのである。

「ハチはなぜ大量死したのか」ローワン・ジェイコブセン著(文藝春秋) ISBN: 9784163710303

食と環境に関する著書が多いライターが追う、2006年秋に米国を襲ったミツバチの大量死「CCD(蜂群崩壊症候群)」の謎。

話題の科学ルポを読んだ。現代版「沈黙の春」と呼ばれるように、養蜂家のもとからある日忽焉とハチが姿を消す、という現象は、とても不気味。著者はその原因を求めて、農薬、ダニ、ウイルスなど様々な専門家の説を検証していく。

全編にハチをめぐる「知らないこと」が盛りだくさんで、とても興味深い。何気なく口にしているナッツ類や果物の生産が、いかにハチによる受粉に依存しているか。はたまた、国際競争にさらされ高度に工業化した米国の農業で、効率的に受粉を進めるため、ハチがどんなふうに酷使され、いかにストレスを受けているか。時にハチの目線でそのハードワークぶりを描いてみせるなど、語り口も軽妙だ。

豊かで安い食べ物に慣れ、それを求め続ける消費者のライフスタイルは、口で言うほど簡単には変えられない。だから時計の針を戻して、現代農業の主流が現在の経済効率を放棄するとことは、非常に困難だろう。そういう現実は、著者も十分了解している。
しかしそのために、生態系が本来もっている「復元力」を決定的に損ねてしまったら、結局はすべてが非効率に陥るリスクがある。ハチの話題にとどまらない、示唆に富む一冊。巻末にハチの飼い方などの付録付きなのがチャーミング。中里京子訳。(2009・4)

 実りなき秋 - 書評 - ハチはなぜ大量死したのか  404 Blog Not Found

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March 23, 2009

「再発」

発作……。
となると、昨日のあの症状は風邪ではなかったということか。
悔い、そして自分に対する情けなさで、顔が歪むのが分かった。

「再発」仙川環著(小学館文庫)  ISBN: 9784094083576

静かな片田舎。実家の医院を継いだ真澄の眼前で、少女が相次いで謎の死をとげる。

感染症のリスクは、意外に身近なところに潜んでいる。著者は「平和ボケ」とも言えそうな、行政や個人の備え不足に警鐘を鳴らす。そこに、ヒロインが医師として使命感に目覚めていくストーリーを絡めた。
題材から考えると、もっと大仰に表現することも可能だと思うが、パニックサスペンスというには静かな印象。文庫書き下ろし。(2009・3)

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